ニューノーマル白書

平田オリザ「文化支援が要るのは劇団ではない、国民だ」 “生”の芸術への人々の渇望は消えない

モノの集約を妨げ経済の効率と成長を奪った新型コロナウイルスは、世界のあり様を一変させました。「ポスト・コロナ」ならぬ「withコロナ」時代には、経済も社会生活も、新しい価値を見いだすことが求められています。私たちがこれから迎える「新たなる日常」を生きるヒントを各界のパイオニアたちに聞く「ニューノーマル白書」。今回は劇作家・演出家の平田オリザさんに、この国の文化芸術の行く末について、2回に分けて聞きます。

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人生最大の休暇中 文化芸術の擁護発言で炎上

「現在は人生最大の休暇中です。幸いにしてぼくは劇作家ですので、いろいろ勉強して次の新作の準備をしているところです。この3、4カ月の過ごし方をあとで後悔したくないから、じっくり創作の時間に充てたいと思っています」

5月のとある日。兵庫県豊岡市の自宅兼仕事場とを結んだZoomインタビューで、演劇活動自粛中の平田オリザは開口一番、そう言って苦笑した。

平田オリザ「文化支援が要るのは劇団ではない、国民だ」 “生”の芸術への人々の渇望は消えない

Zoomインタビューに答える平田

かつて平田のこんな姿を見たことがない。少なくともここ20数年間、平田は休む間もなく全国と世界各地を飛び回ってきた。主宰する劇団「青年団」の国内と世界各地での公演、子どもから成人、障害者を対象にするワークショップ、ロボットと役者が融合したロボット演劇公演、公立劇場と自分の劇場の芸術監督、大学での授業、地方自治体での講演、自治体職員へのワークショップ等々、まさに八面六臂の活躍だ。民主党政権下では首相のスピーチライターとして活躍した。演劇を基点にする、日本の文化芸術、地方創生、コミュニケーション教育の主役の一人だ。

ところが今回のコロナ禍では、平田は一見、翼をもがれた鳥のようだ。2019年に劇団員と共に移住し、演劇と生活の拠点に定めた兵庫県豊岡市に新設した「江原河畔劇場」は、3月末にプレオープン公演を2回行えただけ。4月29日に予定されていたグランドオープンから7月までの公演は、こけら落とし用に準備を重ねてきた自身演出の2作品も含めて全て延期だ。東京都目黒区にある「こまばアゴラ劇場」やいくつかの小劇場でも、企画した公演は全て7月中旬以降まで延期となった。

しかもプレオープンの2公演は観客間の距離を十分にとった上での公演だったのに、SNS上では大批判を浴びた。言論人として各種メディアで文化芸術擁護の発言を繰り返せば、それもまた炎上騒ぎとなる。

この国の演劇は、文化芸術は、いったいwithコロナでどうなっていくのだろうか――。

光が見えない状況の中で悲壮な発言も予想したが、平田は、豊岡市の新居の仕事部屋で、おだやかな表情で語りだした。

文化芸術をもぎとられ、すさんだ言論状況に

「演劇界の惨状は自分の痛みでもありますし演劇人として支援要請の発言はしていますが、ここ豊岡での生活は言ってみればコロナでもあまり変わりません。劇団員は8家族が移住してきましたが、何人かは地域起こし協力隊として市に雇用されていますし、幸いにして主宰する「青年団」は蓄えもあり、東京の劇団員にも月5万円からの貸し付けをしています。

そもそも地方では都会のように生活コストはかかりません。食べ物も自分で栽培したり周囲からもらったりして豊富にあります。ぼくらが住む豊岡市とその周辺は、東京の演劇界とは別世界のような環境と言ってもいいと思います」

今年4月に新たに劇場として生まれ変わった江原河畔劇場(兵庫県豊岡市)で

今年4月に新たに劇場として生まれ変わった江原河畔劇場(兵庫県豊岡市)で

とはいえ、ライブ・エンターテインメント界は壊滅的な打撃を受けた。中止・延期により売り上げゼロもしくは減少した音楽コンサート、演劇、ミュージカル、スポーツなどの公演・試合は4、5月だけで11万3000件。6500万人の観客を失い、損失は1945億円にのぼる(5月29日現在、ぴあ総研調べ)。音楽や映画はオンラインでも楽しめるが、仕込みが複雑で登場人物が多い演劇は、オンラインによる公演配信もまだ実験的な段階で、リアル公演に代わる救世主とは言い難い。

