20代ミュージシャンが語る“譲れない価値観”

人はコミュニティーに何を求めるのか 元地下アイドル・姫乃たまが「居場所」をスクラップ・アンド・ビルドした理由

洪水のように新しい情報が溢(あふ)れ、社会が回るスピードは日に日に増している。昨日まで何ひとつ不自由のなかった場所も、いつの間にか居心地が悪くなってしまった。

目まぐるしい現代を生きていると、誰しも急に足元がおぼつかないような感覚を抱くことがあるだろう。

そうなった時、自分の居場所を捨てて、次に進むべき道を見つけることは簡単ではない。

今まで培ってきた人間関係もあるし、立場もある。仕事でもプライベートでも、続けてきたことをリセットすることには、常に不安がつきまとう。

2019年4月30日、平成の終わりとともに10年間1人で背負ってきた「地下アイドル」という肩書きを卒業した姫乃たま。傍(はた)目には順風満帆に見えていた彼女は、何を思って自分の居場所を壊したのか。彼女が過ごし、決別した10年の軌跡が私たちにヒントを与えてくれるかもしれない。

言われるままに始めたアイドル

「知り合いのイベントに誘われ小さいクラブに行ったらアイドルが出演していて、それまでアイドルは遠い世界の存在だと思っていたので距離の近さに驚きました。関係者に『やってみれば?』と声をかけられて、偶然始めることになったんです。それまでアイドルについて全く知らなかったし、今でも好きかと聞かれたら具体的に好きなアイドルはいないです。小学生の頃からオタク気質の子に好かれることが多く、向いてはいたんだと思います」そう語る姫乃。

人はコミュニティーに何を求めるのか 元地下アイドル・姫乃たまが「居場所」をスクラップ・アンド・ビルドした理由

小学生の頃は「姫乃さん以外みんないなくなれ!」と言いながら男子が窓から飛び降りそうになったり、姫乃をめぐって男子が相撲を取り始めたりするなど、漫画のような過激なエピソードが出てくる。彼女の周りにはいつも人が集まっていたのかと思いきや、一見人気者の姫乃にも人間関係の悩みがあった。

「集団行動がとにかく苦手で、学校生活はつらいものでした。自己肯定感が低く、スクールカーストに馴染(なじ)めなかった。学校は自分の居場所ではありませんでした」

そのためアイドル活動でも自らがプロデューサー兼、マネージャー兼、営業と全て1人でこなすことになった。自ら作り上げたファンとのコミュニティーは家族以外で初めて獲得した居場所になった。

アイドルにとっての目標は人それぞれだが、ファンを増やし、活動の規模を大きくしていくことは一般的な戦略の一つだ。そのためにはファンとの団結を強めて、CDを一枚でも多く売り、より大きい会場でライブをすることが求められる。

その傾向は2000年代半ばから顕著になり、1人のファンがCDを何十枚も買うようないわゆる「特典会商法」と呼ばれる方法で規模を大きくするアイドルが増えた。

過剰な人気集めには違和感を覚えたものの、姫乃も自分とファンとのコミュニティーを大きくするために奮闘。着実にファンの数を増やしていった。

活動の幅はライブだけでなく、トークイベントや司会、撮影モデルにまで広がり月に15本以上のイベントに出演するように。また、ライターとしての仕事もこなし、連載の数は20本になった。

「アイドルはやりきった」

アイドルとして着実にステップアップしていった姫乃だが、彼女には元々アイドルとして成功したいという思いはなかった。いつかは就職し、会社勤めをすると思っていたので大学へ進学。卒業する頃にはCDの全国リリースや、自分のアイドル生活、地下アイドルカルチャーをまとめた書籍の出版も決まった。スケジュールは埋まり、収入も安定、アイドル活動は気が付いたら8年目を迎えていた。

彼女の成長を支え続けてきたのはファンとのコミュニティーだ。だが、彼女が地下アイドルとして成功し、自分を慕ってくれる人の数、そしてコミュニティーが大きくなればなるほど、そこはいつしか姫乃1人では把握できない、何か別の生き物のように形を変えてしまっていた。

「一部のファンは“姫乃たま”のコミュニティーしか居場所がない状態でした。アイドルとファン、ファンとファンの関係性以外に他の世界と接点を持たない人たちが少なくなく、新旧のファンの間で軋轢(あつれき)が生じてしまったようです」

半ば成り行きで続けてきたアイドル活動とそのコミュニティーは、いつしか彼女の手を離れ、歪(いびつ)な形になってしまっていた。彼女を形作ってきた土台が揺らいだようだった。

この時姫乃の胸には「アイドルを辞めよう」という気持ちが生まれたという。

「フッと『ああ、アイドルでできることはもうないな、やりきったな』と思いました。こういったトラブルも外的な要因の一つですし、いつかは辞めると思いながら続けてきた内的要因も重なって、そのタイミングが来たという感じです」

人はコミュニティーに何を求めるのか 元地下アイドル・姫乃たまが「居場所」をスクラップ・アンド・ビルドした理由

姫乃がライターとしてインタビューした元アイドルたちも、口を揃(そろ)えて「自然と『やりきった』と思う時がやってくる」と語っていたという。

また、どんどん増えていくアイドルの後輩たちに道を譲らなくては、という思いもあったそうだ。

「地下アイドルの肩書きを残したまま、現場からは一歩引いてプレイングマネージャーのように活動して『新しい地下アイドルの形』だと言い張ることもできたかもしれませんが、いつまでも居座っていたら自分のコミュニティーの風通しも悪くなってしまうし、地下アイドル業界全体にも失礼だと感じていました。ライターとしても、地下アイドル時代の昔話を書き続けても、進歩がないと思いました」

