岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

コロナ禍で大きな打撃を受けたエンタメ業界で、表現者たちがいまできることを模索している。ポップミュージックシーンの第一線を走り続けるバンド・くるりは、今春に組んでいたライブを中止し、全く予定のなかったアルバム制作に着手。未発表音源を集め、最新アルバム『thaw』を5月にリリースした(配信は4月)。

同じく急ピッチで作られたのが、アルバム収録曲「心のなかの悪魔」のMVだ。漫画を用いたリリックビデオで、女性の本音をあけすけに描き注目を集める漫画家・鳥飼茜が、本作のためにネームを書き下ろした。「普通の状況なら、私にこの話は回ってこなかったと思う」。今回のMV制作について鳥飼はこう振り返る。

コロナ禍で創作のあり方はどう変わったのだろうか。5月下旬、いま作り手として考えていることを語り合ってもらうべく、くるりのフロントマン岸田繁と鳥飼茜の対談を実施した。公私ともに親交のある二人は、時に冗談を交えながら、創作に対する率直な思いをぶつけ合った。(敬称略)

プロフィール

岸田繁(きしだ・しげる)
京都府出身。ロックバンドくるりのフロントマン。 作詞作曲の多くを手掛け、多彩な音楽性で管弦楽や映画音楽の制作、CMやアーティストへの楽曲提供も行う。2016年より京都精華大学にて教鞭を執り、18年には特任准教授に就任。

鳥飼茜(とりかい・あかね)
大阪府出身。2004年に「別冊少女フレンドDXジュリエット」でデビュー。『おんなのいえ』や『先生の白い噓』など社会における女性のあり方に問題提起した作品が話題に。現在「週刊ビックコミックスピリッツ」にて『サターンリターン』を連載中。

「学園祭」のような発想で作られたMV

――今回のコラボレーションの経緯について聞かせてください。かねてお二人は親交があったとうかがっていますが、どんな友人関係を築いていたのでしょう?

鳥飼 友人というのはおこがましい感じがします(笑)。私はもともと学生の頃からくるりのファンで、大人になってからも聴いています。その岸田さんがツイッターで、私の『地獄のガールフレンド』を褒めてくれているのを見かけて大興奮して、それをきっかけに3年ほど前、対談させてもらったんです。覚えてはるでしょうか? 最初にお会いしたとき、岸田さん、ウンコの形の話をしてましたよ。

岸田 せやったっけ(笑)。

鳥飼 「4の形のウンコが出た」って。

岸田 違う違う、「8」の形。僕、他人に朝出たウンコの話をそんなにするほうじゃないんですけど、そのときマジですごかって。まあ、それはさておき、僕は漫画好きなのでいろいろ読んでたんですけど、鳥飼さんの漫画を読んだときには「すごいのが来たな」って思いましたね。

――今回、なぜ鳥飼さんにMVとして描き下ろしをしてもらうことになったんでしょうか?

岸田 新型コロナウイルスが広がって、3月頭くらいには春のライブツアーの中止を決めたんですが、いうたら僕らはコンサートで食べてる人間なんで、「やめよう」では仕事がなくなるだけでいろいろまずいんですよ。それで、未発表音源集をつくってパッと出すことにして、4月の半ばには配信、5月にCDになりました。

ツアー中止の損失を取り戻すことはできないけど、モチベーションを取り戻すためにもしっかり売りたかった。それもあってMVをつくろうと思いました。ただ、集まって撮るわけにもいかへんし、お金もかかるからどうしよか、というときに、誰かが打ち合わせで「漫画がええんちゃうか」と。そこで鳥飼さんの名前が出たので、「ちょっと、ビデオつくらへん?」と連絡しました。

岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

奥山由之撮影

鳥飼 岸田さんは仕事量をものすごい気にしてはって。「あんまり手間がかかってはいけない」という前提で話をしてましたね。ある程度ラフなものの良さが出せたらいいかな、みたいな。エンタメって通常はいろんな立場の人を絡ませてお金をかけて成り立っている仕事だけど、みんなが制限かかってる今だから、ラフなものを最上級に活(い)かした作品づくりを目指す、という発想になったのだと思いました。学祭みたいな感じですよね。「クラスでできる最大級のことをしよう」というのは、クラスという括(くく)りがあるから起こり得る。そう思ったときに、やっとMV制作へのリアリティーがわきました。

