イタリアの名門デザイン会社が「在宅ワーク用キット」を本気で考えた

(TOP写真:ピニンファリーナが2020年8月に提案した「スマートワーキング・キット」)

ラップトップPCスタンドなど、10機能以上を秘めた三角柱

在宅勤務のスタイルは、欧州各国でもニュー・ノーマルとして拡大の兆しがみられる。そうしたなかイタリアで2020年8月、「スマートワーキング・キット」なるガジェットのアイデアが明らかにされた。

どこでも快適な仕事を行うための各種デバイスを、分離可能な三角柱に収めたものだ。トリノを本拠とするデザイン会社「ピニンファリーナ」によるものである。

パオロ・ピニンファリーナ会長

パオロ・ピニンファリーナ会長

自動車に造詣(ぞうけい)が深い読者ならご存じのとおり、ピニンファリーナは1930年の創業以来、主にカーデザインの分野でその名を知られてきた。現会長は3代目にあたるパオロ・ピニンファリーナである。

「スマート・ワーキングキット」を手掛けたのは、同社の建築部門「ピニンファリーナ・アルキテットゥーラ」である。彼らによる近年の業績はめざましい。2018年に開港したイスタンブール新空港の管制塔コンペでは、ザハ・ハディド事務所を含む並み居る競合相手を破った。日本では、楽天モバイルの旗艦店として2020年5月にリニューアルオープンした渋谷公園通り店のストアデザインを手掛けている。

ピニンファリーナ・アルキテットゥーラの近作から。イスタンブール新空港の管制塔。2018年

ピニンファリーナ・アルキテットゥーラの近作から。イスタンブール新空港の管制塔。2018年

楽天モバイル渋谷公園通り店のストアデザイン。2020年

楽天モバイル渋谷公園通り店のストアデザイン。2020年

一見奇抜な「スマート・ワーキングキット」だが、デザイン開発の目的は極めて真面目なものだ。最初に彼らは、昨今の働くスタイルの変化を「パンデミックのせいにするのではなく、成長を促す契機として捉えなければならない」と定義している。

そのうえでデザイン界には、自宅とオフィスのギャップを減らすための新しい解決法を発見する責任があると自覚。あらゆる環境に適応し、快適に仕事を続けられるガジェットを模索したという。

スマート・ワーキングキットは、モジュールで構成されている

スマート・ワーキングキットは、モジュールで構成されている

彼らの提案を見てみる。三角柱の寸法は60cm×12cm×12cm。中央部は展開するとラップトップPCスタンドになる。その一部にはワイヤレス機器の充電機能が組み込まれている。右端のブロックにはスピーカー機能が内蔵されている。

一方、左端の上部は空気清浄機、下部はPC作業で疲労した目を癒やしそうな環境映像が見える。4Kプロジェクター、ミニ・ディスプレー付きCPU、環境センサー、体内時計を整えるライトもある。図示されていないが、ノイズキャンセリング付きマイクやドリンクウォーマー&クーラーも備わっているという。

三角柱の中央部は、展開するとラップトップスタンドに。その一部にはワイヤレス充電機能が組み込まれている。右端はスピーカー機能が内蔵されている

三角柱の中央部は、展開するとラップトップスタンドに。その一部にはワイヤレス充電機能が組み込まれている。右端はスピーカー機能が内蔵されている

デザイン開発にあたっては、居住環境に関する自社の最新研究も活用した。参考までにピニンファリーナは、自動車関連の仕事を進める傍らでファーニチャーのメーカーにも積極的にデザインを提供してきた。したがって、家具といってもコンテクストとしてはけっして突発的なものではない。

サステイナビリティーに富んだ作品で実績のあるふたつの外部デザイン事務所「GET」および「ニ・ド・ストゥディオ」の協力も得た。

左端の上部は空気清浄機。下部には環境映像が

左端の上部は空気清浄機。下部には環境映像が

カーデザインの審美眼による、風景に溶け込むデザイン

各モジュールのエレメントは、ユーザーの好みや使用条件に応じて組み合わせられるため、在宅ワーカーに最大限の柔軟性を確保できるという。

合体すると家具状になることから、家庭内ではインテリアとすることも可能である。一方、出張時に持ち運び可能なコンパクトさも兼備している。

4Kプロジェクター、小型ディスプレー、環境センサー、サーカディアンリズム・ライトも

4Kプロジェクター、小型ディスプレー、環境センサー、サーカディアンリズム・ライトも

イタリアの一般的家屋は日本のそれと比較して面積が広いこともあり、この国で従来こうしたコンパクトなガジェットの発想は、なかなか登場し得なかった。昨今の状況が、いかにクリエーターの発想も変えつつあるかを読み取ることができる。

目下このガジェットの発売予定はない。ピニンファリーナは、将来の業務におけるパートナーのために考案されたものである、と解説している。つまり、実現してくれる企業を募集中、と認識してよいだろう。2020年に創業90周年を迎えた歴史あるデザインハウスによる、次世代に向けた意欲的なビジネスモデルの模索と捉えることができる。

同時に思い出したのは、往年におけるふたりの建築家の対立だ。モダニズムを代表するミース・ファン・デル・ローエは「より単純なことは、より豊かだ Less is more」と語った。対して、ポスト・モダニズム建築の旗手役を務めたロバート・ヴェンチューリは、「単純は退屈だ Less is bore」の言葉をもって、それを批判した。

ピニンファリーナは、自動車の傍らで家具メーカーにも積極的にデザインを提供してきた

ピニンファリーナは、自動車の傍らで家具メーカーにも積極的にデザインを提供してきた

ピニンファリーナのスマート・ワーキングキットの機能とフォルムは、シンプルな形状を愛する人に訴えかける三角柱である。しかし同時に、そのステッチ、パーフォレート加工されたグリルのパターン、それらのマテリアル感などは、彼らがデザインしてきた自動車のように極めて繊細で、所有する者に満足感を与える仕掛けである。モダニズム、ポスト・モダニズム、どちらの建築物の中に置いても違和感なく、溶け込むデザインである。

今回ピニンファリーナは、とくに自動車デザインとの連関について言及していない。しかし、あらゆる風景の中におかれる運命にある車をデザインしてきた企業ならではの審美眼が、無言のうちに反映されているとみるのも、これまた正しいに違いない。

(写真=Pininfarina)

PROFILE

大矢アキオ

コラムニスト。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で比較芸術学を修める。イタリア・シエナ在住。NHK『ラジオ深夜便』レポーター。訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、著書に『イタリア発シアワセの秘密−笑って!愛して!トスカーナの平日』(二玄社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など

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