競合多謝

“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

創業は「長篠の戦い」(1575年)の頃。400年以上続く老舗の餅屋だ。その21代目が奇策に出る。酒税法改正(1994年)で小規模醸造が可能になったことを機に1997年、突如地ビール(クラフトビール)造りを始めた。その張本人、二軒茶屋餅角屋本店代表・鈴木成宗さんは「微生物の研究が趣味だっただけ(笑)」とニヤリ。屋号は「伊勢角屋麦酒」とした。

創業初期からビールの国際大会に出展し、2003年、日本企業初の「Australian International Beer Awards」金賞を皮切りに、世界で最も歴史あるビール審査会「The International Brewing Awards 2019」で「ペールエール」が2回連続金賞を受賞するなど、その活躍は華々しい。

日本のクラフトビール市場は今なお規模が小さく、成熟が待たれる段階だが、既に世界の頂点を見てきた鈴木さんに、国内に尊敬する同業者はいるのだろうか。尋ねてみると、1823(文政6)年創業の老舗酒造会社、木内酒造合資会社が96年に立ち上げた「常陸ネストビール」の名が挙がった。しかも「ライバルと言うのさえもおこがましい」と言うほどの敬服ぶり。常陸ネストビールのすごさの秘密と、そこから見えるクラフトビール業界の可能性を鈴木さんに聞いた。

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“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

鈴木成宗(すずき・なりひろ)

1967年、三重県伊勢市生まれ。東北大学農学部卒業後、戦国時代から続く家業の餅屋「二軒茶屋餅角屋本店」を継ぎ、1997年に「伊勢角屋麦酒」の屋号でクラフトビール事業を開始。自ら「発酵野郎」を名乗り、その酵母愛が強すぎるあまり、40代半ばで大学院に進み、事業のかたわら研究にも邁進(まいしん)したほど。著書に『発酵野郎! 世界一のビールを野生酵母でつくる』(新潮社)。
 
 
 

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常にど真ん中をついてくる「常陸ネストビール」

――常陸ネストビール(以下、ネストビール)のすごさを初めて実感したのはいつでしょうか。

鈴木 1999年に「Great American Beer Festival(GABF)」という、アメリカで行われる国際大会の審査員としてネストビールの木内洋一社長と一緒に日本から派遣されたんです。海外大会で審査員を務めるのは、私は初めてで。現地でいろいろな話をしたのですが、ブランディングにしろ、品質の審査体制にしろ、弊社よりもはるかに先を行っていました。

とくに驚いたのは、木内社長の持っている情報量の多さ。ワインの輸入会社で働いていた経験があるためか、ナマの海外事情にも非常に精通していて。一方、私は伊勢の片田舎で餅を作っていた餅屋のせがれですから、私が地面から物事を見ているときに、かなたの大所高所から見ているんだなと。しかも持っている情報を独り占めするのではなく、「鈴木くんもこういうのを見ておいたほうがいいよ」と教えてくれる。私より11歳年上なのですが、父親と話しているような年の差を感じました。

ビールの品質も、もちろんすばらしくて。今では四十カ国近くに輸出されていて 、おそらく日本で一番多くの国に渡っているクラフトビールではないかと思いますが、当時からすでに海外の審査員たちから「オウルビール(ふくろうビール)」と呼ばれて知名度もありました。その光景を目の当たりにして「いつかこんなふうになりたい」と思った記憶があります。

“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

 

――ネストビールのすばらしさを説明すると?

鈴木 クラフトビールを飲んだことがある方なら、「ピルスナー」「ペールエール」などといった単語を耳にしたことがあると思います。クラフトビールには、ホップの種類や発酵の方法などによって味や香りを分類する「スタイル」と呼ばれる種類が100種類ほどあり、さらにその下にサブスタイルが細かくあります。木内酒造さんの常陸ネストビールでは、ペールエール、ネストラガー、ホワイトエール、ヴァイツェンなどの定番スタイルから、米こうじを使った特殊なセゾン・ドゥ・ジャポンという変わり種までいろいろなスタイルのビールを出されていますが、どれを飲んでもど真ん中にバチッとハマっているんです。

たとえば、人気のホワイトエールは、コリアンダーやオレンジピール、ナツメグなどフルーツやスパイスなど多種類の原料を使っていますが、とてもバランスがいい。クラフトビールのつくり手というのは往々にして、目立ちたいがために奇をてらう方向に行きがちなんです。苦味や香りなどの何かの要素が突出する傾向にあって、個性といえばよく聞こえますが、見方を変えればオフバランスで飲みにくいということになりかねません。その点、木内酒造さんはきちんと全体をまとめていて、技術的な安定感では群を抜いています。

