大御所シェフのいつものごはん

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載「大御所シェフのいつものごはん」。今回の大御所シェフは、2度目の登場となるフレンチレストラン「アンクルハット」のシェフ依田輝明さん。オススメの店は神奈川・江の島にある 「LES FABLES bonjour(レ ファーブル ボンジュール)」です。

 

今回の大御所シェフ

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

依田輝明さん(よだ・てるあき)
1954年、長野県生まれ。調理師学校卒業後、東京・日比谷「松本楼」などを経て24歳で渡仏。5年間の滞在期間のほとんどをパリで過ごし、「ギー・サヴォワ」「ジャマン・ジョエル・ロブション」などの名だたる星つきレストランで修業した。帰国して東銀座「アンリー」、銀座「レ・ザンジュ」のシェフをつとめ、94年に南青山のスパイラル5階に「ラマージュ」を独立開店。2015年、同ビル8階に移転して「アンクルハット」と店名を変更。

 

オススメの飲食店

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

レ ファーブル ボンジュール
豚肉と新鮮魚介、地元野菜を使ったビストロワイン食堂。リーズナブルな価格で多彩なフレンチが堪能できるとあって、地元のみならず鎌倉などから足を運ぶ客も多い。

 

「ケチケチしない」驚きのコストパフォーマンス

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

江ノ電江島駅から徒歩1分、オープンキッチンの店内にはカウンターとテーブルで計19席。暖かい日はテラス席もおすすめ

依田輝明さん行きつけの2軒目は、趣味のボディーボード帰りに寄る江の島の「レ ファーブル ボンジュール」。実はこの店、依田さんの愛弟子が営むフレンチビストロである。

オーナーシェフの宮尾亮二さんは、依田さんと同じ長野県の出身。横浜の大学を卒業後、イタリアンで2年働き、次はフレンチを本格的に身につけようと求人誌を見て応募したのが依田さんの「ラマージュ」だった。面接は3度に及び、念入りに覚悟を問われて採用。

フランス料理のフの字も知らず、人より不器用であることを自覚していた宮尾さんは、調理師学校を出た年下の先輩に追いつこうと、がむしゃらに働いた。出勤は始発、帰宅は終電だったが、やることすべてが新鮮で、憧れのシェフと一緒の現場にいられるだけで幸せで、どんなにきつくても毎日が輝いていた。はじめて依田さんに魚の焼き具合を褒められたときのうれしさは、いまでも忘れないという。

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

大学では建築を学んだ宮尾亮二さんは、アルバイトで料理が好きになってイタリア料理店で働き、さらなるスキルアップをめざして依田さんに入門。「1日ひとつ新しいことを学ぶ」を目標に、帰宅後は料理書を読んで復習したそうだ

その当時を依田さんは、「明るくてガッツがあり、失敗しても、それをバネにして前向きに先へ進むタイプ。スタートは遅くても、伸びると思った」とふりかえる。

その後、28歳で渡仏した宮尾さんは、かの地で先人から脈々と受け継がれるビストロ料理に自らの方向性を見いだした。現在、店で出す料理には、江の島周辺の素材がふんだんに使えるという地の利以上に、5年間過ごしたパリで得た味のエスプリが息づいている。

その一例が、ブーダンノワール。昔ながらの豚の血のソーセージである.依田さんもパリで修業中、まかないでしょっちゅう食べていたそう。血と聞くとひるむかもしれないが、生クリームを相当量合わせるので口あたりが非常になめらかで、くせがない。

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

お菓子のような盛りつけのブーダンノワール。フランスから輸入の豚血を使い、煮込んだ豚足のほぐし身を少し加えてある

当初、宮尾さんは本場の作り方の通り腸に詰めていたが、さすがにどす黒くて太いソーセージの形状に抵抗を示す客が多く、テリーヌ型で焼くスタイルに変更した。下に敷いた自家製パンデピス(スパイスを利かせた伝統的な焼き菓子)、上にのせたリンゴジャムを一緒に口に入れると、甘みと香りで血の味がより洗練される。

