坂手洋二の「世界は劇場」

原発事故と震災を「正しく伝える」とは 「安全神話」崩壊の衝撃を忘却させる「伝承館」

福島県のアーカイブ拠点施設「東日本大震災・原子力災害伝承館」のオープニングに立ち合った。

9月20日、郡山から国道288号線を抜け、大熊町を通った。このルートは別名・都路街道ともいう。望洋平トンネル付近から繰り返し線量計が鳴り続ける状態ではあったが、トンネルに潜るたびシェルターに入ったように線量計はぴたりと鎮まる。分岐する道には通行止めになっているところもある。森は除染しきれるはずもない。

(TOP写真:東日本大震災の日に止まった二つの時計/撮影=佐藤茂紀)

国の事業費で産業促進拠点として整備

福島第1原発から北へ約4キロ、双葉町中野地区では復興祈念公園の工事が進む。新築の「伝承館」は地上3階建て、総床面積は5256平方メートル。

「伝承館」は、震災と原発事故の記録や教訓を後世に伝える目的で設立された。

原発事故と震災を「正しく伝える」とは 「安全神話」崩壊の衝撃を忘却させる「伝承館」

2020年9月20日にオープンした「伝承館」

導入部分「プロローグ」は、床面も含めて7面の大型スクリーンで上映。終了後、2階展示室へ上がってゆく螺旋(らせん)状のスロープに、震災と事故状況を時系列で伝える展示がある。

2階では県が収集した約24万点の資料のうち167点を、6つのコーナーに構成している。

事故後の福島第1原発の精巧なジオラマは、やはり衝撃的だ。同様のものが、福島県環境創造センター交流棟(コミュタン福島)にもある。「学びや体験」を重視する同所は、放射線の種類ごとにそれを避ける「体験型」のゲームなどに、違和感があった。

「伝承館」の計53億円の事業費は国が負担。公益財団法人「福島イノベーション・コースト構想推進機構」が指定管理者として運営している。隣接する「双葉町産業交流センター」もオープン。復興関連事業者や地元企業と共にフードコートやレストランも入居している。幾多の産業集積を促進する取り組みが進められ、研修やセミナーも実施される。企業立地補助金も用意されている。廃炉のために必要な最先端の技術・研究がこの地に集まることを、利用してやろうという姿勢のようだ。

「日本学術会議」候補者の、首相による不当な任命拒否が問題になっているが、その背景には、内閣府の諮問機関が研究予算配分をトップダウンで決めているように、政権が「科学とカネ」を強固に結びつけている現実がある。

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展示されたジオラマ=2020年9月20日午前、福島県双葉町、小玉重隆撮影

県知事は訪れず 屋上公開はなく海は見えず

入館料は大人600円、小中・高校生300円。初日は避難先から元住民たちも訪れた。金を払わせて見せるのはおかしいと、不満を言う人もいたようだ。

7月オープン予定だったが、コロナ禍のためのオリンピック「延期」により、遅れた。

オープニング当日、動員は1,051名。県知事は来なかった。

500メートル先は大平洋だが、防潮堤工事が続いていて、地上からは海が見えない。「伝承館」屋上からは周囲の風景が見えるということだったが、オープン初日、屋上は公開されなかった。

現在の防潮堤は海抜11メートル。今年4月に出された試算では、日本海溝沿いの巨大地震で福島県では最大19メートルの津波が到達する可能性があるとされている。そもそも津波については、10メートルの高さにあった福島第1原発に15.5メートルの津波が襲った。2008年に子会社が15.7メートルの津波を予測していたが、東電は対策を先送りした。それらの高さの違いを図表で視覚的に伝えれば、これが国や東電の判断ミスによる「人災」であることが明瞭にわかるはずなのだが。

菅義偉首相も26日、就任後初めて福島県を訪問。福島第1原発を視察、東電幹部から説明を受け、処理済み汚染水が入った容器を手渡され、「希釈すれば飲める」との説明を受けて、「飲んでもいいの?」と聞き返す場面もあったという。「汚染水は放出しても大丈夫」に向かうパフォーマンスであろう。

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東日本大震災・原子力災害伝承館を訪れ、福島イノベーション・コースト構想推進機構の伊藤泰夫専務理事(手前右)から展示について説明を受ける菅首相(手前左から2人目)=2020年9月26日午後1時35分、福島県双葉町、代表撮影

菅内閣の基本方針では、震災や原発事故についての記述がなくなり、復興庁の2021年度予算は、今年度から55%減となる6331億円。「住宅再建・復興まちづくり」の予算は10分の1。安倍政権以来の「被災地切り捨て」政策が「継承」されている。

菅首相は「伝承館」訪問後、震災後開校した県立ふたば未来学園も訪れた。校歌を秋元康がプロデュース、制服デザインはAKB48の衣装デザイナー茅野しのぶによる。華やかさがアピールされる「復興」イメージ作りの一つだが、開校時には、原発近くに学校を新設することの是非が問われた。

JR双葉駅周辺と北東の一部地域は今年3月、帰還困難地域の指定が解除され、通行証なしで入れるようになった。常磐線も全線開通、お披露目されたピカピカの新駅舎の周囲は、建物が取り壊され更地になり、廃屋が並ぶ無人の地である。国道沿いにも朽ちかけた家が残り、大部分が帰還困難区域のままである。

