坂手洋二の「世界は劇場」

息を殺す、ということ ~コロナ禍下の千秋楽~

私の劇団・燐光群は、別役実作『天神さまのほそみち』を、7月3日、下北沢ザ・スズナリで開幕し、19日に千秋楽を終えた。

コロナ感染防止対応で、演劇界も3カ月近く身動きがとれない状況が続いていた。巷(ちまた)では動画配信型や小規模の企画公演が6月中から始まっていたが、どうやら自分たちの上演が「劇団」による通常公演再開の先鞭(せんべん)をつけることになるはずだった。

しかし現実には、7月から新規感染者が増えはじめ、東京で「二百人越え」が久しく続き、全国の累計死者数もとうに1千人を超えている。

演劇界でも、商業的な公演を含め、出演者・スタッフの感染が伝えられ、中止・延期、来春までにかけて「見合わせ」の報が続いている。これからどうなっていくか、予断を許さない。

演劇業界は細やかに感染防止対応をしてきたはずだった。今年前半期までは、「演劇の現場は感染者を出していない」と誇らかに宣言する人達もいた。

私はその言い方には違和感があった。いつ感染者が出るかわからないということもあったが、その物言いはどこか、リスクを抱えたほかの業種に対して無神経に響いたからだ。じっさい、舞台芸術業界も特別ではなかった。

こんな未来を想像できなかった半年前

千秋楽を迎えるのは、今年3度目だった。

今年になってすぐ、オペラ『イワンのばか』(オペラシアターこんにゃく座)の稽古に入り、2月上旬、幕をあけた。この上演では開演前にロビー・コンサートを催した。観客と歌い手・奏者たちが密に入り乱れる、楽しい宴だった。こんな半年後を、あの頃には想像できていなかった。

オペラ『イワンのばか』より=提供:オペラシアターこんにゃく座、撮影:前澤秀登

オペラ『イワンのばか』より=提供:オペラシアターこんにゃく座、撮影:前澤秀登

当時、既に新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るいはじめ、横浜に停泊したクルーズ客船ダイヤモンド・プリンセスでの、乗員乗客を閉じ込めるだけの杜撰極まりない「水際対策」が報道され、不安が募ってはいた。

私は2月21日からソウルでの韓日演劇交流協議会主催「日本現代戯曲ドラマリーディング」に参加した。

会場の南山芸術センターでは感染対策として、劇場入口に人体の高温部を暖色の濃度で示す熱監視装置を設置、発熱のある来場者の入場はお断りする態勢を取っていた。額にペンライト型の測定器を当てる「遠隔型の体温計測」も初めて体験した。

ソウルの町の緊張は伝わってきた。演劇界でも、大邱での大規模感染の関係者に接触したため、自主的に「2週間の観察期間」を課し自ら外出を控えた人がいると聞いた。

私が帰国した翌日、韓国の警戒レベルは最高となり、南山芸術センターはじめ、国会議事堂も含んだ公共施設のほとんどが閉鎖された。

日本に戻ってすぐ、新たな稽古に入った。タイのニコン・セタンの代表戯曲『安らかな眠りを、あなたに YASUKUNI』を、ニコンと共同演出した。アジアの演劇人が初めて日本の靖国神社について描いたもので、久しく日本での上演が待たれていた。2016年から<アジア共同プロジェクト>として、タイ・フィリピンでの取材、ワークショップ、ツアーを重ねてきたチームである。

舞台『安らかな眠りを、あなたに YASUKUNI』より=提供:燐光群、撮影:姫田蘭

舞台『安らかな眠りを、あなたに YASUKUNI』より=提供:燐光群、撮影:姫田蘭

ニコンと気鋭の俳優4人を招いたが、既に日本の感染対策の遅れは世界中に知られていた。タイでは日本への渡航自粛を求める通知が出たばかりだった。ビザを得ており来日は問題なかったが、ぎりぎりのタイミングだった。

号令、斉唱……管理される私たちの「声と呼吸」

2月26日、安倍晋三首相はスポーツ・文化イベントの、その後2週間の開催自粛や規模の縮小を要請した、基準は曖昧(あいまい)だった。「エリート」のみの参加とはいえ、東京マラソンは開催した。サッカーの国際試合に「選手を派遣しない」とする南アフリカの方針に、橋本聖子五輪相は政府として「科学的に問題がない」と発言した。

