インタビュー

感染者260万人超のブラジルから、映画『ぶあいそうな手紙』アゼヴェード監督が訴える“異文化”共生

コロナ禍の影響でこの夏、新しいハリウッド大作はすべて公開が先送りとなった。日本では6月から映画館の営業が再開したが、当面はアート系作品と邦画が中心となる。7月18日に公開されたブラジル映画『ぶあいそうな手紙』も、国際的な映画祭で注目された良作だ。

ブラジルは新型コロナウイルスの感染者が約266万人、死者9万人超(ジョンズ・ホプキンス大学調べ 8月1日時点)と、いずれも米国に次いで多い。映画館は閉まり、撮影再開の目処も立たず、映画界は大きな打撃を受けている。

監督のアナ・ルイーザ・アゼヴェードさんに、ブラジルの映画界の状況と作品に込めた思いを聞いた。

これほど映画が必要とされた時はなかった

アゼヴェード監督は、ブラジル南部のポルトアレグレにある自宅の書斎のPCからオンラインでインタビューに応えてくれた。ドキュメンタリーや短編、ドラマなど多岐にわたって活躍するベテラン監督らしく、落ち着いた物腰には知的な優雅さが感じられるが、その笑顔はどこか憂いが感じられる。

「ええ、3月16日からずっと自宅で自主隔離の状態なんです」とため息をつきながら、現在の状況を語りだした。

感染者260万人超のブラジルから、映画『ぶあいそうな手紙』アゼヴェード監督が訴える“異文化”共生

Zoomインタビューに応じるアゼヴェード監督

「私たちの国はいま、とても困難な状況にあります。私たちの業界も、撮影は中止、映画館も閉まっています。少し前までは7月には再開、今では再開は早くとも9月と言われていていますが、実際のところそれも怪しい。私としては、まだまだ先はずっと長いのだろうな、と思っています。『ぶあいそうな手紙』も4月に公開予定でしたが、いつ公開できるのか未定です。ただ、興味深いのは、そんな中、これほどまでに映画や音楽などが必要とされた時はなかったのではないかということです」

他人と接触ができない状況の中、多くの人が自宅で映画やドラマを見るため、Netflixやアマゾンプライム・ビデオなどの配信サービスが急成長している。映画館は閉まっているが、映画自体は多くの人が楽しんでいるのだ。

「Netflixやアマゾンプライム・ビデオなどの配信サービスが普及することで映画館に行く人が減るという現象は、パンデミックの前からありました。コロナ禍は、その問題を急速に悪化させるのではないか、という懸念もあります。ただ、最近ブラジルで行われた『パンデミックが終わった後に何をしたいか』という調査(Ingresso.com)によると、第一位が『映画館に行きたい』でした。なので、コロナ後も映画館に人が戻るかもしれないと思っています」

ドラマツルギーもストーリーも変わらざるを得ない

ただ、コロナ禍が収束し経済活動が本格的に再開したとしても、いままで通りにはいかない、と多くの業界人が予想しているという。

感染者260万人超のブラジルから、映画『ぶあいそうな手紙』アゼヴェード監督が訴える“異文化”共生

2018年時の映画の撮影の様子

「例えば、登場人物たちが対面で会話するシーンは、どうやって撮ればいいのか? キスシーンは撮れるのだろうか? 今後はドラマツルギーも変わってくるのではないかと、テレビドラマや映画関係者の間ではよく話しています。ストーリーも、これまでとは違ってくるかもしれません。映画は家族、愛、友情など、多くの普遍的なテーマを語ってきました。これからもそういったテーマは変わらないかも知れないけれど、(外出自粛生活がスタンダードになれば)舞台は外でなく家の中で展開されるようになるかもしれません。衛生面においても神経質になっている人が多く、それがコロナ後も続けば、撮影体制はどうなるのか。いずれにしても、答えよりも疑問の方が多すぎて、どういう風にすれば、安全に作品が制作できて、安全に見てもらえるのか、解決策はまだまだ見えてきません」

老い、文化摩擦、若者の孤独……社会問題を盛り込んだ

最新作『ぶあいそうな手紙』は「老い」というテーマを核にしているが、行き場のない若者、異文化の融合と摩擦など、コロナ禍以前から起こっている社会問題が盛り込まれている。2019年のブラジル・サンパウロ国際映画祭批評家賞やウルグアイ・プンタデルエステ国際映画祭観客賞を受賞するなど、南米の映画祭でも高く評価された。

感染者260万人超のブラジルから、映画『ぶあいそうな手紙』アゼヴェード監督が訴える“異文化”共生

アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督 サンパウロ国際映画祭・批評家賞のトロフィーと

物語の主人公は、46年前に隣国ウルグアイから亡命し、ポルトアレグレの地で暮らす78歳のエルネスト。息子との同居も拒み、自分の好きなものに囲まれて静かに暮らす彼は、このまま人生をゆっくりと終えていこうとしていた。そんな時に、青春を共に過ごしたウルグアイの友人の妻から一通の手紙が届く。

