幻の未発売車が次々と 伊・アルファロメオ博物館のバックヤードツアー

(TOP画像:アルファロメオ博物館入口には、保管庫所蔵品の一部が企画展示されている。手前は1959年に作られた「ジュリア」の一般道路走行用試作車。アルファロメオと分からないように擬装され、主に旧ユーゴスラビアで試験が行われた。中央の白い車は1983年「アルファ6」ローマ教皇専用車)

アルファロメオ創立110年 自動車愛好家へのサプライズ

2020年、イタリアの自動車ブランド「アルファロメオ」は創立110周年を迎えた。これを機に、ミラノ県にある企業ミュージアム「アルファロメオ歴史博物館」が車両保管庫の見学会、いわゆるバックヤード・ツアーを企画している。

ブランドの歴史を復習しておこう。

フランスを創業の地とする自動車会社「ダラック」のミラノ工場は20世紀初頭、不振にあえいでいた。1910年、ミラノの企業家有志がそれを買収。新たにA.L.F.A.(Anonima Lombarda Fabbrica Automobili=ロンバルディア自動車製造有限会社)と名づけて車の製造を引き継いだ。しかし彼らの経営も安定軌道には乗らず、ナポリのエンジニア兼実業家のニコラ・ロメオの手に渡る。ロメオは1918年に社名をアルファロメオとし、1920年にはその名前を冠した車も送り出した。

ムソリーニ政権下の1933年からは産業復興公社(IRI)の管理下に置かれ、第2次大戦後もIRI系企業「フィンメッカニカ」の傘下企業として存続した。

1986年、フィアット(現フィアット・クライスラー・オートモビルズ=FCA)が、フィンメッカニカ社からアルファロメオ株を取得。以来FCAの1ブランドとして今日に至っている。

1910年、不振に陥ったフランスの自動車会社「ダラック」のミラノ工場を地元企業家有志が買い取ったのがアルファロメオの起源である。これはダラック8/10HP

1910年、不振に陥ったフランスの自動車会社「ダラック」のミラノ工場を地元企業家有志が買い取ったのがアルファロメオの起源である。これはダラック8/10HP【もっと写真を見る】

アルファロメオ歴史博物館は、ミラノ北西のアレーゼにある。

開設は1976年にさかのぼるが、2011年にいったん閉館。2015年に「ラ・マッキナ・デル・テンポ(タイムマシン)」というサブタイトルとともにリニューアル開館を果たした。

2020年は3月から新型コロナウイルス対策の休業命令により休館していたが、6月末から土日限定で再開した。

再開に伴って開始されたのが、ここに紹介するバックヤード・ツアーである。参加は予約制で所要時間は約90分。同館史上初めての試みであり、自動車愛好家にとってはうれしいサプライズだ。

アルファロメオ1900M“マッタ”。1968年、平和使節としてバチカン市国から中国広東省まで24の国と地域・2万4千キロメートルを走破した

アルファロメオ1900M“マッタ”。1968年、平和使節としてバチカン市国から中国広東省まで24の国と地域・2万4千キロメートルを走破した【もっと写真を見る】

非公開車両は150台以上、第2次大戦末期に試作された台所用オーブンも

指定時刻にチケットカウンター前に集合すると、順路とは別の関係者用階段に案内された。

保管庫がある3階のドアが開くと、赤いカバーが被(かぶ)せられた無数の車が並んでいた。別のフロアである4階部分と合わせると、非公開車両の収蔵台数は150台以上にのぼるという。

スタッフのイレニアさんは同僚のエレオノーラさんの手を借りながら、次々とカバーを剥(は)いでゆく。

彼女の解説は極めて詳細で、内容は長年のアルフィスタ(アルファロメオ愛好者)もけっして飽きさせないレベルのものだ。

アルファロメオは、第2次大戦中まで屈指の超高級車ブランドとして知られていた。他の高価格車同様、買い主の多くは、シャシーだけをアルファロメオ社から購入。車体は好みのカロッツェリア(板金工房)に依頼するのが通例だった。自動車のオートクチュールである。

