〈アメリカ・ホスピスの現場から〉第2次世界大戦を経験した元米兵が最期に語った「戦争の記憶」を聞く 音楽療法士・佐藤由美子

アメリカのホスピスで約10年間、終末医療の現場に携わった音楽療法士・佐藤由美子は、その経験のなかで偶然聞いた、アメリカ人の語る戦争体験を『戦争の歌がきこえる』(柏書房)という一冊の本にまとめた。「人間は死に直面したとき、過去を必ず振り返る(……)私たちは人生の最期、過去から逃れることはできない。」と本書で触れているように、死の間際まで秘めていた彼らの言葉に、佐藤は寄り添い続けた。かつての敵国である日本人の佐藤に、どんなことを語ったのか。そして、なぜ書き記そうと思ったのか。率直に尋ねてみた。

(取材・文:岡本尚之 写真:本人提供)

私が日本人だったからこそ、彼らは語ってくれたのではないか

開口一番、佐藤は「アメリカで出会った患者さんの戦争についての話は、想像していたものとまったく違いました」と話してくれた。戦争体験を聞くことと同様に、その内容をテキストとして書き記すことは負担が大きい。それでも書くことに踏み切った理由とは。
 
「アメリカのホスピスで聞いた彼らの語りは、この国で聞く神話のような話とも違いましたし、日本で学んだ戦後教育とも違っていました。本書でも触れていますが、つらい経験を話してくれたのは、私が日本人だということが大きかったと思うんです」

「日本人が、ホスピスのスタッフとして第2次世界大戦を経験したアメリカ人の最期にかかわるということ自体あまり例がないですし、彼らが最期、どんなことを語ったのかを伝えたかった」

「私自身、戦争は1945年8月15日に終わったものだと思っていましたが、戦争経験者にとっては一生続いていくものだと、身をもって感じました。ある日、認知症の患者さんが突然騒ぎ出したことがあったのですが、自室から車椅子を押して出てきて、『爆弾が落ちてくるぞ!』と叫んだんです」

「フラッシュバックで、今もどこかの戦場で戦っていると思っていたようです。たとえば戦争映画は多くの場合、戦争が終わった時点で幕を閉じますが、戦争経験者にはそれがありません」

「戦争の話を祖父から聞いた」というケースはほとんどなかった

広島で生まれ育った筆者にとって、戦争体験の語り部は祖母だった。幼い頃から繰り返し、我が家に防空壕(ごう)を作ったことや、仕事をしている最中に見たキノコ雲の話、祖父が陸軍でどのような経験をしたかなどを語り続けた。

このプロセス自体が戦争体験の「記憶の継承」だったということは、よく分かる。けれど、そのとき祖母は、なぜ流暢(りゅうちょう)に語ることができたのか。そして祖父はなぜ、押し黙ったまま語ることができなかったのか、分からなかった。

〈アメリカ・ホスピスの現場から〉第2次世界大戦を経験した元米兵が最期に語った「戦争の記憶」を聞く 音楽療法士・佐藤由美子

2012年、米・シンシナティのホスピス

「『語らない』ことについては、アメリカでも日本でも、世代的な断絶があるかもしれませんね。今はトラウマやPTSDに関する知識があるので、帰還兵にはカウンセリングをしますが、第2次世界大戦当時、そういう知識はありませんでしたから。つらいことを話して感情を吐露することは、アメリカではほとんどなかったようです」

「私は今アメリカに住んでいますが、この国の友人や同僚にも、戦争の話を祖父から聞いたというケースはほとんどありませんでした。さまざまな事情があるでしょうけれど、『言っても分かってもらえない』ことが理由のひとつとしてあったんだと思います」

「経験していないから分からない、家族に言うことで負担になりたくない。あくまで個人的な感想ですが、そういった理由から言わなかったんだと思いますよ。ホスピスの場合、私は彼らにとって他人ですし、心を開きやすい環境を作るのがセラピストの役目なので、言いやすかったのでしょう」

「もっとシンプルに言うならば、戦争体験を語る人/語らない人には個人差があるので、理由は『分からない』ですし、『分かり得ない』ことです」

相手の声に耳を傾けることが最初の一歩

関東では、平年より遅れること11日、煩わしかった梅雨がようやく明けた。夏の風物詩である蝉(せみ)の合唱を聴くにつけ、夏の訪れを感じさせられる。広島では、原爆投下後「75年は草木も生えぬ」と言われてから、75回目の8月を迎えた。

この日を迎えてしばらくは、戦争被害の語りがさまざまなメディアで伝えられるが、その一方で「加害」について触れられることは多くはない。戦争は被害と加害の重層構造で考えなければならないが、戦後教育で、加害について教師からしっかりと教わった記憶も、筆者にはほとんどなかった。

「今の私たちがかつての戦争を判断することは簡単ですが、その場に自分がいたら何をするかを考えることが大切です。日本について言えるのは、『加害』の面はあまり語られてこなかったこと」