原子力PR看板、現物は倉庫に保管されたまま

原発事故後、無人の町に、双葉町のシンボルというべきモニュメントが残された。「原子力 明るい未来のエネルギー」という、PRの看板アーチである。小学生のころ標語の募集に応募し採用されたのが、同町出身の大沼勇治さんである。

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福島県双葉町にあった「原子力 明るい未来のエネルギー」の看板=2015年1月21日、円城寺あや撮影

6年近く前、私は立入禁止地区を初めて訪れた。その年の私の演劇作品『バートルビーズ』には、このアーチをモデルとした場面が登場する。同作は、福島第1原発から22キロに位置する広野町で原発事故後も避難せず診療を続けてきた、高野病院のことも描いている。

原発事故と震災を「正しく伝える」とは 「安全神話」崩壊の衝撃を忘却させる「伝承館」

舞台作品『バートルビーズ』では、原発事故による汚染土を詰めるフレコンバッグを小道具として使った=加藤孝撮影

四半世紀にわたり掲げられていたこの看板アーチだが、2015年3月、双葉町は老朽化を理由に撤去を決めた。大沼さんは反対した。原発とともに歩んだ町の歴史を象徴するこの看板を、残すべきだと考えた。大沼さんは、双葉町に一時帰宅するたび、このアーチの前に立ち写真を撮るパフォーマンスを続けていた。大沼さんの反対を受け、町は看板を倉庫に保管し、いずれできるはずの展示施設に設置する計画だと説明した。

今は茨城県古河市に避難している大沼さん一家は、「伝承館」オープンのこの日、双葉町に帰ってきた。事故さえなければ、ここで暮らすはずだった。大沼さんは震災後に生まれた子どもたちに、町の歴史と原発事故のことを伝えたかったのだ。

伝承館に実物の看板アーチを展示することは不可能ではない。伝承館の広大な吹き抜けには、展示にじゅうぶんなスペースを確保することもできたはずだ。しかし実際には、この原発振興のシンボルについては、写真パネル1枚で説明されているだけだ。

2015年12月に撤去されたアーチは、今も役場の外にブルーシートに包まれ、置かれたままである。撤去を見守った大沼さんは、作業員がアーチを切断するためバーナーで焼きはじめたため、中断させたという。アーチは残ったが、3分割されてしまった。町はこのアーチを残す気はなかったのではないかと考えざるを得なかった。大沼さんは伝承館にこのアーチを展示するよう、あらためて県に要望書を出している。

大沼さんは伝承館について「率直に言って、中身、内容が薄い」と感じたという。他の住民の方々からも「知っている情報ばかり」「公正な展示とは言えない」という声が聞かれた。

原発事故と震災を「正しく伝える」とは 「安全神話」崩壊の衝撃を忘却させる「伝承館」

ブルーシートにくるまれて置かれている看板アーチを見に訪れた大沼勇治さん=2020年8月28日午前、福島県双葉町、小玉重隆撮影

大沼さん一家と共に、双葉町の無人の町並みを見た。同町では2022年春ごろの住民帰還を目指しているというが、解除地域も生活インフラが未整備で、そう簡単に実現するとは思われない。

国や東電の対策の不備に踏み込まない展示内容

「伝承館」は、「事故後」「復興」に力点を置いた展示で、なぜ事故が起きたかについて、しっかりとした説明がなされていない。国や東京電力の津波対策の不備や情報発信の問題点にも触れない。「炉心溶融」「メルトダウン」という言葉を隠し、「SPEEDI」予測結果の公表が遅れたこと、政府が「ただちに健康に影響を及ぼす数値ではない」と発表したことなどは、説明されない。原発の「安全神話」が崩れた衝撃の忘却を促そうとしている。

伝承館には被災体験を持つ「語り部」29人が日替わりで常駐、来館者に自らの体験を伝えるコーナーもある。ただしその内容については、避難生活や津波で自宅を失った経験は許されても、国や東電など「特定の団体」の批判などをしないよう求められているという。

9月30日、仙台高裁で、東電福一原発事故の被災者約3800人(提訴時)が国と東電に損害賠償等を求めた生業訴訟の控訴審判決が出た。原告の主張をほぼ認める完勝だった。判決文では国の責任を、東京電力同様のものと認めている。大津波は予見できたはずだし、事故は防げた。人々の熱意が司法の壁を打ち崩した。

伝承館の展示で私が最も印象に残ったのは、東日本大震災の日に止まった二つの時計だ。右の時計は地震発生時刻、左の時計は津波到達時刻で止まっている。この時差の中に、何を読み取るか。大がかりに作られた展示施設の中で、「事実」の厳しさが周囲を批評している。「正しく伝える」「逃げずに見つめる」という言葉が、聞こえた気がする。

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PROFILE

坂手洋二

劇作家・演出家。1962年岡山生まれ。慶應義塾大学卒業。1983年に〈燐光群〉を旗揚げ。国内外で公演を重ねる。1993年、劇作家協会創設に参加。2006〜2016年、同会長。日本演出者協会常務理事。岸田國生戯曲賞、鶴屋南北賞、紀伊國屋演劇賞、読売文学賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞、朝日舞台芸術賞等を受賞。主な作品に『屋根裏』『天皇と接吻』『だるまさんがころんだ』『くじらの墓標』『ブラインドタッチ』『最後の一人までが全体である』、著書に『私たちはこうして二十世紀を越えた』(新宿書房)等がある。

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