コロナ・ノート

スポーツや芸術は「希望であり心を動かされるもの」 サッカー選手・川島永嗣

パンデミックの収束はまだ遠く、世界は依然として重苦しい雰囲気と混乱に包まれています。コロナショックで変わっていったライフスタイルや価値観、あるいは見つめ直したことについて、さまざまな立場の方々がつづるリレー連載「コロナ・ノート」。

今回はリーグ・アン(フランスリーグ1部)のRCストラスブールに所属するサッカー日本代表GK・川島永嗣選手の、フランスでの体験をお届けします。「サッカー選手でありながらサッカーができない」状況に直面したとき、何を思ったのか。そして川島選手の住むストラスブール周辺や、フランス全土はどのような様子かを、伝えます。

(構成=岡本尚之、取材は日本時間の5月17日に実施)

スポーツや芸術は「希望であり心を動かされるもの」 サッカー選手・川島永嗣スポーツや芸術は「希望であり心を動かされるもの」 サッカー選手・川島永嗣

スポーツや芸術は「希望であり心を動かされるもの」 サッカー選手・川島永嗣

川島永嗣

1983年3月20日生まれ。埼玉県出身。RCストラスブール所属。浦和東高校卒業後、大宮アルディージャに加入。名古屋グランパスエイト、川崎フロンターレを経て、2010年にベルギー1部のリールセSKに移籍。その後、同1部の名門スタンダール・リエージュに移籍し、日本人GKとして初めてヨーロッパリーグ、チャンピオンズリーグ予選に出場。スコットランド1部のダンディー・ユナイテッドを経て、16年にフランス1部のFCメスに移籍。18年8月、同1部のRCストラスブールに加入。W杯は、10年南アフリカ、14年ブラジル、18年ロシアの3大会連続で出場し、日本代表のゴールを守った。185センチ、82キロ。

 

多くの制約があるなかで、ようやくトレーニングが再開

所属するRCストラスブールでは、チームのトレーニングが5月12日に再開しました。とはいえ、リーグ・アンでトレーニングをしているのは、ストラスブールやスタッド・レンヌなど、限られたクラブチームだけ。

3月13日にリーグ戦が中断、4月30日に打ち切りが決まり、早々にシーズンを終えることになったため、多くのチームはすでに休暇に入っています。


ストラスブールのあるグラン・テスト地域圏(旧アルザス地域圏)は感染者数が多いので、外出制限が緩和された今でも「レッドゾーン」という警戒地域に指定され、生活するうえでいくつかの制約があります。

たとえば「公園の閉鎖」「美術館、映画館の閉鎖」「居住地から100キロ以上の移動は原則禁止」というように。感染率が低く安全な「グリーンゾーン」はすでに学校が再開に向けて動き出していますが、僕たちのいる地域はもう少し、時間がかかるでしょう。
(編注:6月2日から規制緩和が第2フェーズに移行し、グラン・テスト地域圏はグリーンゾーンに指定された)

感染率の高い地域ということもあって、1人でも感染者が出てしまうと練習ができなくなってしまう。ですから、かなり気を使いながら実施しています。

事前に体温チェックをする、同時にグラウンドへ入っていい選手は6人だけ、接触を避けるため10メートル以内に近寄ってはいけない。そういった、さまざまな制限があるなかで取り組んでいますね。

今はこうしてサッカーができていますが、突然通告されたリーグ戦の打ち切りはまさに寝耳に水。驚きました。チームのアナウンスではなく、政府の発表を聞いてから知った選手・スタッフのほうが多くて、僕もニュースで知った後、チームから説明を受けました。

同僚の選手たちは、混乱とまではいきませんでしたが、個々人によって直面している状況が違うので、反応もさまざま。

特に、契約が今シーズン限りの選手たちはショックが大きかったと思います。本来なら6月までリーグ戦があるので、契約も6月末までですが、突然打ち切られてしまった。将来のことを考える時間が奪われたのは、あまりに厳しい。