最初に目を見張ったのは、圧倒的なボリューム感だ。ひと皿に分厚いスライスが4切れも盛られ、これで1500円。ブーダンノワールは手間がかかり、もっと薄いスライス1枚で2000円前後が通常のレストラン価格である。メニューを眺めてみると、どれもこれもあまりに良心的な値段で、再度驚いた。「ケチケチしない」のが、宮尾さんのモットーだ。

香りが弾け、うま味が追いかけてくる生ハム

ハムやソーセージ、パテやリエットなどの食肉加工品は「シャルキュトリー」と総称され、フランスではキュイジニエ(料理人)ではなく、シャルキュティエと呼ばれる職人が手がける。基本的にこれらは保存食だから、厳しい衛生管理を含め、専門的な知識を要する仕事だ。

フランス食文化の重要なジャンルとして、その技術も学んだ宮尾さんは、ブーダンノワールだけでなく、生ハムも手作りしている。使うのは、「信州オレイン豚」。名前の通り、血中の悪玉コレステロール抑制効果が高いとされる長野県産のオレイン酸含有量が多い銘柄豚だ。

長野県小布施町で、ももを1本のかたまりのまま塩漬け1週間、低温で2カ月寝かせ、その後24カ月熟成させてやっと完成する。春夏秋冬を2回過ごさせることで、ナッツを思わせる香りと、最上級のイベリコハムに匹敵するうま味を身にまとう。これぞ熟成のマジックだ。

「パリのビストロではじめて見てから憧れ、貯金をしてついに手に入れました」

カウンターの目立つ場所に置かれたイタリア製スライサーは、宮尾さんの宝物。生ハムは薄く切るほどふんわりと口どけがよくなり、0.25ミリという超極薄に切れるこのマシンは、宮尾さんにとって「生ハム界のフェラーリ」だ。

切り立ての断面はピカピカと光り、口に含むと瞬間的に香りが弾け、うま味が追いかけてくる。これだけのために、江の島に行く価値があるおいしさだ。

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スウェドリンガウス社製スライサー。ドイツ風の社名だが、イタリアのメーカー

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切りたてを季節の果物(このときは藤沢産の洋梨と柿)の上に山盛りに。生ハムの塩けと果物の甘みがとろけ合う。1300円

ダイナミックな厚切り 豪快なカルパッチョ

野菜好きの依田さんが必ず頼むのが、旬の野菜のテリーヌである。藤沢の畑で収穫したての野菜をモザイクのように取り合わせたもので、今回の材料は、色つき大根、ブロッコリー、ちりめんキャベツ、サトイモ、長ネギ、ゴボウ、シイタケ。冬野菜のシックな色合いが美しい。

2枚添えたサワラが、野菜の風味の引き立て役。スモークし、盛りつけ時に軽く焼くのでほんのり温かく、冷たいテリーヌとの温度差が舌に心地よい。付け合わせとはいっても厚手で、豪快だ。

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テリーヌとサワラ、両方の断面が美しく絵画のよう。ピンクペッパーの爽やかな香りがアクセント。1300円

意外だったのがソースである。甘くてクリーミーで、これまで体験したことのない味。なんと、西京みそと泡立てた生クリーム(乳脂肪分38%)を1対5の割合で合わせたものだった。

サワラの定番料理は西京焼きだから、ソースとの相性は申し分なく、野菜にもよく合う。「家でもかんたんに作れるので、蒸し野菜や魚のソテーに試してみてください」と宮尾さん。

宮尾さんの手にかかると、カルパッチョもボリューミーなひと皿になる。朝に仕入れた魚で作るので材料は日替わり、魚種と身の状態によって塩で軽くしめたり、そのまま生で使ったり、若干火を入れたりを臨機応変に決めている。

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キンメダイは相模湾産。塩で軽くしめてからバーナーの直火でまんべんなくあぶり、焦げ目をつける

今回は、キンメダイ。皮がおいしい魚なので直火であぶって黒く焦がし、香ばしさを加える。普通、カルパッチョといったら5ミリ以下に切るものだが、「薄いと味がわからなくなる」から、ダイナミックに厚く切り、量もたっぷり盛りつける。

