インタビュー

巷に溢れる「日本の食はすごい」説 ありがたがる根拠はどこに……?

「日本の食はすごい」説はどこから来たのか? この素朴な疑問に真っ向から答えられる人はほとんどいないだろう。

7月に出版された『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』(春秋社)は、いつしか日本を取り巻くようになった食の“日本礼賛”の出どころを探るため、明治以降の日本の食文化の足跡を丁寧にたどった力作。著者は&Mで「大御所シェフのいつものごはん」を連載中の編集者・食文化研究家の畑中三応子さんだ。

畑中さんは執筆中、調べれば調べるほど、日本の食料事情の脆弱(ぜいじゃく)さや、日本人の情けなさを思い知らされたという。それにもかかわらず、なぜ「日本の食はすごい」と思われているのか? 本書の中身をたどりながら、畑中さんと読み解いていく。

(文=澁川祐子 写真=林紗記)

カイコのさなぎをベースにした醬油も 衝撃の食事情

「当店で使用している米はすべて国産米です」。飲食店でそんな但(ただ)し書きを見て、なんとなく安心してしまう人は多いだろう。だが、いったい何を根拠に安心だと思うのか。そんなふわっと日本の食を美化してしまう風潮に、鋭いツッコミを入れるのが、近代から現代までの「メイド・イン・ジャパン」の食、つまり国産の食品とそれを取り巻く日本の食事情に迫った本書だ。

著者の畑中三応子さんは、1980年代初めから料理専門誌の編集者として活躍。食の業界と深くかかわる一方、近年では食の流行を追いかけた『ファッションフード、あります。 はやりの食べ物クロニクル1970-2010』をはじめ、日本の食文化を時系列にそって丹念にすくい上げる著作を世に送り出し、その歴史をあらためて俯瞰(ふかん)する視点を提示してきた。

巷に溢れる「日本の食はすごい」説 ありがたがる根拠はどこに……?

畑中三応子さん

そんな畑中さんが、巷(ちまた)にあふれる「日本食礼賛」に違和感を抱いたのは10年近く前。それまで舶来品に飛びついてきた日本人が、いつのまにか「世界一グルメな国」を自認するようになり、メイド・イン・ジャパンの食品が安心安全の証しとされるようになった。そこへ「食料自給率で一冊書きませんか」と編集者から提案されたことが、執筆の直接のきっかけになったと語る。

2019年度の国内の食料自給率は、カロリーベースで38%。執筆時の2018年度から1ポイント上昇したが、食料の多くを輸入に頼っていることには変わりない。

「これだけ食料が自給できない国なのに、日本の食はすごいと浮かれていていいのか。なぜこんなことになっているのかを探りたいと思ったんです」(畑中三応子さん、以下同)

かくして『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』では食料自給率を軸に、「日本の食はすごい」を支える「国産なら安心安全」「日本の伝統食は健康にいい」という、主に二つの神話がいかに形作られていったかが歴史をひもときながら語られていく。

日本の輸入穀物への依存体質は、明治時代からすでにはじまっていた。「足りなくなったら外国から買えばよい」という発想でずっとやってきたために、第2次世界大戦下では当然のことながら、食料不足に陥った。そこで国は、慌ててそれまで顧みられなかった山野草や海藻、さらには肥料、飼料用の魚粉にいたるまで食用化を推し進める。

「戦時中に大豆の供給が逼迫(ひっぱく)して、その代替品としてカイコのさなぎ、しかも油を採取したあとの搾り粕(かす)から醬油(しょうゆ)が作られたことを知ったときは衝撃でした。さらにその後、アミノ酸液に味つけしただけの化学的な『アミノ酸醬油』が出回るようになり、醬油が本来の味を取り戻すには長い時間がかかりました。本醸造の醬油が7割以上を占めるようになったのは、1980年代以降のこと。それほど戦争の影響が長引いたのです」

巷に溢れる「日本の食はすごい」説 ありがたがる根拠はどこに……?

戦後は、1973年にアメリカが大豆の輸出を禁じたことで生じた「大豆ショック」や、冷夏が引き金となった1993年の「平成の米騒動」が勃発。何度も食料危機に瀕するたび、食料安全保障に対する国民やメディアの関心も高まった。だが、そのつど急場しのぎの対策だけで終わってしまう。結局、食料自給率は改善されないまま低下し続ける「懲りない日本」の姿を浮かびあがらせる。

「人間は忘れる生き物なんですよね。もちろん、忘れることは新しいものを生み出していく原動力になります。ただ、こと食に関しては政治経済の問題のなかではあまり重視されていないこともあって、いいことも悪いことも、のど元すぎればあっというまに忘れてしまう。でもその連続が今の食料自給率の低下につながっている。だから忘れちゃいけないこともあるよね、というのをこの本で書きたかったんです」

度々わき起こる日本食礼賛 きっかけの一つはとある“誤解” 

忘却が繰り返されるなかで、「日本の食はすごい」という言説は次第に醸成されていった。本書を読むと、「国産なら安心安全」「日本の伝統食は健康にいい」というイメージは、日々口にするものへの不安と表裏一体となって作られていったことがわかる。

