嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

映画監督と脚本家の関係とは何だろうか。たとえば名匠・市川崑のもとで大半の脚本を手がけたのは妻の和田夏十だったが、通常は親族同士でもなければお互いに専属である必要もないし、両者の組み合わせが本人たちの意向であるとも限らない。

その中で『マイ・バック・ページ』(2011)『ハード・コア』(18)などの監督・山下敦弘と脚本家・向井康介は、当初からセットで世に出てきて、その後もコンビで語られることの多い存在である。大阪芸術大学映像学科の同級生だった二人は、映画を志す仲間として出会って友達になり、プロの映画監督と脚本家になった今に至るまで20年以上、その関係は変わっていない。

血縁でもなく、何らかの強制力や立場的な制約もないのに、仕事でもプライベートでも自主的にここまで一緒にいられるというのは、相当に密な関係と言わざるを得ない。人づき合いのあり方も多様化しつつある今、なぜ二人は二人でなければならないのか、またそれを可能にしているものは何なのか。誤解を恐れずに聞いてみた。

【関連記事】
出産後に揺らいだ“当たり前”の関係 日常を取り戻したきっかけは? 夫婦ユニットtupera tuperaのコンビ事情

面白い人と、面白さを伝える人の出会い

「基本は山下君の面白さをいかに世に伝えるかというところから始まっていて、今でもそれは同じです」。当事者の一人である向井は、自分たちの成り立ちを、かなり明確にこう定義した。山下の初監督長編である卒業制作『どんてん生活』(1999)から脚本として山下と名を連ね、撮影現場も共にしてきた仲である。

向井:何と言っても山下君の考えることやすることが面白かった。その面白さをどうにかして残したくて、どうしたら彼の考えていることを映画の形にできるかというところが、すべての原点でした。『どんてん~』を作ったときに、監督を二人の連名にしたらどうかと第三者から言われたことがあるんですけど、俺は嫌だと言ったんです。あれはやっぱりノブ(山下)の面白さありきの作品で、それは俺の色じゃないと自分でも思ってたんですよね。一緒にホン(脚本)は書いていたけど、それもノブが面白いと思うものを形にする作業だととらえていたので。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

脚本家・向井康介

向井の感じる山下の面白さとは、一言で言えば「緩さ」だった。たとえ緊迫した状況になっても、そう思わせないような人柄は学生時代からブレず、それは元暴走族と無職の青年二人がいかがわしいバイトで手を組みながら冴えない日々を過ごす『どんてん生活』や、怪しげな健康飲料の事業に失敗した夫婦が田舎で一旗揚げようとはかる『ばかのハコ船』(03)など、はみ出し者の愛らしさを脱力したユーモアで描き“オフビート”と称される作風にもつながっていた。

向井:大学の仲間うちには、過激なことを率先的にパフォーマンスとしてやれちゃう人もいて、僕らはそれをカッコいいなと憧れながらも、自分たちはそこまで吹っ切れられないと思っている内弁慶な二人でした。とにかく田舎者だったし。

山下:それを周りにバレまいと一生懸命カバーし合ってましたね。その頃が一番一緒にいたかもしれない。

向井:実際、俺のいないところでノブが別の連中と遊びに行ったとか聞くと、内心すごい嫉妬してた(笑)。そういう恋愛感情に似たようなものも最初のうちはあったかも。

山下:それは俺も然(しか)り! 表向きはいかにも平気な顔してたけど(笑)。

似た者同士である一方で、山下の持つ緩さが自分にない要素だからこそ、その面白さを理解して他者に伝えるための役割ができると向井は言う。やがて二人で作った映像を学内のイベントで発表すると、その事実によって周囲からもコンビと見なされるように。当時の役割分担は、山下いわく「人を動かすこと以外は全部向井の担当」だったが、脚本を書くのは共同作業だった。

向井:『リンダ リンダ リンダ』(05)まではお互いにまだ一人じゃ書けなかったね。『どんてん~』は山下君が書けなくて俺が入って、『ばかのハコ船』(03)はその逆で、『リアリズムの宿』(04)でちょっと分業になってきたのかな。

山下:『リアリズム~』までは一緒にセリフを言い合いながら書いてたね。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

映画監督・山下敦弘

『リアリズム~』の主人公は駆け出しの映画監督・木下俊弘と脚本家・坪井小助。まさに当時の二人を彷彿(ほうふつ)とさせるようなキャラクターで、それもコンビとしてのイメージを印象づける手助けになったはずだ。