ストラスブールは「いつ再開するか分からないから、どうするか?」というスタンスではなく、リーグ再開を明確な目標として動いていました。だから、外出制限が延長され、先が見えなくなっていく状況は全員にとって、とてもつらいものでした。

まさに「対岸の火事」だった新型コロナウイルス感染症

このチームに移籍したのは2018年ですが、その前に所属していたFCメスのある街から車で一時間半ほどだったので、所属する前に何度も観光で訪れていました。

旧市街が世界遺産に登録されていて、街も美しく規模も大きいため、いつか住めたらいいな……とは思っていましたが、まさか本当に住むことになるとは。オファーをもらったときは、自分でもびっくりしましたね。

スポーツや芸術は「希望であり心を動かされるもの」 サッカー選手・川島永嗣

2013年12月2日、フランス・ストラスブール、国末憲人撮影

チームの印象でいうと、サポーターが熱狂的。それから、スタジアムも観戦を楽しめるような工夫があって(編注:ファミリー席とウルトラス〈熱狂的なサポーター〉の席が分かれていたり、定期的にイベントが開催されたりしている)、素晴らしいと思いました。

メスもそうでしたが、特にストラスブールはドイツまで自転車や徒歩で行けてしまうくらいの場所にある。そのため、フランスでありながら、現地の人たちはドイツらしいというか、性格がきっちりしている印象を受けましたね。チームの規律やスタッフの人柄などに触れて、よりいっそう、そのように感じる機会が増えました。

2月の末にストラスブールで最初に新型コロナウイルスの感染者が出たときは、周りもあまり気にしていませんでした。あくまで「アジアで流行している病気」というイメージが強く、危機意識は低かったように思います。そこから、感染が広がるのは一瞬でした。1人出てから爆発的に広まってしまった。

フランスはマスクを着用する文化がないので、たとえば大型スーパーへ買い物に行ったときも、感染が拡大する少し前の時期は、1人、2人しか着用している人がいなかった。

清潔についての気配りというか、それも文化なのかもしれませんが、手をきれいに洗う意識もあまりなく、さらにインフルエンザのほうが死者は多いから、という話をしている人もいて、まさに「対岸の火事」でした。

そうして、3月17日にロックダウン開始。基本的には医療機関へ行くことや、生活に必要なものを買いに行く以外は、外に出られない状況に身を置くことになります。

フランス国内で病院のベッド数や人工呼吸器が足りなくなり、ストラスブールでもヘリコプターでドイツや国内南西部のボルドーに搬送されるケースが多くありました。受け入れ態勢がきちんと整備されていなかったこと。そのために爆発的な広がりを見せたのだと思います。

意外だったのは、5月11日に外出制限が緩和されたとき。フランス人は陽気な人が多いので、政府の発表とともに「これで外出ができる!」と騒ぎ出すんじゃないかと思っていたんですよ(笑)。

けれど、ストラスブールではみなが静かに日常生活を送っていて、マスクを着用する人も増えました。

今は「決まった人数しか店内に入ってはいけない」というルールなどを、人々がきっちりと守りながら暮らしています。カフェやレストランは現時点で、まだ再開していませんが、テイクアウトで営業しているところも多い。

街に少しずつ人が増えてきたので、日常を取り戻しつつあるという実感もあります。個人的には、外出制限時の感覚がまだ残っているので、あまり頻繁に外に出たいという気持ちはありませんね。

「普段とは違う」を言い訳にすると、何もできなくなってしまう

外出制限中は、極端に生活が変わったかと言われると、そうでもない。練習をする場所が家になったくらい、というイメージです。

トレーニング中に子どもが部屋に入ってきて、邪魔をしてくることはありましたけど(笑)、子ども向けメニューを作って、一緒にやることもありました。休息を取って、それから家族の時間という過ごし方だったので、そこまでの違和感はありませんでした。

スポーツや芸術は「希望であり心を動かされるもの」 サッカー選手・川島永嗣

自宅のトレーニングルーム (写真提供=川島選手)

