インタビュー

出産後に揺らいだ“当たり前”の関係 日常を取り戻したきっかけは? 夫婦ユニットtupera tuperaのコンビ事情

tupera tupera(ツペラツペラ)。同じワードが二つ並んだ不思議なフレーズ。「呪文やおまじないみたいな響き」を意識したというその造語の正体は中川敦子と亀山達矢の夫婦で、クリエーターとしての彼らのユニット名である。公私ともにパートナーであり、二児の親でもある二人は、子育てと夫婦の時間も共有しながらコンビで創作活動を続けており、そのフィールドは絵本から舞台美術、「ノージーのひらめき工房」(NHK Eテレ)のアートディレクションまで多岐にわたり、代表作である「かおノート」をはじめ多くの絵本作品は海外でも翻訳出版されている。

昨今のステイホームとテレワーク時代をむかえて、仕事(公)と家庭(私)は切り離して考えるものではなく、相互に連携しながら両立していくものと認識を改めた人も多いかもしれない。二十年以上を共に過ごす二人はどのようにそれを実現させてきたのだろうか。

突如始まったコンビ活動 きっかけは「思いつき」だった

美大の予備校時代に交際を始めた中川と亀山が、初めて「tupera tupera」として二人で創作活動をしたのは、大学卒業後の20代後半。出会ってすでに十年以上が経っていた。しかも当初、二人でのユニット活動は期間限定のつもりだったという。

中川:二人とも大学卒業後、自分の道をさぐりながら、お互いに別々の場所でそのきっかけを探してたというか。

亀山:僕は家でテレビ見て、たまに日雇いのバイトをしては、バックパッカーで旅をして。就職はしたくないけど、絵で食べるって意味わからないしどうすればいいんだろう? と。そんなときにこの人が手作り雑貨の展示販売を始めて。 

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中川:亀山の絵は面白いと思っていたので、自分の雑貨に亀山の絵を縫いつけてみたらいいんじゃないかなと。まあ、最初は思いつきですよね(笑)。

亀山:そしたら予想以上に評判がよかったんです。二人でやり始めた途端に、ちょっとした手応えがあって。次々に作品を発表する機会にも恵まれました。

中川:それを調子に乗って続けているうちに、今に至るという。

亀山:べつにやりたいことってないんですよね、子供の頃から。将来のビジョンは立てないほうが面白い。その代わり、いただいた仕事のオファーには、100%の遊び心で常に新鮮な気持ちで取り組んできた。そうすることによって新しい自分が出てくるし、予測不能な日常の中で変化していくことが楽しいんです。

中川:自分たちでかじを切っている感覚はないけれど、自分たちの表現ややり方をそのつど二人で見つけてきて、結果的に自己プロデュースに近いことができていたのかなと思います。

二人でいるのが当たり前じゃない!? 共に動揺した出産・育児のとき

tupera tuperaとして新たに出発した二人は人生の上でも結婚という節目をむかえる。ほどなくして妊娠、出産。それは特に女性である中川にとって心身ともにアイデンティティーを大きく揺るがされる事件だった。

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中川:私は子供が生まれた後、一度完全に自分の立ち位置を見失って、二巡ぐらいして元に戻れた感覚があるんです。それこそ結婚するまでは本当にすべてが二人一緒で平等だったんですよ。仕事の打ち合わせはもちろん、メールアドレスは今でも二人で一つを共有しているんですけど、仕事のメール一通でもどちらかが書いたものを二人で確認して送るとか。友達も学生時代から共通なので遊びに行くのも一緒だし、二人でいるのが当たり前すぎたんですけど、いざ子供が生まれてみるとそうはいかなくなって。産前から「自分は大丈夫!」と楽観的に考えていた分、その状況に“うろたえる準備“が全然できていなくて、自分がそれまでどうやって生きてきたのかわからなくなってしまったんです。

