小川フミオのモーターカー

目を見張ったスタイリングと動力性能 3代目三菱ギャランΣ(シグマ)

三菱自動車のエポック(新時代)はいつだろう。人によっては、1978年のミラージュ、また、82年のパジェロ、92年のランサーエボリューション、はたまた2013年のアウトランダーPHEVと、いろいろ思い浮かぶだろう。もう一つ付け加えるなら、私は、1976年に登場した第3世代の「ギャラン」だと思っている。

(TOP写真:ギャランΣ(シグマ)。ボンネットの先端が前にせり出した、逆スラントノーズは60年代から70年代なかばにかけての三菱車の特徴)

2代目ギャラン(73年)は、日産ローレルあたりを意識したような、4ドアセダンと2ドアクーペの2本立てだった。性能的には排ガス規制で牙をぬかれたうえ、スタイリングもぱっとせず、ギャランのなかでは暗黒の時代だったというのが私の感想。

前後に伸びやかな印象のスタイリング

前後に伸びやかな印象のスタイリング

フルモデルチェンジした3代目が登場したときは、3年間の長いトンネルから抜け出てぱっと明るくなったような気がした。まずスタイリングが秀逸である。4ドアセダンの「ギャランΣ(シグマ)」と、2ドアクーペの「ギャランΛ(ラムダ)」はともに、あか抜けたイメージだったのだ。

二つのモデルはギャランを名乗りながら、スタイリングコンセプトが明確に分けられていた。かつ、スタイリングは欧州的(当時メーカーは米国的だと言っていたけれど)で、内装もうんとぜいたくになった。

スーパーサルーンは丸形ヘッドランプが四角のシュラウド内に収まるデザイン

スーパーサルーンは丸形ヘッドランプが四角のシュラウド内に収まるデザイン

もう一つ、Σでよかったのは、動力性能が上がったことだ。エンジンには、ツインカーブレター(キャブレター)でパワフルな1.6リッターと2リッターが用意された。サスペンションシステムも一新。運転しての楽しさは格段に上がった。

内装は、Σの場合、メーターナセルの左右幅を大きく広げて、そのなかに円形メーターを横一列に並べる手法は先代から継承(メーターの数は増えた)。加えて、合成樹脂による造形をうまく使って、審美性と機能性を併せ持ったものとなった。

当時はこのダッシュボードも魅力的だった

当時はこのダッシュボードも魅力的だった

ユニークなのは、“キャデラックに相当する”とメーカーが謳(うた)った内装だ。分厚いクッションをソフトなレザーで覆ったシートなど、華美さを強調したインテリアが一部車種(スーパーサルーン)に用意されていた。

80年までこのクルマを作ったあと、次のモデルチェンジでΣはより米国的と思えるスタイリングになった。豪華というのではなく、クロームの使い方など細かいところもいれて、全体の雰囲気が当時の米国の実用的なセダンっぽくなったのだ。考えてみれば、三菱自動車のオリジンは、1970年に三菱重工業から分離独立したもの。71年から米の自動車会社クライスラーとの資本提携で車両を開発してきた経緯がある。

合弁が解消される93年までは、米国でも売れるクルマを作るのが企業の使命だった。80年にモデルチェンジしたΣは、デザイン的には破綻(はたん)がなかったものの、米国テイストが濃くなったなあと感じたものだ。

78年にマイナーチェンジで角形4灯になるまで、ヘッドランプは丸形4灯だった

78年にマイナーチェンジで角形4灯になるまで、ヘッドランプは丸形4灯だった

当時三菱自動車は販売拡張のために、いわゆるチャネルを増やしている時期だった。78年には「カープラザ」店向けに、フロントグリルを専用デザインにするなどしたエテルナΣを設定。おとなしめであるものの、エレガントさと適度なスポーティーさを併せ持つデザインはギャランΣと共通だ。そこが私が気に入ってる理由である。

(写真=三菱自動車提供)

【スペックス】
車名 三菱ギャランΣ2000スーパーサルーン
全長×全幅×全高 4330×1670×1360mm
1995cc 4気筒 後輪駆動
最高出力 105ps@5700rpm
最大トルク 16.2kgm@3800rpm

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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