キネマの誘惑

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

2018年4月にNHKで放送され、1141件もの再放送希望が届いた番組がある。「ノーナレ けもの道 京都いのちの森」。京都で猟師として生きる千松信也さんの日常を追ったドキュメンタリー番組だ。

放送終了後、300日の追加取材を重ねたNHK取材班は、録りためた映像を再編集し、俳優・池松壮亮さんのナレーションを加え、映画『僕は猟師になった』を完成させた。「プロフェッショナル 仕事の流儀」「クローズアップ現代」などを担当してきたNHKディレクターの川原愛子さんが監督を務める。

京都大学で「自分探し」に明け暮れたという千松さんは、学歴にも社会にも縛られない生き方を選び、動物の命と向き合う日々を送る。後ろめたさを抱えながら動物を殺め、家族とともに今を生き抜く彼の姿は、我々に何を伝えようとしているのか。監督、出演者、ナレーター、そこには三者三様の見方があった――。

骨折しても手術しない 動物とフェアに向き合うために

「ノーナレ けもの道 京都いのちの森」の放送後、NHKには賛否両論が寄せられた。いずれも熱のこもった意見で、どっちつかずの声はほとんどなかったという。

川原愛子監督(以下、川原)「良かったという人は、『自分が食べているパックの肉が、効率を追求して飼育されたもので果たしていいのだろうかと思いました』というように、その理由を具体的に書いてきてくれました。一方で、『命の現場を見せるという大義名分のもと、NHKが動物を殺める映像を流す必要があるのか?』という批判の声もありました」

「どちらの意見も非常に熱量が高かったのは、千松さんの生き方が、見ている人にいろいろなものを投げかけて、深いところに突き刺さったからだと思ったので、映画ではもっと深遠(しんえん)な世界まで描き切りたいと思いました」

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

映画は8月22日(土)ユーロスペースほか全国順次公開

千松さんは京都市中心部から車で20分ほどの距離にある山のそばで、家族4人で暮らしている。週に3〜4日は運送会社で働き、それ以外の時間は自然のなかでイノシシや鹿を獲り、きのこや山菜、ハチミツを採集しながら暮らしている。食生活は完全な自給自足ではなく、インスタントラーメンなども食べる。

彼の目指しているものは、「自分の家族が食べる分の肉を自分で獲る」暮らし。本人は「適当なんですけどね」と笑ってかわすが、そのベースにあるのは、動物への愛情だ。

千松信也さん(以下、千松)「子供の頃から動物と関わる仕事がしたくて、高校までは獣医を志していましたが、ある時から自分には向いていないと思うようになりました。猟師という生き方を選択したことについて、動物の命を助ける側ではなく殺す側に回ったと思われることもありますが、僕のなかでは動物たちと正面から向き合っていることに変わりはありません」

「ずっと、動物が好きだと言ってるくせに、誰かが奪った命を食べることに後ろめたさがありました。狩猟と出合い、自分自身の手で動物を捕まえて命をいただく、という行為には大きなストレスを感じましたが、その一方で、動物とちゃんと向き合えた感覚をようやく得られて、すごく楽になりました」

「いまでも動物を殺めることには葛藤がありますが、相手を殺すことで自分を生かしてもらうという形を、自分は選択したということです」

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ナレーションを担当した池松さんは、千松さんの「謙虚な生き方」に感動したという。

池松壮亮さん(以下、池松)「人間は人間に対してフェアであることすら難しいのに、本質的にはフェアにはなれない動物に対してフェアであろうとする姿勢に感動しました。映像を見ていると、千松さんと動物の、生きとし生けるものどうしの偽りのない対話が聞こえてくるんです」

「声を当てなくてもいいんじゃないかとすら思いましたが、この作品を見てくれる人たちと千松さんの考え方や生き方を共有できれば、という思いで引き受けさせていただきました」