姫乃は潔く10年やってきた「地下アイドル」を辞めることを選んだ。それはコミュニティーに依存してしまい、閉じた世界の中で生きるファンがこれ以上社会から孤立しないようにという彼女なりの優しさでもあった。

辞めた後に未練が残らないように、最後の1年をかけて過去最大規模のワンマンライブを計画。新しく生まれ変わるには、今あるものを壊さなければいけない。その決意を表明するように、ライブのエンディングでは舞台装置を全て破壊した。スクラップ・アンド・ビルドの象徴だ。

提供写真:なかむらしんたろう撮影

提供写真:なかむらしんたろう撮影

「過去10年でレコーディングしてきた音素材をキーボードに入れて、それを床にたたきつけながら壊そうとしたんですが、なかなか壊れなくて。ボロボロになっているんですけど、音は鳴り続けるんですよね。なかなか終わらせてくれないなと怖くなってきて(笑)。ふとした瞬間に自分の手からキーボードが離れていって、『ああ、これで終われる』と思いました」

アイドルとしては大成功の幕引き。次のステージに向かえるよう19年の後半には、アイドル最後の期間を追ったドキュメンタリー映画の公開や、エッセー・小説の出版を予定していた。

だが、アイドルを辞めた直後に重度の鬱(うつ)症状に見舞われる。出演していたトークイベントの会場から救急車で運ばれる緊急事態もあった。

「地下アイドルを辞めて、そして病気を通して自分と向き合う時間が増えたことによって、やっとアイドル“姫乃たま”を客観的に見ることができるようになりました。当時は十分客観的に見ていると思っていたし、周りからもそう思われていたんですが、振り返るとすごく気持ちが張り詰めた状態で活動してたんですよね。そりゃ病気になるよ、と今なら思います(笑)」

人はコミュニティーに何を求めるのか 元地下アイドル・姫乃たまが「居場所」をスクラップ・アンド・ビルドした理由

緩やかに循環するコミュニティー

現在、姫乃はライター・歌手を名乗り、トークイベントなどにはファンが集まり、終了後には親しく一緒にお酒を飲む。活動内容はアイドル時代と基本的に変わらず、今もアイドル時代から応援してくれている人もいる。だが双方の関係性は対等になった。以前のように姫乃を神聖視するファンはおらず、姫乃もファンを一人の人間として見られる。

アイドル時代はどんな人でも受け入れねばと思っていたが、自分の志向にそぐわない人は無理に受け入れる必要はないと思えるようになった。

「これがアイドルから人間になるってことなんでしょうね」

作り直した現在のコミュニティーを姫乃はこう語る。

「アイドルを辞めて一人の人間として生きていく上で、ファンとの団結や過剰な応援は必要ありません。コミュニティーは『大きさ』や『強さ』を目的にすると歪(ゆが)んでいきます。ガツガツと貪欲(どんよく)にやっていると、失うものも多いです」

人はコミュニティーに何を求めるのか 元地下アイドル・姫乃たまが「居場所」をスクラップ・アンド・ビルドした理由

今の姫乃にとって一番大事な価値は「風通しの良さ」だという。自分にとって居心地がいい居場所を作り、誰でも出入りできるように間口を広くしておくこと。ファンを囲い込んだりするのではなく、誰でもふらっと入れて、合わない人はすぐ出ていける。姫乃自身も含めて誰もが複数のコミュニティーを行き来できる。そういった風通しの良さが、今のコミュニティーにはあるそうだ。

「ただ、完全にオープンにしてしまうと、コミュニティーとしての価値がなくなってしまいます。敷居は低いけど、適度に閉じている。半分が常連で、半分が新規のお客さん、それでみんなが楽しく飲んでいる居酒屋みたいになれればいいなと思っています。緩やかに循環するイメージですね」

同じ場所で同じことを長く続けて成長していくことが良しとされていた時代があった。しかし、情報が多く、流動性が高まった現代では、誰もがそうやって生きていけるわけではない。むしろ、一カ所に固執することで停滞し、淀(よど)んでしまうかもしれない。

姫乃のように今いる場所で「やりきった」と感じた時は、思い切ってそこを離れ、次の場所を探すタイミング。逆に未練が残るのであれば、まだそこがあなたのいるべき場所なのかもしれない。

「自分にとって一番大切なことは何か」。シンプルだが、他人には解けない難問だ。社会や常識の物差しから一度離れ、自分と向き合い答えを出すしかない。人がうらやむ華々しい舞台から降りた姫乃は、すっきりとした顔で新しい道を歩んでいる。

(文・張江浩司 写真・林紗記)

プロフィール

人はコミュニティーに何を求めるのか 元地下アイドル・姫乃たまが「居場所」をスクラップ・アンド・ビルドした理由

姫乃たま<ひめの・たま>

1993年、東京都生まれ。2015年、現役地下アイドルとして地下アイドルの生態をまとめた『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー)を出版。以降、ライブイベントへの出演を中心に文筆業を営んでいる。音楽活動では作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に「
パノラマ街道まっしぐら」「僕とジョルジュ」、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)、『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)などがある。

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PROFILE

  • 「20代ミュージシャンが語る“譲れない価値観”」ライター陣

    宮崎敬太、阿部裕華、張江浩司

  • 張江浩司

    1985年北海道生まれ。居酒屋店主、タレントマネージャーなどを経て、2020年よりフリーランスのライター、司会、バンドマン、イベンターとして多岐にわたり活動中。傍目からは「あの人何して生活してるの?」とよく言われる。レコードレーベル「ハリエンタル」主宰。

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