ニューノーマル白書

「コロナ禍で露呈した日本人の共同主観」 地域エコノミスト・藻谷浩介

モノの集約と経済の効率と成長に待ったをかけた新型コロナウイルスは、世界のあり様を一変させました。withコロナ時代には、経済も社会生活も、新しい価値を見いだすことが求められています。私たちがこれから迎える「新たなる日常」を生きるヒントを各界のパイオニアたちに聞く「ニューノーマル白書」。今回は、地域エコノミストの藻谷浩介さんに、日本人の「共同主観」(いわば思い込みの共有)のあり方について聞きます。小学4年生の時に自治体の人口変化に興味を持ち、大学時代には自転車で日本一周、社会に出てからも政府系銀行員でありながら数字(エビデンス)で事実を読み解き続けてきた藻谷さんの目から、コロナ禍の日本はどう見えるのでしょうか。

議論は「事実」ベースで行われなければならない

「コロナ禍で露呈した日本人の共同主観」 地域エコノミスト・藻谷浩介

――コロナウイルスの感染拡大が起きてから、「数字で事実を読み取る」エコノミストとして、藻谷さんは何をお考えになっていましたか?

「みんな眼前の事実に関心がないのだな。事実はこんなに多様で、日々発見に満ちているのに。学者は予測モデルの世界に、マスコミや一般人は思い込みの世界に入ってしまって、いま何が起きていて、何が起きていないのかをぜんぜん確認していないぞ」ということです。

欧米に比べると、日本での死者数が非常に少ないということは、さすがに知られてきました。ですが中国やフィリピン、インドネシアを除いた東アジア諸国に比べると死者数が多いことは、なぜかほとんどの人が言いません。何か悪意があるのではなく、単に数字を確認していないのです。

中国人観光客が持ち込んだウイルスが感染拡大したというのも、当たり前のように信じられていますが、事実ではありません。国立感染症研究所が4月末に発表した遺伝子解析では、3月以降に感染拡大したのは欧米から帰国した日本人が持ち込んだウイルスで、外国人観光客由来のウイルスは、2月中に制圧できていたことが示されています。ですがこのことは、各地の数字を確認していれば推測できた事実でした。

例えば国際空港のある千葉県成田市では、空港内に4万人が従事していますが、6月中旬の段階で陽性判明者は5人だけでした。1月下旬からの旧正月の時期に何十万人もの中国人観光客が出入りしたにもかかわらずです。中国人観光客の多い別府市での陽性判明者も6月中旬時点では3人で、いずれも観光には無関係の人でした。観光地の北海道のニセコ町、長野県の軽井沢町や白馬村も当時0人でした。

つまり空港や観光地では観光客と日本人の「濃厚接触」が起きにくく、国際観光に危険はなかったのです。「第二波」が来てしまった今ではこの事実も忘れられてしまうので、3カ月前の時点での分析をここではっきりと述べておきます。

――それは藻谷さんが以前から言っている「情報のイメージ支配」ということでしょうか?

カミュの『ペスト』が累計で100万部売れたようですが、コロナはペストとは違って未知のウイルスです。何が起きているのか、日々確かめなくてはいけないのに、昔の情報をもとに勝手にイメージを作って、その中だけで解釈するから、事実からどんどん離れてしまう。

共通しているのは「みんなが言っていないことは知らなくていい」「人が騒いでいることしか問題だと思わない」という発想です。ネットで無料で一次情報のデータが取れる時代なのですから、人に任せず最低限の確認は自分ですべきでしょう。学校教育も暗記をさせるのではなく、そういうデータ入手、把握の手法を教えるべきなのです。

――4月からの自粛期間、藻谷さんご自身はどんな行動生活スタイルでしたか?

