ニューノーマル白書

下り列車の先の未来見据えローカルスペシャリストを養成 「いなフリ」地域マネージャー奈良美緒

モノの集約を妨げ経済の効率と成長を奪った新型コロナウイルスは、世界のあり様を一変させました。「ポスト・コロナ」ならぬ「withコロナ」時代には、経済も社会生活も、新しい価値を見いだすことが求められています。私たちがこれから迎える「新たなる日常」を生きるヒントを各界のパイオニアたちに聞く「ニューノーマル白書」。今回の主人公は、2015年に千葉県金谷で産声を上げ全国11のエリアで講座が展開されるまでになった「田舎フリーランス講座」(いなフリ)の地域マネージャー奈良美緒さん。山梨県都留市を舞台に1カ月の合宿スタイルで行われるこの講座がなぜ若者たちに人気なのか、講座でなにが学べるのか、講座を経た若者たちの生き方はどう変わるのか――などを伺います。

クラウドソーシングなどで「稼ぎながら学ぶ」

目の前に雄大な富士山を仰ぐ都留市のカフェの2階。小学校の教室大の空間には大きな机がいくつか並び、約20名の若者がノートPCを開いて思い思いに座っている。正面にはTシャツの若者(28歳)。壁にPCの画面を大きく写しながら「動画編集基礎講座」の真っ最中だ。

聞けば彼は2年前のこの講座の卒業生。いまはフリーランスとして動画撮影編集等で活躍している。受講生は20代から30代の若者たち。「エフェクトコントロールが~」、「タイムラインを使いこなすと~」、「アンカーポイントが大切だね」等々、専門用語が飛び交う。「この講座を午前午後6時間程度受講すれば、YouTubeくらいは編集できるようになります」と講師はいう。

受講生の間を回ってアドバイスしていたのは奈良さんの夫の大輔さん。いまは東京の会社から1年間の育児休業をとって親子で都留暮らしを楽しんでいる。「紅茶の輸入会社で働いていて育児休暇を取得させてもらいました」とにこやかな笑顔だ。会場全体に、ぎすぎすした「競争志向」は感じられない。講座の公式サイトには「人生の選択肢を広げる一カ月」の文字。はたしてどんな受講生が集まっているのだろう。

――受講生はどんな理由からこの講座にやってくるのですか?

奈良 集まってくるのは卒業を前にした大学生、何らかの理由で会社を辞めた人、転職希望で有給休暇をとって来た人。今回(2020年7月)は、コロナの影響でフライトがなくなってしまった外資系航空会社のCAさんもいます。年齢的にはやはり20代から30代が中心で、これまでの最年少は15歳、最年長は60代ですね。この都留市の講座は、この町の地域おこし協力隊員である私が企画し、金谷にある本部(株式会社Ponnuf)と業務提携する形で進めています。

講座には以下の科目が並んでいる。「WEBデザイン」「サイト制作」「ライティング」「ブログ運営」「アフィリエイト」「クラウドソーシング」「営業スキル」「財務管理」「事業計画」。午前中9時から12時まではこれらのカリキュラムを講師から学び、午後は各自実践スタイルとなる。

受講生たちは、「クラウドソーシング」と呼ばれる仕事の発注者と受託者のインターネットマッチングサービス上で自分にできそうな仕事を探し、仕事を掲載している発注者に「提案文」と呼ばれるPR文章を送付し応募する。一つの仕事に対して募集人数以上の応募が集まった場合、発注者はそのPR文章を吟味し仕事を発注する先を選ぶので、PR文章の書き方や提案の仕方にもコツがあるそうだ。それらを現役の先輩フリーランスから学び、まずは受注を取りにいく。

結果受注した仕事をこなしていけば、一カ月の受講期間でI・Uターン、二重生活組のキャリアスクールへ、二重生活組のキャリアスクールへ初心者でも5万円、経験者だと20万円程度稼ぐ人も珍しくないという。

――講座ではどんなことから教えるのでしょうか?

奈良 ネット上にアップされている仕事を受注する「クラウドソーシング」が、駆け出しのWEBフリーランスの営業スタイルになっていますが、実際に行う仕事の種類はWEBライティング、WEBサイト制作、動画編集、デザインなど多岐にわたります。

受講生の希望や経験によって取り組む仕事はさまざまですが、共通して言えるのは、受注するためには発注者の仕事の目的や意図を正確に把握して、その課題を解決し、最後は「ありがとう」と言っていただくことが大切だということです。この講座ではまずそのようなフリーランスの仕事の心構えや基本を教え、自己紹介文や提案文を書いては添削、書いては添削の繰り返し。並行してWEBフリーランスとして仕事をしていく上での具体的なスキルも実践を通して身につけます。当初から若者に人気だったのは、「稼ぎながら実践的に学べる」という部分だったようです。

山梨県都留市の田舎フリーランス養成講座会場・コワーキングコミュニティteraco.にて/2020年8月25日/撮影:黒木美沙

山梨県都留市の田舎フリーランス養成講座会場、コワーキングコミュニティteraco.にて=2020年8月25日、黒木美沙撮影

IUターン、二重生活組のキャリアスクールへ

――そもそも「いなフリ」はどんな経緯で生まれたのでしょうか?

