シネマコンシェルの部屋

#03 ペットの病気 思い出す父との時間(コンシェルジュ:カラテカ 矢部太郎)

読者の皆さまから寄せられた相談やお悩みに、映画を愛する様々な分野の方々が寄り添い、最適の作品を紹介する隔週連載。

コンシェルジュは映画コメンテーター/タレントのLiLiCoさん、CGクリエーター/映画監督のFROGMANさん、カラテカ・矢部太郎さん、Base Ball Bear・小出祐介さんの4人です。今回のコンシェルジュはカラテカ・矢部太郎さんです。

<01> 疎遠になってしまった友人とあの頃のような関係に戻るには<01> 疎遠になってしまった友人とあの頃のような関係に戻るには

#03 ペットの病気 思い出す父との時間(コンシェルジュ:カラテカ 矢部太郎)

矢部太郎

吉本興業所属。1977年生まれ。お笑い芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。初めて描いた漫画作品『大家さんと僕』で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞、同書は80万部超の大ヒットに。シリーズ累計では120万部を突破。現在、絵本作家である父・やべみつのりとの幼少期の思い出を綴る『ぼくのお父さん』(小説新潮)を連載中。

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<相談者プロフィール>
田中瞳さん(仮名) 31歳 女性
東京都在住
会社員

最近、12年間一緒に暮らしている猫に腎臓の病気が見つかりました。年齢も年齢ですし、健康診断をしていたおかげで初期の状態で発見できたので、そこまで悲観はしていないのですが、さすがにあと数年しか一緒に居られないという現実が少し重たいな、と感じています。

そこで思い出すのが、まだこの猫が小さかったころ。父が脳梗塞(こうそく)で倒れ、介護の末に亡くなるまでの数年間のことです。当時まだ私は大学生で、生まれ故郷の東京を離れ、遠く仙台で過ごしていました。両親は離婚していたため、家族は父と私だけ。晩年に生まれた娘だったので、すでに70代後半に差し掛かっていた父はさみしい思いをしていたでしょう。でも私は大学が楽しくて、実家には年に1度帰るかどうか。帰省すれば子煩悩の父が甘やかしてちょっとお高い、いいお店に連れて行ってくれるだろうし、近況を楽しそうに聞いてくれるんだろうと当たり前に考えていました。たぶん、この先社会人になっても、例えば私が外国に行ったり転勤したりしても、帰ればそんな穏やかな時間が過ごせるのだろうと。

大学を辞めて、3年半の介護の間には満足に一緒に出掛けることもできず、ついには認知症になり娘のこともわからないまま亡くなりました。父も私も、人生で一番つらくて一番近くにいた3年半でした。父を亡くした時は喪失感よりも、ホッとした自分がいて、それがいまでも胸につかえています。そのせいか、いまだに父親の死を受け止められていない自分がいます。

ああ、唯一残された家族だと思っていたこの猫も、もうすぐいなくなるのか。そう考えた時に、ふと父のことを思い出しました。顔も雰囲気も、声もほとんど忘れてしまったのに、決まりの悪い後悔と七回忌でも感じなかった喪失感がブワッと胸の内に湧き出てきて、うまく気持ちに向き合えません。

猫は自分の寿命なんて頭の隅にもないような顔をして、いつもどおりいびきをかいて寝ています。私もこの10年で就職もして結婚もして、大して父親のことも思い出さずに、それなりに幸せに暮らしてきました。そもそも、ちゃんと治療を続けていけばあと数年間はこの猫も元気で過ごせるのに、何を悲観しているんでしょう。猫に対する気持ちなのか、父に対する気持ちなのかわからないのですが、日々が少し重い気がしてちょっぴり困っています。この気持ちにとことん向き合うか、もしくは気晴らしで忘れられるような良い映画があるといいのですが。

