LONG LIFE DESIGN

古物の値付けはどうやって? 「言葉の鑑定」で価値を生み出していく不思議な世界

すっかり秋ですね。温暖化の影響で季節がなんとなくじわじわズレてきているようで、昔を思いだすと10月って冬だったような気もします。僕は今、半袖ですが、昔はとっくに長袖じゃないと寒かったような……。

さて、今回も3話、書きました。最初は大好きな中古業界の話。僕は世の中にあるものの価値にとっても関心があります。そんな話。

2話目は自分の言葉について。意外とみんな、自分の言葉で会話していないんじゃない?という、自分への戒めも込めて。

最後は今、猛烈に準備している12月から渋谷ヒカリエ8/のd47museumで開催予定の「LONG LIFE DESIGN.2 祈りのデザイン 47都道府県の民藝的な現代デザイン」について準備状況を書きました。ぜひ、12月にみなさんにも来ていただきたいという思いも込めて。

それではしばしおつきあいください。

古物の値付けはどうやって? 「言葉の鑑定」で価値を生み出していく不思議な世界

沖縄で小さなアパートを借りて6年目。3カ月に一度、10日ほど一人でこもり、結局仕事をしているのですが、東京と全く違うゆったりとした時間を過ごし、心を整えています

骨董(こっとう)の謎

僕の店「D&DEPARTMENT」(以下「d」)の富山店は最近、民藝づいていて、今も店内にある小さなギャラリーで、松本民芸家具のデザインなどで知られる安川慶一さんの企画展を10月25日まで開催中です。

昨年、富山の砺波という町で精力的に活動をしている日本民藝協会の常任理事であり、となみ民藝協会会長の太田浩史住職(大福寺)とのご縁もあり、富山で開催された「民藝夏期学校」に参加しました。民藝運動がこれほど富山で盛り上がり続けていることを今更ながら知り、その場で知り合った林口砂里さんとの縁で、いろんなことを一緒にやり始めました。

その一つが下の写真にある蚤(のみ)の市。富山のある歴史的な建物の中から大量に出てきた民藝的な品々を展示しつつ、放出もしちゃえというもので、さすが民藝の聖地、並んでいるものが半端なく、これは……と、僕も2点ほど買いました。民藝運動の中心人物として著名な陶芸家の濱田庄司作のとっくりなどを。

さて、面白いのは、これが濱田庄司のものという確証がない……とは言いませんが、証明するのはなかなか大変。もちろん林口さんたちの人間関係のなかから出品されたものです。本物じゃないわけはありません。しかし、どこかに濱田と書いてあるわけでもありません。誰かが「そうだよ」と言った「言葉」の鑑定書がどんどん伝ってきて、いつの間にか本物になっていく。あ、偽物って疑っているわけではありませんよー、林口さん。でも、面白い世界だなぁと思います。

沖縄のある民藝の筋の人から「これ、金城次郎のって言われているおちょこだよ」と言われたことも。その方も民藝の本も出されているような著名な方。そんな人が「かもしれないけれど……」と差し出すものは、もう「そうでしょう」と受け取るしかない。そして購入。沖縄の僕の部屋にめでたく収められ、「ついに、金城次郎の焼き物、買っちゃったよー」となっていくわけです。

僕も古物商の端くれ。盗品やウソはいけませんが、この古物商、古道具商って、やっぱりどこかウソっぽくもないと面白くないわけです。超前向きに考えていくと「価値を生み出していく」ようなところがあります。

ちょっと違う話になりますが、今年、金沢で個展をやりまして、そのテーマが「経年変化したプラスチック」(関係記事はこちら)。そこに超経年変化したプラスチックの鉢を展示、販売しました。沖縄のあるところに放置されていたものを見つけ、買い取り、静岡の自宅まで運び、時間をかけて丁寧に洗い、その経年変化の景色を楽しんでもらいたく値付けした金額が1万5千円。これには様々な思いや経費、手間が絡み合っていますが、僕はこれを高い値段で紹介し、そこにある価値をプレゼンテーションしたいわけです。そこらへんに落ちているものとも言えますが、見方によってはそれくらいの価値がある(かもしれない)という世界。捨てられ放置されていたものなのに、その購入者によって、その日から1万5千円の価値あるものに変わるわけです。

僕が古物商の免許を取り、dを始めようとしていた時に出会った朝日新聞社の方が、「じゃあ、この本、読むといいよ」と勧めてくれたのが村田喜代子著の「人が見たら蛙(かえる)に化れ」。まさにここに書いてきた世界が描かれていて、たまに自分の原点を忘れそうになると読み返す、おもしろい本です。値付けって楽しいです。見立ても。

価格や価値は、ビジネスの側面から付けられますが、それだけではないのです。どこかで「お前はもっと認められないとダメだ。価値があるんだぞ、もっと胸を張ってもう一度、世の中に出て行ってこい!!」という値付けもあるのです。

