パパ友がいない

妻以外の人には育児のことを話しにくい

連載「パパ友がいない」は、3歳と0歳の二児を育てる小説家・白岩玄さんが、新しい父親像を模索するなかで感じたことを思いのままにつづります。自分と同じように、親として悩みや葛藤を抱えるパパたちに呼びかけるように――。

#01 パパ友がいない

子育てのことについて、妻以外に共有できる人がいないなといつも思う。ぼくには3歳の息子と生後2カ月になる娘がいて、共働きの妻と協力しながら子育てをしているのだが、そこで感じたことや思ったことを妻以外の人に話すことがほとんどないのだ。

理由はいくつか考えられる。友達が少なく、実家の家族ともあまり連絡をとらない上に、自宅で仕事をしているので、そもそも他人と話す機会がないのは、ひとつの大きな要因ではある。生活の中で話す相手が妻しかいないのだから、共有のしようがないわけだ。

ただ、話す機会がないから話さないのかと言えば、そうでもない。なぜなら自分の中に「妻以外の人には育児のことを話しにくい」感覚があるからだ。

たとえば、子どものいる人に会ったとしても、相手が男性だと、自分と同じくらい家事や育児をやっている人でなければ、正直なかなか話が合わない。ぼくも家のことをすべて担っているわけではなく、妻とだいたい半分ずつになるように分担している程度なのだが、それにしたって男性は子育てに関わる時間が人によって差があるので、女性のように一定時間育児に携わっている前提を共有した上での話がしにくいのだ。だからせいぜい、子どもが今いくつとか、子育ての大変さを分かち合えない情報のやりとりに終始することが多い(同時にこれは、男性が育児参加することを職場の同性の上司や同僚に理解してもらえないことにもつながっていると思う)。

でもそうかと言って、子を持つ女性が相手なら、何の抵抗もなく話せるというわけでもない。こういうことを言うと気を悪くする人もいるかもしれないが、女性の場合は子育てについて話しているときに「イクメンですねぇ」と感心する人が少なくなくて、それがけっこう心理的な距離を感じるというか、同じ輪の中に入れてもらえない感じがするのだ。相手が褒めてくれているのはわかっているし、気にならない男性の方が多いのかもしれないが、ぼくとしては「感心」で線を引くのではなく、子を持つ親同士としてもっとフラットに話したい。世の男性の平均的な育児事情と比べられても、珍しい男性に分類されるだけで、子を持つ女性同士のような、自然な連帯はできない気がする(もっとも妻に言わせると、母親同士だって境遇が違えば連帯するのは難しいみたいだが)。

さらに言えば、ぼくは自分の母親に子育てのことを話すのに抵抗がある。女性が自分の母親を頼るような感じで、男性のぼくが母親を頼ると、なんだかマザコンに見えてしまう気がするし、育児にはどうしても愚痴がつきまとうが、女性が育児をすることが当たり前だった時代に子育てをした母に愚痴をこぼすと、妻は何をしてるんだと彼女の評価を下げることになりそうだからだ。

そんなわけで、自分が求める「普通に話す」が身近な人間関係の中でできないがゆえに、子育てのことを共有するのは妻だけでいいと思ってしまう。もっとも世の中にはパパサークル的なものがあって、そういうところに行けば同じような境遇の父親たちと交流を持つこともできるんだろうが、そこまでするのはさすがにちょっと気が重いし、出無精で人見知りの自分がわざわざ集まりに参加する面倒臭さも相まって、妻がいるならそれでいいやと楽な方を選んでしまっている。

でも、本当は話したい気持ちもあるのだ。一人の父親として、日々子育てをしている中で感じたことや思ったことをもっと他人と語り合ったりしてみたい。そういう意味で、妻以外の人間で唯一フラットに話すことができるのは、やはり自分と同じように仕事をしながら家事や育児に主体的に取り組んでいる父親たちなんだろう。ぼくも仕事で出会った本当に何人かの共働きの男性しか知らないのだが、彼らと話したときは、ともに子を持つ父親として、子育ての中で得られる小さな喜びや、どうにか時間をやりくりして家庭と仕事を両立させることの大変さを、すんなり分かち合うことができた。やっていることの差がありすぎて話が嚙(か)み合わないこともないし、イクメンですねと感心されて居心地が悪くなることもない。ときには父親ならではの葛藤が垣間見えて、直接そのことを話さずともシンパシーを覚えることもあった。

今回、育児エッセーを書くにあたって、ぼくが読み手として思い浮かべたのが、そうした数少ない「パパ友になれそうな」父親たちだった。家事や育児に向き合いながら仕事にも追われている彼らなら、これまでとは違う父親としての生き方を模索する難しさや、そこに付きまとう不安や孤独を理解してくれるだろうと思ったのだ。もちろんエッセーなのだから読み手を限定するわけではないが、今回はあえてそこに向けて書くという「てい」でやってみたいと思っている。その方が書ける幅が広がるし、ぼく自身も気負うことなく率直な思いを述べることができる気がする。

社会の中で子育てをする父親の声があまり聞こえてこないのは、絶対数の問題もあるが、案外ぼくがここに書いた「妻以外の人への話しにくさ」も理由のひとつなのではないかと思っている。願わくは、ぼくのように身近に話せるパパ友がいない父親たちにこの連載を読んでほしい。放っておくと孤立してしまいがちなぼくたちには、こうして文章で間接的につながるような、負担の少ないゆるい連帯がもっと必要だと思うのだ。

(イラスト・Tomomi Takashio)

★次回記事「家事育児をする男の実情」はこちら

 

【連載目次】

PROFILE

白岩玄

1983年生まれ。京都市出身。2004年、小説『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、小説家デビュー。同作は芥川賞候補作になり、テレビドラマ化。70万部のベストセラーになった。著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『ヒーロー!』『たてがみを捨てたライオンたち』など

子育てに励む父親たちが求めているのは「育児あるある」を語り合うことではない

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