“メディアが自分で技術を持たなくていいの?” ボトムアップで始まった講談社のデジタル変革、その舞台裏

創業100年を超える大手出版社「講談社」が、デジタルメディアの研究・開発に特化した新会社「KODANSHA tech合同会社」を立ち上げた。書籍や雑誌などの紙媒体が縮小するなか、デジタルに本腰を入れるため、これまで外注していた技術開発を自前で行おうというものだ。編集者とエンジニアの職種を越えたコラボレーション、時間も場所も選べる自由な働き方――。ボトムアップで始まったデジタル変革は、どのように進んだのか。新会社のゼネラルマネージャーに就いた長尾洋一郎さん(37)=トップ写真=に、その舞台裏を聞いた。

「5ピクセル動かすだけで5万円」

きっかけは、3年ほど前。講談社のウェブメディア「現代ビジネス」の編集部員だった長尾さんは、使っていたCMS(サイトのコンテンツ生成ツール)で、記事だけではなく、ソースコード(プログラム言語)もさわれることを知った。試しにフェイスブックのいいねボタンの位置を動かす修正を加えたところ、最後まで自分でできてしまった。当時、サイトの構築や修正は、すべて外部業者に委託していた。どんなに軽微な修正でも、その都度、依頼するしかなかった。

「画像を5ピクセル動かすだけで5万円払うとか、それはおかしいだろう」

それまで当然だったやり方に疑問を感じ始めた。長尾さんは入社して長らく、小説の単行本編集に携わってきた。

「書籍の編集者は、こういう斤量の紙を使い、こういう花布(はなぎれ)を入れ、こういうノンブルを振って、帯の背にこういうこと書いたら読者が手に取ってくれるかな。そんなことを考えながらつくる。著者が書いたコンテンツを読者に届くようパッケージするまでが仕事です」

紙やインクの知識もあるからこそ、デザイナーと「これじゃ、印刷したらベタベタしちゃいますね」といった会話も成立する。それなのに、ウェブメディアでは、本の装丁に当たるサイト開発は外部に任せきり。これでは編集者としての仕事をまっとうしていないことになる。コンテンツをしっかり届けるには、ウェブの技術を学び、それを通訳できることが必要だ。そんな思いから「メディアが自分で技術を持たなくていいの?」という課題意識に発展していった。

“メディアが自分で技術を持たなくていいの?” ボトムアップで始まった講談社のデジタル変革、その舞台裏

長尾洋一郎さん。1982年生まれ。東京大学理学部数学科卒業。講談社に入社後は、小説の単行本の編集者や「週刊現代」の記者を経てウェブメディア「現代ビジネス」の編集者に。現在、講談社第一事業局第一事業戦略部副部長などと、「KODANSHA tech合同会社」のゼネラルマネジャーを兼務する

フリーランスエンジニアとの出会い

ちょうどその頃、知人の紹介で、ウェブメディアに興味があるというフリーランスのエンジニア数人と出会った。「メディアのゴールとは何か」「成長させるには何が必要か」。連日のように深夜まで、メディアや技術について議論を交わした。彼らは、それまで自分が接してきた開発会社所属のエンジニアとは、違っていた。

組織に所属するエンジニアの多くは、「クライアントがどんなにばかげた依頼をしても、自分の感想を押し殺し、なるべく発注通りに作ろうとしてくれている。そして、基本的には安全で間違いのない枯れた技術を選択する。その繰り返しだけでは、エンドユーザーにより斬新で、より豊かな価値を届けられないと思った」と長尾さん。一方、出会ったフリーのエンジニアは、最新技術を貪欲に学びながら取り入れ、自分のスキルを高める働き方にこだわっていた。自分の腕一本で戦っていると感じた。彼らは次第に、アドバイザーとして「現代ビジネス」のサイト開発に参加するようになった。そして2018年6月、転機が訪れた。

エンジニアと編集者の真剣勝負

彼らフリーエンジニアとの草の根的な活動が会社に評価され、「現代ビジネス」だけではなく、社内の各ウェブメディアに関わる「techチーム」として正式に認められた。最初の大仕事が、「FRIDAYデジタル」をゼロからつくることだった。