感染拡大を防ぎたいなら、1月の段階で動いているべきだった。だが当時の日本政府の基本姿勢は、ただただ感染者の「数字」が引き上げられることを恐れるものだった。理由はただ一つ。この国がどうしても、夏にオリンピックをやろうとしていたからである。

息を殺す、ということ ~コロナ禍下の千秋楽~

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長との電話協議を終え、取材に応じる安倍晋三首相=2020年3月24日午後9時10分、首相公邸、田辺拓也撮影

この頃、ロンドン市長選候補者で保守党のショーン・ベイリー氏から、「東京が難しければオリンピックをロンドンでやってもいい」と申し出があった。せっかくの善意である。8年前に五輪を開催しノウハウを持っているロンドンに譲ればいい、と私は思った。しかしそのイギリスもやがて、コロナ禍の猛威に晒されることになる。

北海道に続き全国での「一斉休校」が始まった。しかし保護者や学童保育等の負担はほとんど考慮されていなかった。事実上、子を持つ労働者に対して有給休暇で休校期間に対応することを迫り、そしてすぐ後にフリーランスの労働形態を理解していないように受け取れる安倍首相の妄言があり、行政に対する不信は膨れあがった。

そうして感染拡大中だった3月、式典に間に合わせるためのように登校再開がはじまり、都立校の卒業式で「君が代」が斉唱された。校歌は歌わなくても、国歌斉唱は強行された。コロナウイルス感染リスクを下げるため、大量の飛沫が出る可能性のある「合唱」を避けるべきではないかという理屈は、不問とされたのである。

号令や斉唱といった、フィジカルな、時に身体動作も伴う「声と呼気による強制」は、軍隊や学校、スポーツ行事に於ける「統率」の伝統的スタイルである。強行の背景には、思想・信条の自由から「君が代」斉唱時に起立しない教職員に対して都教委が処分を続けてきた歴史がある。

演劇という表現ジャンルも、その「声と呼吸」という機能が肝である。呼気が感染を媒介するという科学的事実が、私たちの表現行為を阻む。そして次第に、私たちの「呼吸」を管理する社会システムが整っていった。

コロナウイルスは、直接的にも間接的にも、私たちの「息」を殺した、と言うことができる。

もっとも、息を殺す、という言葉自体には、多義性がある。呼吸を抑えて静かにしている、身を隠して物陰から様子をうかがう、といったとき、使う言葉だ。

「kill one’s breath.」ではなく「hold one’s breath.」になる。息を止める、保つ。この英語は「息を吞む」という意味もあり、出来事に驚き、美しさに釘付けになったとき、息を止める、ということでもあるのだ。

演劇人である私は、コロナ禍がこの社会に生きる人間の身体に要求するものとして、あらためて呼吸について関心を持つことになった。

緊急事態宣言、強いられる「自粛」

オリンピックの延期が決まった後の3月下旬には、週末の「外出自粛」が要請されていた。

小池百合子東京都知事も強硬姿勢に傾き、「ロックダウン」という聞き慣れない言葉が出てきた。次々に上演を中止する演劇団体の無念が伝わってきた。

私たちは3月29日までの上演を完遂したが、海外メンバーを抱えていたため、緊張感はあった。彼らに提供できた住環境はマンスリーマンションで、稽古場まで徒歩で行けた。自炊可能で、外食も避けられた。

お客様には手洗い・消毒をお願いし、非接触型の体温計で体温測定し、37・5度以上の場合は入場をお断りすると決めた。マスク着用も呼びかけはしたが、大変なマスク不足だったため、今ほど徹底することができなかった。客席数は減らし、通路幅や舞台と最前列客席の距離を通常より広くした。関係者への面会はお断りした。

劇場の舞台下手上部の開閉扉を、開演前ぎりぎりまで開け、換気した。その開放部から、劇場の外の、見事な桜の樹が見えた。この春は、お花見も「自粛」だった。

上演中は、3月の段階では一定の濃度以上で効果があるとされた次亜塩素酸水をスチーム状に噴霧し続け、除菌・加湿した。鼻孔が強くない私は、本番の舞台を噴霧場所至近で観ていたので、これはこたえた。消毒効果を有する濃度だと人体に有害の場合もあるという情報が一般に知られるようになったのは、その後だった。

墓地が舞台の芝居だから、客入れから開演まで、霊を演じる俳優たちは墓の中に居る設定で舞台上に横たわったまま、微動だにしない。この十数分の時間が、まさに祈りに似た霊的なものになっていて、それが劇全体を助けたような気がする。思い込みのようだが、それはショーの前に演じ手が自身の「呼吸」の状態を日々確かめる作業でもあり、いくらか感染予防に対する意識も高めたのではないかと思う。