“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

――そのすごさを支えているのは何なのでしょうか。

鈴木 大きくは二つあって、一つはブランディングがしっかりしているところです。あの目力のあるフクロウのラベルを覚えている人は多いと思いますが、あの印象的なラベルに表れているように「ほかと自分たちはこう違う」という差別化のポイントを最初から明確に打ち出していました。もう一つは、狙ったものをつくれる技術力。ビール醸造は、ブルワー(ビール醸造士)がまず「こういうビールを作りたい」というイメージを固めます。その最初の段階では、かなりクリエーティブに物事を発想していきます。でも、できあがったイメージを形にする過程は、非常にサイエンティフィックな積み上げなんですね。

ビールづくりについて簡単に説明すると、まず主な原料は麦芽、ホップ、酵母、水の四つ。これに香りを出すための副原料が適宜加わります。工程は、まず麦芽と温水で「麦汁」を仕込み、ホップを加えて煮沸します。次に酵母を入れて発酵させ、最後は寝かせる「貯酒」という工程を経て、場合によっては濾過(ろか)して完成です。四つの原料の種類と配合、製法を工夫することで多種多様なビールが生まれます。

そこでブルワーが最終的に苦味をこのぐらいにしたいと思ったら、ビールの苦味成分となるα酸がどのくらい含まれているホップをどのタイミングでどう入れれば、その苦味になるか。最終糖度をこのぐらいにするとしたら、発酵前の麦汁の比重をどのぐらいにして、どういう酵母でどのように発酵させ、どの程度のアテニエーション(発酵度)で終わらせるかといった複雑な組み合わせを緻密(ちみつ)に積み重ねていく作業になります。

最近は、ともするとマーケティングを重視しがちで、どれだけ衝撃的なインパクトを市場に与えられるかというところから入ってきているブルワリーが多い気がします。「こういう味にしたい」という思いは強く感じるのですが、そこに到達するまでの積み上げがなくて、どこかのステップがガサッと抜けていたり、何か大きく間違っていたりして、失敗している。その点、木内酒造さんは狙ったところは外さないという、技術力の確かさを端(はな)から持ち合わせていましたから。

“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

――数あるネストビールのうち、これまでで一番印象に残っているものは?

鈴木 まだ試作段階だったときに、木内社長のご自宅に泊まって飲ませてもらった「ニッポニア」ですね。日本で開発されたビール麦の原種「金子ゴールデン」と、日本で育種されていたホップ「ソラチエース」という日本オリジナルの材料を使って木樽で熟成させたもので、2010年に発売されています。飲んだときに木樽の香りがして「ああ、これはすごい」と。長く酒づくりをやってきたところならではの発想だと衝撃を受けました。

ビールのスタイル名には、ドイツ生まれの「ジャーマンスタイル」とかベルギー生まれの「ベルジャンスタイル」といったように発祥地にちなむものが多くありますが、いまだに「ジャパニーズスタイル」はありません。今でこそ、ジャパニーズスタイルを確立したいと思っているブルワリーは多いと思いますが、10年前からネストビールはそこに向かって具体的に取り組まれてきている。「日本の中でどうやって売っていこう」という意識しかなかった当時の私にしてみれば、「世界」という非常にグローバルな視野でもって「日本」を打ち出そうとしているところに、はるかかなたを歩んでいると映りました。

 

現在の「定番」はすべて異端から始まった

――当時から10年以上の経験を積まれてきたわけですが、今はどんな思いでいますか。

鈴木 弊社がマーケティングに真剣に取り組み始めたのも最近のことで、いまだ背中さえ見えていないですね。ただ、ネストビールが王道を行くなら、伊勢角屋麦酒のものづくりには、自分たちならではの思いをのせていきたいと思っています。その意味でいうと、これまでも自分たちがつくっているビールが「ベストなビールだ」と思える瞬間はありました。

たとえば国際的な審査会で賞を取ったときも、それは「勝った」「負けた」というより、自分たちが目指してきたポジションに、その瞬間だけは立っているという感覚。クラフトビール業界は、日本酒の世界と違ってすごくオープンな世界で、一気に情報が飛び交います。ワールドビアカップでも、受賞した銘柄のつくり方を解説する本がすぐに出版されるぐらいですから。それだけ見たところで簡単にはできるものではないですが、賞を取った瞬間から追われる身になるんです。

私たちは絶対的な技術力を核にして、伝統的なものを今風によりよくしたい。さらに自分たちしかできない新しい技術には常に挑戦していきたいと思います。同じ古い家業を持つメーカーではありますけれど、ビールに対する感覚は木内酒造さんとは違っているかもしれません。弊社は、これまでかなり変なことをやっていますから。

“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

――「変なこと」というと、たとえばどんなことですか。

鈴木 伊勢の自然環境から酵母を採取して、ビールをつくるというむちゃをやっています。じつはビールの世界というのは、テロワール(土地の風土を生かした特徴)を打ち出しにくいんです。ワインは、原料がブドウという、基本的に輸送に向かないものを使うので、作物ができたところで醸造するのが基本中の基本です。

