小川フミオのモーターカー

戦闘機から宇宙船へとテーマを広げたコンセプトモデル GM・ファイアバード

私が少年のころ、「鉄腕アトム」と結びつくほど、強い未来感覚を抱いていたクルマが、ゼネラルモーターズの「ファイアバード」だ。ひとことでいうと、成層圏まで飛べるジェット機のようなデザイン。

【TOP写真:GMのデザインスタジオを率いた伝説的な人物ハーリー・アールと、ファイアバード・シリーズ(奥からⅠ、Ⅱ、Ⅲ)】

私は、ファイアバードの写真を見て、未来は、クルマと飛行機が合体すると思った。いたるところに翼を思わせるスタイビライザー(自動車用語だと空力付加物)を持ったボディーと、ガスタービンのエンジン。さらに、ステアリングホイールはなく、ジョイスティックで操作を行う設計だったからだ。

タイヤのついたジェット戦闘機ともいうべきファイアバード1

タイヤのついたジェット戦闘機ともいうべきファイアバード1

このころ、ゼネラルモーターズは「モトラマ」という全米巡回型の展示会を開催していた。1949年から61年にかけて、今の言葉でいうコンセプトモデルを展示し、消費者の欲望を刺激し、ゼネラルモーターズの先進的なイメージを植え付けるのが目的だったのだ。

ファイアバードは、54年のファイアバードⅠにはじまり、何年にもわたって開発が続けられ、上記モトラマを中心に展示。そこで来場者に強くアピールした。しかも、背景には、スペースエイジの勃興があったはずだ。

ファイアバード1とハーリー・アール

ファイアバードⅠとハーリー・アール

57年のソ連のスプートニク打ち上げをきっかけに、米国においても、一般の宇宙への興味が高まっていた。ゼネラルモーターズも、そこでクルマのテールフィンを巨大化。戦闘機から宇宙船へと、テーマを広げていった結果がファイアバード・シリーズなのだ。

パワフルなタービンエンジンも、当時は、本気で研究されていた。ファイアバードⅠは、テストで時速160キロをマーク。そこでタイヤが破裂したため、最高速の追求が中止されたとか。

ファイアバード3

ファイアバードⅢ

ファイアバードは量産を当初から考慮していなかったかもしれない。ただし、当時、さまざまなメーカーが研究していたガスタービンとか、空力ボディーとか、含まれていた技術的な内容は将来へとつながる可能性のある真摯(しんし)なものだったといえる。

個人的に好きなスタイリングは、58年に発表されたデュアルコックピットのファイアバードⅢだ。おそらくこのクルマに影響を受けた自動車デザイナーは世界中にいたはずだ。

たとえば、イタリアのジョルジェット・ジュジャーロのイタルデザインが1990年に発表した「アズテック」だって、ファイアバードのジュジャーロ流解釈ではないかと、(少なくとも私は)思った。そしてなんだか嬉(うれ)しくなったものだ。

7枚のスタイビライザーを備えたファイアバード3

7枚のスタイビライザーを備えたファイアバードⅢ

(写真=GM提供)

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PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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