銀座・由美ママ 男の粋は心意気

与えた恩は忘れ、受けた恩は忘れてはならない

  • 文 伊藤由美
  • 2017年1月5日

  

  • 銀座「クラブ由美」オーナーママ・伊藤由美

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 新年あけましておめでとうございます。迎えたこの2017年が、みなさまにとってよい年になることを心よりお祈り申し上げます。

 さて「懸情流水 受恩刻石(情を懸けしは、水に流し、恩を受けしは、石に刻むべし)」という言葉があります。これは仏教の教えにある言葉で「他者にかけた情け(与えた恩)は水に流して忘れる。他者から受けた恩は心の石に刻みこんで忘れてはならない」という意味ですね。恩を売る、恩に着る、恩を返す……。日常生活やビジネスなど私たちの人付き合いにはさまざまな形で恩がかかわっていますが「懸情流水 受恩刻石」とは、その恩についての考え方、応対の仕方の教えということになるでしょう。

 ところが、これがなかなか難しく、私たちはこの教えとは逆のことをしてしまいがちです。かけた情けのほうを石に刻み、受けた恩は水に流して忘れてしまう。つまり、してあげたことばかり覚えていて、していただいたことは忘れてしまうのですね。でも、やってあげたと思うのではなく、してもらったことを忘れずに何かの形でお返しします。

 自分のサポートによって、相手が窮状を脱したというようなときでも「今回はあなたのために無理をしたから貸しにしておく」などと恩着せがましいことを言わず「困ったときはお互いさま。少しでもお役に立ててよかった」とサラリと言ってのける。そのような人にこそ相手は「この人には何かお返ししたい」と思うでしょう。

 そして、もし立場が逆になった場合は、助けてくれた相手の恩を忘れずに、何かの形でその恩を返そうとする。そういう人は誰からも損得なしに「手を差し伸べてあげたい」と思ってもらえるでしょう。恩とは、受けた相手が感じる感謝の気持ちなのですね。貸しをつくるため、見返りを得ようとするため、感謝されようとするためといった行為は恩にはなりません。それは相手のためではなく、自分のために行う計算高い「取引」でしかありませんよね。

 売った恩は忘れてしまうくらいでいい。いえ、忘れてしまったほうがいいのです。「そんなことあったかな」と自然なやさしさや思いやりの行為は、それこそ自分が忘れた頃に何かをもたらしてくれるものなのです。

 恩という文字は「因」に「心」と書きます。因とは人が四角い布団に寝ている姿を表しています。寝ることは人間の基本。つまり、因には「元になる」「基本となる」という意味があります。そして、その下に心の文字で恩。ですから恩とは「人としていちばん基本となる慈悲の心や恵みの思い」という意味があるのですね。

 また、人としての基本は心の上に存在するという別の見方をすれば、恩とは「自分は人々の慈しみに支えられて存在していることを知る心」ととることもできるでしょう。恩の本質は慈しみの心であり、それはまさに無償の愛なのです。純粋な気持ちのやりとりから生まれる心の結びつき。売った恩は忘れ、受けた恩には報いるのです。それこそが本当の恩なのだと思います。

 次回は1月19日の配信を予定しています。

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