キネマの誘惑

「諦めの悪い人こそ、いとおしい」森山未來×武正晴監督インタビュー

数多くの映画賞を受賞した『百円の恋』から6年、武正晴監督と脚本の足立紳さんが再びタッグを組んだ映画『アンダードッグ』が現在公開中だ。前・後編合わせて4時間半を超える本作で、主演を務めているのが森山未來さん。日本チャンピオンのチャンスを目前で逃し、どん底の生活でもがき続けるボクサーを圧倒的な存在感で体現している。演じる面から、そして制作面からも圧倒的な熱量で挑んだ本作のエピソードを森山さんと武正晴監督にインタビュー。2人が考える“勝ち負け論”、愛すべき“負け犬論”について語ってもらった。

「諦めの悪い人こそ、いとおしい」森山未來×武正晴監督インタビュー

映画『アンダードッグ』の主演を務めた森山未來さん(右)と武正晴監督(左)【もっと写真を見る】

「森山さんが演じたことで、末永が生っぽく動き始めた」(武監督)

主人公は、元日本ライト級1位のボクサー末永晃35歳。7年前につかみかけたチャンピオンの座を逃し、“かませ犬”としてボクシングにしがみついて生きている。仕事はデリヘルの運転手、妻や子には愛想をつかされ別居し、借金まみれの父親と2人貧しい生活を送っている。夢、プライド、家族。全てに見放されたボロ雑巾のような男を、どう受けとめたのだろうか。

森山 とにかく言葉が少ない男なんです。1時間や2時間の物語なら、ただのハードボイルドでいいかもしれませんが、4時間超えの映画となると、無口の意味はカッコつけてるだけじゃすまされない。チャンピオンを目指しているけれど前に進めない、落ちぶれた生活がデフォルトになり、悔しさや歯がゆさにも気づかずに生きている。ただのクズじゃない、悲しいやつでもないし、イカれたやつでもない。諦めの悪さ、プライドや虚勢を張りながら生きる末永の心の機微をすくい取りたいと思いました。

 森山さんのさじ加減のおかげで、末永が生っぽく動き始めた。末永の人物説明がない中で、彼の日常や立ち振る舞いから本質がよく分かるんです。デリヘルの職場では気楽だけどボクシングジムだと気まずい、息子やカミさんには、つい甘えて本性をさらけ出してしまう。その使い分けがいとおしくて面白い。それが末永に近づきたくなる瞬間なんですよね。

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映画『アンダードッグ』より (c)2020「アンダードッグ」製作委員会【もっと写真を見る】

「本気で殴る・殴られる感覚を知るために、プロテストを受けた」(森山)

監督・武正晴×脚本・足立紳×ボクシング。「この組み合わせだけで、やりたいと思った」と話す森山さんは、プロボクサー役を演じるために撮影の約1年前から準備を始めた。プロと同じトレーニングやスパーリングを重ね、さらにはプロテストを受けていたことを明かす。

森山 日本ランク1位だったボクサーというのが、すごく引っかかっていました。そもそも格闘技をそんなに見たこともないし、やったこともない。型通りに動けたとしても、殴る・殴られる感覚を知らないといけないと思っていて。それで昨年の7月ごろかな、ボクシング指導の松浦慎一郎さんの元で一緒に練習していた松浦さんの奥さんから「プロテストを受ければいいのに」と言われて(笑)。でも、プロテストを受けられる年齢って34歳までなんですね。松浦さんに相談したら、8月になると僕は35歳になってしまうけれど、34歳のうちに応募したら35歳になってもプロテストが受けられると。こういう役でもあるし、最初で最後になるけどトライしてもいいかなと思ってやってみました。本気で殴らなきゃいけないし、殴られなきゃいけない。それを肌で知れたのは重要でしたね。

 撮影前に後楽園ホールに立てたのも大きかったよね。僕、森山さんのプロテストを見に行ったんですよ。劇中で、北村匠海くん演じる龍太がプロテストを受けるシーンがあるんですが、実はこれなんですよ。森山さんのプロテストを再現しただけ。「しっかり覚えとこう」と思って、観客席で座って見ていましたから(笑)。貴重なことではあったけど、撮影前でもあったから「森山さん、頼むからケガしないでくれ」と祈っていましたね。

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森山未來さん演じる末永晃(中央)と対戦する、大村龍太役の北村匠海さん(左)と宮木瞬役の勝地涼さん(右) (c)2020「アンダードッグ」製作委員会【もっと写真を見る】

「勝ち負け、売れる売れないじゃない。そこから何を感じたのか」(森山)

アンダードッグ=かませ犬。スター街道を進むトップ選手の陰で、踏み台になり敗者役を請け負う悲しい役まわりだ。チャンピオンへの夢にしがみつき、苦々しい現実の中で這(は)い回る末永。しかし、勝ちにこだわらない生き方にこそ本質があると2人は語る。

