LONG LIFE DESIGN

なんという自然体……。300円のお好み焼き屋で抱いた“感じたことのない気持ち”

8月になりました。もう夏ですよね。暑いのが苦手な僕は、涼しいところとWi-Fiの電波を探してさまようのですが、この季節になると、文化人と言える知人たちの「暑さを楽しむ」「寒さを楽しむ」暮らしぶりを思い出します。彼らは暑さ、寒さを感じないわけではないのでしょうけれど、それを「四季の風情」として感じているようで、そうなるまでには、いろんな文化的訓練があったであろうと勝手に想像しています。

さて、今回も3話書きました。まずは、3歳から18歳までを過ごした故郷「阿久比町(あぐいちょう)」で、最近知人に連れて行ってもらったおばあちゃんがやっているお好み焼き屋さんの話。ここにもエアコンはなく、猛暑の中、扇風機が首を振っていて情緒があります。

そして2話目は僕の初心、今の会社を立ち上げた頃に一生懸命に取り組んだ「リサイクル屋さんの中から価値のあるモノたちを探し出す」時に感じたことを思い出しながら書きました。

最後は「店長」ってなんだろう、と自分の店の様子を見ていて思ったことがあったので、そのことについて。親猫と人間の関係から、子猫は「人間とはどんなものか」を学ぶように、店員も「店長のお手本」を見る必要があるなぁ、という話です。それでは、しばしお付き合いください。

写真は愛知県の陶芸家キム・ホノさんの作品。陶芸家の作業場は大半がエアコンをつけていない、というのが僕の経験からの印象。キムさんのアトリエも暑かったけれど、時たま吹いてくる風に敏感に反応する自分を面白がっていました。エアコンで人工的な涼しさを感じるよりも、夏に自然に吹く冷風ではない風を浴びて涼しげな気持ちになる方が、心が豊かな気がしました

写真は愛知県の陶芸家キム・ホノさんの作品。陶芸家の作業場は大半がエアコンをつけていない、というのが僕の経験からの印象。キムさんのアトリエも暑かったけれど、時たま吹いてくる風に敏感に反応する自分を面白がっていました。エアコンで人工的な涼しさを感じるよりも、夏に自然に吹く冷風ではない風を浴びて涼しげな気持ちになる方が、心が豊かな気がしました

300円のお好み焼き

愛知県知多郡阿久比町。僕の故郷です。先日、ある用事で阿久比町に行ってきました。そのついでに教えてもらったお好み焼き屋さんへ。地元の人しかわからない、というか、入りづらいというか、店としての存在すら消したような佇(たたず)まいに圧倒されました。

まず、エアコンがありません。扇風機が回っています。そして、愕然(がくぜん)としたのは値段。最高ランクであろう「デラックス焼き」が300円。もちろん税込みです。大盛りにしてみたところ、400円。なんというか、感じたことのない気持ちになりました。

おそらく家賃がないこと(ご自分の土地、建物なのでしょう)。そして、家族経営であること。それで店が成り立っている。基本、70代のおかみさん一人で焼いていました。連れてきてくれた知人が言うには「小学生のため」だそうです。学校の近くということで、小学生が帰りに寄って食べられる値段にしていると。300円です。300円!! アルバイトも雇っていません。そうしたある意味の「無理のなさ」が、店に漂っていました。

材料費を引くと、おそらく200円くらいの収益でしょう。10人に焼いて2000円。とにかくひっきりなしにお客さんが来ていましたので、テイクアウトもあり、1日50食作ったとして、1万円。おかみさんは時々、常連のお客さんと病院に行った話で盛り上がっていました。そうです。病院に行くお金はここから生まれている。お好み焼きの収益200円の中には、病院の費用も……。

このおかみさんがいなくなったら、たぶん、この店はなくなるでしょう。ここに来て300円を払い、おかみさんと楽しく昔話をする友人を見ていて、なんという場所、なんという豊かさ、なんという自然体なのだろうと思いました。そして、こういう場所がどんどんなくなっていく現実とその時代的な状況なんかを、食べながら考えさせられました。なぜ、なくなっていくのか。なぜ、新しくこういう店は生まれないのか……。

お好み焼き屋「ほった」の店内。この店のあらゆることが「新しく」なったらどうしよう、と勝手に思いました。こんな店はもう作り出せないし、放っておくといつしかなくなってしまう。だからといって、変にメディアに載って毎日、忙しすぎるのも違う。とすると、あとはじっくり日々の暮らしの中にこの存在を置き、通って楽しみ、応援するというよりも、毎日を見守るくらいの方が自然だと思うのです

