ニューノーマル白書

「食直しで世直し」訴え、生産者と消費者をつなぐ ポケットマルシェCEO 高橋博之

モノの集約を妨げ経済の効率と成長に打撃を与えた新型コロナウイルスは、世界のあり様を一変させました。「ポスト・コロナ」ならぬ「withコロナ」時代には、経済も社会生活も、新しい価値を見いだすことが求められています。私たちがこれから迎える「新たなる日常」を生きるヒントを各界のパイオニアたちに聞く「ニューノーマル白書」。今回は、東日本大震災を機に生産者と都市生活者を「かきまぜる」メディア、「東北食べる通信」と「ポケットマルシェ」を創業した高橋博之さんに、「食からの世直し」の実践を聞きます。(トップ写真撮影:黒田知範)

需要消えたマダイ5670尾を個人直売

都道府県をまたいでの移動自粛要請が解除となった6月19日。高橋博之はフェイスブックにこう書き込んだ。

「三重県南伊勢町の漁師・橋本純がチャレンジした『コロナ禍で行き場を失った養殖真鯛5670匹をネット経由で個人直販する』というプロジェクトがついに完遂!」

橋本が経営する友栄水産では、春に需要の高まる「桜鯛」とも呼ばれるマダイを養殖している。例年4、5月には月に2万5000~3万尾を市場に出荷してきた。それがコロナによる飲食店や旅館の営業自粛で注文が激減。これから育つ稚魚もいるので生け簀(す)を空けなければならず、成魚を売りさばかなければならなくなった。

そこで生産者と消費者を直接繋ぐスマホアプリ「ポケットマルシェ」を初めて使い、「コロナゼロ」と語呂合わせした5670尾を個人消費者に通販することにした。「尾頭付きの魚」を一般家庭に売れるのか? そんな不安の中でスタートしたのは4月初め。ところが通常の市場出荷価格よりも高い値段で出品しながら、消費者には「スーパーで買うより安い」と喜ばれ、約2カ月で完売した。

橋本はその間、Zoomでタイのさばき方や美味しい調理法を流した。消費者からは連日、「美味しかった」「こんなふうに調理しました」と反応が届き、そのやりとりにこれまでにない喜びを感じたという。

あるいは、こんなエピソードもある。

同サイトのヘビーユーザーである杉並区の小学校3年生の子どもを持つ主婦Iさん。3月下旬に東京都などが出した外出自粛要請前後から始まったスーパーでの食料品の買い占め報道を見て、彼女にはポケットマルシェのたくさんの生産者から「食べ物に困っていないか? ないなら送るから」「気が滅入っていない? なんなら子どもを連れてこちらに遊びに来ないか?」とのメッセージが届いた。「いつのまにか、親戚より心強い地方の生産者さんとつながっていることを実感しています」と彼女は言う。

仲買と農家が、鶏の餌にする魚と野菜を物々交換している様子を取材する高橋(左)=福島県相馬市

仲買と農家が、鶏の餌にする魚と野菜を物々交換している様子を取材する高橋(左)=福島県相馬市(撮影:玉利康延)

「第一次産業の課題わがことに」震災で理解深めた若者

産地直送をうたうサイトは数多くある。だがポケットマルシェは、生産者と消費者をダイレクトにつなぎ、経済的なやりとりだけでなく互いのコミュニケーションを深めることも目指している。消費者と生産者がサイト上で繋がり、双方向で会話する。その点が、生産者の顔は見せても消費者から彼らに直接コミュニケーションは取れない他のサイトとは異なる点だ。

2020年2月と6月末時点を比較すると、ポケットマルシェの登録生産者数は45%(約2900名)増、ユーザー数375%(約19万5000名)増、まさに食のニューノーマルが一気に広がったのだ。

なぜいまオンラインマルシェなのか? なぜ生産者と消費者のコミュニケーションにこだわるのか?  そこには、高橋が東日本大震災後に始めた「生産者と消費者をかきまぜる」「食直しは世直し」という思想が流れている。

「東日本大震災が起きたとき、生産者と消費者の分断こそが生産者を苦境に追い込んできたことに被災地で気づいたんです。都会から支援に訪れたボランティアの若者の多くが、生まれて初めて生身の漁師に会ったと話していました。そして魚を獲ったり貝を育てたりする漁業の世界の魅力と難しさを知り、生産者に敬意を抱き、結果として海産物の価値が上がっていきました。若者たちは第一次産業の問題を『自分ごと』化していったんです」

事業を始める前、生産者開拓のために訪れた牧場で=岩手県遠野市

事業を始める前、生産者開拓のために訪れた牧場で=岩手県遠野市

震災前、高橋は30歳で岩手県議に当選して2期5年務め、震災直後には岩手県知事選に立候補。沿岸部の巨大な防潮堤建設に反対し、第一次産業の再生を掲げて選挙戦は海岸部を約270キロ行脚した。当時、高度経済成長期には全国で約80万人いたとみられる漁師は、約18万人に激減。農家(主業農家)は約36万戸で、その数は毎年万単位で減っていた。第一次産業の再生は、そのころから感じていた大きな課題だったのだ。