「そこにはさまざまな理由があって、世界で最初に原子爆弾を投下された被爆国であり、本土空襲、沖縄戦では一般市民が戦争に巻き込まれるなど、多くの日本人が被害を受けたという事実があります。でも、国家が加害者としての語りを避けてきたのも大きな要因だと思います」

〈アメリカ・ホスピスの現場から〉第2次世界大戦を経験した元米兵が最期に語った「戦争の記憶」を聞く 音楽療法士・佐藤由美子

2016年、横須賀の老人ホーム

「アメリカは加害国であるとともに、多くの人々が犠牲になった国でもあります。ただ、戦争での憎しみの有無について言うと、『日本が憎い』ということをアメリカ人から聞いたことはありません」

「戦時中はプロパガンダを両国でやって、相手は人間でないと思い込ませるわけですよね。でも戦争が終わると、お互いに命令されたことをやっていたに過ぎないと分かる。本の第二章でも書いていますが、それだけのことです」

「夫はアメリカの空軍に所属していますが、彼の同僚と話していると、命令に対する葛藤はやはりあるわけです。戦争になれば、命令されたことに従うのが彼らの役割ですから。一方で、その家族や多くのアメリカ国民は命令を受ける立場にない」

「つまり、戦場から離れたところから見れば見るほど、戦争についての理解が及ばなくなり、考えを単純化してしまうため『理解不足』(lack of understanding)につながるのだと思います。分かっていないのに、分かった気持ちになる、ということです。おそらく、日本も同じ構造だと思います」

「こうした『理解不足』や、そのことで生じてしまった誤解を解くためには、対話や、相手の話に耳を傾けることが最初の一歩です。居心地の悪さはあるかもしれないけれど、避けずに、まずは少しだけ歩み寄ってみることが大切です」

「私も最近、アメリカ在住の中国人の女性と初対面で日中の歴史や現状などについて語り合ったんです。いい機会ではありましたが、とてもハッピーな気持ちにはなれませんでした。けれど、そうして語り合うことが、相互理解のための出発点になると思っています。今回の本もそういう意味では、自分とは違う人の話を聞いてみる、という立場で書いています」

私たちは戦争の当事者にはなれない。だからこそ理解する努力が必要

第2次世界大戦から75年経ったが、相互理解や和解のためには、ただ時間が過ぎるのを待てばいいというスタンスではなく、対話や、相手の語りを聞くことで、想像力を喚起させることが大切なように思う。佐藤は最後、「理解」についてこう語ってくれた。

「音楽を聴いたり、一緒に歌ったりして患者さんに介入していくなかで、話を聞く時間が特に長かったんですね。戦争の話をしてくださいと言ったことは一度もありませんでしたが、誰かに聞いてほしいという気持ちは根本的にあったのでしょう」

「そこから学んだのは、どんなにトレーニングや勉強をしても、どんなに真剣に語りを聞いても、他人の気持ちは本質的には分からないということ。だからこそ理解しようと努力するし、自分を相手の立場において考えるわけですよね」

「ただ戦争に関しては本当に分からない。聞いているときも、書いているときも分かりませんでした。映画を見ても、本を読んでも、想像することができない。教科書で読んでも、当時の彼らが何を抱いて、何を思っていたのかを知ることはできません。私たちは当事者にはなれない。だからこそ、繰り返しになりますが、理解しようとする努力が大切です」

「本来は歴史書のなかで、戦争当事者の彼/彼女たちの語りがたくさん書かれていてもいいと思っています。世界史でも、日本人も含めた『普通』の人々が何を考え、どう生きたかを知りたい」

「第2次世界大戦にしても、国の指導者や国政に関する話は出てきますが、実際にそこに存在する市民が見えてきませんし、見えなければ理解にもつながりません。そうした前提があった上で、過去についてはじめてきちんとした議論ができるのだと思います」(敬称略)
              
   
プロフィール
佐藤由美子(さとう・ゆみこ)
ホスピス緩和ケアの音楽療法を専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間音楽療法を実践。2013 年に帰国し、国内の緩和ケア病棟や在宅医療の現場で音楽療法を実践。その様子は、テレビ朝日「テレメンタリー」や朝日新聞「ひと欄」で報道される。17年にふたたび渡米し、現場で執筆活動などを行う。著書に『ラスト・ソング――人生の最期に聴く音楽』、『死に逝く人は何を想うのか――遺される家族にできること』(ともにポプラ社)がある。

HP:https://yumikosato.com

〈アメリカ・ホスピスの現場から〉第2次世界大戦を経験した元米兵が最期に語った「戦争の記憶」を聞く 音楽療法士・佐藤由美子
『戦争の歌がきこえる』(柏書房)
著者:佐藤由美子

公式HP:http://www.kashiwashobo.co.jp/book/b512101.html

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