誰かが死んだ後でもその人のことを知ることができる

ご相談、読ませていただきました。きちんと読む人のことを考えておまとめになられた文章、客観的にご自身の状況を分析されているご様子、いびきをかいて寝ている猫ちゃんの可愛らしい描写、ご紹介する映画にも「とことん向き合うもの」と「気晴らしになるもの」と選択肢を用意してくださる気配り。そして静かに語られるお父様と猫ちゃんのお話。相談者さんに、僕からお伝えできることなど本当は何もないのかもしれませんが、映画というものの力を大いに借りて少しだけお時間をいただけたらと思います。

別れが近づく時、寄り添う人の心には、自分には何ができるのか? 何ができないのか? できることなど何もないのか? 別れが訪れた後にも、もっとこうすればよかったのではないか? なぜこうとしかできなかったのか? 誰しもそのように思うのではないのでしょうか。僕も心のどこかにそんな思いがしまってあって、ふとしたことでそれは膨らんできて僕を包み込みます。時間をかけてゆっくり小さくなっていったらまた奥の方にしまいこみます。

このご相談を読み心に浮かんだ映画がひとつありました。忘れられない映画はそれを観た場所、状況などと共に記憶されることがあると思います。

僕はこの映画を、身長3メートルの宇宙人の骨と体長10センチほどの悪魔のミイラを見にメキシコに行くという、特番のロケに向かう機内で見ました。日本語字幕があったからという理由で観た『ME AND EARL AND THE DYING GIRL』という映画は(その時はタイトルは訳されていませんでした)2015年のサンダンス映画祭でグランプリと観客賞を受賞、しかし日本では劇場公開なし……でしたが、現在はレンタルや配信でご覧になれます。メキシコシティ行きの飛行機に乗らずとも良いのでご安心ください。

英語力の乏しい僕は“earl”ってなんだ? うなぎ? それは“eel”か……などと何もわからずにこの映画を観始めました。“earl”は“アール”。そのまま人の名前で、主人公は、友人のアールと一緒に名作映画のパロディーを何十本も自主制作しているような、世界をシニカルに見ている高校生です(このパロディー映画が劇中にも出てくるのですが、手作り感が満載でくだらなくて、きっと映画好きの相談者さんには良い気晴らしになるのでは)。

主人公は母に言われて嫌々、近所の難病を患ってしまった女の子の看病に行くうちに、その子のために映画を撮り始め……というようなストーリーです。難病、女子高校生、むむむ……。お涙ちょうだいの……とお思いになるかも知れませんが、タイトルの“dying  girl“はLINE英語通訳で訳したら「死にかけの女の子」と出るんです。そう、この映画は基本的にコメディーとして理想的な世界のバランスを持って描かれていきます。主人公もモノローグで「彼女は死なないで回復するんだ。約束する」とずっと言っています。

 

「誰かが死んだ後でも、その人のことを知ることができる」

 

歴史の先生が主人公にそんな言葉をかけるシーンがあります。誰かの死を思う時に、できること、できなかったことだけでなく、これからもできることがある。そう思うことで少し心が軽くなります。ちなみにこの歴史の先生、首までタトゥーがビッシリで『ウォーキング・デッド』のシェーン役、ジョン・バーンサルが演じてます。おかたい先生でなくそんな先生がこの言葉を言うところもこの映画の不思議なバランスです。

高校生の青春を描いた映画ということでプロム(高校で学年の最後に開かれるフォーマルなダンスパーティー)の夜のシーンだってちゃんとあります。

美しいプロムの夜の名シーンはたくさんありますが、このシーンはそんな中でも最も美しいシーンなのではと僕は思います。そしてそれは映画にできること、できないこと、それでもできることが描かれているシーンでした。

少しと言いながらだいぶ語ってしまいました。このくらいにしておきます。

「映画が終わった後でもその映画のことを知ることができるから」

矢部太郎さん推薦映画

ぼくとアールと彼女のさよなら
監督:アルフォンソ・ゴメス・レホン

PROFILE

「シネマコンシェルの部屋」ライター陣

LiLiCo、FROGMAN、矢部太郎、小出祐介

#02 中年になっても終わらぬ自分探しの「旅」(コンシェルジュ:FROGMAN)

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#04 軸のない人生 何者でもない自分に感じる不安(コンシェルジュ:Base Ball Bear 小出祐介)

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