亀山:ちょっと産後うつみたいな感じになったんだよね。

中川:仕事も前と同じようにはできないし、プライベートでもカメが一人で遊びに出かけた夜に赤ちゃんと二人で家にいると、自分は妻として「奥の人」みたいに一歩下がらなきゃいけないんだ……なんて柄にもなく思ってしまって。だったら家のことは私がしなきゃとか、いわゆる「妻」みたいな役割を無意識に背負い込んでしまった瞬間があって、結構つらくなってしまったんですね。「一人で背負わないでもっと楽に考えたらいいじゃん」と亀山にお気楽に言われたときは、ムキ〜!! と腹が立ったりもしたのですが(笑)。

亀山:中川が急に泣き出したりすると、男としての僕は戸惑うしかできないんです。申し訳ないなと思う気持ちはあるけど、でもどうすればいいんだろう、どうにもできないという感じでした。

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この危機を救ったのは仕事としての創作活動だった。

中川:産後2カ月半ぐらいで仕事を再開してから、私はこうやって生きていたんだという感覚がようやく戻ってきたんです。そもそも育児の初期段階に男性が手伝えることは限られているんですよね。子供が成長するにつれて夫ができることも増えて、子育ても家事も仕事も分担すればいいんだという形がお互いの間で出来上がってきた。産前よりも二人が効率的に動けるようになったと思います。その後二人目も生まれましたが、その時々の状況の中で、いかに効率よく楽しく暮らせるかと家族で協力し合う積み重ねの毎日ですね。

亀山:僕は僕で負い目を感じている部分もあったんですよ。もともと二人でやっていたワークショップの仕事も、子供が一人のときは子連れで三人で行っていたんですけど、二人目が生まれるとそれもできなくなって、今は9割方僕が一人で回っていて。敦子も一緒に行きたい気持ちがあるのは知っているし、tupera tuperaとして呼ばれているのに僕だけで行くのは先方にも悪いなと思ったり、逆に先方からは片方だけが来たみたいに思われているんじゃないかなんて被害妄想めいた考えがよぎったり。それでもできる形で続けていくうちにだんだん当たり前のようになってきて、今はもうそんなこと思わないですし。

中川:亀山は帰るとその日あった出来事をかなり詳しく報告してくれるので、 私も体験したかのように錯覚することもあるほどです。そうしてお互いの間で情報を共有できていることは、二人でやっていく上でとても大事なことだと思っています。

ユニット名を名乗ることで、クリエーターとしての自意識から解放された

tupera tuperaに決まった役割分担はない。どちらが何の作業を担当するかも作品ごとに変わり、場合によっては平等にシェアできないことも。その不公平といかに向き合っていくか、あるいはどうすれば向き合わずに済むかは、簡単な問題ではなかった。

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中川:tupera tuperaとして活動を始めたばかりの頃は、やっぱり二人ともクリエーターとしての自意識やプライドがあるから、自分のほうが貢献度の高い作品でも個人の名前を出せなくて、手柄が折半になるというあり方と折り合いをつけるのが難しくて。どうしてもお互いに自分の力を主張したいところがあったんですけど、どこからどこまでがどっちのアイデアだとか線引きし始めると苦しいんですよ。

亀山:実は僕らが初めての絵本「木がずらり」を自費出版したときは(現在はブロンズ新社から発売)、表紙にtupera tuperaだけでなく、それぞれの個人名も入れていたんですよね。そのときはまだtupera tuperaの名前でずっとやっていくつもりもなかったから。でも絵本の表紙にユニット名と個人名が別々に入っていると違和感しかない。

中川:それで、いつからか線引きしようとすること自体をやめたんです。たとえ私が90%手がけた作品に仕上げで亀山が目をつけたとか、あるいはその逆の場合でも、どれもtupera tuperaとして発表すればいいというように割り切れたんですよね。 個々の名前を使わずに、自分たちで「私たちは二人でtupera tuperaでーす」と名乗ることに開き直ってから、楽になったんですよ。今はtupera tuperaとして呼ばれたときに亀山が一人で行っても、それが自然と私の仕事にもなっていく。そのことをよしとできるようになったんです。

