新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

ノルウェー・オスロ在住のファッションエディター/キュレーターである、エリス・バイ・オルセン(Elise By Olsen)。海外では知る人ぞ知る存在だったが、最近になって日本でも活動が取り上げられるようになった。2013年に「13歳の雑誌編集長」として、ユースカルチャー誌『Recens Paper』を創刊したことをきっかけに、新世代の旗手として注目される。

しかし彼女は18歳になると「私はもう、ユースではない」と言い残して退任。その後、新たなファッション・ジャーナリズムを標榜(ひょうぼう)する雑誌『Wallet』を創刊した。エリスは今、メディアやジャーナリズムについてどのようなことを考えているのか。そしてwithコロナの世界への思いとは。胸の内を聞いた。

(取材・文:岡本尚之 翻訳:アナイス トップ写真撮影:Torbjørn Rødland)

「若者」であることの消費期限に直面して

「今18歳になって、もう未成年じゃなくなった。大人になって若者向けの雑誌を作るというのは、先生になって学生雑誌を運営するようなもの」

以前、とあるECサイトに掲載されたインタビューを読んだ際、衝撃を受けた。18歳の自分はもう若者ではないと言い、創刊した雑誌編集長のバトンを他人に渡してまで、彼女は自身のコンセプトにこだわった。先に触れた「私はもう、ユースではない」、この言葉通りに。

新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

エリス・バイ・オルセン 写真=本人提供

多くのマスメディアは「新進気鋭」の若者が出てくるたびに、彼/彼女たちを利用し消費していく。いつか自分が、“業界によくいる大人たち”のように、若者文化を利用してしまうかもしれない。そんな未来を危惧したエリスは、編集長退任を決めた。

『YOUTH MODE』という自身のドキュメンタリー・ムービーには、エリスの“これから”が語られている。若者であることに終止符を打った彼女は、これまで以上に、ボーダーレスに活躍を続ける。そのまなざしの先に見据えているものは何か? かくして、エリスから話を聞くにいたった。まず、彼女のクリエーションの原点はインターネットにあるようだ。

「印刷物など死にゆくもの」だと言うけれど

「『出版』に触れたきっかけは、8歳のときに始めたブログです。当時、SNSは今ほどアクティブではなかったので、ブログは自分のプラットフォームを持つことができる唯一の場所でした。ブログの作り方、コーディングやコンテンツ制作、そしてマーケティング。さまざまなことを学びました。読者とのコミュニケーションもそうです。ブログとの出会いは、『出版』の世界への入り口でした」

「私はノルウェーのオスロ郊外で育ちましたが、そこには参加できる(リアルな)コミュニティーはありませんでした。けれど、インターネットは違った。たくさんのコミュニティーがあり、参加のハードルも低い。世界中に友達を作って、話したり、グループチャットをしたりすることができた。このプロセスは『オープンで、アクセスしたいものにすぐアクセスできる』という私たちの世代を象徴しています」

エリスは、そこで出会った仲間たちと小さなチームを作り、若者による若者のためのデジタル・プラットフォーム『Archetype』を作ることを決める。雑誌『Recens Paper』の前身でもある『Archetype』は、“大人のもの”だったファッション業界に“若い自分たち”が足を踏み入れるためのもので、ローンチ日にサーバーがダウンするなど、若者の間で大きな影響力を持つことになる。当時彼女はまだ10代前半だった。その後、紙媒体の制作を始めた。

「当時のネットは、すぐに消費されてしまうコンテンツや、アクセス稼ぎのための大袈裟な見出し、ファストフード的なジャーナリズムがあふれ、デジタル・メディアでは『質より量』というのが基本的な考え方でした。私はそれが嫌で、物作りにおける細部へのこだわりを持つ、紙の質感に惹(ひ)かれたんです。とはいえ、デジタルに不満を持っていましたが、ニーズがあり、双方向性があって、尽きることのない可能性を持っていることも理解していましたよ」

「その頃すでに『印刷物など死にゆくもの』だと世間は見なしていましたが、私は『印刷の新しいフォーマット』について考え続けました。それから7年の間、私は紙のプロダクトでのみ仕事をしています。最初はユースカルチャー誌『Recens Paper』、そして次にファッション誌の『Wallet』です」