山下:役名も俺らの名前をもじってつけてるもんね。もともとはつげ義春さんの原作通り漫画家という設定で、主人公もコンビではなく一人だったんだけど、それが制作サイドから全部却下されて、自主映画を作っている二人に変えたのかな。自分たちをキャラクターに投影させる照れ臭さはあったけど、つげさんの原作だからという言い訳で開き直れたんだよね。

向井:『リアリズム~』からは商業映画として外部から企画のオファーが来るようになったから、それに対してどう対応しようか、どう自分たちを出していこうかという考え方にならざるを得なかったんだよね。キャラクターに自分たちを投影させたのもその手段の一つだったかもしれない。それまでは自分たちだけで「次は何やろうか?」というモチベーションでやっていたけど、そうじゃなくなったのは大きな変化でした。

周りの声で気づく自分たちの関係

『リアリズム~』の完成後に向井は大阪から上京。1年後に山下が東京に拠点を移すまでは、出会って以来初めて物理的に“遠距離”の関係となる。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

山下:俺はわりと無邪気に、このまま大阪で映画作って、たまにバイトして……ぐらいに思ってた。でも向井を皮切りに、撮影の近藤(龍人)君とかそれまで一緒に作ってた人たちがみんな急にシリアスな顔して東京に移って。自分が楽しくやれてたのは、みんなが俺のやりたいことをさせてくれてたからなんだって、後から気づいたんだよね。

向井:ノブが楽しかったのは、やっぱり監督だったからだと思う。でも俺はそのときまだ何者でもなくて焦りがあったし、その頃から本格的に脚本を生業にしようかと思って、東京に出たんです。

山下:俺は俺で、康介が他の人たちの作品に参加し始めたことに嫉妬して、『リンダ~』の脚本は一人で書こうとしたんです。ただそうしたのも、康介に「俺ら以外の人ともやったほうがいい」と言われたから、という覚えがあるんだけど。

向井:でもそれがどうもうまく進んでなかった。要は、山下君が面白いと思っていることを理解してくれる人が、周りに足りなかったんだろうね。それで俺も後から加わることになって、あれで余計に業界内でもコンビのイメージが強まったのかもしれないね。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

自分たちの思惑と、創作上の必然から生まれた状況と、外から向けられる視線。それらがそれぞれにせめぎ合いながら、二人の関係のあり方は新しい局面をむかえていく。

向井:『リンダ~』の次に、山下君は渡辺あやさんの脚本で『天然コケッコー』(07)を撮るんだけど、あれがすっごい評価されたのよ。

山下:(第32回)報知映画賞の監督賞も取ったからね。

向井:そのとき誰かが言ったんだよね、山下は向井を切ったほうがいいって。それを聞いて逆に「あ、俺らってコンビだったんだ」と思った。

山下:俺はあやさんと仕事した後に、どうせまた向井君のところに戻るんでしょ?と言われて、周りからはそう見られてるんだなって気づいた。

向井:だから余計に、俺は俺で一人で立たなきゃなと思って、色んな人とやり始めたし。ノブもそうだよね? でも結果的にそれがよかったんじゃないかな。そこからずーっと一緒にやってたら、多分どこかで決定的にケンカ別れしてたんじゃない?

山下:そうだね。だからこそ、自分の企画で康介に脚本を頼むときは、より慎重になった。自分にその作品をやりたいというはっきりした思いがあったり、自分のテンションがきちんと上がっているときでないと、うかつに声をかけられない。逆に「助けて!」とすがるパターンもあるけどね。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

待望の再会で訪れた“解散”の危機

一人一人がよそで積んだ経験は、二人の次回作に還元されるはずだった。ところが4年ぶりにコンビを復活させた『マイ・バック・ページ』は、それゆえの意地や混乱、葛藤が、つぶさに作品に反映される結果となった。これが単なるプライベートのつき合いだけでなくもの作りを共にする関係の怖さでもあり、面白さでもある。

山下:『マイ・バック~』で俺らちょっと“解散”の危機なかった?

向井:関係はあんまりよくなかったよね。あのとき俺はちゃんと脚本家にならなきゃいけない、山下君にもちゃんと監督としていてもらう、という役割分担をすごく意識していて。それぞれの役割を全うしなきゃいけないという思いが、30代前半は結構あった。

山下:近藤君も含めて、芸大時代の三人が満を持して再集結した作品だったから、それぞれが自分の仕事で結果を出さなきゃと気負いすぎて、無駄な力が入っちゃったんだよな。撮影が終わったときはその反動で、しばらく二人とは映画撮りたくないと思ったもん。

向井:二度とやらない、とは思わなかったけど、次に一緒にやるならもっと違う形のほうがいいかなとは思ったね。山下君とそれ以外の監督っていうのは、やっぱり自分の中で線引きはある。他の監督とやるときは、自分も脚本家としてきちんと成立させようとしてるけど、山下君とやるときは、脚本家ではない何かになっている気がする。仕事という意識ではないのかなあ……?

