水代百貨店

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

ブックカフェ「Hama House」を経営する水代優さんの連載「水代百貨店」。今回は、ビジネス書の編集者を招いて「同業者として嫉妬した本」を教えてもらう企画をお届けします。

ゲストは柿内芳文さん。光文社時代に『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を165万部を超える大ヒットに導き、その後も『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)、『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)などのミリオンセラーを手がけるヒットメーカーです。

柿内さんにとっての“嫉妬本”は、編集者として生きていく上での指針となったという二冊。その魅力を「体験価値」「没入感」「感情」「情報」などのキーワードから読み解きます。

 

プロフィール

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

柿内芳文さん(かきうち・よしふみ)
新卒で入社した光文社時代、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を皮切りに、ベストセラーを連発。星海社、コルクを経て、現在は独立。担当書籍に『嫌われる勇気』『ゼロ』『インベスターZ』『漫画 君たちはどう生きるか』など。

 

嫉妬した本

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

〈1〉『後世への最大遺物・デンマルク国の話』
内村鑑三 著/岩波書店/2011年

〈2〉『成りあがり 矢沢永吉激論集』
矢沢永吉 著/小学館/1978年

 

■関連記事

東洋経済新報社のヒットメーカーが嫉妬したビジネス書(佐藤朋保×水代優)

これからの経済はどうあるべきか? 議論の手がかりを与えてくれる四つの名著(井上慎平×水代優)

編集者の「役割」に気づかせてくれた本

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

水代 「ビジネス書編集者が同業者として嫉妬した本」という企画ですが、柿内さんにとってそれが何なのかを事前にうかがったところ、選ばれたのが内村鑑三の『後世への最大遺物・デンマルク国の話』。ちょっと意外な感じがしました。

柿内 実は、この依頼を頂いてから困ってしまって……。これまでビジネス書に嫉妬したことがないんです。……というと誤解されるのですが、思い上がっているわけではなくて。おそらく僕の場合、ビジネス書を作っているという意識が皆無だからなんだと思います。

水代 でも僕は起業してから、柿内さんが編集を担当された瀧本哲史さん(*)の『武器としての決断思考』などにものすごく影響を受けました。彼の著作は僕の中では紛れもないビジネス書ですが。

*エンジェル投資家として活動するかたわら、京大で起業論などを担当し人気講師に。著著に『僕は君たちに武器を配りたい』『武器としての決断思考』『武器としての交渉思考』など。2019年没。

柿内 何というか、ビジネス書というジャンルで本を作っている感覚がゼロに近いんです。僕の場合、面白い生き様や思想を持った人に出会ったら、それをコンテンツにして多くの人に広めたい!というのがまず根底にあります。そのパッケージとして最も優れているメディアが本と考えているだけで。

編集者としてこういうことを言ってしまっていいのか、わかりませんが……。僕、映画は大好きで生活に欠かせないけど、本はもともと好きでもなんでもありません。1年間読まなくても平気なくらい(笑)。

水代 えぇーっ! ではどうして編集者になったんですか?

柿内 新卒で出版社(光文社)に入ったのですが、たまたま父と兄が編集者をしていて身近な職業だったというだけで、積極的に選んだわけではないんです。内定が出たのも大学4年の秋でギリギリ引っかかった感じ。だから、最初のうちは本作りの仕事に意義が見いだせなくて。そういうぼんやりしていた23、24歳の頃に出会って、衝撃を受けたのが、この『後世への最大遺物』です。

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

『後世への最大遺物・デンマルク国の話』
普通の人間にとって実践可能な人生の真の生き方とは何か.明治27年夏期学校における講演「後世への最大遺物」は,人生最大のこの根本問題について熱っぽく語りかける,「何人にも遺し得る最大遺物――それは高尚なる生涯である」と.旧版より注・解説を大幅に拡充し,略年譜を新たに付した.「デンマルク国の話」を併収.改版(岩波書店HPより

柿内 この本に出会って、自分の編集者としての軸が定まったんです。人の生き様や思想を「文化的遺伝子」、ミームとも言いますね。人の命、つまり「生物的遺伝子」には限りがありますが、「文化的遺伝子」はコンテンツ化することで永遠の命を与えられます。その「文化的遺伝子」を、「後世への遺物」として読み継がれるように広めていくのが、編集者としての自分の役割だと。

だから、嫉妬というよりはめちゃくちゃインスパイアされた本として選びました。これまで数十冊は買って、配りまくっていますよ。文庫で540円なので、買いやすいんです(笑)。

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

本作りの指針は「強度」と「体験価値」

水代 僕も読みました。キリスト教思想家の内村がどんな高潔な話をするのかと思いきや、いきなり「われわれが後世に遺すべきものは『お金』だ」と語り出す(笑)。「え?」ってなりますよね。

