いしわたり淳治のWORD HUNT

大ヒット中の瑛人『香水』 ポイントは嗅覚と聴覚を刺激する歌詞?

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載では、いしわたりが歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の4本。

 1 “君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ”(瑛人『香水』歌詞/作詞:8s)
 2 “子供の心に扉があるとすれば、その取っ手は内側にしかついていない”
 3 “許可をもらうより謝って許してもらう方が常に簡単です”(バンクシー)
 4 “新幹線投げればいいじゃん!”(ティモンディ・高岸宏行)

最後に日々の雑感をつづったコラムも。そちらもぜひ楽しんでいただきたい。

いしわたり淳治 今気になる四つのフレーズ

大ヒット中の瑛人『香水』 ポイントは嗅覚と聴覚を刺激する歌詞?
人間には、視覚、聴覚、嗅覚(きゅうかく)、触覚、味覚の五つの知覚がある。歌詞を書く時、作者はそれらの知覚を駆使して言葉を紡いでいくことになる。例えば、主人公が海辺にいる時、「水平線を外国船が横切る」と書けばこれは視覚的な描写だし、「寄せては返す波の音」と書けば聴覚的、「潮風の匂い」と書けば嗅覚的、「足にまとわりつく砂」と書けば触覚的、「しょっぱい水」と書けば味覚的な描写である。少し考えただけでもこんな風に様々な角度から海辺を表現できるものであるが、実際、世の中にある歌詞はどうかというと、案外、視覚的な描写ばかりで書かれていることが多い。

これまで、色々なアーティストと歌詞を共作してきた私の経験上、作者の実体験を元にした歌の場合は視覚以外の描写も出てくるが、作者がフィクションで頭の中で物語を紡いでいく場合、ほとんどが視覚的な描写になっていく傾向があるように思う。

フィクションというのはその性質上、空想を言葉にしていく作業なので、言語化しようとした時に視覚的な書き方に偏ってしまうのは、仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。しかし、先にも述べたように、そもそも世の中の歌詞は視覚的な表現で書かれた歌が多いので、視覚的な歌詞は聞き手にどこかで聞いたことのあるような印象を与えやすい。

それを嫌って、作者が複雑な設定の空想をしていくと、どんどんニッチな内容になっていって、共感を得にくくなってしまう、なんていうこともある。はじめから他の知覚を用いてさえいれば、ありがちな歌になることを避けられたのかもしれないのに。

一説によると人間の知覚の割合というのは、視覚83%、聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1%なのだという。この数字を見ても、いかに人間という生き物が視覚優位で暮らしているかということがわかる。その証拠に、目隠しをした状態で料理を口に入れられると、多くの人は何を食べたのか当てられない。味覚と嗅覚と触覚のパーセンテージを全部足しても6%しかないのだから、その正解率が低いというのもうなずける話だ。

前置きが長くなったけれど、昨年春にリリースされ、今年に入ってTikTokをきっかけに爆発的ヒットを記録しているシンガー・ソングライター、瑛人さんの『香水』。Bメロの自虐的でせつない歌詞もいいが、やはりこの歌の一番のポイントは、サビの「君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ」の部分だと思う。誰もが知っているけれどなかなか口に出すことのない「ドルチェ&ガッバーナ」という聴覚を刺激するワードと、「香水」という嗅覚を刺激するワード。別れた彼女を思い出す歌は世界中にたくさんあるけれど、視覚ではない二つのワードの組み合わせが、この曲を特別なものに変えているような気がする。
大ヒット中の瑛人『香水』 ポイントは嗅覚と聴覚を刺激する歌詞? かつて医療少年院に勤務していた立命館大学教授・宮口幸治さんの著書『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)を読んだ。犯罪を繰り返す少年は認知機能に問題がある場合が多く、単純な図形の模写が苦手だったり、丸いホールケーキを3等分に切ることができなかったりするそうだ。そういった少年たちがどのようにして非行少年になっていくのか、普段どのような心理・行動原理で生活しているのか、どうすれば非行を防げたのか、といった今までに考えたこともなかった角度から語られる教育論は興味深い話ばかりで衝撃を受けた。

この本の中に、矯正教育に長年携わってきた方の話の引用として、「子供の心に扉があるとすれば、その取っ手は内側にしかついていない」という言葉が出てきて、なるほどとひざを打った。

私もこれまでに何度か「心の扉」というような表現を歌詞の中で用いたことがある。しかし、私が頭の中で想像していたドアは、内側と外側の双方に取っ手がついていて、鍵穴もある、いわゆるドアらしいドアをイメージしていた。

でもどうだろう。言われてみるとたしかに、閉じた心のドアを外側からこじ開けるのは不可能なことなのかもしれない。古事記の天岩戸(あまのいわと)の話のように、閉じこもった者が自ら外へ出てきてくれるように促すことくらいしか、結局のところ、他人にはできないものなのかもしれないと思った。

もし仮に、心を許せる友人や恋人に出会えたとしても、おそらくその友人や恋人は自分がその鍵穴にぴったりはまる鍵を持っていて、外側から取っ手を回して、心のドアを開けたような感覚がするかもしれない。でも、たぶん違うのだ。最後は自分が開けるしかない。「心に扉があるとすれば、その取っ手は内側にしかついていない」という、この言葉を知っているだけで、これから人との接し方が少し変わるような気がした。 大ヒット中の瑛人『香水』 ポイントは嗅覚と聴覚を刺激する歌詞?
横浜で展覧会が絶賛開催中のバンクシー。県境をまたいでの移動は自粛しないといけないというから、いまだ行けずにいるけれど。