どんなメディアをつくるか、編集者とエンジニア4人が一緒に議論することからスタートした。「スクープと盗撮はどこがちがうのか?」「女性グラビアだけがキラーコンテンツなのか?」――。メディアの根幹に関わるような問いに、編集者がたじろぐ場面もあった。そうした議論を経て、「グラビアなどのエロティシズムを前面に押し出すのではなく、ニュース性のある話題を人間模様として切り取り、しっかり写真で見せるメディアにしたい」という方向性が決まった。

その結果として、余計な色を廃して白を基調にしたデザインにすることや、瞬間的にアクセスが跳ねるニュース記事に耐えられるシステムを構築すること、多数の写真をストレスなく表示させる最新技術を用いることなど、編集者とエンジニア双方が納得しながら開発は進んだ。サイトはわずか3カ月で完成。リリースから1年半で月間1億PVを達成する大成功を収めた。

「techチーム」はその後も、クラウドファンディング事業の「ブルーバックスアウトリーチ」を立ち上げたり、「FRaU」「VOCE」「ViVi」などの女性誌サイトに関わったりするようになっていった。

“メディアが自分で技術を持たなくていいの?” ボトムアップで始まった講談社のデジタル変革、その舞台裏

フリーと会社員のいいとこ取り

マンガや小説など、デジタル化を進めなければならない分野は社内にたくさんあり、「techチーム」の規模も拡大させる必要が出てきた。メンバーはそれまで、フリーの立場のまま業務委託として参加していたが、このまま拡大させることに長尾さんは限界も感じ始めていた。

開発会社に所属する優秀な人材にも参加して欲しいが、フリーになってもらうのはハードルが高い。かといって、講談社本体に就職してもらっても、エンジニアが働きやすい就業環境や評価体制が整っているわけではない。そこで、長尾さんが考えたのが、フリーランスと会社員のいいとこ取りした新会社を作ることだった。

どうすれば、会社に認めてもらえるか? 長尾さんは調べたあげく、「合同会社」という形を取ることにした。だれか実在の人間を役員に選ぶ必要はなく、代表社員は「講談社」でいい。株式発行などの煩わしい手続きもほとんど必要ない。

定款の文案まですべて準備したうえで、「法人を作らせて欲しい」と上申したところ、役員は「おおそうか」と、ほぼ二つ返事で認める方向に動いてくれたという。「FRIDAYデジタル」の成功が、社内で知られるようになっていたことも追い風となった。こうして2020年2月、「KODANSHA tech合同会社」が誕生した。

“メディアが自分で技術を持たなくていいの?” ボトムアップで始まった講談社のデジタル変革、その舞台裏

講談社の社内に設けられた「KODANSHA tech合同会社」の事務スペース。エンジニアは、テレワークのため、だれも出社していなかった=東京都文京区音羽

参考にしたのが、先進的な働き方で知られるソフトウェア開発会社「サイボウズ」の手法だ。社員は、月ごとに働く日数もスケジュールもマネージャーと相談して決めることができ、勤務時間も自分でコントロールしやすい裁量労働制だ。テレワークも全面的に可能で、兼業・副業も原則としてOK。報酬は年俸制で、社員とマネージャーが本人の「市場価値」と成果をもとに、毎年、合意して決める。一方で、税務処理などフリーだと自分でやらなければならない煩雑な作業からは解放され、健康保険や厚生年金などの福利厚生も得られる。

社員は主に自社サイトで募集しているが、すでに15人のエンジニアの採用が決まっている(2020年9月現在)。受託開発に物足りなさを感じていた開発会社所属のエンジニアや、フリーランスを数年経験してきたエンジニアなど、30代後半が多い。2021年暮れまでに25人に増やす計画だ。

長尾さんは言う。

「我々は研究開発部門だと考えているので、長期的な視点でコンテンツ提供の新しい形を編集部と一緒に考え、実現していきたい。社内のよろず相談所のような存在です。講談社の業務を請け負う形にはなるが、悪しき受注・発注の関係にはならない。『金を払っているんだからやれ』なんて言われたら、席をけって帰るかもしれませんね」

(&編集部・千葉正義)

#07 夢は漫画家 覚える劣等感に待ってくれない現実(コンシェルジュ:カラテカ 矢部太郎)

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