私はいつも、現場での見聞と数字の両輪を、一次情報として収集しています。4月中旬まではまだ地域に出て現場情報を取れたのですが、自粛が始まって以降は、都内周辺の状況だけを観察しつつ数字を見る日々でした。

花の季節に山形県に行ったのですが、庄内地方ではまだ感染者がゼロなのに誰一人座って花見はしていない。山形市でも花の名所の城址公園が閉鎖されていました。

一方で東京では、感染者は多いのに桜の下に座ることは自由でした。まさに行政も含めて「共同主観」の縛りの強弱が出ていましたね。事実を自分で確認して考えるのではなく、「そのときみんなが正しいと思っていることを自分も正しいと思う」という人間の本性が、地方ほど見えやすかったわけです。

逆にゴールデンウィーク以降の東京で観察できたのは、都心がガラガラなのに住宅地の商店街は普通に3密になっているという状態でした。皆が歩いている場所ではついつい皆、安心してしまうのでしょう。つまり東京でも、共同主観の縛りは強かったわけです。

浮き彫りになった自治体・首長の「組織力の差」

「コロナ禍で露呈した日本人の共同主観」 地域エコノミスト・藻谷浩介

――今回の感染者の数を見ていると、都道府県によってかなりの差がありました。これに対してはどう分析されていますか?

人口当たりの陽性判明者数を比べると、東京の特別区部と新潟県ではおよそ30倍の開きがあります。つまり東京都心の住民は新潟県民よりもその分、感染の危険が高いわけですが、その理由は可住地人口密度も30倍違うからなのです。

人口密度が高いほど3密ができやすいので、感染も拡大しやすい。これはもうどうしようもない「逆地域間格差」ですね。それとは別に組織力の差というものもあります。

市町村レベルと違い、都道府県レベルになると役所の官僚機構がしっかりしているので、駄目な知事が何をしないでも組織は働きます。ですが優秀な知事が率先して汗をかき、的確な指示を出せば、官僚も意気に感じてもっと成果が出る。これはマスコミにどう見せるかとは別の話です。

マスコミ受けも実態も良くないのは、例えば千葉県でしょうか。お話しした通りコロナは人口密度が高いほど感染拡大しやすいので、普通は人口の多い県庁所在地で、人口当たりの陽性判明者数が一番多くなります。

ですが千葉市はいろいろと頑張り、他方で県の手の回り方はいろいろ遅かったのでしょう、千葉県では千葉市以外の部分の方が、感染拡大が深刻化する局面がありました。

――東京の小池知事の対応はどう評価されますか?

小池さんについて言うと、企業に休業補償のお金を出すのは早かった。傷口が腫(は)れるのを少し防いでいるという意味で価値はあったと思います。でもその何十分の1のお金を支給して「夜の街」を休業させていれば、欧米帰国者が持ち込んだウイルスも拡大しなかったでしょう。

また彼女はメディアの前のパフォーマンスの人ですから、カメラの前で踊っているだけで、下の者には「よきにはからえ」かもしれないし、当たり散らしているのかもしれない。部下が意気に感じて頑張っているという話は、あまり聞こえてきません。

北海道の鈴木知事は、他に先んじて学校の閉鎖に踏み切ったことが評価され、後に首相が追随しましたが、振り返って考えればこれは早計でした。新型コロナが命の危険になるのは70代以上で、19歳以下の感染者には死者は1名も出ていませんし、重症になるリスクは極めて低い。

むしろ道内の感染源はすすきのなどの夜の街であり、そこを押さえれば感染は抑制できたのです。札幌周辺を除いた多くの地域で感染者が少ないことに対しても、目配りが足りなかったように思います。

石川県や富山県で、人口密度は低く所得水準は高く家も広いのに、感染拡大が早かったのも気になりますね。いずれも総務省OBの知事が長期政権を敷(し)いていますが、知事にも県庁組織にも緩(ゆる)みがなかったか。

「田舎に何もない」という思い込み

「コロナ禍で露呈した日本人の共同主観」 地域エコノミスト・藻谷浩介

――コロナを機に「東京から地方へ」といういままでとは逆のベクトルが動き出したとも言われていますが、これについてはいかがですか?

