日本はウマい

<06> まるで自然と一体化するかのよう 徳島の懐石で心を清める

全国の飲食店巡りをライフワークとするグルメジャーナリスト・マッキー牧元さんが、2019年に訪れた300軒近くの中から、心に響いた地方の飲食店を紹介します。今回は徳島の森の中、ひっそりと佇(たたず)む懐石料理店のお話です。

     ◇◆◇

地の旬の食材を生かし、お客様を迎える。
懐石(かいせき)の精神を生かした割烹(かっぽう)料理こそ、地方で出会わなければならないものだと思っている。
そのため各地に出かけると、良き割烹を探し、訪ねる。
カウンターや座敷に座り、土地土地の空気を肌に感じながら、お料理をいただく。
食べ進むうちに、心と体が、自然と一体化していくような気分となって清められる。
それが各地で良き割烹と出会う楽しみである。

森の中でひっそりと客を待つ

「虎屋 壺中庵」は、そうした地方にある名割烹の中でも、突出した存在であろう。
なによりその佇まいがいい。
市の中心部から、車を走らせること40分の佐那河内村、ひなびた山里を流れる園瀬川のほとりに店はある。

森の中で灯(あか)りが一つ、ひっそりと客を待っていた。

森の中にひっそりと佇む

森の中にひっそりと佇む

門をくぐり、山の情景を表した庭を眺め、家屋に招かれ、座敷に座る。
川のせせらぎが耳を震わす。
木々の緑が目を休ませる。

目をつぶればここは、部屋の中ではなく、里山の森に包まれている。
店主・岩本光治氏は、京都嵐山「吉兆」の創業者・名料理人として知られた湯木貞一氏の薫陶を受けたという方である。
こんな山里で、湯木氏の教えを守り続けられているのか。
いや、こんな山里だからこそ、守り続けられるのだろうか。
地を生かすその料理は、まさに「大味必淡」である。

口の中に滲み、鼻から抜ける幸せの風味

うすい豆のおひたしと炊いたアワビは、淡い淡い吸い地の中にあるが、アワビを嚙(か)めば、滋味を含んだ味がじっとり滲(にじ)み出す。

うすい豆とアワビ

うすい豆とアワビ

牡丹鱧(はも)とじゅんさいの煮物椀は、ギリギリの淡さで仕立てられたつゆが、舌を清める。

牡丹鱧とじゅんさいの煮物椀

牡丹鱧とじゅんさいの煮物椀

お造りは、車えびに驚かされた。
繊維を嚙みしだく喜びがあって、雑味がみじんもない。
嚙みしだき、飲み込んだ後から、エレガントな甘い香りが、ふっと鼻に抜けていく。

マコガレイ、ハモ、車えびのお造り

マコガレイ、ハモ、車えびのお造り

おそらく包丁の入れ方にも工夫があるのだろう。
さらには、なんというマコガレイだろう。
脂の甘い香りの中から、旨(うま)みがこれでもかと湧き出てくる。
ゆず果汁のちり酢(ポン酢しょうゆ)につければ、なぜか肝の香りが、通り抜ける。
若鮎の塩焼きは、バリッと自らの脂を生かして焼かれて香ばしく、頭から齧(かじ)る幸せを満たす。

若鮎の塩焼き

若鮎の塩焼き

そして添えられた蓼酢(たでず)の、なんと旨みが深いことか。

たくましい鮎の後は、塩も出汁(だし)の旨みも薄口の旨みも感じさせないような、極めて淡い漬け地による胡麻菜のおひたしを出して、舌をリセットさせ、次の蒸し物への準備を整えさせる。

胡麻菜のおひたし

胡麻菜のおひたし

海老しんじょの頰を寄せたくなるような、丸く優しい甘みに惚(ほ)れ、冬瓜のかすかな息吹に、唸(うな)る。

冬瓜と海老しんじょ

冬瓜と海老しんじょ

あえて甘さを添えながら瓜の風味を生かした白あえに続き、うなぎが出された。

うなぎのタレ焼き

うなぎのタレ焼き

ご主人が自ら近所の清流で釣られたというメソっ子(若魚)で、嚙み締めていくうちに香りと味が変化していく複雑さが、天然のありがたみを体に伝える。

静かに更ける夜に、深く手を合わせる

最後は白いご飯が出された。
今まで出してきた料理の余韻を消さない、ただしき白いご飯が湯気を立てる。

<06> まるで自然と一体化するかのよう 徳島の懐石で心を清める
これぞ懐石の心である。
添えられたキュウリの浅いぬか漬けが、みずみずしく弾ける。

キュウリとなすのぬか漬け

キュウリとなすのぬか漬け

夜が更けていく。
日本の初夏に深く深く、手を合わせて、箸を置く。

店情報

虎屋 壺中庵

徳島県名東郡佐那河内村上井開1
088-679-2305
営業時間:12:00〜14:00、18:00〜(要予約)
定休日:不定休

PROFILE

マッキー牧元

1955年東京生まれ。立教大学卒。年間幅広く、全国および世界中で600食近くを食べ歩き、数多くの雑誌、ウェブに連載、テレビ、ラジオに出演。日々食の向こう側にいる職人と生産者を見据える。著書に『東京・食のお作法』(文藝春秋)『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。市民講座も多数。鍋奉行協会顧問でもある。

<05> 思わずため息がこぼれる 心を優しく包み込む秋田の盃

一覧へ戻る

<07> 「これはラーメンではない」 札幌の高級“麺料理”に感じる大地

RECOMMENDおすすめの記事