そんな状況下で、ドイツやフランス等欧米や韓国と比べて芸術文化への支援は手薄だ。平田は現状をこう語る。

「2月21日に小池百合子都知事が500人以上集まる都主催イベントの中止・延期方針を発表し、民間も参考にするよう発言してから、演劇は小劇場も含めて緊急事態宣言が解除されたいまもコロナ前のようには公演は打てていません。演劇には準備が必要ですから、外出自粛要請を解除してもすぐに再開というわけにはいかない。でもぼくは、支援が必要なのはその間活動できなかった演劇関係者だけではないと思う。本当に支援が必要なのは、この間、芸術文化を享受できなかった国民です。

一言でいえば今の世の中は、コロナで芸術文化が壊滅状態になった影響がもろに出ている状況です。ネットを中心に国や都のコロナ対策や文化芸術の支援策への批判や誹謗中傷が入り乱れています。

こんなにすさんだ空気になった理由の一つは、多くの国民がリアルな文化芸術に触れられていないからだと思います。リアルな笑いや感動に浸れない。人に会えない。その影響がボディブローのように響いて、ストレスが相当増大しています。本来ならばそれを緩和するのが文化や芸術、演劇の役割なのに、それがなかなか機能しない。この厳しい状況は、外出自粛要請が解除されてからも相当期間続くのではないでしょうか」

平田も語るように、5月末になって緊急事態宣言が解除され、東京都が定める「ステップ2」となって100人以下のイベントの開催は可能になっても、「3密」と判断されやすい劇場公演は以前のような開催は困難となっている。

「今後公演ができるようになっても、3密を避けソーシャルディスタンスをとるためには劇場の定員の半分にしないといけないと言われています。そうすると売り上げが減るから、その分の公的な補償が必要となります。社会を潤すためには、必要な支援だと思います」

 「非常時こそ文化が必要」は、振り出しに戻ったのか?

「その際の最大の課題は、社会のコンセンサスを得られるか、人々に演劇を必要と思ってもらえるか、です。

ぼくらは阪神淡路大震災と東日本大震災を経て、芸術文化の役割が社会に浸透したと思っていました。ところがコロナ禍になって、一部の人なのか相当数なのか、芸術文化への公的支援に批判的な意見をもっている人がいることがわかった。いままでも細々と公的な支援は行われていたのですが、それへの批判が顕在化してきた。

この状態をポジティブに考えるなら、やっと文化支援が欧米並みに議論されるようになったということなのですが、そう考えないといけないと思うくらい、絶望的な状況です。

世の中が自粛ムードになると歌舞音曲は後回しというのは、ぼくらの世代では昭和天皇の崩御のときが最初でした。あの時初めて文化芸術の自粛が話題になった。当時は世界的にも東西冷戦下にあり、イデオロギー対立というものがあったから、自粛しろという保守と自粛しないでいいという左派の対立として捉えられました。

ところが二度の大震災を経て、こういう非常時にこそ文化芸術は大切だというコンセンサスが少しずつできてきたと思っていたのに、それがまた振り出しに戻ってしまったという印象です」

社会における芸術の役割について語る=2020年4月28日、兵庫県豊岡市の江原河畔劇場

社会における芸術の役割について語る=2020年4月28日、兵庫県豊岡市の江原河畔劇場

すそ野が広くなければ、先端作品は生まれない

欧米では今回、各政府はいち早く文化支援に乗り出した。ドイツでは文化相だけでなくメルケル首相も「文化的環境を維持することが政府の優先順位の一番上にある」と宣言し、アーティストへの支援金提供もいち早く実施された。現地在住の日本人アーティストにも、ネットで10分程度で書ける申請書を出すだけで、数カ月分の生活費に相当する支援金が出された。

一方日本では、芸術文化関係者への支援は、5月26日になって政府が「第2次補正予算で総額560億円規模の支援策を盛り込む方針」と発表しただけ。他の支援と同様、政府の掛け声だけは響くが、現実的にはいまだ支援金は現場には届かずお寒い状況だ。