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

千松さんは、猟のために山に入って骨折した脚を、「手術しない」と決断する。川原監督はそこで、千松さんの動物と暮らす覚悟と哲学を掴んだと振り返る。

川原「動物の命と対等に向き合うということについて、頭ではわかったつもりになっていましたが、『自分だけ足をピカピカに治してもらって、動物ともう1回向き合って猟をするというのは違う。だったら、山を歩けなくなったとしても、脚の手術はするべきではない』『後ろめたさを抱えた状態で、山を歩くことはできません』という理由を聞いたときに『これだ!』と震えました」

千松さん自身は、「人間は動物に対して圧倒的に有利な立場にいるので、フェアだとか対等だとか言うのはおこがましいと思っています」という考えのもとに、銃猟ではなく、わな猟での狩猟を続けている。 

「複雑な感情を割り切れない。僕はプロではない」

骨折した脚を手術しないというシーンも衝撃的だったが、わなにかかったイノシシを見て「可哀想」という言葉を発した後に、刃で止めをさして命を奪うシーンも強烈に記憶に残る。ふと、「可哀想なら殺さなければいいのに」「殺すなら可哀想という感情に蓋をすればいいのに」と思ってしまうが、千松さんはその矛盾を抱えて生きていくことを選んでいる。

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

千松「どちらかに決めちゃうほうが気持ち悪いんです。自分のなかで整理がつかないものは、あやふやなままにしておきたい。それを無理に整理すると、自分の感情を否定しないといけなくなってしまうので。実際問題として、それはできないですし」

「今のまま、相反する感情や感覚を自分のなかで共存させたまま過ごしているほうが、自分にとっては楽なんです。割り切れるもんでもないですしね。それは狩猟に限らず、なんでもそうだと思います」

「だから僕は、プロフェッショナルではないんです。狩猟だけで生計を立てることも、アスリート的に技術を向上させることも、名人と呼ばれることも、目指していません。目指しているのは、自分や家族にとって必要な量の肉を、狩猟で得る暮らしを続けることです」

成果を表す数字や他者からの評価、なんなら肩書も脱ぎ捨てた、足るを知る生き方。既存の物差しに縛られない生き方を獲得できたのは、京都大学時代に生活をした、吉田寮の影響が大きいという。

千松「もともとは人間嫌いなところがありましたが、常識に縛られず自由に生きる人たちと生活をして、『人間も面白いな』『好きに生きていいんだな』と思えるようになりました」

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

ごちそうは、イノシシの焼き肉

この固定観念に縛られない生き方こそが、川原監督が映画で伝えたいことだという。

川原「周りから『あの人変だよね』と言われても、自分が幸せで、信念があれば、人生は豊かで、人間らしくいられるのではないかと思います。人に認めてもらうよりも、自分で判断して、自分で自分を認めることが求められる時代なのだと思います」

映画づくりに“加担”した人間としての責任を果たす

千松さんが現在の生き方にたどり着いたきっかけが「動物」だとしたら、池松さんにとってのそれは「映画」だ。

池松「生きていくことと深く結びつけてしまっているので、映画に携わることは、『好き』とか『ハッピー』というものだけでは決してないです」

池松さんは近年、日本映画界への危機感や問題意識を積極的に発言するようになった。それは、ある種の人々からは疎ましいと思われる可能性をはらんでいるが、なぜ危険を冒すのか。

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

池松「もう責任を取らなきゃいけないような気がどうしてもしているんです。この世界で、“真実”とは常に漠然としていますが、でも少なくともいまを取り巻く社会は、真実とはあまりにも程遠いものに感じます。目上の先輩たちを見ても、何人の人が、真実を見つめたうえで語ろうと努力し続けてくれているか。もうこれ以上日本の俳優の奴隷化を進めていっては絶対に駄目だと思います。俳優は自らが得するために真実を伏せ、あるいはそうさせられて、そのことに気づいた時にはもう手遅れになる」