「でも県知事選の結果は次点で落選。それまでは政治家として口で話してきたわけですが、今度は手足を動かして第一次産業を再生する事業をやってみようと実業家に転身することにしました。田舎の生産現場を盛り上げるためには都会の消費者とつながないといけないと気づき、考えたのがいまのポケットマルシェの前身で、食べ物付きで生産者の物語を伝える『東北食べる通信』というメディアでした」

全国40カ所で「食べる通信」発刊

2013年に発刊した「東北食べる通信」は高橋が編集長となり、東北各地のえりすぐりの生産者を毎月一人(軒)取材。その生き方や作物、水産物の様子、収穫に注ぐ情熱などを記事にして、月に一回、とれたての食材を添えて主に都心に住む読者に届けた。

それからがこのメディアの真骨頂だった。SNSを通じて生産者と消費者のやりとりが始まる。「魚のさばき方がわかりません。教えてください~」「次の季節に収穫する食材はなんですか? また買いたいです」「こっちに遊びにきたら一緒に収穫しましょう」……そんなやりとりが大好評となり、2014年度グッドデザイン賞金賞を受賞。あっと言う間に読者を定員の1500人まで増やし、その後数年間で、全国の約40カ所で同じビジネスモデルの「食べる通信」が発刊されるまでになった。

岩手県遠野市内で農家を取材中

岩手県遠野市内で農家を取材中(撮影:玉利康延)

高橋はこう振り返る。

「『食べる通信』発刊以降、ぼくは読者拡大のために全国で車座座談会を延べ800回開いて、生産者と消費者がつながる意味を語り続けてきました。安い値段で同じ形の野菜がスーパーに並ぶ流通は、貧困から豊かさに向かう時代には合理的だったけれど、いまでは年間約600万トン以上もの食品ロスが出る飽食の世の中になり弊害も目立つようになっています。行き過ぎたコモディティ化が本来多様なはずの食の世界を工業化してしまい、生産者も消費者も『個』や『生命力』を消失しています」

「都市生活者は際限なく求められる合理性の中で『生きる実感』を失いがちだし、生産者は消費者の声も聞こえずにひたすら市場からの注文をこなしているだけです。この状態を打ち破るには、消費者と生産者をつなげる必要がある。生産者をまもることは消費者をまもることで、それが食からの世直しだと訴えたのです」

コロナで崩れた生産者と消費者の「壁」

ところが、高橋がずっとこのことを世の中に訴え続けても、「食べる通信」は目標としていた「3年間で全国に100誌発行」には至らなかった。

16年に始めた「生産者と消費者をスマホでダイレクトに繋げる」ポケットマルシェも、登録生産者数もユーザー数もいま一つ伸び悩んでいた。車座座談会で高橋がいくら熱弁を振るっても、「それが理想なのはわかるけど忙しくてなかなか家でじっくり料理する暇がない」と言われてしまう。生産者と消費者の間の分厚い壁は相変わらずそびえていた。

「でも新型コロナウイルス感染拡大の影響でその壁が一時的に消えました。多くの消費者が家で料理する環境になった。生産者は、これまでの流通システムを使うだけでは生産物が流れなくなった。まさにぼくたちがつくってきたプラットフォームが意味を持つ時がきたのです」

「コロナ禍でぼくらの出番ですね」と言うスタッフに、高橋はこう言った。「既存の流通システムは想定外の事態に弱い。だからぼくらは想定外に備えてこれまで準備してきたんだ。ここで日本の食の改革ができなかったら第一次産業の再生はもう難しいと思う。最後のチャンスだ」

高橋はこの先の展開をこうみている。

「現在の農家は全国で約24万戸。漁業人口は約15万人、その中でポケットマルシェは登録生産者の数を全国で4万人まで伸ばしたいと思っています。その理由は、全国を200カ所くらいにわけたとき、各地に200人くらいの生産者がいれば地産地消ができて地域が自立していけると考えるからです。それくらいの規模なら物流も最適化できるのでムダも少なくなります」

「東北食べる通信」創刊号のため、宮城県石巻市で取材中

「東北食べる通信」創刊号のため、宮城県石巻市で取材中(撮影:玉利康延)

都会と田舎の関係についても、新型コロナは転機となると高橋は語る。

「今回の新型コロナウイルスの感染拡大で、都市リスクに不安を持つ人は増えています。東京と地方を比べると、外出自粛下のストレスはまったく違いました。東京ではなかなか外に出ることができずにストレスフルな生活を余儀なくされた人も少なくないと思いますが、田舎は感染率も低かったし、いつもとそんなに変わらない生活をしていました。日本は明らかに都会に人が集中しすぎています」

