#1 アディダス「スーパースター」 神話誕生はアメリカバスケットボール界から

2020年、アディダスを代表する定番モデルであり、世界で最も有名なスニーカーのひとつ「スーパースター」が50周年を迎えた。コンバースの「オールスター」、ナイキの「エアフォース1」など、ブランドを象徴する名作スニーカーは数多いが、これほどまでにストリートのスターたちと深い関係を結んだシューズは他にない。

そこで今回は「スーパースター」が歩んだ長い道のりを、ストリートカルチャーとの関わりに触れつつ、3回にわけじっくりと振り返っていく。

(TOP写真:©adidas Archive / Studio Waldeck)

スーパースターの50年を振り返る©adidas Archive

スーパースターの50年を振り返る

60年代、アメリカ進出のために登場したアディダス「スーパースター」のルーツ

スーパースターの前身モデル「スーパーグリップ」©adidas Archive

スーパースターの前身モデル「スーパーグリップ」©adidas Archive / Studio Waldeck

1960年代のアディダスは欧州のスポーツ市場を席巻する一方で、アメリカ市場においては苦戦が続いていた。

というのも当時のアディダスが主力商品としていたのは、ヨーロッパで人気のサッカーやテニス、あるいは陸上競技などに使うシューズ。「アメリカ四大スポーツ」として知られる野球、バスケットボール、アメリカン・フットボール、アイスホッケーといった競技では、他のメーカーの後を追う形となっていた。

また戦後のアメリカには市民の間で「アメリカ製品を買おう」というポリシーがあり、ドイツ製品であるアディダスはなかなかスポーツ用品店で取り扱われなかったことも理由に挙げられる。

そこでアメリカでのシェア拡大を考えたアディダスは、最初の一手として既に大きな市場規模を誇り、さらに勢いを増しつつあったアメリカのプロバスケットボール界にターゲットを定める。

60年代後半の米バスケットボール界では、キャンバス素材の「コンバース・オールスター」が不動の定番として愛されており、なんと8割近くの選手が愛用していた。

アディダスは、この強力なライバルを倒すべく、まだまだ一般的でなかったオールレザーのバスケットボールシューズの開発をスタートする。こうして誕生したのが「スーパーグリップ」「プロモデル」といった「スーパースター」のルーツに当たるモデルだ。

スーパースターのハイカットバージョンとして知られる「プロモデル」。実はスーパースターの前身モデルでもある。©adidas Archive

スーパースターのハイカットバージョンとして知られる「プロモデル」。実はスーパースターの前身モデルでもある©adidas Archive / Studio Waldeck

 「スーパーグリップ」と「プロモデル」の特徴は、レザーという素材の特性上、キャンバスのスニーカーよりも足の形に馴染(なじ)みやすいことだった。

またクッション性の高いパッド入りタンを採用していたため、甲がうっ血をすることがなく、長時間にわたって履いたとしても疲れにくかった。

さらにシューズ内での足の滑りを防ぐために内側に大型のヒールカウンター(かかとを安定させ、歩行をサポートしたり、靴の成型を担うパーツ)を採用するとともに、試合中の激しい動きで分解することがあった多重構造の靴底は廃止。皿状に一体成型した「ディッシュ・ソール」をアッパーに直接縫い付けることで、足首を捻挫するリスクも大幅に軽減した。

どれも今となっては当たり前になっている技術だが、その普及の裏にはアディダスの果敢な挑戦があった。

70年代にNBAで活躍したスーパースター「カリーム・アブドゥル=ジャバー」

#1 アディダス「スーパースター」 神話誕生はアメリカバスケットボール界から

1969年に発売された最初期の「SUPERSTAR」とその時の広告。フランスの比較的小規模なファクトリーで生産された©adidas Archive / Studio Waldeck

足をきつく締め付け、破損もしやすいキャンバス製バスケットボールシューズが当たり前だった時代、故障につながるけがを防止するテクノロジーを積極的に取り入れたアディダスのシューズは、またたく間に選手たちに受け入れられていく。アディダスは、この最新バスケットボールシューズを改良すべく、さらに選手からの聞き取りを重ねて、随時アップデートを図ってゆく。

そして1969年、様々な改善点を詰め込んで、ついに完成したのが歴史的名品「スーパースター」なのだ。

前身モデルの長所をしっかりと引き継いだ「スーパースター」の、最も大きな特徴は、つま先に装着された貝殻状の樹脂パーツ「シェルトゥ」にある。このパーツは、試合中にダメージを受けやすいつま先を保護するために採用されたものだ。

前身モデルから引き継いだ高い機能性、アイコニックな「シェルトゥ」の追加、そしてライバルへの対抗心を隠さないアグレッシブなネーミングも手伝って、 「スーパースター」は、NBA選手から支持を集める。

70年代のNBAプレーヤーの70~80%の選手がアディダスのバスケットボールシューズを自ら購入して使っていたというから、その人気は大変なものだった。

#1 アディダス「スーパースター」 神話誕生はアメリカバスケットボール界から

1970〜1972年に販売された初期の「SUPERSTAR」。NBAのコートを席巻した

その中でも、ことのほかスーパースターを愛していたのが、マイケル・ジョーダンらと並んで「世界で最も偉大なバスケットボール選手」の一人に数えられるNBAプレーヤー、カリーム・アブドゥル=ジャバーだ。

ジャバーは1969年のドラフトでミルウォーキー・バックスに全体1位指名されて華々しくNBA入り。1975年に強豪ロサンゼルス・レイカーズに移籍すると、89年に42歳で引退するまで得点を量産する。通算38,387得点という途方もない通算得点記録は、なんと現在も破られていない。

彼の競技生活に欠かせなかったのが、打点の高さゆえブロックが不可能な必殺シュート「スカイフック」、そしてアディダスのスーパースターだった。

当時まだルーキーだったカリーム・アブドゥル=ジャバーは、非常にスーパースターを気に入って、「まるで素足に三本線がプリントされているようだ」という言葉も残している。

彼はシェルトゥが付いている一般的なモデルだけでなく、70年代に出ていたシェルのないモデル、ハーフシェルと呼ばれる半分だけシェルが付いているモデルなど、様々なスーパースターを履いてコートに立っており、引退した現在でもスーパースターを愛用しているという。

こうして1970年代のアメリカにおいて、スーパースターはNBAを席巻した。もちろんその人気はバスケットコートの内側にとどまらない。バスケットボールファンもまた、あこがれのNBAスターとおそろいのシューズを履いて街を闊歩(かっぽ)するようになってゆく。

#2 壁を壊し「当たり前」を創る アディダス「スーパースター」】へ続く

PROFILE

吉田大

ライター・編集者。大学卒業後、児童書出版社勤務を経て、フリーランスに。ファッション、アート、音楽、ストリートカルチャーから、政治経済、社会問題、テクノロジー、グルメに至るまで、多岐にわたるジャンルにおいて、長年にわたり執筆活動を続けている。趣味は自転車と立ち食いそば店めぐり。お酒や煙草を嗜まないストレート・エッジな生活を送っている。

上品なビールと相性抜群! 見た目は豪快、味は繊細なハムカツに大御所シェフが舌鼓

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#2 壁を壊し「当たり前」を創る アディダス「スーパースター」

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