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

それでもこの危機が訪れたときでさえ、関係の土台は揺らがなかった。

向井:作る上での“衝突”はそもそもないんですよ、『どんてん~』のときから。こっちがアイデアを出すときも、それを山下君が面白いと思ってくれるかどうかが基準で、二人で考えてもジャッジするのは山下君。山下君が面白がってくれないと撮れないからね。

山下:そう考えると次にやったオリジナルの『もらとりあむタマ子』(13)は、お互いに笑い合いながら作ってて、原点に戻った感じだったね。

向井:久々に二人で作ったっていう手ごたえがあったよね。

山下:そう、二人が機能し合ったと思った!

向井:逆に『ハード・コア』は意外と俺らっぽい感じがしないのは、我々がいましろ(たかし)さんの原作に引っ張られたからだと思う。

山下:たしかに、この二人の間での掛け算はあまりなかったかも。

向井:もっと自分たちから遠い原作だったら、もう少し違うこともできたかもしれないけど、二人とも大好きでずっと映画化したい原作だったからね。

山下:『~タマ子』はもともと短編からスタートした企画だったし、そのぐらい肩の力が抜けてるほうが、俺ららしい緩さを発揮するにはちょうどいいのかもしれないね。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

さらなる飛躍に必要なのは「二人の時間」

二人は今でも一緒に映画を見たり、飲みに行ったりもする。友人としてはほとんどけんかをしたことがないと言う。監督と脚本家としても、長きにわたって自主的に相手と組むことを選んでいる(外部からのオファーも含めて)のは、やはりかなり親密といえるのではないか。「二人で作るときは毎回新しいことをしようとするけれど、結局同じことをやっている」と彼らは口にしたが、変わろうとしても変われないのは最大の強みかもしれない。

向井:俺たちは“緩さ”や“間”というところで勝負してきたけれど、世の中の映画のテンポはどんどん速くなって、無駄な要素は減ってきている中で、いよいよ自分たちの強みを見た人に面白がってもらえるのかどうかという岐路には立ってますよね。たとえば配信のタブレット画面でその緩さを我慢して見てもらえるのかどうか……という危機感はありますね。

山下:自分たちで面白がりながら作ったものが、全く世の中に受け入れられなかったときは、ヤバいよね。

向井:今はギリギリ、はやっているものの中にも自分たちが面白いと思える作品はあって、その感覚において二人の間の温度差がないうちは大丈夫かなと思ってるけど。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

現在の自分たちの関係について、100点満点のうち何点ぐらいだと思うかと問うと、山下は70点だと答えた。「100点だと満点というより依存しすぎな状態で、逆にあまりよくない気がする。それよりは−30点ぐらい隙間のある関係のほうがよくて、70点というのはほぼベストなのかな」。一方の向井は「単純に一緒にいる時間が減ったから、会わなくなった分を差し引いて50点です。昔は何もしなくても一緒にいたけれど、それが意外と大事だったかなと思う」と述懐する。二人が次のステージに進むための鍵はどこにあるのか。

向井:それこそが足りない分の50点で、そこの時間は欲しいかなと思う。

山下:昔は今より無駄話が多かったんだろうな。行き詰まったら映画見たりコント見たりして、お互いの面白い部分を確認し合ってた気がする。

向井:そうそう、やっぱこれだよなっていうポイントを確認し合ってた。でもアイデアってそういうところから生まれてきたりする。だからまずは二人の時間を持つというところからですね。

(文・那須千里 撮影・林紗記 文中敬称略)

相方を漢字一文字で表すとしたら……

個別に書いていただきました。フォトギャラリーでお楽しみ下さい。

嫉妬、遠距離、解散危機……浮き沈みを乗り越える“非公式コンビ”  山下敦弘×向井康介

あわせて読みたい

出産後に揺らいだ“当たり前”の関係 日常を取り戻したきっかけは? 夫婦ユニットtupera tuperaのコンビ事情 

原発事故と震災を「正しく伝える」とは 「安全神話」崩壊の衝撃を忘却させる「伝承館」

TOPへ戻る

ちょっと複雑なキャンピングカー運転時の免許 これから取るなら「準中型」がオススメ

RECOMMENDおすすめの記事