――では岸田さんから具体的なイメージの指定があったわけではなくて、楽曲を聴いた鳥飼さんが自由に描かれたんですね。

鳥飼 自由です。むしろもうちょっとなんかアイデアくれよっていうくらい、なんもなかったです。

岸田 (笑)。

鳥飼 でも、「この時期につくったものである、ということが少しでも出ているものになるのを望んでいます」というふうにはおっしゃっていたので、そこは意識しました。

岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

鳥飼茜

――このMVは部屋を舞台にした人間模様が描かれていますが、たしかに歌詞と漫画(絵)がリンクしていくことで、「部屋の中=頭の中の閉塞(へいそく)感」が描き出されているように感じました。

岸田 僕と鳥飼さんは、もののとらえ方とか方法論が全然違って、鳥飼さんに対して「よくこんなこと描けるな」と思うんです。人が無視するようなところをそこまで掘るか、と。でもそこまで掘らないと絶対に見えてこないものがあって、そこが見られるから面白い。

たとえば連載中の『サターンリターン』でいうと、全体の泥のような不穏さや、人間自体のダメさみたいなものを描いていらっしゃるでしょ。僕が作家やったら、同じテーマでもすごく突き放して合理的なトーンで描く気がするんですよね。でも『サターンリターン』は、変に人肌を感じさせて気持ち悪さがすごい。「うわ! 目ぇこわ!」みたいな。物事をどこか異常なまでに煮詰める感じがあって、そういう部分にすごく共感するんです。

鳥飼 私の中では、ずーっと弱火で豆を煮ているみたいな状態で、いろんな感情や考えが煮詰まっていて、それをいつでも取り出せます。コロナ以降は特にそうで、連載中の『サターンリターン』を描きながら、このままフィクションを描き続けていくだけでいいのか、ほかに何か言うべきことを言ったほうがいいんだろうか、と考えてました。そこに今回のお話をいただいて、ちょっと失礼かもしれませんが、私が煮詰めていた気持ちをサラッと人が見てくれる、いい受け皿だと思いました。音楽が主役で、それと同時並行で見せられる物語って、距離感としてちょうどいいな、って。だから「心のなかの悪魔」のネームは、めっちゃ考えて何も出ない、っていう感じではなかったです。

岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

飯本貴子撮影/telling,

 

――とはいえ、音楽があって、それに並走するネームを描くというのは鳥飼さんにとっても初めてですよね。具体的に、自分の中で音楽をどうやって漫画という別の表現に落とし込んでいったのでしょうか?

鳥飼 最初は本当に焦りました。くるりのMV制作を頼まれた状況を、みんなに想像してみてほしい……。「え、私に何ができる??」って思いますもん。自分のやりたいことをやるのか、音楽ありきでそこに寄り添うのか。最初は後者で考えたんですけど、そうじゃないものを岸田さんは求めてはったし。「なんやったら漫画と歌は全然関係なくていい」みたいなこと、言うてませんでした?

岸田 言うてた、言うてた。

鳥飼 ですよね。それでどう表現しようか悩んでいたのですが、いざ曲をもらって聴いたら、また失礼な言い方ですけど、「はいはい、オッケー」って思った。もともと私はくるりというものに対して圧倒的な信頼がある。私が創作を始めたときからずっとお世話になっているというか、伴走してくれていた。だからきっと今回も、私のやりたいことを素直にやっても、そんなに外れたものにはならないという自信が生まれてきたんです。無理に寄せようとしなくても、自分の創作の範疇(はんちゅう)で動けば、この曲にぶつかることができるな、って。

岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

鳥飼茜

岸田 僕は、曲と漫画があったときに、それぞれのストーリーみたいなものがあるって、普通のことやと思うんですよ。たとえば「ドミソ」って和音があったら、「ド」は2分音符でとか、「ソ」は8分音符ですぐ「ラ」にいきますとか、それぞれが別個のストーリーを描いていって、混ぜて聞いたらめっちゃいい、みたいな。そういうのが音楽やと思っていて。