千秋楽翌日、3月30日。タイ・メンバーは朝に帰国。世間は一気に「緊急事態」の方向に進んだと思う。

新型コロナの感染経路で問題視されていた場所の一つが、私たちも関わる「劇場」だった。映画館、ライブハウス、スポーツジム、一部施設は既に名指しされていた。小池都知事は加えて「キャバレー、ナイトクラブ、バー」、この頃から明瞭に「若者・夜の酒場が鍵」だとした。

志村けんさんの感染症による肺炎での死去、宮藤官九郎さん入院の報にも驚かされた。

息を殺す、ということ ~コロナ禍下の千秋楽~

志村けんさん=2007年撮影

4月7日、緊急事態宣言が発出され、その後、日本中の劇場、映画館が、全館休業。桜の季節が終わり、下北沢でも8つの劇場全ての「自主的休館」が決まった。

ちぐはぐな感染対策、放置される「密」

街中では、どこでもマスクを売っていなかった。あるいは価格が高騰していた。1月に、50枚入りで500~600円だったマスクの価格が、5倍、6倍に跳ね上がった。

エイプリルフールのネタではないかと揶揄された「アベノマスク」は、なかなか国民のもとに届かなかった。この事業は震災後福島に作られた、無名の会社が受注していたことも話題になった。防護服の不足も話題となっていて、呼吸を守らなければ対処できない感染症と放射線被害の相似を、私は重いものとして感じた。

「アベノマスク」本体は「使えない」ことが問題だった。小さすぎるし、布製だから感染防止の効果は薄いという。そして、虫やカビが付着している場合があるという。呼吸がいのちの舞台俳優が、そんなものを吸い込んでしまってはたまらない。

息を殺す、ということ ~コロナ禍下の千秋楽~

「アベノマスク」

諸外国の報道は、感染者数が増えない日本の状況を不可解としつつも、キスやハグをしない文化の違い、マスク・手洗い・家庭で靴を脱ぐ習慣を「高い衛生意識」と指摘した。とはいえ日本が他のアジア諸国と比べ「奇跡」と呼べるほどの成果を上げているはずもない。いっとき喧伝された「BCGワクチン有効説」同様、「希望的観測」の範疇だろう。

それほどマスク着用を重要視するなら、廉価マスクの大量生産を推進するという選択もあったはずだ。人工呼吸器についても、5月、トランプ大統領に押し売りされてしまう以前から、調達と運用に混乱が見られた。

「ステイホーム」は、小池都知事のルー大柴ばりの外来語使用の一つだが、犬に向かって命じているような物言いである。

しかし一歩家を出ると、通勤電車のラッシュは変わらなかった。電車内の混雑を解決する策も示されなかった。イタリアでは電車内では隣席とは二席ぶん空けて座るようになっているというが、日本の電車内の「密」はずっと放置されている。

オンラインである以上「演劇」そのものではない

息を殺す、ということ ~コロナ禍下の千秋楽~

東京都新型コロナウイルス感染症対策本部会議で、資料を手に話す小池百合子知事=2020年5月25日午後7時6分、東京都新宿区、加藤諒撮影

5月25日、緊急事態宣言解除。

6月になって、『天神さまのほそみち』の稽古を本格的に開始した。

換気のため稽古場の窓を開放することも、外に扇風機を向けることも、以前には考えられなかった。

最初はやはり、ほとんどの者がマスクをつけていた。部分的に顔面を覆う透明シェードは、効果はともかく、見た目は冗談にしか思えず、使用しなかった。マスクの方がまだ、俳優たちが生きものとしての皮膚感覚を保ち、呼吸に敏感になれるのである。

劇団員もフェイスシールドを試した=筆者撮影 モデル・山村秀勝

劇団員もフェイスシールドを試した=筆者撮影 モデル・山村秀勝

そのマスクを、いつ外すか。外して安全なのか。俳優たちの一人でも「怖い」といえば、本番でもマスク着用を認めるべきではないかと思った。

私は、「鼻や口から呼吸だけして、その呼気でうつるっていうことは万に一つもない」とする、宮沢孝幸京大准教授による提言には、説得力があると思う。「マスク」と「こまめな手洗い」によってウイルスの量を「1/100」にすれば感染を防ぐことができる。映画館も消毒を徹底しルールを守れば、席数を限る必要すらないというのだ。

