大御所シェフのいつものごはん

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載「大御所シェフのいつものごはん」。

今回の大御所シェフは、二回目の登場となるフレンチレストラン「モナリザ」のオーナーシェフ河野透さん。オススメの店は東京・経堂にあるイタリアン「リゴレッティーノ」です。

今回の大御所シェフ

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

河野 透さん(かわの・とおる)
1957年宮崎県生まれ。82年に渡仏、「ジャマン」「ギー・サヴォワ」「ジラルデ」など屈指の名店で働き、ジョエル・ロブションらカリスマシェフたち全盛期の仕事をリアルタイムで吸収する。90年広尾「レストランひらまつ」シェフ就任のため帰国、93年より恵比寿「タイユバン・ロブション」初代シェフをつとめ、97年に恵比寿に「モナリザ」を独立開業、2002年には丸の内ビルディング内に2号店を開く。「みやざき大使」および「いしかわ食の親善大使」としてチャリティー活動やイベントにもいそしんでいる。

 

オススメの飲食店

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

リゴレッティーノ
東京・経堂にあるイタリア料理店。オーナーシェフ・今村裕一さんの故郷、宮崎県産のものを中心に日本ならではの食材を使い、イタリアの伝統に敬意を払いつつも自由な発想を取り入れた料理を提供する。

奇抜で前衛的 菓子状に姿を変えたスプモーニ

レストラン「モナリザ」恵比寿本店と丸ビル店を行き来して陣頭指揮を執る河野透さん。つねに新しいメニュー作りに神経をすり減らす日々のなかで、ふっと肩の力を抜いて楽しんでいるのが、「宮崎シェフズクラブ」の活動だ。

首都圏で活躍する宮崎県出身の和洋中シェフたちが集い、県産素材を使ったコラボメニューのフェアなどを開催し、産業振興を応援している。

「リゴレッティーノ」の今村裕一さんも、クラブの一員。小田急線・経堂駅から徒歩2分という近さにありながら、隠れ家風の趣も素敵なイタリア料理店のオーナーシェフ兼ソムリエである。

緻密(ちみつ)で繊細な料理とはうらはらに、率直で正直、おおらかな人柄の河野さんは、先輩から愛され、後輩からは慕われて、人と人の輪のつなぎ役になってきた。

今村さんも、「尊敬し、心から信頼できる同郷の大先輩。会えるだけでうれしいのに、行きつけの店として推薦してくださるなんて」と、感動しきり。今回、気合をこめて作るのは、イタリアンの定型を打ち破る9品のディナーコースである。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

キッチンのガラス窓を通して、客席からシェフたちが働く姿が見える。右が今村シェフ

河野さんの今村シェフ評は「学者みたいな料理人。研究熱心で勉強を絶やさず、新しい味を切り開いている。イタリアンには珍しいタイプです」。

 

それもそのはず、今村さんは料理人になるため慶応義塾大学を4年で中退したという異色の経歴の持ち主。洋食屋のアルバイトで食の奥深さに足を踏み入れ、「企業で人生を左右されるんだったら、好きなことをやったほうがいい」と、サラリーマンにはならない人生を選んだ。

その学究肌は、一品目の「スプモーニ 球体」から早くも伝わってくる。本来なら液体のカクテルのはずのスプモーニが、かわいらしいひと粒菓子状に姿を変えている。「かむと口のなかでカクテルに変化するトリッキーさ、度肝を抜かれるよね」と河野さん。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

カンパリベースのカクテルを赤いチョコレートでコーティングした「スプモーニ 球体」

今村さんは都内のレストランで十数年修業後、2002年に渡伊。南から北までくまなく食べ歩き、いちばん食べ物がおいしいと感じた北部エミリア・ロマーニャ州に腰を据え、当時1つ星の「オステリア・フランチェスカーナ」(その後3つ星に昇格、16年には「世界ベストレストラン50」第1位に選出)で世界最先端の料理を、2つ星の「リゴレット」では伝統的な郷土料理を学んだ。

いま今村さんが作る料理には、2店で得たものがとけ合って、一見すると奇抜で前衛的だが、いつかどこかで出会ったことのある懐かしいおいしさが、必ず仕込まれている。その懐かしさは、日本人の食体験に根ざしているのがミソだ。

たとえば、2品目の「トウモロコシ 泡 海老(えび) ホタテ 枝豆 フリット」は、泡の部分はコーンスープの、本体の揚げ物は魚介のすり身だんごを思い起こさせる、といった具合。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

ふわふわの泡状になったトウモロコシの下には、魚介のフライが。食感の対比も楽しい

3品目は、名前こそ「尾崎牛モツ ジャガイモ アーティチョーク クロケッタ」とよそよそしいが、ようするにモツ煮込み入りの小さなジャガイモコロッケ。尾崎牛は宮崎県屈指のブランド牛で、モツはハチノス、ギアラ、心臓、アキレス腱(けん)を組み合わせている。オリエンタルなスパイス使いが、新鮮なコロッケだ。

 
食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

コロッケの下に敷いたアーティチョークピューレが味のアクセント

「実においしい!」河野シェフが太鼓判を押すティラミス

05年11月にリゴレッティーノを開いて以来、最大の試練がコロナ禍だった。3月頭、予約がすべてキャンセルになったときは、今村さんの頭に「閉店」の一語がよぎった。しかし、気持ちをすぐに切り替えてテイクアウトと冷凍パスタソースの販売でしのぎ、6月の営業再開時にコース料理の主役にしたのが、ティラミスだった。