一方、ビールの原料は麦芽、ホップという乾燥させた材料なので、世界中どこでも輸送がききます。だから気候風土とはあまり関係がないんです。そこで、少しでも地域性を出すためにみかんや桃などの果物や、お茶などの地元の副産品を加えることが多いのです。でも天然酵母となると、努力が報われる確率は極めて低くて、たまたま運よくいいものに当たるぐらい。しかも二度と同じものには出会えないですから、たとえ納得のいくビールができたとしても一期一会です。

“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

「ヒメホワイト」は、伊勢角屋麦酒のオリジナリティーを感じさせる一本。鈴木代表が伊勢市内で採取した天然酵母を使ったベルギースタイルのホワイトビールで、コリアンダーと天然酵母の香りをメインに、柚子の皮のかすかな香りをアクセントに加えている。(画像提供:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)

――でも、そこがクラフトビールづくりのおもしろさでもあるのでしょうか。

鈴木 そうですね。ビールは発酵熟成期間が短いので、どんどん新しいものに挑戦できます。ワインや日本酒のように収穫時期に左右されず、年中同じ条件で原料はそろいますから。加えて、ブルワーが自分のインスピレーションの中でものづくりをできるところもクラフトビールづくりのよさです。もちろん、企業として「ここは絶対に外さない」というガードレールは必要ですが、その範囲内であるかぎり、少々飛び出してしまってもあまりうるさく言いません。その中から時折、かなりイノベーティブなものが生まれてくることがありますので。

これまでの歴史を振り返っても、新しいスタイルが生まれる瞬間ってすべて異端なんです。今でこそペールエールにしても、ホワイトエールにしても定番になっていますが、世に出た瞬間は間違いなく常識から外れていたはずです。そうした常識にとらわれないビールがいくつも生まれる中で、選択淘汰(とうた)されて残っていったのが今の定番なんだと思います。ですから、自分たちは淘汰されるものであってもかまわないので、ギリギリまで攻めてみたい。今手に入るものと同じものしかつくれないのだったら、別に自分たちでなくてもいいというのが私自身の思いです。

多様性にあふれ、可能性に満ちているクラフトビール業界

――クラフトビールのブームは、一度1990年代末に終わっています。今またクラフトビールの業界が盛り上がっていますが、かつての失敗を繰り返さないためには?

鈴木 当時は「地ビール」と呼ばれ、弊社が創業した97年までの4年間に200社以上のブルワリーが次々生まれたのですが、当時は技術的に未熟なところも多く、「うまい、まずい」以前に品質に問題のあるクラフトビールも多かったんです。「なんか変だな」と感じる香りや味のことを「オフフレーバー」と言いますが、それには必ず原因があるんですね。伊勢角屋麦酒もつくり始めの頃に、業界トップの方に試飲してもらい、ずばり指摘されたことがあります。そんなおいしくないビールを飲んで、消費者がもう一度飲みたいと思うはずがない。それが下火になった一番の理由です。

2000年前後に底を経て、次に業界がぐっと盛り上がり始めたのが、2008〜2010年ころ。その頃までには品質が低いところは淘汰され、業界全体のレベルがそろってきたと思います。さらに底上げをするため、私は2016年からこの春まで全国地ビール醸造者協議会の理事を務めていたのですが、その間に品質審査会をスタートさせました。

多くの審査会は、基本的に専門家がテイスティングする官能評価だけで行いますが、この審査会がほかと違うのは、酒類総合研究所に依頼して、基礎的な理化学な数値データも取り、成分分析を行うところ。化学的なデータと官能評価の結果の両方をフィードバックするようにしました。

しかし残念なことに、強制力はないので、本当に問題のあるところは出してきてくれない。あと精緻(せいち)な数値データを渡しても見方がわからないというブルワーも多くて、講習会を開きました。結局、審査会を作ってみてわかったのは、どんな受け皿があろうがなかろうが、勉強していいものをつくろうというところは一生懸命やるということです。

“世界を究めた男”が敬服するクラフトビール界の雄 洗練されたブランディングで「ジャパニーズスタイル」確立に直進

――2018年にまた酒税法が変わり、参入障壁がさらに低くなりました。最近では、大手ビールメーカーもクラフトビール市場に参入してきていますが。

鈴木 そうはいっても日本のビール市場の中で、クラフトビールが占める割合は総販売量の1%を超えた程度です。まだニッチもいいところで、伸びる余地が大きいので、横で連携して業界全体を盛り上げていこうという気持ちのほうが、みなさん強いと思います。

クラフトビールにはスタイルが100種類ほどもあるように多様性があって、突き詰めていくと必ずぶつかるというような世界ではないんです。一つの頂点に向かってまわりから大勢が登るのではなく、「うちはここの山を登っている」「あそこはあっちの山を目指している」というように、いろんな山があるイメージ。新しいことに挑戦できる可能性に満ちているので、お互いに高い山を目指そうと手をつなげるのかもしれません。今後は、そんなクラフトビールの多様性の一端を担うとともに、その楽しさをもっと日本中に広めていきたいですね。

(構成=澁川祐子 写真=林紗記)

 

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