「ぼくは前から『二枚目の名刺』と言って、メインの仕事とは別にソーシャルな仕事を持とう、都会の住居とは別に地方に拠点を持って二拠点生活をしようと訴えてきました。これから感染の第二波、第三波がきたら、都会を離れて田舎の拠点からテレワークして新型コロナウイルスをしなやかにやりすごせばいい。そういう生活を選ぶ人が増えると思っています」

「お客さま」ではない。名前で呼び合う関係に

ポケマルでは3月頭から「#新型コロナで困っています」というハッシュタグを設け、生産者がそれを利用して出品できるようにしていた。ところが生産者たちは、「#新型コロナを吹き飛ばせ」というタグを使って都会の消費者を応援する商品を出品し始めた。「味噌造りセット」「納豆づくりセット」「なめこ栽培キット」のように、親子で楽しめるセットも数多く考案された。その様子をみていた高橋は言う。

「消費者と生産者がつながったことで、お互いの良さも大変さもわかったんだと思います。都会の一人暮らしにびくびくしていた人も、生産者と直接つながることで安心安全な食べ物を口にできるようになった。これまでは自然災害で支援されることが多かった生産者も、今度は自分たちが支援する番だと、活(い)き活きしていました」

「東北の震災の時でもそうでしたが、人は一方的に助けられるだけでは卑屈になっていくんです。今回は双方向の助け合いになりました。ポケマル上では消費者と生産者は『お客様』や『農家さん漁師さん』ではなくお互いに名前で呼び合います。そこから百花繚乱の物語が生まれてきている。この関係がもっともっと広がっていけば、日本の食生活も変わっていきます」

「東北食べる通信」編集長時代、岩手県大船渡市でホタテ漁を取材

「東北食べる通信」編集長時代、岩手県大船渡市でホタテ漁を取材(撮影:玉利康延)

取材の日、高橋は和歌山県沿岸部の某市にいて、でのインタビューだった。

これから港の漁協事務所で組合長との打ち合わせがあるという。漁業権にまもられてきた漁師たちは、これまで古い流通システムに頼ってきた。見方を変えれば「縛られてきた」と言ってもいい。そこから抜け出そうというアクションも、周囲の目があって取りにくかった。

けれどコロナ禍は、そのしがらみも取り除きつつある。今後はポケットマルシェを通して、都会の消費者とダイレクトにつながる漁師が増えていく。高橋はこう語る。

「ぼくらのビジョンに共鳴してくれる生産者とは『この指とまれ』方式で誰とでも組んでいきます。生産者に言っているのは、これからは生産物を顔の見えない1000人に一回売ると考えずに、顔の見える固定客10人に100回売ることが大事になっていく。そうすれば市場価格に左右されずに自分で価格をつけて生きていける。もちろん消費者に生産物の魅力を発信したりする力も必要です。でもそれを身につければ『個』として自立できる。そういう生産者が4万人まで増えれば、集団として日本を変える力になると思っています」

生産者の疲弊と減少。後継者枯渇。作物自給率の低減。大量の廃棄食物。人口の東京一極集中……等々。さまざまな形で現れるこの国の問題・課題に対処するために。「食直しは世直し」の思想に共鳴する人々の力が、この国のニューノーマルとなるか。

(敬称略。写真はすべてポケットマルシェ提供)

高橋博之プロフィール

1974年岩手県花巻市生まれ。青山学院大学卒業。都内で政治家秘書となる。2006年、岩手県県議会議員補欠選挙に無所属で立候補。初当選。翌年の選挙ではトップ当選。11年に岩手県知事選挙に立候補し、次点で落選。実業家に転身し、13年にNPO法人東北開墾、翌年に一般社団法人「日本食べる通信リーグ」を設立。全国約40カ所で『食べる通信』を立ち上げ14年度グッドデザイン賞金賞受賞、16年日本サービス大賞(地方創生大臣賞)受賞。同年、「第一次産業を情報産業に変える」をコンセプトに、生産者が農水産物を出品し、消費者が直接購入できるスマホアプリ「ポケットマルシェ」を創設。生産者が生産物情報をアップし消費者が購入すると流通業者が集配にくるシステムを立ち上げた。著書に『都市と地方をかきまぜる』(光文社新書)など。東日本大震災10年を前に、今月から岩手県沿岸を再び徒歩で巡り、震災復興からの9年間を体感する旅に出ている。

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PROFILE

神山典士(こうやま・のりお)

1960年埼玉県生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』(現在は『不敗の格闘王 前田光世伝』祥伝社黄金文庫)にて小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。2011年『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社青い鳥文庫)が全国読書感想文コンクール課題図書選定。14年「佐村河内事件報道」により第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)、雑誌ジャーナリズム賞大賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに様々なジャンルの主人公を追い続ける。近著に『知られざる北斎』(幻冬舎)。主な著書に『もう恥をかかない文章術』(ポプラ社)『成功する里山ビジネス~ダウンシフトという選択』(角川新書)『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』(文藝春秋)等。

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