2011年の東日本大震災の後にも、まったく同じことが言われたんですよね。ですがその後はどうなったでしょうか。当時は「タワマンに住んでいたばかりに、計画停電で、歩いての昇(のぼ)り降りが大変だった」という体験談が多数出ました。

しかし2015年くらいには、もう空前のタワマンブームが再来していたのです。そして昨年の台風で武蔵小杉で浸水事例が出たときには、「まさかタワマンがこんなことになるなんて」と、まるで初めてのように驚く声がネットに溢(あふ)れましたね。

これはつまり、脳内の自分の記憶が保持されず、世の中の共同主観が変わるたびに認識をそれで上書きされてしまう人が多いということなのです。 地方移住も同じです。

いや正確には、東京から地方に出て行く人は震災で増えたし、今でも多いのです。ところが2014年に「地方消滅」という語が流行り、以降は地方から進学や就職に上京してくる若者が再増加を始めました。そのため差し引きでは、若者の東京集中は加速しています。

震災は、震災時に地方にいた親たちの「共同主観」、つまり「田舎には何もない」「東京に行かないといい仕事はない」という思い込みに、何ら影響を与えなかったのです。

そこへ、少子化で首都圏の多くの大学が定員割れして入りやすくなったこと、人手不足に悩む首都圏の企業が地方の大学にも求人票をどんどん出すようになったことが、大きく作用しました。

「コロナ禍で露呈した日本人の共同主観」 地域エコノミスト・藻谷浩介

この間も鳥取県で「田舎は何もないから上京します」という大学生に会いました。ですが「君が使うもので、鳥取になくて東京にあるものって何?」と問うと、出てこない。田舎も都会もネット環境は同じで、コンビニも同じ。

「田舎は何もない」というのは、親の時代の共同主観なのです。 他方で今回のコロナ禍では、「都会には田舎のような空間のゆとりがない、散歩する場所も、親しめる自然も少ない」ということが、ほとほと痛感されました。

もちろん同じ首都圏でも、東京都心の特別区部と多摩地区、あるいは神奈川県とでは、人口当たりの新型コロナ感染者数は数倍違います。

家の広さも家賃もぜんぜん違うし、房総や富士山麓まで行けば、地方と変わらない快適な生活環境は手に入ります。地方まで行かずとも、一歩外に出る動きも、本当は加速していないとおかしいのです。 でも実際は、都心から出て行くことを決断し行動できる人はわずかでしょう。ちょうどコロナで禁煙する人の割合と同じくらいかな?

共同主観も変わるときは一気に変わるけれど、それは次の大震災か大洪水に直撃されるタイミングの話で、コロナ程度では変わらないでしょう。

NHKや全国紙の記者は、入社早々に地方赴任を経験し、その良い面も体感するわけですが、「やはり子どもの教育環境を考えると都会暮らしで」と言い出す。都会の教育環境とはつまり、「自然のないところで似たような成績の似たような子を集め、紙の上でのお受験勉強に集中できる環境」ということ。それで国際化時代に通用する子どもが育つとは思えない。

そもそも日本人は変化が大嫌いです。飲食店内の原則禁煙化なんて世界でもワーストレベルの遅さでした。コロナの給付金にしても、韓国なんかはクレジットカードなどのポイントで受け取る仕組みを導入するなど、対応がものすごく早かった、日本はそうしたこと自体が知られてもいなければ、誰も文句も言わない。

コロナ後も書類を印刷して捺(なつ)印して郵送しないと進まない話が山ほどあります。オンラインですむ面談を、呼び出してやろうとする人も絶えません。

そういう「変わらなさ」を支える共同主観の強さが、今回のコロナで鮮明に見えてきた。この連載で言っているwithコロナのニューノーマルも、共同主観の縛りを自覚するところから変えていかないといけないでしょう。あまり期待せずに、事実を観察していきたいと思っています。

(撮影=北村崇)

藻谷浩介 プロフィール

地域エコノミスト、(株)日本総合研究所調査部主任研究員。1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、日本政策投資銀行などを経て、2012年より現職。地域振興や人口問題、観光振興などについて研究・執筆・講演を行う。著書に『里山資本主義』『観光立国の正体』『進化する里山資本主義』など。

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PROFILE

神山典士(こうやま・のりお)

1960年埼玉県生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』(現在は『不敗の格闘王 前田光世伝』祥伝社黄金文庫)にて小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。2011年『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社青い鳥文庫)が全国読書感想文コンクール課題図書選定。14年「佐村河内事件報道」により第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)、雑誌ジャーナリズム賞大賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに様々なジャンルの主人公を追い続ける。近著に『知られざる北斎』(幻冬舎)。主な著書に『もう恥をかかない文章術』(ポプラ社)『成功する里山ビジネス~ダウンシフトという選択』(角川新書)『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』(文藝春秋)等。

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