柿内 そうなんですよ。「お金」という俗な話題から始まる。この冒頭のつかみがすごい。

水代 でも「お金」を貯めるのはひとつの才能だし、遺し方によっては害をなす。だから「お金」を遺せない人は「事業」を遺しなさい、と言う。でも事業をやるにも、才能と社会的な地位が要る。それらがない人は「思想」を遺しなさい、と。それでも「思想」を語ったり教えたりすることは、誰でもできるものではない。そんなお金も事業も思想もないという人でも、後世に遺せるものがある。それが「勇ましい高尚なる生涯」であり、どんな人でも遺せるからこそ「最大遺物」なんだと。

柿内 この一連の展開が完璧なプレゼンになっていて、内村の思想、キリスト教の精神もしっかり盛り込まれている。ただ、それでいて、感情が揺さぶられるような高揚感と、読み終えた後のカタルシスがある。コンテンツの強度がトータルでものすごく高いんです。

強度の高い本は、価格以上の「体験価値」を読者に感じさせることができます。僕がこの本を選んだもうひとつの理由がそれ。コンテンツの「強度」と「体験価値」は、僕が本を作る上での指針であり、それを高めることを理想としています。

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

水代 体験価値というのは、期待した以上の情報や知識を得られるということですか?

柿内 「情報」というのはコンテンツの要素としてはもちろん重要です。しかし「情報」を得られたというだけでは、体験価値が高いとはいえません。それこそ要約サイトに頼ればいい。重要なのは、そこに筆者の「感情」を加えること。そして読者の「感情」をも引き出すこと。「情報」と「感情」の両輪がかみ合った本は読書体験の強度を引き上げます。たとえば、水代さんが愛読してくれているという『ウェブはバカと暇人のもの』は、その良い例かもしれないですね。

水代 柿内さんが編集された、ネットニュース編集者の中川淳一郎さんの出世作ですね。僕も大好きな本です。

柿内 当時「WEB 2.0」という言葉とともに、ウェブがこれからの社会を建設的に発展させるものとしてもてはやされていました。ところが中川さんの目に映っていたのはそれとは対照的な光景だった。彼は仕事柄、著名人のブログや掲示板などネットの話題が生まれる場所を日常的に観察していたわけですが、そこでのユーザーたちの行動はまさにこの本のタイトル通りのもの。だからこそ彼は、識者が語る高尚なウェブの話に疑問を持っていたし、ネットユーザーに対してもものすごくイラついていました。

その中川さんのイラつきや憤りという「感情」を盛り込んだことで、『ウェブはバカと暇人のもの』はコンテンツとしての強度が高まった。仮にこの本の「情報」だけを伝えるなら、極端な話、2ページもあれば十分です(笑)。でもそれだけでは、読者の心を揺さぶれません。

矢沢永吉が目の前にいるかのような「没入感」

水代 著者の人間味という観点で言えば、この『後世への最大遺物』を読んでいると、内村の話しぶりなどもそうだし、(満場大笑)(拍手喝采)というト書きなどからも、彼の人柄や会場の熱気などが伝わってきます。

柿内 彼の話を会場の最前列で聴いているかのような「没入感」を味わえますよね。この没入感が、体験価値を考える上で重要なんです。

映画の例で恐縮ですが、「Netflix」が登場したとき、感動して一時期ハマっていました。これだけのタイトルが好きな時に好きなだけ見られるなんて、中学時代の僕が見たら泣くな、と(笑)。ところが、次第に飽きていきました。

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

水代 どうしてですか?

柿内 電車での移動中などすきま時間に映画を見ると、途中途中がブツ切りになってしまいます。あと、画角も大型スクリーンからスマートフォンの手のひらサイズになってしまう。ストーリーは理解できる、つまり情報は得られるのだけれど、没入感が薄まるから映画としての体験価値はものすごく低い。そのことに気づいたんです。

水代 確かに、映画館の空間とスクリーン、音響が総合的に相まってあれだけの没入感が得られるというのはありますよね。

柿内 映画と本は形態が全く異なりますが、僕は、最高の環境で質の高い映画を見たときのような没入感を本で実現したいと思っています。それこそ「読みふけって、いつの間にか時間を忘れていた」というような体験です。

そういう意味で、もうひとつインスパイアされた本があります。この『成りあがり 矢沢永吉激論集』です。

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

『成りあがり 矢沢永吉激論集』
広島から夜汽車に乗って上京した少年。ポケットにはアルバイトで貯めた5万円しかなかったが、胸には熱く燃える大きな固まりがあった。「おれは音楽をやる、星(スター)になる!」。その少年はいま、願い通り星になった。星の中の星、スーパースターに。だがここにあるのは、うつろな星のささやきではない。くやしさも、みじめさも、すべて吐きだし、泣いている、笑っている、叫んでいる。この一冊はそのまま矢沢永吉の歌なのだ。(紀伊國屋書店ウェブストアより

 

水代 ええっ! 内村鑑三の次は矢沢永吉!?