亀山:昔は作品のことでもケンカをしていたんですけど、ケンカしなくても作れるようになっちゃったんですよね。侃々諤々(かんかんがくがく)の中から生まれるものの良さもあると思うので、そこはちょっとつまらないなと思うところもあるんですけど。

しんどさもあるけれど、なぜ相手と一緒にいることを選ぶのか

二人でいることの苦しさを、二人で一つになることで打開する。それが中川と亀山の出した答えだった。この先自分一人の力で勝負することへの欲や恐れはないのだろうか。

中川:一人ずつでもできるといえばできちゃうんですよ。だからといって、一人でやりたいという思いはないのかな。一人でやるよりもっといい方向に持っていくための役割を相手に求めているところもあるので。

亀山:僕らは営業とか売り込みも一切したことがなくて。予測不能な依頼のほうが楽しいので、自発的に作ることがあまりなくて、基本的に第三者が入るんです。そういう意味では二人で完結しているのではなくて、そこから人が増えてチームになっていくことで動き出すユニットでもあるんです。

出産後に揺らいだ“当たり前”の関係 日常を取り戻したきっかけは? 夫婦ユニットtupera tuperaのコンビ事情

その姿勢は作品の出口にもつながっている。たとえば「かおノート」は付録のパーツシールなどを使って福笑いのように自分だけの顔を完成させる絵本だし、PLAY! MUSEUMで開催中の「tupera tuperaのかおてん.」は展示されている作品の仕掛けを体感したり、作品の一部になったりしながら楽しめる。手に取った人や足を運んだ人が自分で参加できること、その余白込みで作品になっているところが最大の魅力だと思う。

中川:それが二人でやっているからこその強みなのかなと思いますね。一人一人で活動していた頃はもうちょっと自分の内面世界と向き合うような、亀山なんかはまさにそういう絵を描いていたんです。個人の圧倒的なエネルギーを表現する面白さもあると思うし、そういうもの作りに憧れもあるけど、今の私たちは二人が自分からちょっと引いた立場で交わすやり取りが作品のベースになっていて、そうすると他の人も入りやすくなるし、その最後に見たり読んだりしてくれる方が加わることで作品が完成する。このやり方が気に入っているし、私たちがたどり着いた理想的なスタイルなんだと思っています。

出産後に揺らいだ“当たり前”の関係 日常を取り戻したきっかけは? 夫婦ユニットtupera tuperaのコンビ事情

インタビュー中、亀山は中川を「この人」「中川」「敦子」、中川は亀山を「カメ」「亀山」など、いろんな呼び方で自由に呼び合っていた。時と場合に応じて互いの役割や属性も柔軟に変化し続け、さらにそこに他者を受け入れていくことが、二人なりの長い人生を共に歩む秘訣(ひけつ)かもしれない。そんな自分たちの関係を色にたとえるなら? と尋ねると、絶妙にニアミスした答えが返ってきた。

中川:透明かな。人生の共有率が高くて同化している部分が多いので、よくも悪くも相手が空気みたいな存在になっているところはありますね。逆に努力しないと、この人を他人として尊重することが難しくなっていて、つい失礼な接し方をしてしまうことも(笑)。

亀山:僕は何色にも染まれる状態でいたいかな。二人の関係においても、何か一つを深く掘り下げるよりも、常に多方面に広げていきたいので。

(文・那須千里 撮影・鍵岡龍門 文中敬称略)

相方を漢字一文字で表すとしたら……

個別に書いていただきました。フォトギャラリーでお楽しみ下さい。

企画展「tupera tuperaのかおてん.」

公式HP:play2020.jp/article/tupera-tupera-kaoten/

会期:12月29日(火)まで
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
会場:PLAY! MUSEUM(東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3)

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