例えば9〜10月に東京・下北沢での公演(動員800人、10ステージ予定)を控える劇団「道学先生」主宰の演出家、青山勝に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「政府が言う新たな助成策はどのような内容になるのか。いまのところ、以前から交付が決まっていた芸術文化振興基金からの助成だけはあり、今回だけは公演が中止になったとしても劇場キャンセル費等の諸経費は支払われるということです。それでも赤字分を全額補塡できるわけではなく、リスクを考えると、公演を中止すべきかどうか迷っています」

演劇界の「すそ野」である小さな劇団は多くが任意団体で、公的支援を受けにくい。コロナ禍にあっては「忖度」と「自己責任」で企画を進めなければならないのが実情だ。平田は言う。

「作家のスティーブン・キングが『芸術家が必要ないと思うなら、家の中にいる間、音楽や本、詩や映画、絵画なしで過ごしてみろ』とメッセージを出しましたが、科学でも地味な基礎研究がないと市販の薬をつくるような応用研究が出てこないように、芸術もすそ野が広くないと最先端の作品も出てきません。そこを国も国民もどう理解してくれるか。今回のコロナであらためて問われています」

演劇は肉体表現系芸術の「基礎研究」

「歴史的に見ても演劇は古いし、肉体表現系の芸術の基礎研究のようなところがあります。たとえば身近な例では、ジャニーズ事務所は戦略的に20代のブレイク前のメンバーに舞台で演劇を経験させています。アイドル候補を発掘しても、テレビで普通に歌って踊るだけでは賞味期限が短くて採算が取れなくなった。そこで芸能界で長く生きるために、人気が出る前から舞台での演劇活動を経験させて芝居や歌、踊りを鍛える。演劇は最低でも一カ月は稽古期間を取りますから、演者としての基礎を鍛えられるんです。

例えば元SMAPの草彅剛君が、あんなに役者として才能があるなんて当初は誰も思っていませんでした。それがつかこうへいさんの舞台等で鍛えられて才能が開花して素晴らしい役者に育ちました。そうやって演劇は、テレビや映画、エンターテインメント産業を支えているところがあります。

イギリスではテレビで有名な俳優でも舞台に出たいがために訓練をし直す学校まである。だからどの国でも、舞台俳優は尊敬されているのです。その養成システムが、日本では全て民間任せになっている。そのこともまた、今回のコロナで顕在化しました」

平田オリザ「文化支援が要るのは劇団ではない、国民だ」 “生”の芸術への人々の渇望は消えない

「文化立国」の脆弱さは10年後に響いてくる

今回のコロナ禍を機に、あらためて日本の文化芸術の育成態勢を他の先進国と比較すると、助成の脆弱さにとどまらない寂しい状況が如実にわかる。国公立大学に映画や演劇を教える専門の科が一つもないことはその象徴だ。文化芸術に深い理解のある政治家が少なく、国家としての長期戦略の立案が不得手で、文化戦略がなさ過ぎる。

「ぼくは2001年に『芸術立国論』を上梓して、芸術文化は社会に必要なインフラだから政策には戦略が必要だ、と説いたのですが、それが20年たっても浸透していなかった。

相変わらず文化庁のトップに政治家がいないから、予算も思うようにとってこられない。フランスやイギリスにはアーティストの失業保険制度があり、韓国では100近い大学に映画・演劇学科があるのに、日本の国公立大学にはそれが一つもない。

文化や芸術は促成栽培できないし、輸入もできない。今回の文化芸術への打撃の本当の影響は、5年後10年後にあらわれると思います。それを軽減するためにも、短期的には文化関係者、役者やスタッフを支援する。中期的には劇場の生き延び策を考える。長期的には国家の文化政策を立案する――。そういう戦略がないと、今後も文化立国たりえないと思います」

生身の人間の姿を渇望する人がいる限り……

「それでもいま期待するのは、ワクチンが開発されてからになると思いますが、目の前で人が動いて演じることを渇望する人々が劇場に押し寄せることです。調べてみると、第二次大戦後まもなくして新劇ブームが起きています。戦時下の人々は、生の舞台に飢えていたんでしょう。銀座の三越劇場にはものすごい数の観客が殺到したと言われています。

今回も同じことが起きればいいなと思います。いまは家でも映画やテレビ、ユーチューブを見られますが、やっぱり生がいい、目の前の人間の熱や汗を感じたい、という人々の気持ちが爆発してくれることを願っています」