今回のビデオは、そういう意味で音楽っぽい。本来は漫画と音楽の主従関係がしっかりしているほうが成立させやすいのかもしれないけど、このMVでは「全然関係なくていい」っていう雑なお願いをして、すごく難易度高いことにチャレンジしてもらいました。せやから、曲だけでも漫画だけでもそれぞれいいものとして成立しているんですけど、ビデオでセットで見たら「それでしかない」っていう、すごみのあるものになったんちゃうかなと思います。

まともな評価は時間が経たないと下されない

――2009年制作の「心のなかの悪魔」をはじめ、今回のアルバムの収録曲はどれもかなり以前につくられたものが多いですよね。漫画も音楽も、当たり前ですが世に出したらずっと残り続けます。受け取られ方や評価は時代とともに変わっていきますし、特にこの10年あまりの間、社会の価値観の変化が著しいなかで、創作者の方々が過去の作品をどう引き受け続けるのか、という点に興味があります。

岸田 僕がつくってるものというのは、誰かにとってはお金払って買うてくれる商品やったりするわけですよね。でも、すごく失礼な言い方をすると、僕にとってはウンコしてんのとあんま変わらないんですよ。自分から出てしまったもの、みたいな。

鳥飼 (笑)。

岸田 もちろんがんばってつくりますし、“快便”にするために、もとい最高のものにするために努力をしています。ところが、作品の良さというのは、そんなにすぐわかるものではない。いまのポピュラーミュージックの世界では、「何かのテレビ番組で取り上げられた」とか「いいタイアップがついた」みたいなことがヒットとつながっているパターンが97%くらいあるのでしょうけど、一方で、「音楽の父」と呼ばれるバッハが、作曲家として評価を高めたのは没後70年近く経ってから。メンデルスゾーンら音楽家がバッハのすごさを再発見したからです。

せやから、作り手は「これ、なんかいいかも!」って思いついたものを大事にして一生懸命作品をつくっていたら、200年後くらいに誰かが拾うかもしれない。何か時代の大きな変化……それこそリーマン・ショックや今回の新型コロナのような出来事があると、人自体の感受性や感覚、常識みたいなものが変わっていくし、いろんなものの受け取り方も変わっていきますからね。

岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

井上嘉和撮影

鳥飼 漫画は基本的に、その時世に人が何を見たいかと、自分が何を思っているかの兼ね合いだと私は思ってます。どっちかだけではあんまり成立しない。若い頃に描いた漫画だと、大勢の人がどう読むかは無視していても、「友達の◯◯ちゃんはどう思うかな」というのはあって、やっぱり他者ありきではありました。というか、今もそうかもしれない。

当然時代によって評価の軸は変わるでしょうけど、私自身は、むかし誰かに書いた手紙を読み返して「間違ってるな」と思わないのと似ていて、過去の作品に対して「そのときはそう思ってたし、そういう関係性やったよね」という証しが残っていると思うくらいです。

将来的に評価されるかどうかという話で言えば、漫画も後世に残るものは残るでしょうけど……私はあまり想像がつかないというか、やっぱり音楽とは事情が違ってきますよね。漫画は目と脳で処理するので、どうしてもメッセージ性をもって受け止められる。もちろん音楽にもそれはありますが、やはり「音がある」というのは圧倒的な事実で、そこで言葉で何を言おうとも、音が耳にどう響くか、それが心地よいか、という体感が何より先行するじゃないですか。そういうところで、100年後に突然評価されたり再解釈されたりするのは、あり得る話だと思えるんです。

岸田 僕は商業音楽のシーンで20年以上やってきたなかで慣らされてしまった自分を取り払いたくなって、いつからか「絶対誰が聞いてもわからんメッセージを入れたろう」と思うようになりました。

それは最初はいけずで、あるいはギャグでやりだしたんかもしれんけど、だんだんそっちがほんまみたいになってきて、今はそれこそが楽しくなってる。人に理解されないことが楽しいってことじゃないんですけど、自分で解いたすごい謎みたいな作品を最近はつくり続けてる感じがします。

鳥飼 謎を答え込みで書いてるような感じですか?