私たちは自分たちなりの「ガイドライン」を出して、上演の実現を果たした。

観客の皆様には、観劇中を含め、マスクの着用をお願いした。

劇場内では上演中を含め、給排気ファンを常時稼働させ、換気を行った。昔に比べると空調機の静粛性は高まっているが、どうしても音はする。音響プランとして、意図的に持続的なノイズや自然音を混ぜ、違和感を軽減した。

政府による都道府県をまたぐ移動自粛の要請、全業種での休業要請は、6月19日に解除された。

上演は実現した。「3ヶ月ぶりの演劇」に、お客様も喜んでくださった。

そこに向かう日々、一種の「社会復帰」の物語として、私はこの記事を書くことになるのではないかと思っていた。

ところが、状況は変わった。

私たちに先駆けて開幕した新宿の小劇場で、クラスター(感染者集団)が発生した、と報じられた。マスコミ・世間の演劇に対する非難が高まり、ワイドショーやネット記事では辛辣な対応も出た。

『天神さまのほそみち』、上演の中日(なかび)を越えてからは、予約キャンセルが相次ぎ、慌ただしい対応を余儀なくされた。本人は観たいのだが「家族・職場の事情で行けない」といったお客様の声も多く頂いた。

「演劇クラスター」という言葉がマスコミやネット上に飛び交った。新宿では、計75人の観客や出演者らの感染が伝えられた。稽古場で20人以上が感染した別の事例も出てきた。「空気感染」はしないはずのコロナウイルス。ここにきて指摘され始めたのが「飛沫核感染」である。

口からの飛沫の飛距離が2メートル、それがソーシャルディスタンスの基本単位となっている。飛沫の水分が蒸発し、ウイルスだけが残る状態を飛沫核と呼ぶ。飛沫核は粒子も小さいため、より広い空間を浮遊し、3時間程度、感染性を有すると考えられる。接触と飛沫による感染のみではないとすると、演劇、とくに「小劇場」は難しい立場に置かれる。

観客席を一定数埋めることができなければ、採算がとれず「興行」が成立しない。 かといって、劇場での入場料をあてにしないで「配信」で代替するという意見にも、頷けない。

『天神さまのほそみち』の稽古でも、本稽古開始前、一度だけ、Zoomでの読み合わせを試みた。テクニカルな問題が起こり、途中でお開きにした。

そもそも、画面上で観るものを「演劇」と考えることや、リハーサルの「リモート化」に、私はリアリティを感じられないのである。Zoomでの試演などを見ても、そこでは、呼吸による交流が薄いのだ。せりふだけなら、ラジオドラマのように視覚を消して集中したほうが、まだ意味がある。

私は、演劇は、双方向に存在する呼吸をあつかうものだと思っている。

身体性を失った世界、登場人物がいない演劇

8月2日、俳優の立石涼子さんが、亡くなった。がんである。

涼子さんの声が、記憶に残っている。声質の問題ではない。

声、言葉といったものは、誰かから「発される」ものとして、まとめきれるものではない。俳優は、舞台上でただ「喋っている」のではない。意識が、認識が、知覚が、その人の存在、身体の中を、通っていくのである。本人もそれを感じながら、である。せりふを伴う演劇という表現は、その機能を使っている。

ホーミーを学んだ後の立石さんは、感じることと発することの両立に於いて、ずば抜けたキャパシティを獲得していた。

彼女は亡くなったが、彼女の呼吸のあり方、その独自の仕組み・コードは、それを受け止めた私たちの中に具体的なものとして共有されて、残っている。

その人の呼吸をリアルに知っている者みんながこの世から去ったとき、本当の意味でその人の生身の身体性は、この世界から、消えてしまうということになるのであろう。

1980年代、私たちアングラ・小劇場演劇界隈で、よくかわされた言葉がある。稽古場や劇場ではなく、ふだん俳優や仲間どうしで話していて、だ。

「舞台の上で、今、こうして喋っているみたいにできないかな」という言い方をするようになったのだ。それまでの「演劇用の喋り方」「演劇用の呼吸」ではないものが、ほしかったのだと思う。