お好み焼き屋「ほった」の店内。この店のあらゆることが「新しく」なったらどうしよう、と勝手に思いました。こんな店はもう作り出せないし、放っておくといつしかなくなってしまう。だからといって、変にメディアに載って毎日、忙しすぎるのも違う。とすると、あとはじっくり日々の暮らしの中にこの存在を置き、通って楽しみ、応援するというよりも、毎日を見守るくらいの方が自然だと思うのです

初心に感じていた楽しみ

1998年に僕の店「D&DEPARTMENT」を思いつき、リサイクル屋に土、日曜日に通い、目利きの1000本ノックのようなことをしていました。とにかくガラクタのようなものの中から、いい形のものや、普遍的なものを、レスキューするように見つけ出す。そして、自宅に持ち帰ってキッチンで一つ一つ洗い、値段をつけ、まだ使われ始めたばかりのインターネットに上げていました。最初は確か7点。デザイン会社の片隅で、一人ネットストアをやっていたわけです。

7点はすぐに売れ、買ってくれた人にお礼の手紙を書き、大切に梱包(こんぽう)し配送。そしてまた、仕入れる。最初は車を友人から借りていたのですが、仕入れの回数も増え、レンタカーを借りるようになり、「予算」のようなものを設定していくうちに、どんどん量が増え、ハイエースを中古で購入。確か38万円だったと思います。

本当に一歩一歩、できることからはじめ、ネット専任のスタッフを採用し、それから今の東京都世田谷区奥沢に店舗物件を見つけ、実店舗を構えるわけです。その頃から、古物商の免許は持っているのに、その免許を使って古物市場には行かず、町のリサイクル店から普通に購入していました。

その理由は「町のリサイクル店を活性化すれば、使えるものが不意にゴミとして処分されずに済む」と考えてのことで、僕のような「人にはうまく説明のできない目利き」が、リサイクル屋の主人に「こんなのが出てきたら捨てる前に教えてください。僕が買います」と、半ば教育していくわけです。そのうち店主も「なんだ、こんなものが欲しいのか、今まで捨てていたけど、取っとくよ」となっていく。

2000年ごろは、うちのような微妙な品ぞろえ(笑)の店も少なかったので、とにかく3万円もあればハイエースに入りきらないくらい、中古品が買えました。今は本当にそういう「微妙なもの」がなくなり、ガラクタ屋のようなリサイクルショップもなくなり、どんどんキレイな店舗が増えました。微妙なガラクタ屋がなくなるということは、見方を変えると、「何かにオシャレに使えそうなもの」がそのまま捨てられてしまうということ。

昔は、冷暖房もなく、商品もろくに陳列もせず、引き取ったばかりの状態の段ボール箱が置かれ、「その中から興味あるモノがあればこっちに持ってきて。値段つけるから」みたいなリサイクル店が多くありました。僕らは最初そういうところに通い、「これはもしかしたらいけるかも」と目を利かせて買い付けしていました。

本当に楽しかったし、ハイエースの助手席すら埋まり、「悪いけど、ここから電車で帰って」と、一緒にきたスタッフを乗せられなかったこともありました。これがD&Dの原点。ゴミのように捨てられそうなものに、もう一度、光を当ててみる。キレイにして値段をつけてみる。自分の感性で「お前は、あの汚いリサイクル店では50円だったけれど、D&D(うち)なら、500円だぞ!!」と、していたわけです。

その頃は、時代の節目でバブルの影響などからモノの価値がぐちゃぐちゃになっていました。うちのような店が運営できたのも、その不確かな価値基準に着目できたからだと思っていて、それがD&Dの原点だと、今も思っています。要するに「社会の決めた価値ではなく、自分たちで価値を再評価する」ということ。当時はよく「リ・セール」という言葉を使っていましたが、まさに「売り直す」「救出する」という感覚でした。

今日、よく行くリサイクル店の店内構成が大きく変わっていて、リサイクル店なのにリサイクル品がほとんどなくなっていて、新品の倒産整理品ばかりが売られるようになりショックでした。リサイクル業界の潮流は20年を周期に回っている感覚ですが、まさに2020年の今、先に書いた2000年の時のように、ガラクタがどんどん捨てられ世の中から消えていくのではと感じ、悲しくなりました。

世の中、どんどんキレイになっていく。中途半端なものが、どんどん整っていく。高校からも学ランを着た不良みたいなのが消えていったように……。なんだか、いいんだか、悪いんだか……。とにかく、我がD&Dはガラクタ感覚を忘れないでいたいと、思いました。

最近、USED担当スタッフに連れて行ってもらったのがガラクタ屋でした。とても感激しました。そこの主人がこんなことを言っていました。「君たちの欲しがるような“うぶ荷”(初めて市場に出る商品)ものは、もう市場には出てこないよ。一般家庭から引き取ったり、持ち込んでもらったりしないと出てこない」。なるほど。