ティラミスは、イタリア語で「私を上に引っ張り上げて」という意味。転じて「私を元気づけて」になる。「お客さまの気分を少しでも引き上げたいし、自分も元気づけたい。いまこそティラミスだと思いました」と今村さん。塩味のマスカルポーネクリームに牛タン煮込み、フォアグラとサマートリュフを重ね、デザートではなく前菜に仕立てたところが独創的だ。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

前菜になったティラミス。かんなくず状のものは、薄く削った固形のバルサミコ酢

ひと口食べた河野さんは「実においしい! どの料理も素材を吟味しているし、技術力はピカイチ。もっともっと知られてほしい店です」。

現在、ミシュランをはじめとするレストランガイドは、飛びきり高価な材料ばかり使う、値段の高い店でないと、高く評価しない傾向があるようだ。華やかさと物珍しさで贅沢(ぜいたく)感を演出するほど受けるように思える。

しかし、リゴレッティーノの目指すところは違う。驚かれるより、おいしさを記憶に刻んでもらう。それをなにより大切にするのが、今村さんの料理人としての生き方だ。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

ひとつひとつの料理の素晴らしさに感心する河野さん

イワシの燻製、ウサギ肉、ハモ、子牛……めくるめく今村ワールド

パスタは2品。1品目はリングイネ(断面が楕円〈だえん〉形のロングパスタ)のプッタネスカ風。アンチョビや黒オリーブ、トウガラシ、ケッパーをきかせたトマトソースであえる、日本でもおなじみのパスタ料理だ。今村さんはアンチョビをイワシの燻製(くんせい)に変え、卓上でスモークを吹きかけるという香りのプレゼントつきで提供する。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

パスタにかぶせたグラスのなかにスモークをこもらせる

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

イワシの燻製は自家製。まわりに散らしてあるのはトマトソースとオリーブ

2品目のラザニェッタは、トマトを練り込んだ自家製生地でウサギ肉を包んだ料理。目の前で注いでくれるソースは「やさしい酸味で、淡泊な肉がもっとさっぱり食べられるように、ポン酢のイメージ」だそうだ。日本人は食べつけないウサギ肉なのに、たしかに親しみのわく味。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

リング状に盛りつけたラザニェッタ。ウサギ肉の煮込みが包んである

メインディッシュは、魚と肉の2品。魚料理はまさに和伊折衷で、イタリアの古典的組み合わせとして名高い「生ハムメロン」と、「ハモの落とし」が合体。ハモは湯引きではなく炭火で焼き、日本料理の定石通り梅肉をのせ、生ハムをかぶせ、まわりにメロンソースを散らす。

ハモとハムで洒落(しゃれ)のような取り合わせだが、「甘くて香り高いソースと、あっさりしたハモのつなぎめとして、生ハムが欠かせない存在だね」と河野さん。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

とても魚料理には見えないが、生ハムの下にはハモの炭火焼きが隠れている

 

肉料理のほうは、タカノツメをきかせた甘辛いソースをまとわせながら照り焼き風にした子牛に、ハチミツとショウガの泡がのせてある。「この料理、新しいけど、どっか懐かしいわ」という河野さんのつぶやきに、やったという会心の笑みを浮かべる今村さんだった。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

しょうゆは使わず、仔牛のフォン(だし)ベースのソースなのに、照り焼きを思い出すおいしさ

デザートは、生クリームをのせたバナナのソテー、ナポリ風ババ(ラム酒のシロップをしみこませたケーキ)、バニラのジェラートの盛り合わせ。以上の9品と食後の飲み物、小菓子(ティラミス、カントゥッチ、パンナコッタ)で、コースはフィナーレとなる。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

デザートの盛り合わせ。左のババは、子どもでも食べられるようラム酒のアルコール分を飛ばしてある

現在、外食店は衛生対策以外にも、コロナ以前からの大幅な改変を迫られている。従来、レストランは2、3時間かけてゆっくり食事をする場だったが、いまは長く滞在すること自体が敬遠される。リゴレッティーノでは1時間半で食事が終わるよう、昼夜ともコースの料理を基本的に統一し、料金によって品数だけが増減するスタイルに変更した。

写真の9皿コースは7200円だが、ラザニェッタとハモを省いた7皿の場合は5千円になる。このレベルの手間のかかった料理がこの品数でこの値段、河野さんのいう通り、リーズナブルである。

苦境のなかで、応援してくれる人たちがこんなにいたのかと、うれしい驚きもあった。たくさん届いた「がんばってください」のメッセージに救われ、おおいに励まされた。テイクアウト商品がよく売れたのは、地元客が多い強みだ。宮崎県人会の仲間や全国にいる小中高の同窓生、そして都内の常連たちは、冷凍パスタソースを大量に買ってくれたそうだ。

まだまだ厳しい状況は続くだろうが、「料理のこと、店のやりくりのこと。悩んだとき、なにを聞いても、すぐに的確な答えをくれる」よき先輩の河野さんや、リゴレッティーノを必要とする客が大勢ついている。乗り越えた先、今村さんがどんなおいしさを見いだすのか、楽しみにしたい。

食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿

左から、河野さん、今村さんとスタッフの石井隆太郎さん

(写真・小島マサヒロ)

店舗情報

リゴレッティーノ 
東京都世田谷区宮坂3ー12ー8
小田急線「経堂」駅より徒歩2分
03-3439-1786
11:30~13:30(L.O.)/18:00~20:30(L.O.) 
不定休
公式サイトはこちら

河野透シェフのお店

モナリザ 恵比寿店
東京都渋谷区恵比寿西1-14-4 1F
JR、東京メトロ日比谷線「恵比寿」駅より徒歩3分
03-5458-1887
営業時間:11:30~15:30(L.O.13:30)/17:30~23:00(L.O.21:00) 
定休日:無休
公式サイトはこちら

PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』(ともに春秋社)など。

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