奈良 創設者の山口拓也が早稲田大学を卒業後すぐにWEB系のフリーランスになり、友人の紹介で千葉県富津市の金谷という田舎に移住したのが始まりでした。フリーランスには普通、当たり前ですが同期や仲間がいません。ましてや田舎となると余計に、その課題は切実だったのではないでしょうか。「自分の仕事をシェアして一緒に働ける仲間がほしい」ということから「田舎フリーランス養成講座」を始めた、と聞いています。当初は5名の参加者を山口が一人で指導していたようです。

ところが回を重ねる事に様々なキャリア、たとえば雑誌のライターや、福祉×ライティングというような仕事を学びたいという受講生が出てきて、いつしか、単なる「WEBスクール」ではなく、WEBスキルを身につけることで人生の選択肢の幅を広げる「キャリアスクール」として認知されるようになりました。実施地域ごとに特色も出てきて、都留では「ローカルプレイヤーのふるさと」というキャッチフレーズを掲げています。そのため、将来的にシェアハウスやコワーキングスペースなどの場づくりに携わりたいという人が多く受講するようになってきています。

WEBフリーランスの働き方は、田舎にいても全く問題ないし、田舎は都会と比べると家賃も安く環境もいい。そういった点を気に入り、卒業生の一部は講座が終わってもその地域に留まるようになりました。都留にも、20名ほどの卒業生が移住や多拠点で生活しています。講座にもちょくちょく顔を出して、講師をしたり受講生にアドバイスをしてくれたりします。卒業生の存在は、受講生にとっていいロールモデルになっていますね。

コワーキングコミュニティteraco.の階下には大学生が運営するカフェが併設されている。そのカフェにて講師陣の打ち合わせ中=2019年3月撮影

コワーキングコミュニティteraco.の階下には大学生が運営するカフェが併設されている。そのカフェにて講師陣の打ち合わせ中=2019年3月撮影

この5年間で帯広(北海道)、鯖江(福井県)、金谷、いすみ(千葉県)、都留、南部町(山梨県)、大洲(愛媛県)、能登(石川県)、南九州市頴娃(えい、鹿児島)で開催されました。先週からは新しく泉佐野市(大阪府)でも始まっています。その中で定期的に開催をしているのは金谷、いすみ、都留の3地域。その他はテンポラリー開催で、新たな開催候補もいくつかでてきています。

――奈良さんご自身はどんな経緯で地域マネージャーになりましたか?

奈良 私は大学卒業後東京で会社員を5年やりました。楽しかったけれど、稼いだお金は遊びとファッションと飲食に消える「消費生活」に疑問を感じ、いったん休んでゆっくり今後のことを考えたいと思い退職、故郷の都留市にUターンしました。そこで縁あって地域おこし協力隊員の委嘱を受け、ゲストハウスの立ち上げと運営に従事します。最初は運営していたゲストハウスの集客と自分自身のスキルアップを意図して田舎フリーランス養成講座を受講しようとして代表に連絡を取ったのですが、「美緒さんは受講しなくていい、なんなら新しい開催地として都留でいなフリを開催しませんか」と言われまして。二つ返事でOKし、今に至るという形です。

2018年の2月に都留での初回を開催し、2020年8月に11回目の講座が終わりました。いなフリを誘致して3年が経とうとしていますが、受講生も卒業生も日常的に近所のレストランや店を利用するので、地元の方々ともさまざまな面で接点があり、地域の行事に誘ってもらえたり、様々な面で応援をしていただいていて本当にありがたいです。

山梨県都留市の田んぼにて。毎年6月上旬の田植えには地元農家さんが「いなフリ」受講生や卒業生を招待してくれるのが恒例になっている=2019年6月、奈良美緒撮影

山梨県都留市の田んぼにて。毎年6月上旬の田植えには地元農家さんが「いなフリ」受講生や卒業生を招待してくれるのが恒例になっている=2019年6月、奈良美緒撮影

スキルアップだけでなく人生の選択肢を広げる

奈良 スタートから5年で累計卒業生は約700人になります。卒業生のその後で最も多いパターンは、習得したWEBスキルを生かして独立しWEBライティングやサイト制作を生業としている人。中には全国各地を旅しながら働くスタイルに生活を切り替えた人もいます。

変わり種では、WEB の仕事が合わずにフリーランス料理人として独立し、全国各地でイベント料理人として料理を振る舞っている人や、WEBサイト制作の会社を起業して、いなフリ繋がりのメンバーで仕事をシェアしながら事業を回している人もいます。