岸田 「俺が解けた謎」かな。そこまで親切やないんですけど、「俺だけがわかった!」をやってる気持ちではいます。でも「これ、なんかいいかも」って思ったものを大事にするってほんまに重要で、いま大学でもそういう話をしています。いわゆるソングライティングを教えていて、最近の子たちは器用で上手やけど、みんな「Aメロ→Bメロ→サビ」という、要はJ-POPの王道パターンしかやらない。それを否定するわけじゃないけど、すごく良いAメロができたのに「Bメロとサビもつくらなあかん」って感じで無理やりつながってるようなものも多くて。

せっかく自分で思いついたんだから、そのAメロで描いたものを、たとえば音価(楽譜上で音に与えられた時間の長さ)を倍にしてみるとか違うハーモニーをつけてみるとかして、ひとつの資源を有効に使っていったほうがつながりも良くなるよ、というような話をよくするんです。思いついたアイデアを、もっと大事にしてほしいって。

鳥飼 漫画も同じようなことが起きるんですよ。新人で読み切りを載せてもらってるくらいの時期だと、起承転結がしっかりあってキャラクターが強くて、っていう判定基準があります。それってAメロ→Bメロ→サビみたいなことなんだと思います。

新人の頃は、それにちゃんと及第していないといけないという気持ちが強くなりがちなんですけど、傍(はた)から見ているとそれは残念なことで。「これ、いるんかな?」という部分を描くのが、この子のいいところやったのにって。

そういうのって本当にちょっとした設定やったりするし、たぶんモノをつくってないと見えないんですよ。けど若い人は、「これはオリジナルで、自分の関心事だ」って自信がないから、それ一本でつくれないんですよね、たぶん。だから私のところに来てる新人の子に「ここのところだけでもっとギューッと伸ばしてやったらいいんちゃう?」という話をしたことがあります。あえてヤマとかオチをつけると、その良さが埋もれてしまうから。岸田さんが言ってるのも、たぶんそういうことですよね。

岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

山本和生撮影=2019年2月20日/朝日新聞社

 

岸田 そうそうそう。以前シンフォニーをつくったとき、僕にとっての心の師匠みたいな人に自信満々で曲を聴かせたら、同じことを言われたんですよ。「ひとつのモチーフを大事にしなさい」って。そのときにもらったサジェスチョンがあまりにも的確やって。書いた音符ひとつひとつを長くするとか、繰り返しの回数を変えるとか、書いたオタマ(オタマジャクシ=音符)を逆から読むとか。そこでいろんなことに合点がいったんです。

一つの資源を最大限利用する感覚でやってみると、そっちのほうが実は本質に近いのかなと気づくこともあって、実は調子ええときはそういうことを自然とやっている。でも欲が出るとできなくなる。これはいけずな言い方かもしれへんけど、鳥飼さんがおっしゃるように、その感覚は作る人しかわからへんと思う。

鳥飼 私が今おいしいと思ってるのは“ここ”だから、読んでる人にどれだけ伝わるかわからんし、意味あるかないかもわからへんけど、“ここ”をとにかく伝えることが、ヤマとかオチとか考えるよりも新鮮味をつくりだせる、みたいな進め方というか。

岸田 そうそう。少なくとも僕はいまそういう気持ちで音楽に向き合っています。そうやってつくった作品が100年後とかにわかってもらえるかもしれんし……まあ、そう考えないとやってられないっすよね、という話やけど(笑)。ほんまに「誰か、はよ気づいてや」って思ってますよ。

(構成/斎藤岬 トップ写真/馬込将充)

作品情報

岸田繁×鳥飼茜 「誰か、はよ気づいてや」 自分だけのテーマを煮詰める喜びと孤独

『thaw』
価格:2700円(税抜)
VICL-65396

1. 心のなかの悪魔
2. 鍋の中のつみれ
3. ippo
4. チェリーパイ
5. evergreen
6. Hotel Evropa
7. ダンスミュージック
8. 怒りのぶるうす
9. Giant Fish
10. さっきの女の子
11. 人間通
12. Only You(ボーナストラック)
13. Wonderful Life(ボーナストラック)
14. Midnight Train(has gone)(ボーナストラック)
15. ヘウレーカ!(ボーナストラック)

QURULI | 心のなかの悪魔特設サイト
http://quruli.net/thaw/#manga

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