オトナの遊び心をくすぐるワイナリー 甲州「98WINEs」
文: 渡辺早織

誰かの特別な場所に行ってみたい。
生まれ育った土地。
初めて1人で旅をした場所。
子供のころに住んでいた国。
誰かの特別な場所に連れて行ってもらうことは、その人にとって自分もまた特別な存在になれたといえる気がする。
大きな幸せはいらないけれど、訪れた土地に一つずつ思い出を落としていくことができたならそれだけでいい人生だったと思える気がする。
思い出の場所を増やしたい。
今日の私は東京におさまることは難しそうだ。
いっそ、出掛けてしまおう。
思い切って車を走らせ東京を飛び出すことにした。
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その洒脱さに五感がうずきだす
凜とした秋のすがすがしい空気が道中を盛り上げ、紙芝居を一枚一枚ていねいにめくるように少しずつ変わっていく景色。私をどこに連れて行ってくれるのだろう。

山梨・塩山に到着。あたり一面に広がるブドウ畑
ほどなくして到着したのは山梨県甲州市の塩山福生里(ふくおり)。
広がるぶどう畑のさらに少し上、小高い山の上にぽつんとそびえるワイナリー「98WINEs」が今日の目的地だ。
ついて早速、ふしぎな魅力にぐわんとひきよせられた。
ここはヨーロッパ、はたまたオーストラリア? いや、たしかに日本でもある。
色々な要素をあわせ持つこの外観。
一体どんな人生を歩めばこの作品を作り上げる感性が養われるのだろう。
五感が勝手にうずきだすほど洒脱(しゃだつ)。
圧倒的な存在感を放つこのワイナリーで、どんなワインが生まれるのか気にならずにはいられない。
自然と真摯に向き合うワイン造り
今年の収穫と醸造作業はすでに終了、ですが98WINEsのオーナー平山繁之さんにワイナリーの中を見せてもらいました。

98WINEsオーナーの平山繁之さん(右)
「ここでは少し変わった造り方をしています。枝と実をわける通常の作業はあえてせず、樽(たる)の中に直接ぶどうをいれて足で踏みます」
ここでは化学農薬や殺菌剤を使用せず、ワインに負担のかからないようグラビティ方式(果実、果汁やワインの移動をポンプでなく自然の重力を利用しするもの)を用いるなど、ワイン造りは一貫してエコに徹している。
自然に寄り添うことで生まれる味とはどのようなものなのだろう。
「優しいと同時に複雑な味になると思います。管理はするけどコントロールはしない。なるべく自分たちのコントロールができないところにおくんです」
その年の天候や、今年はコロナなど、社会情勢によっても味は敏感に変わっていく。
今年はコロナ禍の中、より一層ひたむきにワイン造りをしたから真面目な味になっているかも。
ふふと笑いながら話してくれた平山さん。自然主体のワイン造りの醍醐(だいご)味を教えてくれた。
「自分たちが働いていてウキウキする仕事場になるように」と話してくれた通り、ワイナリー全体の設計は細部まで遊び心がゆきわたっている。
すべての蔵から富士山が見えるようつけられた窓。冒険心をくすぐる動線にもときめいた。
イタリアから取り寄せたという石畳の上にずらりとワイン樽が並ぶ醸造所も、ハンモックに揺られて甲府盆地を独り占めできるぬくもりのある2階のスペースもすべて特別な快適さに包まれている。

晴れた日には2階から富士山と甲府盆地を独り占めすることができる
大人と子供の境がなくなる場所。
せっかく見つけたお気に入りの秘密基地、今日だけは自分のものにしてもいい……?
ワインから溢れ出す優しい関係性
2階から下りると、さぁ飲みましょうと平山さんがワインを準備してくれていた。
ついにお待ちかねの時間。
「霜(SOU)甲州 WHITE」