みなさんそれぞれの道を歩まれていますが、共通しているのは単なるスキルアップを図るだけでなく、1カ月の共同生活を通して「自分がほんとうに納得いく人生の選択肢は何か」を考え抜いた先に、それぞれの道を納得感をもって選んでいることです。そのためにいなフリ中の毎週末には講師に「セルフブランディング」や「働き方」についての考えを相談し、そのアドバイスを受ける時間もとっています。

アジア系航空会社でCAをしていた女性で、前期の(2020年6月期)の講座に参加したAさんはその動機をこう語った。

「3月以降フライトがすっかりなくなってしまって、自宅待機していてもしょうがないので前からトライしたかったライターを目指してここに来ました。少女時代から家庭内で、父親は本当に家族を愛しているのか?という葛藤があったんです。将来はメンタルヘルスの分野に関わる仕事がやりたいと思っていたので、ものを書くのは一つの方法だと思って。これからは農業×福祉とか農業×障害者教育とか『×』がキーワードになると思っているので、ライティング×メンタルケアを自分の武器にできたらなと思います。いまはまだ文章の修行中で、CAは契約が切れたら辞めるつもりです」

山梨県都留市のシェアハウス庭にて。この日は「いなフリ」受講生、卒業生のほか、地元の大学に通う学生や地域住民などを招いてのBBQが開催された=2020年8月

山梨県都留市のシェアハウス庭にて。この日は「いなフリ」受講生、卒業生のほか、地元の大学に通う学生や地域住民などを招いてのBBQが開催された=2020年8月

――誰もが「ここではないどこかへ」という幸せを探していることはわかります。とはいえフリーランスは薄給で使われる実態もあります。卒業生の現在の声は聴こえていますか?

奈良 田舎フリーランス養成講座をきっかけに都留に移り住んだメンバーから聞いた話を紹介しますね。「丸の内の会社員時代は “何者かになりたかった”けれど、ここにきて本来の自分を取り戻せたというか、大切なものを大切にする暮らしができていて、自分が本当に求めている暮らしはこういうことだったんだなと日々実感しています」。これは28歳の女性で、前職は貿易関係の会社員。現在の月収はブログアフィリエイトやHP等のライティングが主で約40万円だそうです。

次の方は「お金があっても幸せじゃない人はたくさんいる。自分はそんなにたくさん稼がなくても、仲間と楽しく暮らせれば幸せなんだということが改めてわかった」。これは26歳の男性、前職は中古車販売の営業職で、新卒入社して5ヶ月で退職してフリーターになった方です。現在の月収は30万円、WEBライティング、編集、講師業、シェアハウス運営が主だそうです。

あるいは、「昔は地元が嫌いだった。一度家を出たことでその良さに気づき、Uターンを決めた。実家の農業を継ぐのとWEBの動画編集で稼ぐことの相乗効果で、田舎にも仕事は作れるのだということがわかり今まさに実践中」。これは36歳男性で前職は飲食業。現在の月収は70万円で、農業と動画編集の複業(パラレルワーク)の実践者です。実家を改装してシェアハウスにして運営管理もしているようです。

多くの若者が、「いなフリ」を通して新しい生き方に出会い、自分探しにも決着をつけている。キーワードは「故郷田舎行き下り列車の先の未来探し」。まさにコロナを機に、都会志向の価値観が反転した現状と符合する。若者の中にも、ニューノーマルの胎動が広まりつつある。

奈良美緒プロフィール

山梨県都留市地域おこし協力隊コワーキングコミュニティteraco.マネージャー。1988年生まれ。高校3年生まで山梨県都留市で育つ。田舎特有の村文化、空気感が好きになれず、大学は県外へ。東京の人材教育コンサルティング会社に新卒入社し、人事・営業を経験。2016年1月に退職し都留市にUターン。地元NPOの職員、ゲストハウスの立ち上げ・運営などを経て、現在は地域おこし協力隊として「田舎フリーランス養成講座」を誘致、複業として運営会社に所属し広報・コミュニティマネージャーを務める。「いなフリ」をきっかけに都留に移住を決める人は20名を超え、空き家を購入しシェアハウスオーナーとしても活動している。一児の母。

PROFILE

神山典士(こうやま・のりお)

1960年埼玉県生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』(現在は『不敗の格闘王 前田光世伝』祥伝社黄金文庫)にて小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。2011年『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社青い鳥文庫)が全国読書感想文コンクール課題図書選定。14年「佐村河内事件報道」により第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)、雑誌ジャーナリズム賞大賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに様々なジャンルの主人公を追い続ける。近著に『知られざる北斎』(幻冬舎)。主な著書に『もう恥をかかない文章術』(ポプラ社)『成功する里山ビジネス~ダウンシフトという選択』(角川新書)『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』(文藝春秋)等。

「コロナ禍で露呈した日本人の共同主観」 地域エコノミスト・藻谷浩介

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