視力が衰えて手紙を読むことができない彼は、偶然知り合ったブラジル人の若い娘ビアに手紙を読んでもらい、返信の代筆も頼む。世代も価値観もまったく違うふたりの交流をユーモアたっぷりに描くヒューマン・ドラマだが、ハートウォーミングなだけではない。

「脚本では今起こっているさまざまな問題を意図的に盛り込みました。ビアという女性はまだ20歳そこそこと、本来なら希望があるべき若者なのに、行き場のない、非常に孤独な人です。だから暴力を振るうような男性とも付き合ってしまう」

「明日のことを考えられず、今日生きられればいいというような若者は、ブラジルだけではなく、世界中にたくさんいると思います。けれど、他人を思いやることのできる老人エルネストと出会うことで、彼女は変わっていきます。また、若者ビアと出会うことによって、エルネストも新しい人生に一歩踏み出そうとする力を注入されるのです」

感染者260万人超のブラジルから、映画『ぶあいそうな手紙』アゼヴェード監督が訴える“異文化”共生

ポルトアレグレはロナウジーニョほか数多くのサッカー選手の出身地でもある © CASA DE CINEMA DE PORTO ALEGRE 2019

“外国人”として生きること

“ウルグアイからの亡命者”というエルネストのキャラクター設定が興味深い。長く異国に暮らしながら、母国の文化や生活スタイルを忘れない。「ポルトアレグレ在住のイタリア人写真家にインスパイアされた」というが、アゼヴェード監督は、このキャラクターの中に“外国人として生きる”ことを決めた人々に対する思いを込めた。

「南米大陸のほとんどの国が、60年代〜80年代に軍事政権を経験しています。最悪の時期は国によって異なり、例えばブラジルが政治的弾圧を強めた頃には、人々は隣国のウルグアイやアルゼンチンに逃げ、その後、チリで独裁政治が激化するとブラジルや他国に人々が出ていきました。エルネストも、70年代にウルグアイから亡命した人。同郷の友人と話すときはスペイン語、ブラジルで生まれ育った息子と話すときはポルトガル語を使います。舞台となっているポルトアレグレでは、“ウルグアイポルトガル語”といわれるポルトガル語とスペイン語が混じり合った言語も話します。こうした違いは、字幕ではわかりにくいかもしれませんが。この地域では、言語だけでなく、文学、音楽など文化が混ざり合っています」

感染者260万人超のブラジルから、映画『ぶあいそうな手紙』アゼヴェード監督が訴える“異文化”共生

息子との同居を拒むシーン。世代間の分断も描きたかったテーマのひとつだ © CASA DE CINEMA DE PORTO ALEGRE 2019

“外国人である”ということを決して忘れない

「私自身、短期間、外国に住んだことがありますが、帰国した理由は、私をひとりの『個』として確立するベースが外国にはなかったからです。外国人として生きる、と決めた彼らのその感覚はとても興味深いものだと思います。エルネストもブラジルに適応し不自由なく暮らしていますが、ウルグアイの文化も決して失っていないのです」

作品中、印象的に使われているブラジルのスター歌手カエターノ・ヴェローゾの「ドレス一枚と愛ひとつ」は、そうした異文化の混在を象徴しているといっていいかもしれない。

「この曲はアルゼンチン人のロック系のスーパースター、フィト・パエスの曲です。彼がヒットさせた後に、カエターノ・ヴェローゾがカバーした曲です。このバージョンを使ったのももちろん意図的です」

(文・立田敦子)

『ぶあいそうな手紙』作品情報

感染者260万人超のブラジルから、映画『ぶあいそうな手紙』アゼヴェード監督が訴える“異文化”共生

シネスイッチ銀座にて公開中、7月31日(金)よりシネ・リーブル梅田ほか全国順次公開

出演:ホルヘ・ボラーニ、ガブリエラ・ポエステル
監督:アナ・ルイーザ・アゼヴェード
原題:Aos Olhos de Ernesto 
英語題:Through Ernesto’s Eyes
配給:ムヴィオラ
2019/ブラジル/カラー/1:2.35/DCP/ドルビーデジタル/123分/字幕翻訳:比嘉世津子
公式HP:www.moviola.jp/buaiso/

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アナ・ルイーザ・アゼヴェード(Ana Luiza Azevedo)

1959年、ポルトアレグレ生まれ。UFRGS大学、ブラジル美術学科卒業。1984年から映画界で働き始める。ドキュメンタリー『Ventre Livre(自由な子宮)』(1994)で注目され、本作の共同脚本家であるジョルジ・フルタードが脚本を書いた短編劇映画『3 Minutos(3分間)』(2000)でカンヌ国際映画祭短編映画部門に選ばれる。自ら脚本を手がけた『Dona Cristina Perdeu a Memória(記憶をなくしたクリスティーナ夫人)』(2002)はブラジリア映画祭、グラマード映画祭などでグランプリを受賞。同じく自身の脚本による初長編作品『Antes que o Mundo Acabe(世界が終わりを告げる前に)』(2010)では、2009年サンパウロ国際映画祭優秀長編ブラジル映画賞はじめ、国内外の数々の賞に輝き、ブラジル映画祭2012やあいち国際女性映画祭2012でも上映された。

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