たとえば、「和食は体にいい」が広まった1990年代後半の「粗食ブーム」。1995年に刊行され、大ベストセラーとなった健康本『粗食のすすめ』をきっかけに巻き起こった伝統食への回帰は、高脂肪の欧米型食生活が浸透し、糖尿病などが増えたことによる健康不安がベースにあったという。

「90年代から健康ブームはずっと続いていますが、大きなきっかけになったのは、1996年に成人病が生活習慣病へと名前が変わったこと。病気になるのは生活習慣が悪いからだという、自己責任感が一気に強まった。保健所がすごく減らされたことが今、問題になっていますが、医療費や福祉の削減は、新自由主義と深く結びついています。それまでは病気になるのはしかたないことだととらえられていたのが、自分のせいだというパラダイムチェンジが起きたんです。それで、みんなが健康を病的なまでに気にするようになりました」

巷に溢れる「日本の食はすごい」説 ありがたがる根拠はどこに……?

だが、じつは日本人の栄養バランスが一番よかったのは、皮肉にも1970年代だったことが本書では明らかにされている。

「日本人の栄養状態が戦後、もっともよかったのが1975年です。当時の食生活は、米を中心に和洋中のおかずを取り入れた現代的なもの。それは決して昔ながらの伝統的な食ではありませんでした。しかし、この理想的な食生活を国が『日本型食生活』と名づけたことで誤解が生じ、食の西洋化を否定し、和食を礼賛する声につながったのです」

「国産食品安全神話」にしても、食の工業化やグローバル化が進んだことによって、生産者の顔が見えなくなった不安が根底にある。食品の産地偽装事件やBSE騒動、そして極めつきとなった2008年の中国製冷凍ギョーザ中毒事件といった、2000年代に多発した食の安全を揺るがす事件の数々。その多くが、日本国内の問題によって引き起こされたにもかかわらず、中国への嫌悪感もあいまって「国産なら安心安全」意識が一気に強まった。

「文化は相対的なものだから、どちらが偉いということではないですが」と前置きしたうえで、畑中さんは日本の食の特徴を「これだけ外国のものを取り入れて、上手に咀嚼(そしゃく)する食文化はそんなにないと思います。昨今、さまざまな分野で多様性が謳(うた)われていますが、食文化に関してはとっくに達成できているのではないでしょうか」と語る。

しかしながら、ここのところの「日本の食はすごい」は、貪欲(どんよく)に海外の食を取り入れてきた方向とは正反対だ。その現象に対しては「グローバリゼーションがより目に見えるようになり、周辺国が経済力を上げていくなかで、だんだん文化がよすがになっていったのでしょう。食がいちばん身近で、他国との違いもわかりやすく、自慢しやすい文化だったのではないかと思います」と分析する。

巷に溢れる「日本の食はすごい」説 ありがたがる根拠はどこに……?

「日本の食はすごい」の内実は、はなはだ心もとない。それをイヤというほど思い知らされる一冊である。だが、最後には明るい兆しもちらりと見える。国産小麦や国産米粉を使った農家パンや、国産のナチュラルチーズ、国産のクラフトビール。各地で地道に行われている取り組みについてもふれられているのだ。

「7割が山岳地という耕作地が少ないこの国で、農業を存続させていくためには生産者の努力が欠かせません。舶来品が目新しかった1980年代にくらべ、日本の農産物は格段に品質も味もどんどん向上していると、食べて実感します。しかもこのコロナ禍で、地産地消が大事だということに気づいた人も多いと思います。今こそ現実を見つめて、誇りを持って〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化をつくっていかなきゃいけない。この本が少しでもそのきっかけになってくれたらうれしいです」

本書を貫く、厳しく冷静な目線。それは、日本の食を思うがゆえの愛あるツッコミなのである。

※記事中の「本醸造の醬油が当たり前になったのは、ここ20年ぐらいのこと」との記述を「本醸造の醬油が7割以上を占めるようになったのは、1980年代以降のこと」と訂正しました。全国約1,500社の醤油醸造企業が参加する「醤油PR協議会」によると、統計上最も古い1977年時点で、出荷数量に占める本醸造醬油の割合は66.6%、1983年に70.3%、1999年に80.8%でした。最新2019年では88.2%です。

書籍情報

巷に溢れる「日本の食はすごい」説 ありがたがる根拠はどこに……?

〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史  What is MADE IN JAPAN?

著者:畑中 三応子
出版社:春秋社
価格:2000円+税

■関連記事
食通のシェフがうなる美味 イタリアンの定型を打ち破る極上の9皿
「焼き鳥の概念が変わった……」大御所シェフが感動した鶏料理の名店
全て飲み干せるお茶のスープ 大御所シェフも大絶賛の超ヘルシーラーメン

「テクニックを教えることに意味はない」 インテリアデザイナー・片山正通の教育論

一覧へ戻る

出産後に揺らいだ“当たり前”の関係 日常を取り戻したきっかけは? 夫婦ユニットtupera tuperaのコンビ事情

RECOMMENDおすすめの記事