不用品は今や細分化、価値の明確化をされ、ベルトコンベヤーに乗るように仕分けされ、ブランドはブランドへ。マニアはマニアへ。家電は家電、服は服……。ごっちゃでなんだかわからない状態は、どんどん世の中から消え去っていく。

住宅なんかがそうであるように、古民家などは本当にほっておいたら消滅します。使えないかもしれないけれど、いとおしむ。そういう心の余裕は、こうした社会が合理化を進めることでどんどんなくなっていく。無駄やわけのわからないことがどんどんなくなっていく。そこに当てはまらないものや人は、社会から不要だと言われているような状況になっていく。

昔のD&Dのような、わけのわからない店って、僕はとっても必要だと思いました。なんだかよくわからない。でも力がある。言葉では説明できないけれど、ゾクゾクする。社会にとって価値あるものには分類されないけれど、そこに何か可能性を感じてならない……。そんなことってありませんか?

2020年の我がD&DEPARTMENTの店内の様子。2000年当時のわかりやすい「デザイナーズ家具」ブーム時のものが、今、大量に古物市場に出回るようになってきた。同時にその流れで、「わかりにくい価値」の「ガラクタ」はどんどん廃棄されていく……

2020年の我がD&DEPARTMENTの店内の様子。2000年当時のわかりやすい「デザイナーズ家具」ブーム時のものが、今、大量に古物市場に出回るようになってきた。同時にその流れで、「わかりにくい価値」の「ガラクタ」はどんどん廃棄されていく……

店長の“本当”の仕事

ある京都のホテルでのこと。完成したばかりなのでしょう、スタッフの対応がいちいち遅く、わかりやすく全てが真新しいので、「ま、仕方ない」と、我慢しました。しかし、一番気になったのは「スタッフの表情」です。誰も笑顔がない。とにかく緊張しているのでしょう。ほほ笑む余裕もないのでしょう。

このホテル、デザインも品がよく設備や立地もいい。ある京都の取引先の方が予約してくれたホテルで、その方のセンスも十分に感じられました。複雑に思ったのは、その方の人柄(最高です)と、その方が手配くださったこのホテルが「一致」しないことです。そして思うのです。もし、この方とホテルが一致したら、この京都の仕事など含め、本当に素晴らしい滞在になる。一直線につながる。

そして、こうも思います。ここのスタッフは研修を受け、いきなり現場に立たされているのだとしたら、その前に、このホテルを考え、経営したいと思ったオーナーやマネジャーがお客の間に挟まる期間が必要で、スタッフはお客さんとオーナーとのやり取りを見て、「自分が勤めるホテルの性格」を感じ取った方がいいのではないかと。つまり、緊張しながら「どんな個性で立ち回ればいいか」がわからない。だから、笑って良いかすら判断がつかない。その手本がないのでしょう。

僕は猫が好きで家でも飼っていました。ペットショップで買ったものですが、なかなか人に懐きません。一方、地方の島なんかを旅すると、スリスリと人懐っこく擦り寄ってくる野良猫がいて、こういうのが欲しいなぁっていつもワガママなことを思います。そう妻に言うと「野良猫は子供の頃、人間と親猫の様子を見ているから、人間はやさしいって知っている」という。この話を先のホテルの時に思い出したのでした。子猫たちであるスタッフは、お客である人間とどう接していいか、親猫であるオーナーの様子を見ていないのです。

店長やオーナーって、「お客さんとの接し方」をまず徹底的に見せることが仕事なのでは、と思いました。僕もできるだけ(全然、できていませんが)、店にいる時はお客さんに声をかけるようにしています。そして、できるだけスタッフにそれを見せるようにも。どれくらいフレンドリーにするのか。どれくらいどうもてなすのか、を。

中国のとある硯(すずり)メーカーにお邪魔した時のこと。若い社長と一緒に「社員食堂」で昼食をいただくことになり、何人かの社員も若社長に呼ばれて同席。若社長が僕の大好きなウイスキーをわざわざ用意してくれていて、昼から一緒にみんなで飲んで、酔っ払ってしまいました。そんな「社長の感覚」を共有するってことが、僕は素敵なことだと思うのです

中国のとある硯(すずり)メーカーにお邪魔した時のこと。若い社長と一緒に「社員食堂」で昼食をいただくことになり、何人かの社員も若社長に呼ばれて同席。若社長が僕の大好きなウイスキーをわざわざ用意してくれていて、昼から一緒にみんなで飲んで、酔っ払ってしまいました。そんな「社長の感覚」を共有するってことが、僕は素敵なことだと思うのです

PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2カ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

世の中には専門的な知識がないからこそ「感動」できることがある

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「覚えようとしなくても記憶に残ってしまうこと」それが自分という存在の輪郭を描くのだ

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