古物の値付けはどうやって? 「言葉の鑑定」で価値を生み出していく不思議な世界

d富山店の前に広げられる骨董、民藝品たち。店内の小さなギャラリーでも、安川慶一さんの展示をしました。詳細はこちら

自分の言葉

自分でも「自分の言葉」で話せていない時と、「自分の言葉」で話しているなぁと、自ら感じる時とがある。先日、スタッフと話していて、あまりに本人の言葉じゃなかったから、対話にならなくて指摘しました。まるで安倍前首相のような、原稿を読むように話す。話していることには変わりがないから、その人からの発言には違いない。けれど、その人じゃない。そんなありきたりのこと、そんな一般常識的な返事など求めていないのに、当たり障りのない言葉で話してくる。僕が目上ということもあるのでしょうけれど……と、思っていると、自分もやっているかもしれないと思いました。

その人との関係性があるから、セッションしたいのに、その人らしい答えじゃないのが返ってくると、なんなの??と思う。対話って、その人との関係性で思い切り話した方がいいと思う。

昔、所属していた会社の元上司から、ある日、急に「ナガオカさん」とさん付けで呼ばれ始めた時がありました。退社後ということもありますが、ずっと「ナガオカさぁ、」と、呼ばれていたので、その関係でいましたし、それが自分とその上司の関係だったのです。なのでかなり寂しい気持ちになったことを思い出します。

その方が60歳を迎えた記念の会で、僕は「○○さんも年をとりましたね」と。彼は一瞬、ちょっとがっかりしたような顔つきをしていましたが、僕はこういうことを言える関係って、いいなぁと思うのです。失礼かもしれないけれど……。ここで自分の言葉じゃないような当たり障りのない言葉を投げかけても、当たり障りのない対話で済むだけ。多少ムカつくようなことになったとしても、やっぱりその人との関係性だからこその対話になった方がいいなぁ。あなたはどう思いますか?

Longlife design 2 民藝的デザイン

今年の年末に渋谷ヒカリエ8/のd47museumで開催する展覧会「LONG LIFE DESIGN.2 祈りのデザイン 47都道府県の民藝的な現代デザイン」の準備を着々としています。ここ数年の間に「民藝運動」に縁があり関心が湧き、色々と本を読んだりしているうちに、富山で開催された「民藝夏期学校」という合宿に参加し、松井健先生(人類学者)と出会い、めきめきとはまっていきました。

僕は“横掘り”は好きな一方、“縦掘り”は全く興味のない人間だったはずですが……。自己解析すると民藝運動って、いつの時代も「その時代の最先端のデザイン運動」みたいなことが書かれているのに、いつまでたっても「芹沢銈介」「河井寛次郎」「棟方志功」……。もちろん、彼らの作品の素晴らしさは文句のつけようもありませんし、そこは絶対に認めるとして、じゃあ、「現代の芹沢銈介は?」「柳宗理で止まっちゃってない??」と思う、その(ちょっと)ムカついてるところがあるからはまっているのだと自覚しています。

昔、2008年だったでしょうか。松屋銀座8階大催事場で僕が企画した「DESIGN BUSSAN NIPPON」と同じように、「今、民藝ってどれくらい思想が継承されたり、進化していたりするのだろうか」ということをこの目で確かめたい、と思い始め「いつか、現代版の民藝的なデザインを集めて展示し、みんなで見ながらぶつぶつ言い合いたい」と思っていました。それが今、準備している展覧会なのです。

さて、これまでも何回も書きましたが、民藝とは簡単に言うと「日常に使う、なんてこともない生活雑器に美を見いだす」というもの。創設者の柳宗悦によって広がり、その息子である柳宗理を「Casa BRUTUS」(マガジンハウス)が取り上げたこともあり、特に建築系の感度のいい若者に広がっていきました。

つまり、今「民藝」というと、おそらく「柳宗理」を思いだす人が多いと思います。そして、彼が言った「用の美」が有名かと思います。つまり「民藝」=「機能美」と言う人がとても多い。絶対に間違い!!とは言いませんが、柳宗悦の本を読んでいくと、民藝とは「宗教」のような「美学」、つまり「生活の祈り」や「健やかなものづくり」「作為的ではないからこそ浮き彫りになる美しさ」という「宗教的美学」のことのようです。

簡単にキーワード化しますと「作為的ではない」「適度な量産から生まれる」「健やかな、祈るような要素がある」そして「美しい」……。これを「デザイン」的なもので47都道府県から見つけてくる。それが今回の展覧会。そして、そこには問題があるのでした。まず「そんなもの、あるのか?」ということ。そして「”民藝”と一緒にされたくない」という人たち……。会期は今年の12月4日から来年の2月までですが、図録を作っていて、その締め切りが9月30日。つまり、(原稿を書いている)今なのです。しかし「作為的ではない」って、つまりデザイナーがデザインしていないってことだよなぁ……(笑)。

古物の値付けはどうやって? 「言葉の鑑定」で価値を生み出していく不思議な世界

宮城県からは「気仙沼ニッティング」を選びました。震災を機に「編み物」ができる地元の人たちに声をかけ、そこにデザインを適度に取り入れ、欲しい人と編む人を紹介し合う。数カ月かけて作られ、価格も10万円を超えるけれど、そこには納得するものがあり、ものを作り出す時によくある不自然さや違和感、環境への負荷などがない。「適度な量産からの美」「美しい」「作為的ではない」「祈り(復興の)」など、民藝運動に通じる要素を持ち、人々はこの様子を見て、感じて、なんとも言えない癒やしにも近い気持ちにさせられる

PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2カ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

空間に「か弱い」ものを取り入れる抜群のセンス 心地よい時間を演出する上質なもてなし方

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