森山 最近の映画を見るお客さんは、ハッピーエンドとは逆、負けの物語をあまり見ていないんじゃないかと思います。それはそういう映画が少ないということでもあるんですけど。でも人の気持ちは、勝ち負けだけで動くわけじゃない。例えば映画の世界でも、「お客さんが入ったか、入らなかったか」という物差しはあるけれど、作品の良しあしはそれだけでは決まらない。売れなくても、素晴らしい作品は生まれているはず。売れることは大事だけど、どんな作りごたえがあったのか、やりごたえを感じたのか。それをどう感じて、前に進むのか。それは末永晃の物語とも共通するところで、見ている人はそれをどう感じてくれるのかなと思います。

 ボクシングという題材を選んでいる限り、勝敗が決着として待ち構えている。それに向かい続けるのが嫌だと思いました。僕らがこの時代にやるんだとしたら勝ち負けじゃなく、「この人、いい瞬間だな」と感じるところにいる人生もあることを示したかった。結果より、「ここがいい感じだよな」という瞬間が撮れたことで、満たされるものがあると伝えたい。森山さんがそういう芝居を見せてくれた瞬間に、「これだ」と確信が持てましたね。ああいう瞬間を生み出すために、積み重ねてきたんだと思います。

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映画『アンダードッグ』より (c)2020「アンダードッグ」製作委員会【もっと写真を見る】

「このままでは終わりたくない。諦めの悪さが僕らとつながっている」(武監督)

末永晃は、勝地涼さん演じるお笑い芸人の宮木瞬、そして北村匠海さん演じる若きボクサー大村龍太と戦う。3人とも境遇は違えど、過去やプライドに縛られた“負け犬”同士であることは間違いない。その諦めの悪さこそが、人間の愛すべき一面だと言う。

森山 末永がトラウマになっている日本ライト級タイトルマッチは、どちらが倒れてもおかしくない状況だった。相手は、たまたまロープがあったから立てたけど、末永にはロープがなかった。それだけなんです。誰かが転落していく理由を考えたとき、実力が無かったとか人間性がダメだったとか、理由を決めたくなるけど、瞬間に起こったことは何かのせいにできない。誰にも説明できないんですよね。そんな境遇の人が今いっぱいいて、コロナ以降は強まっていると思います。皮肉にも、それが今の状況なんですよね。

「諦めの悪い人こそ、いとおしい」森山未來×武正晴監督インタビュー

衣装協力:LAD MUSICIAN【もっと写真を見る】

 スポーツは紙一重。人生もそうじゃないですか、右か左か、どっちを選ぶかで大きく変わります。末永晃に寄り添いたい理由は、諦めの悪さなんですよね。本来なら負けて引退という世界で、ずっと居続けるふてぶてしさと諦めの悪さが、僕と(脚本の)足立さんの諦めの悪さにつながっているのかなと思って。「このままで終わりたくない」という思いが、足立さんの筆を走らせている。

末永を主人公に選んだからには、どこかいいところに連れて行ってあげたいんですよ。一瞬でいいから輝いて欲しい。それが僕らの映画作りであって、役割でもある。足立さんとシナリオを作ると、どうしても諦めの悪い人が出てきちゃう(笑)。弱さも含めていとおしくて、人間味があって。今の世の中だと、こういう人はすごく否定されるんだけど、僕らがそっち側の人間だから“よしよし”と頭をなでてやりたくなる。お客さんには、勝ちの話じゃないから、ちょっと我慢してもらわなきゃいけないんですけどね。

「諦めの悪い人こそ、いとおしい」森山未來×武正晴監督インタビュー

「森山さんのドンと構えて『来い!』という器の大きさのおかげで僕も本気を出すことができた」という北村匠海さん(右) (c)2020「アンダードッグ」製作委員会【もっと写真を見る】

“アンダードッグ”として、もがき続けた男のラストには何が待っているのか。約4時間半の戦いのあとに見えた景色は、ひときわ味わい深く胸に染み渡る。苦しい思いをしている人、負けて悔しい思いをしている人、どん底で這いつくばっている人。誰もが何かしらを抱えて生きる今の時代に、私たちの背中を押してくれる人生賛歌になるはずだ。

(文・武田由紀子/写真・花田龍之介)

『アンダードッグ』作品情報

キャスト:森山未來、北村匠海、勝地涼、瀧内公美、熊谷真実、水川あさみ、風間杜夫、柄本明 ほか
監督:武正晴
原作・脚本:足立紳
音楽:海田庄吾
主題歌:石崎ひゅーい「Flowers」(Sony Music Labels Inc.)
配給:東映ビデオ
製作:ABEMA 東映ビデオ 
2020年/日本/前編131分・後編145分/5.1ch/ビスタ/カラー/デジタル/R15+
(c)2020「アンダードッグ」製作委員会
11月27日(金)よりホワイトシネクイントほかにて[前・後編]同日公開
公式HP:underdog-movie.jp
公式Twitter:@Movie_UNDERDOG
公式Facebook:@movieunderdog #アンダードッグ

PROFILE

  • 「キネマの誘惑」ライター陣

    奈々村久生、西森路代、阿部裕華、武田由紀子、石川智也

  • 武田由紀子

    編集者・ライター。1978年、富山県生まれ。出版社や編集プロダクション、WEBメディア運営を経てフリーに。女性誌や親子雑誌、ブランドカタログの編集・ライティングほか、映画のインタビューやコラム執筆を行う。映画館で好きな席は、中央より少し後ろの端の席

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