柿内 見出しから圧倒されますよ。

“成りあがり 大好きだね この言葉 快感で鳥肌が立つよ”

“なんで金がないんだろう どうして両親がいないんだろう 口癖は おばあちゃん おもしろくない”

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)


水代
 見出しがまるで一編の詩のような(笑)。

柿内 矢沢永吉のキャラクターが存分に表現されていて、本当に目の前で喋っているみたいじゃないですか? 思わずのめり込んでしまう。

水代 このインパクトのある装丁も含めて、彼の独特の世界観に引き込まれますね。

瀧本氏の遺作は内村本へのオマージュ

柿内 話し言葉で書かれた本では、この2冊が僕の中ではツートップです。そして、この2冊と肩を並べる本を作りたいと思って出したのが、瀧本さんの『2020年6月30日にまたここで会おう』。瀧本さんが亡くなられた悲しさのなか、編集者の自分には何ができるだろうかと考え、編集した1冊です。

水代 瀧本さんの、2012年に東京大学で行われた「伝説の講義」を書籍化したものですね。

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

柿内 瀧本さんとは「武器シリーズ」と名づけた本を一緒に作ってきましたが、初めてお会いした時から、本当に面白いのはあのキャラクターだと思っていたんです。語尾が聞き取れないような、まくしたてるしゃべり方とか。頭の回転が速すぎて、思考に口が追いついていないのだと思いますが(笑)。

この本では、そんな瀧本さんのキャラクターも表現して、まさに東大の教室で本人の授業を最前列で受けているような体験価値が得られることをめざして作りました。

水代 (『2020年6月30日にまたここで会おう』を見ながら)(大笑い)や(会場、大拍手)というト書きも、『後世への最大遺物』に通じるライブ感がありますね。

柿内 お気づきになりましたか? この本は、内村鑑三へのオマージュなんです。

水代 この本、タイトルもすごいですよね。「2020年6月30日」って日付がメインですから。

柿内 正直、こんなタイトルは会社の企画会議に上げようものならすぐ却下されます(笑)。「中身がわからない」って。でも、瀧本さんの「強さ」を考えた時、それがいちばん表現されていたのがこの「2020年6月30日にまたここで会おう」という言葉だったんです。

水代 先ほども「コンテンツの強度」というお話がありましたが、著者の「強さ」がコンテンツの強度を高める上で重要なんですか?

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

柿内 そうですね。その著者の「強さ」を発見し、引き出すことが、編集者である僕の仕事だと思っています。

水代 これまでミリオンセラーを何冊も世に送り出していますが、その著者の「強さ」を引き出すことが、ヒットの秘訣でもある?

柿内 いえ、ヒットするかどうかというのは、しょせん僕にもわかりません。わからないから、そこはむしろ考えないようにしています。

ただ、ヒットの秘訣ではないのですが、僕自身が心から好きだと思えるコンテンツはだいたい世間的にも支持されています。たとえば、今でいえば『鬼滅の刃』の面白さをずっと周囲に語りまくっていますし、4年前、2016年の個人的なナンバーワン映画は『君の名は。』でした。「面白いなぁ、これはすごいなあ」と思っていたら大ヒットした。大衆受けするものが好きなんです。というより、僕が好きなものが大衆受けするんですね。

この平均的な日本人の感覚というか、「1億人の読者」を代表しているという立ち位置は、僕が編集者としてずっと大事にしているものです。いわば「プロの素人」という立ち位置。そこの感覚が狂ったら編集者として終わりとすら思っていますね。

本はNetflixより優れている!? 「体験価値」を高める二つのスパイス(柿内芳文×水代優)

水代 その「1億人の読者」の代表という立ち位置から、著者の「強さ」を見出していくわけですね。

柿内 僕の後ろに「1億人の読者」がいると信じて、著者の「強さ」がコンテンツとして成立するギリギリのラインを狙ってミットをかまえる。著者には読者のことは気にせず、僕がかまえたミットをめがけて思いきり160キロの豪速球を投げ込んでほしい。その結果、強度の高いコンテンツができれば、あとは知らん!というくらいに開き直っています(笑)。

水代 僕が影響を受けた瀧本さんの本の数々も、柿内さんのどっしり構えたリードの賜物だったんですね。瀧本さんは残念ながら鬼籍に入られましたが、まさしく彼の「文化的遺伝子」は「後世への遺物」となってこれからも読み継がれていくでしょうね。

(構成・堀尾大悟 撮影・野呂美帆)

あわせて読みたい

東洋経済新報社のヒットメーカーが嫉妬したビジネス書(佐藤朋保×水代優)

これからの経済はどうあるべきか? 議論の手がかりを与えてくれる四つの名著(井上慎平×水代優)

水代百貨店:連載一覧はこちら

PROFILE

水代 優

1978年生まれ。愛媛県出身。2002年より株式会社イデーにてカフェやライフスタイルショップの新規出店を数多く手掛ける。2012年にgood mornings株式会社を設立。東京・丸の内や神田、日本橋浜町を始め、全国各地で「場づくり」を行い、地域の課題解決や付加価値を高めるプロジェクトを数多く仕掛ける。

世界を取ったクラフトビール 水墨画を意識した「伊勢角屋麦酒・ペールエール」

一覧へ戻る

今読むべきは進化心理学ベースのビジネス書 人間の本質を描いた2冊の名著(柳瀬博一×水代優)

RECOMMENDおすすめの記事