過去にバンクシーが、ある小学校にグラフィティを残した時、彼からと思われる手紙が残されていたことがある。そこには「手紙をくれたこと、そして建物に私の名前をつけてくれてありがとう。壁画をどうぞ。気に入らなければ自由に描き加えてください。先生たちはきっと気にしないはずです。そして、覚えておいてください。許可をもらうより謝って許してもらう方が常に簡単です。愛を込めて。バンクシー」と書かれていたのだという。

彼がストリートでグラフィティを描く行為は今も犯罪行為に変わりはないけれど、建物の所有者によって保護されているケースが多く、それはつまり「バンクシーだから許されている」という状況であるといえる。

ここで大事なのは「ではなぜバンクシーなら許されるのか」ということである。もちろん、彼の作品には高値がつくから、という見方もあるかもしれないが、まだ無名だった頃の彼の作品については、その理由だけでは説明がつかない。彼の高い芸術性に加えて、人間力や行動力みたいなものが人の心を惹(ひ)きつけるから、という理由が大きいだろうと思う。その意味で、前述の手紙の言葉は、彼からの「君たちも謝った時に許してもらえる人間になりなさい」というメッセージのようにも思える。

もしもいつか自分の中の正義に従って行動した結果、誰かに謝ることになった時、相手から「謝って済んだら警察はいらねえんだよ!」などと怒られることがあるかもしれない。でも、その正義が間違っていないことが相手に伝われば、きっと許してもらえるはずである。

テレビを見ていても、大御所に失礼な口を利いてもなぜか許される、みたいな人が時々いる。そういう人はいつもきらきらしているものだ。人は誰しも失敗する。その失敗を周りに許してもらえるかどうかは、その人におけるとても大切な何かのバロメーターになっているような気がする。 大ヒット中の瑛人『香水』 ポイントは嗅覚と聴覚を刺激する歌詞?
8月1日放送のフジテレビ『ライオンのグータッチ』でのこと。高校野球の名門、済美高校出身のお笑い芸人ティモンディが、悩める少年野球チームに指導をしている様子が素晴らしかった。

かつてプロ野球の球団からスカウトを受けたこともある高岸さんは、今でもトレーニングを続けていて150km/hの速球を投げることができるそうだ。球速が遅いのが悩みだという少年に彼は「自分が思う速いものって何?」と聞き、少年が「新幹線」と答えると、「じゃあ、新幹線投げればいいじゃん!」と指導する。普通なら笑ってしまいそうであるが、私はこのアドバイスを、なんと素晴らしい!と感動した。

私も学生時代に野球部でピッチャーをしていた。ある程度は投げられるようになって、そこからさらに球速を上げたいと思った時、私にとって一番役に立ったのは、野球漫画を読むことだった。漫画に出てくる速球派のピッチャーは、いかにも速い球を投げそうな躍動感のあるフォームをしているものである。私はそんな彼らの投球フォームを凝視し、時には模写し、ひたすら脳に焼き付け、ボールを投げる時は、そのイメージで体を動かしていた。実際、それだけでボールは少しずつ速くなっていった。

イメージは大事である。自分の手から300km/hの新幹線を飛び出させるには、当然今までとは違う体の使い方をしなくてはならない。その空想が、勝手に体の使い方を良い方へ変えていく。それを理屈っぽく、腕の使い方がどうだとか、ひじはもっと高くだとか、足の踏み出し方、体重移動はこうだ、などとひとつひとつ教えては、かえってフォームはぎこちなくなっていくものである。

私たち大人はすぐに論理的に考えがちである。もしも仕事でも何かうまくいかないことが起きた時、理屈はいったん置いておいて、まず心にいいイメージを描く。これは案外、ものすごく大事なことではないかと思う。

<<mini column>>
半の使い方

先日、ばけものがたくさん出てくる絵本を子供に読んでいて、ふと“半魚人”というのは変な言葉だなと思った。言うまでもなく半魚人は、「半分魚で半分人間のばけもの」のことなのだけれど、そうなると、なぜオオカミ男は“半オオカミ男”じゃないのだろうという気がしてくる。たぶんオオカミ男だって半分オオカミで半分人間だと思うのだが。そして、さらにややこしいのは、上半身が人間で下半身が魚という、見るからにいかにもきれいなハーフ&ハーフである「人魚」というのもいて、こっちは「半人魚」とは呼ばないのである。

それ以来、「半」というワードに気になってしまって、「半信半疑」なんていう言葉も、よく考えたら「半信」か「半疑」のどっちかだけでいいよなあ、だって半分しか信じてないということは半分は疑っているということなんだから……などと思うようになってしまった。いや、別にだからどうということもない。ただそれだけの話である。だからまあ、“話半分”で読んでもらえたらいいのだけれど。

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PROFILE

いしわたり淳治

1997年、ロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビュー。全曲の作詞とギターを担当。2005年のバンド解散後は、作詞家としてSuperfly、SMAP、関ジャニ∞、布袋寅泰、今井美樹、JUJU、少女時代、私立恵比寿中学などに歌詞を提供するほか、チャットモンチー、9mm Parabellum Bullet、flumpool、ねごと、NICO Touches the Walls、GLIM SPANKYなどをプロデュース。コカ・コーラCM曲「世界はあなたに笑いかけている」(Little Glee Monster)や、情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)のエンディングテーマ曲「Electric Kiss」(EXO)の作詞も担当するなど、さまざまな音楽ジャンルを横断しながら通算600曲以上の楽曲を手掛ける。

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