「霜(SOU)甲州 WHITE」。グラスで300円(税込み)
清く透き通った白ワイン。
それは子供のころ初めて水晶を見たときに抱いた恍惚(こうこつ)感に似ていた。
いざ念願のワインを一口……。
驚いた。
想像以上にすっきりとし、飲み心地の良さは格別。
あたかも初めから体の中に入ることが決まっていたかのように、自然と私の内側を流れて体を優しく湿らせてくれるような感覚。
直球なぶどうの味わいは自然だからこそのインパクトがあり、気品があると同時にどこか野性味を携えている。
それでいて甘みや大げさなボリューム感などはまるでなく、どんな食事にも寄り添うことはすぐにわかる。
ひぇ~。
想像以上の真っすぐさに、私、たじろいでしまいそう。
でも、私の気持ちは確かです。
好き。
平山さんの作るワインの多くは見た目と香りと味にギャップがあって飲む前、そして飲んでからも何度もドキドキさせてくれます。
一番ギャップに驚いたのは、「穀(KOKU)マスカットベリーA RED」。

「穀(KOKU)マスカットベリーA RED」。グラスで500円(税込み)
たっぷりと濃い紅色にボリューム感のある香り。
どっしりとした味を想像していたら、なんてすっきりしているんだろう。
口に含んだ瞬間、ほとんど条件反射で「おいしい!!」と声が勝手に出てしまった。
奥の方から自然のエネルギーが喜びとともに湧き出てくるようなそれでいてほっとして力が抜けるような。
嬉(うれ)しくて楽しくてどうしても笑顔になっちゃう。
自分でも気が多いのはわかるの。
でもね、あなたのことも、好き。
人はギャップに弱いものだから今日ばかりは許してもらえないだろうか。
それにしても甲州やマスカットベリーAなどを使用した日本のワインは勝手に甘いイメージをもっていたが、平山さんのワインは総じて甘さはなく、とてもすっきりしているのが特徴だ。
「甲州ってズシッときちゃいけないと思ってて。テーマはクリーンさ」
口に入った時の清らかさ、繊細さを大切にしているそうで、まさにすべてのワインに体現されている。
平山さんの想いにぶどうが応えているというよりは、ぶどうの本質を平山さんがすくいあげているような……。ワインには自然と平山さんの優しい関係性が溢れ出ている。
最後に人生を変えてくれたワインを紹介したい。
「霜(SOU)ROSE」

「霜(SOU)ROSE」。グラスで300円(税込み)
こんなにも美しい色のロゼは初めて見た。
限りなく赤に近いロゼはどこまでも透き通り、まるでルビーのようなその輝きに吸い込まれてしまいそうになった。
情熱的で繊細で愛に溢れるこの色に特別な名前をつけたい。
「夕日に照らして飲みたくなるようなキレイな色ですね……」
かろうじて思いを伝えたら、そっと平山さんはボトルをもう一つ持ってきてこう教えてくれた。
「2本のボトルを合わせると、エチケットのデザインがグラスになるのですが、その中に太陽をいれてある。お日様が見たくなるようなワインだとまさに思いまして」
運命……ですか……?
私はこの瞬間を一生大切に抱えて、生きていくことにした。
このロゼと共に外の風を感じながら今日という日を締めくくりたい。
グラスが口に近づくにつれ、まるで初めてのキスのように唇に走る緊張感と集まる全神経。
これからあなたと添い遂げることを、ここに誓います。
自分の存在をすっぽり包んでくれるような、ほっとする大きな包容力。
「どんな食事でもものすごく合うんですよ。このロゼがテーブルにあるだけで華やぐし、もっと日本でもロゼが飲まれるようになってほしいと思っています」
このロゼを飲むと、その平山さんの描く未来はすぐそこに来ていると思わずにはいられない。
いつか大切な人と飲めますように。
3本のワインを買ってその日が来るまで大切にとっておこうっと。
なんて心が満たされる時間だったんだろう。
「僕たちだけじゃパーフェクトじゃないから98WINEs。色々な人と関わって100に、それが200になればもっと嬉しい」
その平山さんの言葉を頭の中で反芻(はんすう)させながら大きな幸福感と期待を抱えて帰路につきました。
出会いって面白いなぁ。
(文・渡辺早織 写真・林紗記 動画・佐瀬醇 スタイリング・村井素良)
お店情報
山梨県甲州市塩山福生里250-1
TEL 0553-32-8098

ジャケット 71,500円(全て税込み)、ブラウス 35,200円、スカート 63,800円 (EZUMi / Ri Design) Ri Design TEL: 03-6447-1264