国境なき衣食住

黒いパンツだけは持って行ってはいけない。紛争地赴任時の我がオキテ

2020年10月5日、緊急派遣出発に対応できるか、という打診が入った。

アルメニアが実効支配するアゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ自治州で両国の軍隊が衝突し、緊張が高まっていた。国境なき医師団(MSF)は、被害状況と医療ニーズのアセスメントをするチームをすでに派遣しており、同時に、必要があればいつでも出発できる外科チーム編成に取り掛かった。私はその外科チームメンバーの1人、手術室看護師としていつでも出発に応じられる待機要員となった。そして、すぐに色柄ものの下着と靴下を買いに走った。

国境なき衣食住」は、国際NGO「国境なき医師団」の看護師として世界17カ所の紛争地や危険地に赴任してきた白川優子さんが、医療・人道支援活動の傍(かたわ)らで出会った人々、触れ合った動植物、味わった苦労や喜びについて、哀感を込めてつづるエッセイ連載です。

初めての派遣、あれもこれも詰め込み失敗

紛争地派遣には、いったい何を持っていくのかと興味津々に聞かれることが多い。実はみなが普通に海外旅行に行く準備とあまり変わらないのではないだろうか。

MSFの多くのスタッフはバックパック一つでやってくる。中身は着替えと日用品が中心だ。

私たちは現地で野宿をするわけではない。到着すると宿舎がすでに用意されていて、すぐに生活ができるようになっている。コンパウンド、もしくはゲストハウスなどと私たちは呼んでいるが、例えば若者がバックパック一つを背負って東南アジア等を点々と旅をする際によく利用する安宿を思い浮かべてもらえればイメージとしてはそう遠くはないかと思う。運が悪いとルームシェアを割り当てられることもあるが、通常は個室が与えられ、それ以外のバス・トイレ、キッチンは共同となる。

2010年、MSFから初めて任務を与えられたスリランカ派遣の際、それはもう大きなスーツケースで現地に向かった。当時のスリランカは内戦こそ終結していたが、「物がない」中での生活を想像し、日本の物をあれもこれも詰め込んだ。

いざ現地に到着すると、バックパック一つの最小限の荷物でやってきていたMSFのベテラン先輩たちを前に赤面した。

黒いパンツだけは持って行ってはいけない。紛争地赴任時の我がオキテ

2017年にイラク北部のモスルに赴任した際は、バックパック一つで出発した

洗濯物は全員分ごちゃまぜ、もちろん下着も

初回派遣でスーツケースに忍ばせた、最も無駄だったものは、100円均一のお店で購入した洗濯リング。MSFに参加をする前に3ヶ月ほど東南アジアの国々でバックパッカーの旅をしたことがあった。行く先々のゲストハウスで洗濯を干すのに不便な思いをしていたので思いついたのだが、MSFの宿舎には食事を作ってくれる人とは別に洗濯や掃除を担ってくれるスタッフがいて、洗濯リングは現地では全くの用なしに終わった。

洗濯のシステムは派遣先によって微妙に違う。

スリランカの宿舎ではバスルームに大きなバスケットが置いてあり、他人であるチームメイトが男女みな関係なく脱いだものを入れていた。

他人が脱いだものがバスルームに行く度に目についたり、ましてやそこに自分の脱いだものも投げ込むというのは少々、いやかなり抵抗があったが、他の先輩メンバー達は平然としているので、私も慣れるように気持ちを入れ替えた。

また、洗濯係のスタッフは高齢の男性で、洗濯機がなかったために大量の洗濯物を大きなタライに入れて全てを手もみ洗いしていた。ということは私の下着も彼が手もみ洗いをし、干して畳んでいるということだ。

何とも複雑な気持ちだったが、そこは彼の方こそ複雑だったかも知れず、それ以前に、お給料をもらっている以上はプロの心をもって任務を果たしていたはずだ。

黒いパンツだけは持って行ってはいけない。紛争地赴任時の我がオキテ

南スーダンではテント生活だった。洗濯場ももちろん屋外

洗濯物回収の光景はバーゲンセールさながら

その後もたくさんの派遣地を巡ったが、運が良い場所では、各部屋に自分専用の洗濯カゴがあり、入れていた洗濯物が夕方にはアイロンまでかけられた状態でそっくりキレイに戻ってくる。ホテルのサービスを受けているようだ。

ただ、他の多くの場所では、出した洗濯物をキレイに畳んでくれるところまではよいが、それらがまとめて一つの場所に集められる。男女ミックス15人以上の洗濯物が棚や大きなテーブルに展示のように並べられ、自分のものは自ら探し出して回収しなくてはならない。

私たちスタッフは仕事から帰ると、みなこの「展示場」へと向かう。そして始まる。自分のパンツ探しが。展示場はなぜかいつも見事に黒かグレーか白で埋め尽くされる。みなじっくりとその展示物を眺め、手に取っては戻し、また別の展示物を手に取っては戻す。スーパーでいかに新鮮な野菜かを選定している人のようだ。

せっかくキレイに畳まれていたのに、だれもが本当に自分のものかどうかを広げて確認するので、展示場はたちまちバーゲンセールのワゴン内のような惨状となってしまう。

自分が出した洗濯物がいつまでたっても展示場で発見できない時もある。まだ洗ってもらえていないのかもしれない、はたまたまだ乾いていないのかもしれない、などと理由を想像し、3日くらいは待つが、4日を過ぎたあたりから覚悟をしなくてはならない。自分のパンツが誰かの手元に渡っていることを。

質素であるほど、特徴がないほど、パンツや靴下は迷子になりやすい。そしてチーム内では「僕のパンツが、私の靴下が、行方不明です」といった伝言が飛び交う。

黒いパンツだけは持って行ってはいけない。紛争地赴任時の我がオキテ

イエメンに派遣された時の一枚。これだけの人数で一緒に暮らすので、洗濯物も混ざる

行方不明になったヒートテック、犯人は……

2017年のイエメン派遣の際、私のほかにもう一人日本人女性が医療チームにいた。ある日彼女が行方不明になった衣類の捜索をしていた。その衣類とは、黒のユニクロのヒートテックで、なんと犯人は私だった。厳しい冬の時期のイエメン派遣に備え、私も全く同じユニクロのヒートテックを日本から持ってきていたのだ。

15人分もの洗濯をいっぺんに行えば、取り違えが起きないわけがない。しかもなぜか紛争地に出向くMSFのスタッフは無彩色の衣類ばかりを持ってくる。なぜ無彩色を選んでしまうのか。荷物は質素なものを最小限に、という心理がそうさせるのかもしれない。

しかし、紛争地にだって派手なものを持っていってもいいだろう。

そんなことをぶつぶつとつぶやきながら、ショッピングモールで新しく買ってきたパンツをバックパックに詰め、アゼルバイジャンとアルメニア派遣に備えた。

(画像はすべて©MSF)

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PROFILE

白川優子

国境なき医師団(MSF)手術室看護師。1973年埼玉県出身。高校卒業後、坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校に入学、卒業後は埼玉県内の病院で外科、手術室、産婦人科を中心に約7年間看護師として勤務。2006年にオーストラリアン・カソリック大学看護学部を卒業。その後約4年間、メルボルンの医療機関で外科や手術室を中心に看護師として勤務。2010年よりMSF に参加し、スリランカ、パキスタン、シリア、イエメンなど9か国で17回の活動に参加してきた。現在はMSF日本事務局にて海外派遣スタッフの採用を担当。著書に『紛争地の看護師』(小学館)。

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