その頃、登場人物が誰も出てこない演劇、というものについても、話したような気がする。

開演しても、舞台に誰も出て来ない。それでも、演劇と言えるのか。

例えば、美術館の展示は、演劇たりえるのか。インスタレーションと演劇の、違い。先ほどの私の言い方でいえば、俳優の呼吸がない演劇は、演劇ではないということになる。

俳優は出てこない。しかし、インスタレーションを見ている観客の呼吸は、ある。

私たちが博物館や美術館の展示を見て回っているとき、ただ移動しているだけのはずなのに独特の疲労感を覚えるのは、受け手もそういう呼吸のメカニズムを使うよう、無意識に集中を強いられているからではないか。大型書店や図書館を長時間さまよって数多の書物の背表紙を眺めている時も、私たちはそういう集中力と、それを支える呼吸の体験をしているのかもしれない。

人間はまるごと感覚器官、観客と演者の相互感応

あえて端折った言い方をすると、日本の古典的な演劇の一つである「能」は、特にその主流である「複式夢幻能」は、ほとんど「亡霊の演劇」と言ってしまっていい。後半になって現れる後シテは、亡霊である。謡い、舞うが、あえて呼吸を隠すかのように「面」を被っている。

別な言い方をすれば、亡霊の演劇である能は、亡者の「残された呼吸」を再現しているのである。亡者の中を通っていくものが、生きている観客の中をも、通っていく。内臓で、呼吸器で、皮膚感覚で。そこでは、相互に「感じる」ことじたいが表現であり、観客と演者は「通じあっている」。

演者は感じながら動くことが大切で、「見せる」ことが目的ではない。体操の野口三千三氏がいうように、人間はまるごと、筋肉さえも感覚器官である。

私が30年前に書いた『ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語』もまた、呼吸をテーマにした物語である。

『ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語』=提供:燐光群、撮影:細野貞夫

『ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語』=提供:燐光群、撮影:細野貞夫

シェイクスピア『リア王』の変奏曲であるこの戯曲は、「パパ」と呼ばれる浮浪者を慕う「娘たち」が毎夜、自分自身がその日に出したゴミを持ち寄って日々の行動を懺悔し、そのゴミ袋に頭を突っ込み、窒息寸前にトランス状態で「再生」するという、疑似宗教的な営為が描かれる。これには、フィジカルであることを極めて「超能力」を獲得するという、オウム真理教への考察も背景にある。30年前から私の中に「呼吸」への関心があった。

5月末頃、神田川遊歩道のフェンスに、「ランナーもマスクを」という張り紙が貼られていた。狭い遊歩道ですれ違うことは、瞬間的に「密」な状態を作り出してしまうということだろう。

しかし、ランナーがマスクをするのは、酸素不足になって、危険でもある。

呼吸が大事な分野、スポーツ選手と、実演する俳優・演奏家たちは、マスクを外して仕事をしなければならない場合がある。医療関係者への開かれた検査に加えて、そうした「脱マスク」職種の者たちが、必要だと判断した場合、即時の「無償での検査を受ける権利」を求めたいと思う。

神田川沿いに地域住民が設けた貼り紙=2020年4月27日、筆者撮影

神田川沿いに地域住民が設けた貼り紙=2020年4月27日、筆者撮影

理想にどれだけ近づくかわからないが、世田谷区の保坂展人区長ら意志のある指導者、積極的な医療関係者の方々の尽力もあって、以前よりも可能性は拓(ひら)けている。もちろん、「検査」が強制や義務になってしまうことは警戒しなければならないし、医療ビジネスとして誤った運用をされないように監視する必要がある。

同時に、能面という「マスク」を獲得した室町時代の世阿弥同様に、私たちもコロナの時代に屈することのない演劇のあり方を見つけ出せるよう、模索しなければならないのだろう。

(トップ画像=舞台『天神さまのほそみち』より/撮影:姫田蘭)

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PROFILE

坂手洋二

劇作家・演出家。1962年岡山生まれ。慶應義塾大学卒業。1983年に〈燐光群〉を旗揚げ。国内外で公演を重ねる。1993年、劇作家協会創設に参加。2006〜2016年、同会長。日本演出者協会常務理事。岸田國生戯曲賞、鶴屋南北賞、紀伊國屋演劇賞、読売文学賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞、朝日舞台芸術賞等を受賞。主な作品に『屋根裏』『天皇と接吻』『だるまさんがころんだ』『くじらの墓標』『ブラインドタッチ』『最後の一人までが全体である』、著書に『私たちはこうして二十世紀を越えた』(新宿書房)等がある。

新連載「坂手洋二の『世界は劇場』」が8月21日から始まります

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