オトコの別腹

<特別編>幼い頃の“甘い記憶”がよみがえるあんこ 中村吉右衛門さん

  • 2017年7月21日
  • 「つぶあんよりもこしあんのほうが好き」という中村吉右衛門さん

  • 「鍵善良房(かぎぜんよしふさ)」の「甘露竹(かんろたけ)」(水ようかん)

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 「男子禁制」だった昭和の厨房(ちゅうぼう)。「入ってはいけないよ」と言われていたのですけれども、幼かった私は、“ばあや”の裾につかまりながら台所にくっついて行って、小豆を煮る後ろ姿を眺めていました。甘い香りに鼻と期待を膨らませて、あんこができるのを今か今かと待っていたものです――。“ばあや”こと杉村たけは、私の祖父であり養父でもある初代・中村吉右衛門の家に行儀見習い(お手伝い)として住み込み、私たちきょうだいの世話をしてくれた、第二の母のような存在です。

 ある日、“担ぎ”をしているばあやの親戚が、東京の家に野菜を届けに来てくれました。いまの人はご存じないかもしれないけれど、昔、女性が自分の背丈ほどもある荷物を背負っては、野菜などを売り歩いていた。その人たちのことを、担ぎと呼んでいたのです。

 野菜の中には小豆も入っており、ばあやが煮て、あんこにしてくれました。ただ、子どもだった私は、あんこは小豆を煮出した汁でつくるものとは知らなかった。煮終えた小豆をあんこだと間違えてつまみ食いしたら、まずい上に、ばあやに見つかって怒られたこともありました(笑)。これが、自分の中にある、甘いものの最初の記憶かもしれません。当時、砂糖は貴重で少量しか使えなかったでしょうから、そこまで甘くはなかったと思うのですけれど、こういう思い出もあって、あんこが好きです。

 私はつぶあんよりもこしあんのほうが好きです。当欄でご紹介した「鍵善良房(かぎぜんよしふさ)の甘露竹(かんろたけ)」。子どもの頃から食べている思い出の味で、竹に穴を開けて吸い出すように食べるのがおもしろい。冷やすことで竹に水滴がしたたり、涼しげなのもいいのです。おいしいだけではなく、涼も取れる。和菓子というのは、よく考えられたものだと思います。

 歌舞伎界では、ごひいきの方に何かお配りする際にも和菓子が重宝されます。役者さんの名前や紋にちなんだものを送ることが多いのですが、私の場合は、家紋のアゲハチョウの焼き印をどら焼きに入れたり、チョウチョウの形のまんじゅうを差し上げることもございます。

 和菓子は、特に季節を大切にしていると思います。旬のものを使うほかにも、年中行事にも深い関わりがありますね。私は洋菓子も食べますけれども、和菓子のそういうところが好きですね。

 一方で、昔は限られた季節にしかなかった食材が、いまでは年間を通して見られるようになりました。トマトやキュウリは、かつては夏にしかありませんでしたから。季節を感じられる機会が昔ほど無くなったかもしれませんね。

 歌舞伎の作品には、季節や旬のものが多く描かれています。興行名でもお正月の「初春」や芝居のお正月である11月の「顔見世」など四季の移り変わりを実感できます。私にとりましては、毎年9月が特別な月で「秀山祭(しゅうざんさい)」の公演をさせていただいております。この公演は初代吉右衛門が句作に用いた俳名「秀山」を冠し、初代の芸を顕彰することを目的にしたもので、初代の亡くなった祥月(しょうつき)なのです。

 公演で体力を使うときには、やはり、甘いものがいいですね。若い頃はジェリービーンズに凝っていたこともありましたが、年を重ねて再びあんこに戻ってまいりました(笑)。日本の食文化もだいぶ変わっていますね。

 和菓子などの日本特有の食文化や四季の行事、伝統文化は、ご興味のない方には不可欠なものではないかもしれませんが、ぜひ残していきたいものです。そういったものから、日本人としての誇りを感じ、芽生えさせていくものではないかと思うのです。そのなかに、歌舞伎もあればと。私としては、絶やしてはいけないものだと思って、やらせていただいております。

    ◇

なかむら・きちえもん 歌舞伎俳優。1944年生まれ、東京都出身。66年、二代目中村吉右衛門を襲名。2011年に重要無形文化財(人間国宝)に認定。日本芸術院会員。歌舞伎界を代表する立ち役の一人。松貫四の作者名で自ら筆をとるなど幅広い活躍をみせる。

◆9月1日から25日まで、東京・銀座、歌舞伎座で「秀山祭九月大歌舞伎」に出演。例年、初代・中村吉右衛門が得意としてきた役、ゆかりの演目を上演している。今年は、町人と侍の対立を描いた『極付幡随長兵衛』では幡随院長兵衛を、源平時代に生きる人々の忠義と恩愛を描いた『ひらかな盛衰記 逆櫓』では、義仲の家来である樋口次郎兼光を演じる。チケットWeb松竹

「長兵衛は、町人たちが『親分』と慕う存在。度量の広さを持ちつつも、妻子に別れを告げるときには涙を流し、一方で、侍と対峙(たいじ)するときには度胸を見せるなど、いくつもの側面を持つ難しい役です。樋口も初代の当たり役。しかし、大変に暴れまわる、立廻りの多い、体力的にもとても大変なお役です。そして、夜の部では私が松貫四の名で筆をとりました『再桜遇清水』が13年ぶりに上演され、監修という立場で携わらせていただくことになりました」

(聞き手・構成:石川裕二 写真:山田敦士)

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