アナログ版「アドブロック」を実装する雑誌『Wallet』

他国と同様に、日本では高品質な(ときに低俗な)情報を絶えず手に入れることができる。ことファッションについていえば、その「情報」「テキスト」を批評することがファッション誌の役割の一つではあるものの、多くが「広告カタログ」に成り下がって久しい。

しかし、エリスの作った雑誌『Wallet』には、読者との対話を目的とした「ファストフード的でない」ファッション・ジャーナリズムがある。どのようにしてテーマを見つけ、オリジナリティのある雑誌にしたのだろうか。

新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

ポケッタブルな雑誌『Wallet』=写真:本人提供

「『Wallet』では、情報があふれる時代にこそ、言葉とファッション批評の重要性が高まっていると主張したかったんです。私たちが、ただファッションを消費するだけで満足するのではなく、ファッションについて活気あふれる会話ができるプラットフォームを作りたかった。雑誌には知性や教育といったパワーがありますし、このメディアはファッション業界において重要ですから」

「この雑誌はサイズに特徴があって、その名の通り、お財布サイズです。理由は、ファッション業界の“経済的な話”をすることが前提にあったから。それに、簡単に自分の手元に置けて、持ち運びができ、すぐに読むことができます。まるで実際の財布のように必需品として機能する、というコンセプトです。『なぜ人は新聞紙や雑誌を買わなくなったんだろう……』という、根源的な理由を考えながら作りました」

広告へのアプローチも独特だ。『Wallet』は必要ないと思った広告を切り取ることができる。

新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

広告ページを切り取ることのできる仕様になっている=写真:本人提供

「すべての雑誌には広告が必要です。それは『Wallet』も例外ではありません。でも、『この広告が邪魔』だという人は、ページを切り取れるようデザインしています。ページにはミシン目がついていて、きれいに切り離せます。まさにアナログ版『アドブロック』みたいなものですね(笑)」

「読者は広告を破り捨てることもできますし、切り取った広告ページを壁にかけることもできる。つまり、好きなようにできるんです。加えて(自由記述の)ノートページを設けています。そうすることで、書き込みをしたり、メモを誰かと共有したりすることができる。そうやって、読者がこの雑誌について、積極的に参加することできるようにしています」

新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

最新号のテーマは「Titans of Tech」。全号に共通するのは、ビジュアルページ、テキストページ、広告ページで構成されていること=写真:本人提供

「『Wallet』は1冊ごとに、ファッション業界やそのシステムに関することを、ワンテーマに絞って取りあげています。創刊号ではファッションの権力と、それを行使する人々。第2号はファッションの出版事情。第3号では、今日におけるファッションにとって教育とは何か、そして今後どうあるべきか? どのようにしてファッションを学び、理論化していくかがテーマです」

「第4号は、ファッションと空間の関係性をテーマにしたもので、スタジオからワークショップといった、さまざまなクリエーションの可能性と空間に焦点を当てています。ファッションはどこで生まれているのか、ということですね。第5号はファッション市場にスポットを当てています。店頭での衣服の様子は? リテールの未来とは?など。第6号では、モデルとは何者で、彼/彼女たちが果たす役割について特集しています」

「第7号は、ファッションのプロモーションをテーマにしました。今やプロモーションは複雑で、ひねくれた、グロテスクな機械のようなものですが、それでも現代のファッションのPRにおいて重要です。この号では、紙の広告からデジタル広告への進化、ブランドのイメージ作りなどについて調査しました」

これまでのサイクルが崩壊してしまった世界で

新型コロナウイルス感染症が世界中に広まったことで、エリスの生活も「それまで不満を持っていた」と語るデジタルに触れる機会が増えた。外出制限下、何を思って暮らしていたかを明らかにしてくれた。

新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

ノルウェー・オスロ フィヨルドに沈む夕日=撮影:鬼室黎

「世界的な危機の中で、私は自分のルーツに戻ったんです。これまで5年間、常に世界中を旅して仕事をしてきましたが、今は幼い頃から過ごしてきた部屋に戻り、そこで仕事をしています。私の部屋は、世界中の人とメールやビデオ電話、オンライン会議、SNSを通してつながっているんです」

「インターネットは私にとって大きな恩恵を今でも与えてくれるし、どこからでも情報にアクセスできる素晴らしいものだと改めて気付きましたね。家にいながらも、世界中の人とつながっていられるから。デジタルについて見直す良い機会になりました」