講演や対談企画の際に講演や対談企画の際に、観客を巻きこんだワークショップを開くこともしょっちゅうだ=2018年12月19日、東京・築地の朝日新聞社で、観客を巻きこんだワークショップを開くこともしょっちゅうだ=2018年12月19日、東京・築地の朝日新聞社で

講演や対談企画の際に、観客を巻きこんだワークショップを開くこともしょっちゅうだ=2018年12月19日、東京・築地の朝日新聞社で

このように人々の劇場への熱意を信じる一方で、平田は日本の今後については悲観論を口にする。

「今回のコロナを機に、この国はさまざまな面で変わればいいと期待しているのですが、東日本大震災の時でもあんなに大量生産大量消費文明への反省があったのに、この国は結局変わらなかった。むしろ安倍政権下で逆方向に進んでしまったという現実もあります。

だから悲観的に見ると、コロナが収束しても何も変わらずに元の鞘(さや)に収まってしまうという可能性もあります。文化行政も変わらない。そうなったら、茹でガエルのようにこの国の文化芸術は滅んでいくしかないのでしょう。

日本人には、文化は自明にあるものという意識が根深くあります。だからなかなか変われない。ずっと言われている文化芸術の国際化の問題も、結局変わらずじまいです。スポーツではダルビッシュとかケンブリッジとか名前からしても異文化を背景とした選手が日の丸を背負い、まさに国境を越える感覚が出てきたのに、本来ならいち早く国際化に取り組むべき文化芸術が、なかなかそうならない。国立美術館の館長とか公立劇場の芸術監督、あるいは芸術祭の芸術監督に外国人がなかなか起用されない。欧米ではそんなことは当たり前なのに。韓国や中国以上にドメスティックです。

今回のコロナでは、そこから変わらないといけない、そのチャンスだと思いますが、どうなるでしょうか」

演劇界を背負う立場としての平田は、演劇界の将来や文化芸術への国の無理解を愁うばかりだ。ところが一人の劇作家、演出家、劇団劇場の主宰者としての平田を見ると、そのスタンスは、冒頭に記したように、withコロナにあっても揺るぎない。東京から遠く離れ、ひたすら作品に向き合うという一点において。

実はそこにこそ、演劇界における「ニューノーマル」のヒントがあるのではないか。平田はそれを予期して豊岡市に移住したわけではないが、期せずして今回、これまでの演劇界の潮流とは真逆の平田のスタイルに注目が集まっている。

それはどんなスタイルなのか? 後編はそこにスポットライトをあてよう。

(敬称略)

>>後編へ続く

平田オリザ プロフィール

劇作家・演出家・青年団主宰。江原河畔劇場 芸術総監督。城崎国際アートセンター芸術監督。こまばアゴラ劇場芸術総監督。
1962年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。1998年『月の岬』で第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、最優秀作品賞受賞。2002年『上野動物園再々々襲撃』で第9回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞。
四国学院大学社会学部教授、大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、京都文教大学客員教授。
公財)舞台芸術財団演劇人会議理事、日本演劇学会理事なども務める。

公演情報

「劇団青年団」

PARCO STAGE @ONLINE
『転校生』2019年男子校版 作:平田オリザ 演出:本広克行
6月20日(土)14:59までアーカイブ視聴可能
https://stage.parco.jp/blog/detail/2335

「劇団道学先生」

中島淳彦追悼公演『おとうふ』
9月下旬に下北沢オフオフシアターにて上演予定
https://dogakusensei.jimdofree.com/

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PROFILE

神山典士(こうやま・のりお)

1960年埼玉県生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』(現在は『不敗の格闘王 前田光世伝』祥伝社黄金文庫)にて小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。2011年『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社青い鳥文庫)が全国読書感想文コンクール課題図書選定。14年「佐村河内事件報道」により第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)、雑誌ジャーナリズム賞大賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに様々なジャンルの主人公を追い続ける。近著に『知られざる北斎』(幻冬舎)。主な著書に『もう恥をかかない文章術』(ポプラ社)『成功する里山ビジネス~ダウンシフトという選択』(角川新書)『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』(文藝春秋)等。

子どもたちの「居場所」をつくり、学校教育と社会教育の統合を目指す 認定NPO法人カタリバ代表理事 今村久美

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平田オリザ「下り列車の先にこそ光がある」 身を賭した文化分散戦略の未来図は

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