「一方で映画やエンターテインメントと呼ばれるものは、お金をもうけるために幸せを売るという美しい名目で、真実を探求しようとせず、目の前の欲望を選択し、たくさんのうそを重ねる。いま、『映画は文化か』と問われていますが、文化であるならば教育という側面もある映画に、十数年うそや偽りを浴びせ続けられた社会や、人々の価値基準が壊れていくのは、当たり前のことです。エンターテインメントによって人が無条件に潤される世界は、恐らくみんなで死を隣にみた戦後だけです。エンターテインメントという現実逃避が、未来の人々、あるいは苦しむ誰かを殺す力も持っているということに、もう少しみんなで気づかなければいけないと思いますし、もうこれ以上目の前で犠牲が出る事に耐えられません」

「多かれ少なかれ影響力を持ってしまう作品に自分が加担したからには、参加しっぱなしではなく、できる限りのうそのない言葉で、たとえ誰かに嫌われ疎まれる言葉だとしても、発言しようとしているつもりですし、本来それくらいの責任は当たり前のことだったと気づきました」

「それが未来に、形としても人の心の残像としても残る『映画』に対する、自分なりの責任の取り方のひとつだと、今は思っています」

10〜20年後の社会で求められる価値観がここに

その未来は未曾有のコロナ禍により、突然不透明になった。これまでの当たり前の生活の変化を余儀なくされているのは、千松さんも例外ではない。

千松「自分は山と町のいいとこ取りの生活をしてきたので、今でも山にいる分にはコロナとは無縁です。でも、町に出るとみんなマスクをしていて、観光客もいなくなって、非現実感がある。前はうまく融合していた山と町の生活が、二重生活になった感覚があって、それぞれの配分を見直すきっかけにはなっています」

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

他方、池松さんのステイホーム中の生活は、内省に充てられていたようだ。

池松「3.11の時と同様で、仕事をする必要もなく、感染も避けることができ、ただ自粛していればいい立場の自分に、ものすごく無力さとやるせなさを感じました。人間としてたまたま生き残ってしまったなかで、こういった事態に瞬時に貢献できない俳優や映画にはどんな価値があるのかを考えました」

そして「俳優としてやるべきことは、名もなき声や、より切実な物語に生身の体温を当て続けていくこと」という結論にたどり着いた。この『僕は猟師になった』でも、千松さんの視点を追いかける一人称の語りで、観客を作品の奥深くへと導く役割を見事に果たしている。

この映画は我々に何を伝えようとしているのか。川原監督は「10〜20年後の世の中に響くメッセージを伝えたい」と作品に込めた思いを語り、話を締めくくった。

川原「東京オリンピックが終わったら、日本はさらに不景気になり、少子化も進み、今までの価値観では立ち行かなくなっていくという危惧がありました。新型コロナウイルスにより、その危機的状況は想定外の大きさで私たちに襲いかかりました。この状況を打開するためのヒントになるのが千松さんの生き方や視点ではないかと今も思っています」

「獣害をもたらすイノシシや鹿の命が実は宝物であるとか、雨は憂うものではなく山を潤してくれるものであるとか、成果を急がない時間の捉え方であるとか。これまでの価値観では『ちょっと変わった人だよね』と言われていた生き方にこそ、本当の豊かさがあるのではないか。そんな視点を私も持ちたいと思っています」

(文・須永貴子 撮影・猪俣慎吾)

感情の矛盾にまみれ動物の命と映画づくりに向き合う 猟師と俳優、それぞれが選び取った人生の悲喜

左が川原愛子監督、右が千松信也さん

映画『僕は猟師になった』

8月22日(土)ユーロスペースほか全国順次公開

出演:千松信也
監督:川原愛子
語り:池松壮亮 
製作:NHKプラネット近畿
配給:リトルモア/マジックアワー
2020/日本/カラー/HD/16:9/5.1chサラウンド/99分
公式HP:www.magichour.co.jp/ryoushi

PROFILE

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那須千里、西森路代、阿部裕華、武田由紀子、石川智也

土佐和成×朝倉あき 2分の壁に挑んだ“時間SF”映画『ドロステのはてで僕ら』

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三吉彩花×阿部純子 映画『Daughters』で見せた、令和を生きる20代の女性像

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