コロナ禍によって、現在まで受け継がれてきた慣習や伝統と呼ぶべきものが、意味をなさなくなっている。それはファッションの世界でも、メディアでも、アートでもそうだ。

「withコロナの世界では、ファッション/アート/メディアの領域において、新しいコンセンサスや、透明性の確保が、最も求められることになるでしょう。これまでスピードやサイクル、シーズンというもので構築されてきた『トレンド』が完全に、コロナによってストップしているからです。特にファッションやアートの世界では、なぜこの議論が、なぜこの展示が、なぜ保存することが重要なのか?といったテーマについて、考える必要が出てきました。私たちは今、新たな問いを生み出し、新たな言説を、知性を生み出さなければいけません」

「実際、私の世代はゆっくりと、『アンチ教養』の道をたどっています。テキストよりもビジュアルコンテンツを優先し、さらには既存のメディアへの信頼もほとんどない。若年層は、親しみやすく消化しやすいものを求めています。今後はアートやファッション業界において、プロダクトとその歴史的な位置付けを考えることが必要になり、それをとりまく環境の見直しがますます重要になってくると思います」

「コロナはポジティブに言えば、『知性を育む』きっかけを与えてくれました。私たちは(教養を失ったことについて)何らかの形での抵抗が必要です。自粛期間中は、21世紀の文化批評をさらに進めるための時間であり、勉強や思考、創造のための場が与えられているんだと思って過ごしました」

ロックダウンを拒否したスウェーデンは、ヨーロッパ諸国から「壮大な社会実験を行っている」と、今も批判されている。その隣国、ノルウェーはロックダウンを決断したが、現地の人々は何を考え、どのように行動をしていたのか。

「専門家ではないので話せることが限られますが、私のことでいうと、パンデミック前のイタリアから自宅のあるオスロに戻ってからは、必要かつ厳格な措置を取って外出を自粛していました。父は感染すると命の危険につながる病気を患っていたので、基本的に大人しくして、政府の指示に従っていました」

「ロックダウンは多くの人にとって、とりわけ若い人にとっては、ストレスを発散することもできないまま、自分自身の考えや感情に、否が応でも立ち向かうことを余儀なくされる状況です。ちなみに、私はめちゃくちゃ堪(こた)えましたね……」

新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

外出自粛中に読んだ書籍=写真:本人提供

「家にいた期間はこれまでを省みて、人間として成長するための時間でした。と、前向きに捉えています。もちろん読書をたくさんして、名作映画もたくさん見て過ごしていました。ただ、これは個人的な意見ですが、このような状況下でも、プロとして動けるなら動くべきなんですよね。インディペンデントの出版社を経営し、個人として多くのプロジェクトを抱える身として、かなりの打撃を受けましたから。なので、外出制限の期間中は、自分のやるべき仕事や、新たに立ち上げるプロジェクトについて、時間をかけて取り組んでいました」

新しい文化を作るには「アンチ教養」にあらがわなければ ファッションエディター エリス・バイ・オルセン

同じく自粛中に見た映画=写真:本人提供

「決してすぐには収束しない現状に希望があるとするならば、あらゆるものがデジタル化されるなかで優先度が下がっていた、紙の資料を保存する『アーカイブ』が、いまだかつてないほど重要になっていくこと。また、たとえばファッションのコレクションでの『ランウェイ』といった伝統的なイベントや、ファストファッション的な制作手段は今後、完全に消えていくのかもしれません」

「ファッション業界は大きな変化の渦中にあります。withコロナの世界では、新しいコンセプトを追求するために、これまでになかった『フォーマット』や『ストーリー』を作り出せる企業がすぐにでも、求められることになると思います」

新型コロナウイルス感染症はいつおさまるのか。8月現在、さまざまな議論がなされているが、この時点で正しい「答え」は用意されていない。エリスの「このような状況下でも、プロとして動けるなら動くべき」という言葉にあるように、不透明な未来に踊らされることなく、地に足をつけた活動が、求められてしかるべきだ。


エリス・バイ・オルセン(Elise By Olsen)

公式HP:http://elisebyolsen.com/

Instagram:https://www.instagram.com/elisebyolsen/?hl=ja

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