藤沢のいろいろな野菜を混ぜたドレッシングをたっぷりかけ、ピリッと辛いワサビ菜を散らす。野菜のみずみずしい歯ごたえと、プリッとした魚の弾力とがからみ合い、材料の鮮度がさえわたる前菜だ。

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

ドレッシングは作りおきせず、そのつど切りたての野菜で作るので、食感も香りもフレッシュそのもの。1700円

 

あばら骨をつけたまま…… うま味たっぷり「岩中豚」

店の名物と呼びたいのが、1頭丸ごと仕入れる「岩中豚」だ。岩手県のSPF認定農場で飼育される銘柄豚で、脂が甘く、肉質はきめ細か。のど肉や足、内臓はパテに、もも肉はベーコンにと、部位をもれなく使い分けられるのが、1頭丸買いの利点である。半頭が2週間でなくなる人気ぶりだ。

ロース肉のローストは、依田さんイチ押しのメインディッシュ。2人前はとれる大きなかたまりで、あばら骨をつけたままじっくりと焼き、うま味の流出を最小限に抑える。付け合わせ野菜とソースはそのときどきでかえる。メニューは固定せずに、その日の材料と気分で自由に作れるのが「小さな店の特権」と宮尾さんは言う。

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

「岩中豚ロースのロティ」3200円。この日の付け合わせは白インゲン豆の煮込み、旬のキノコ入り赤ワインソースの組み合わせ

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

かたまりを2等分し、これで1人前。中心部はほんのりピンク、絶妙の焼き具合だ。白インゲン豆はフランス産を使うのが宮尾さんのこだわり

しめくくりのデザートは、依田さん絶対おすすめのモンブランを。藤沢産のクリを使った秋冬の限定メニューである。ラム酒とバターでコクを増したマロンクリーム、しっとりしたシロップ煮マロン、土台に敷いたサクサクのメレンゲにはパティシエ出身の相棒、最上剛さんの技術が発揮され、宮尾さんいわく「日本一おいしいモンブラン」。横には苦みのきいたキャラメルアイスクリームがふたすくいと、これまたボリューム満点だ。

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

マロンクリームのまわりとトップにはシロップ煮のクリをたっぷり、中心にもひと粒隠れている。メレンゲのサクサク感は作りたてのデザートならでは

「宮尾の料理には、真面目な性格がよく出ている。おいしいものを食べてもらいたいという気持ちを純粋に最優先して、手間と時間を絶対に惜しまない。あの根性はすごい」と、依田さんは顔をほころばせる。たしかに料理のはしばしには骨太な気概が感じられて、食べると元気になれそうだ。

レ ファーブル ボンジュールには、足しげく通う地元客が多い。「自分の料理を少しは認めていただいているようで、幸せです」と宮尾さんは笑うが、きっとみんなおなかを満たすだけでなく、心のエネルギーをもらいたくて通っているのである。

(撮影:小島マサヒロ)

あまりに良心的な価格 江の島で堪能、パリのエスプリが息づく美味

宮尾亮二さんと最上剛さん。元気に働くふたりの姿は、見ていて気持ちがいい

 

店舗情報

レ ファーブル ボンジュール
神奈川県藤沢市片瀬海岸1-3-18 1F
江ノ島電鉄「江ノ島」駅より徒歩1分、 湘南モノレール「湘南江の島」駅 より徒歩3分、 小田急江ノ島線「片瀬江ノ島」駅より徒歩8分
0466-52-5037
営業時間:ランチ11:30 ~ 15:00(L.O.14:00) / ディナー17:30 ~ 20:30(L.O.19:30)
定休日:月曜、木曜、年末年始、不定休あり *貸し切りは定休日も可
公式サイトはこちら

 

依田輝明シェフのお店

レストラン ラウンジ アンクルハット 表参道
東京都港区南青山5-6-23 スパイラル8F
地下鉄銀座線・千代田線・半蔵門線「表参道」駅より徒歩1分
03-3498-5798
営業時間:ランチ 12:00~15:00 (L.O.14:00) / ディナー 18:00~22:00 (L.O 21:00) / バー 18:00~24:00 (L.O.23:00)
定休日:不定休
公式サイトはこちら

PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』(ともに春秋社)など。

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