話は前後するが、保管庫所蔵品の一部は企画展としても展開されていて、そこにはなんと台所用オーブンもディスプレーされている。これは第2次世界大戦末期、疎開先の設計部門で試作されたものだ。高級車も、並行して製造していた航空機エンジンも将来性が不透明になるなか、糊口(ここう)をしのぐ製品を模索していた設計陣たちの苦心がうかがえる。

いっぽう戦後のアルファロメオは、量産車メーカーに転身。自動車が耐久消費財として広く普及するなかで、競合企業との戦いに晒(さら)されてゆく。カムフラージュのため、他社ブランドであるROVER(ローバー)のバッジを貼られた公道試験用試作車の存在は、当時の開発競争の熾烈(しれつ)さを物語っている。

第2次大戦末期、戦後の事業を模索すべく疎開先の設計室で試作された電気/ガスオーブン。価格が決められ販売網まで構築されたが、発売には至らなかった

第2次大戦末期、戦後の事業を模索すべく疎開先の設計室で試作された電気/ガスオーブン。価格が決められ販売網まで構築されたが、発売には至らなかった【もっと写真を見る】

イタリア家庭のもてなしのごとく 解説は熱く赤裸々に

ところで、イタリアで物置のことをカンティーナ(cantina)という。イタリア人家庭に招かれると、かなりの確率で、このカンティーナに案内される。照明は薄暗い。そして足の踏み場もないような中を歩きながら、家の主から「この木箱は祖母が新婚のとき、嫁入り道具を入れてきたものだ」などといった説明を受ける。物置は一家の巨大なアルバムであり、それを包み隠さず見せることが最大の歓待なのだ。

アルファロメオ歴史博物館のバックヤードツアーが日本の博物館における同類のものと比較してほほ笑ましいのは、ひとことで言って「雑然」としているところである。車の横にトロフィーが放置されているかと思えば、自動車史に残るモデルがさりげなく置かれている。かと思えば、発売されたらヒットしていたであろう斬新な縮小模型が、車の陰にひっそりと隠れている。

時期尚早すぎたクロスオーバー・タイプの試作車、ブランドのイメージにしてはあまりに優雅すぎていまひとつ冴(さ)えなかった高級セダン、ドイツ企業のライセンスを取得して研究しながらも断念したロータリーエンジン……と、開花しなかったプロダクトも赤裸々に紹介してゆく。

イレニアさんの熱のこもった解説は、自身の先祖の歴史にも聞こえてくる。感心した筆者が、どうやって膨大なスペックを記憶したのかと尋ねると、「パッシオーネ(情熱)です」と即座に答えが返ってきた。アルファロメオのミュージアムのバックヤードツアーは、まさにカンティーナであり、イタリア流のもてなしなのである。

1960年の試作車「ティーポ103“ピドッキオ”」。pidocchioとはシラミの意味で、当時のデザイナーたちによる愛称である。横置エンジンの前輪駆動車で、当時発売されていたら、かなり先進的な車であったはずだ

1960年の試作車「ティーポ103“ピドッキオ”」。pidocchioとはシラミの意味で、当時のデザイナーたちによる愛称である。横置エンジンの前輪駆動車で、当時発売されていたら、かなり先進的な車であったはずだ【もっと写真を見る】

(文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

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アルファロメオ歴史博物館 Museo Storico Alfa Romeo-La macchina del tempo
Viale Alfa Romeo, Arese(Milano)ITALIA
開館日 2020年8月現在、土日のみ
開館時間 10:00~18:00 (入館は17:30まで)
料金 一般12ユーロ
www.museoalfaromeo.com

バックヤード・ツアー VISIT THE STORAGE ROOM
開催日 土日のみ(2020年8月現在)
料金 6ユーロ(入館料別)
https://www.museoalfaromeo.com/en-us/news/Pages/Visita-alla-collezione.aspx

PROFILE

大矢アキオ

コラムニスト。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で比較芸術学を修める。イタリア・シエナ在住。NHK『ラジオ深夜便』レポーター。訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、著書に『イタリア発シアワセの秘密−笑って!愛して!トスカーナの平日』(二玄社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など

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時間にもお金にも余裕がないけれど……子育て中も続ける二つの趣味

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