ゴールキーパーは、ほかのポジションの選手とトレーニングも違ってきます。たとえば、コーチがボールを投げてそれを掴(つか)む「キャッチング」はキーパーだけの練習。

けれど、ボールを投げてくれる人がいないので、自宅にいると難しいわけです。だから壁のできるだけ硬いところにボールをぶつけてキャッチするなど、もう工夫ですよね(笑)。そうやって、なるべくボールに触れるようにしていました。

もちろん、普段と比べればできないことのほうが多かったけれど、それを言い訳にしてしまうと何もできなくなってしまいます。今ある環境でどういうトレーニングができるのか、です。

「考える楽しみ」じゃないですが、どうしたらキャッチングの感覚を保てるか、感じられるかを考えてメニューを作る。そうやってトレーニングをしていました。

その後の、子どもと遊ぶ時間が一番心穏やかになるというか、リラックスできる時間になったと思います。

サッカーを一緒にすることもありましたし、子どもが「きかんしゃトーマス」に夢中になっていたので、とにかく毎日おもちゃの線路を作って壊して作って壊してという、スクラップ・アンド・ビルド(笑)。制限で学校には行けないので、できるだけ一緒に遊ぶようにしていました。


料理をすることも同じように、落ち着ける時間でしたね。ずっと自宅にいると、1人の時間がだんだんなくなってきます。そういった意味で、料理している時間はリラックスできたかなと思います。

サッカーができなかった経験を糧(かて)にして

以前、移籍先のチームがなかなか決まらず、無所属の時期を経験して「サッカーがやりたい。怪我(けが)をしているわけじゃないのに……」と葛藤を抱えたことがありました。

そのときの経験というのはやはり生きるもので、サッカーができないときに、自分がどういう気持ちになって、どういう生活をすればいいのか、頭の中ではっきりしていたんですね。

サッカーができないことはストレスですし、やりたいという気持ちは常にありましたが、コロナウイルスで多くの人命が失われている中では「早くこの状況が改善されてほしい」、その気持ちが第一です。

スポーツの持つ力というのは、こういった状況下で誰かの心に寄り添えることや、感動を与えることです。その意味では、自分のことを考えるよりも、再びサッカーで活力をみんなに届けたい。そう思っていました。

その日その日に一喜一憂するのではなく、長期的に見て、いざサッカーができるようになったとき、自分はどういうコンディションでいられるのか。チーム内の競争を勝ち抜くには何をすればいいか。より良いパフォーマンスをするためにはどういうトレーニングをしたらいいのか。

そういうスタンスでいたので、外出制限中は準備期間だと捉えて過ごしていました。もちろん早くサッカーをやりたい。けれどその結果、多くの人が犠牲になってしまうことはまったく本意ではありません。

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トレーニング用の機材。チームからのメニューや、自主トレに使用(写真提供=川島選手)

今回のことをきっかけに、フランス、あるいはヨーロッパ全般かもしれませんが、スポーツを含む文化のあり方に改めて気付かされました。

フランスでは厳しいロックダウンの中でも、健康目的での散歩やランニングはしてもいいことになっていました(編注:集団でのスポーツ、他人と接触するスポーツを目的とした外出は禁止)。屋外での運動が禁止されていたスペインやイタリアよりも寛容だったと思います。

それは、運動をすることで、ああいった難しい状況でも心が保たれる、発散できる部分があると考えているからですよね。この国の人たちはスポーツが精神面に与える影響の大きさ、スポーツによって心が健全になることを、しっかり認識しているんだなと感じました。

個人的な意見ですが、人生においてスポーツや芸術は、ある意味、希望であり心を動かされるもの。そして心を豊かにしてくれるものです。こういう時期だからこそ、人の心は豊かであるべきだと思いますし、人の心に寄り添うことがスポーツや芸術の役割だと考えています。

スポーツ選手も、文化に携わるアーティストも「誰かの心に寄り添う存在」であるための努力を、今後も続けていかなければなりません。

スポーツや芸術は「希望であり心を動かされるもの」 サッカー選手・川島永嗣

Zoomを使用して現地の川島選手に話を聞いた

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