大御所シェフのいつものごはん

高級魚がまさかの価格に! トップパティシエが通い詰める麴町の名店

  • 文 畑中三応子
  • 2017年11月27日

  

「世界一グルメな国」と呼ばれるようになった日本。このまれにみる豊かな外食文化を支えてきたベテラン料理人は普段、どんなお店でどんな食事を楽しんでいるのだろうか。卓越した技術・味覚・知識を持つプロフェッショナルの日常食は、やっぱりちょっと違うのである。

今回の大御所シェフ

  

島田 進さん
「パティシエ・シマ」「ラトリエ・ド・シマ」主人。クレームブリュレ、クレームダンジュ、生チョコなど、数々のヒット菓子を世に広め、ブームの基礎を築いた日本のトップパティシエ。画家志望だったが、渡仏目的で働いた日本最初のフランス菓子専門店「A.ルコント」で魅力に取りつかれ、以来フランス食文化を菓子で発信。その功績がたたえられ、2005年フランス政府から農事功労賞シュバリエを受勲。クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ会長、フランス料理アカデミー日本支部理事など要職を務め、2017年「現代の名工」に選ばれた。

島田進シェフも常連 魚好き御用達の名店

  

 本格的なフランス菓子を手がけて、なんと約半世紀になる島田さんは、今も現役バリバリの職人。朝から厨房(ちゅうぼう)でスタッフの仕事に目を光らせ、自らも仕込みに余念がない。

 ランチタイムは島田さんにとって、一息ついて英気を養う大切な時間だ。

「パティシエ・シマ」のある麴町は、大人がくつろげる美味な店が多いエリア。厨房を出て90歩で行ける「汐風」は、長年通う大のお気に入りだ。

「船宿割烹」と名乗る通り、産直自体がまだ珍しい1968年の創業時から、漁師や漁港から直送の魚だけを使って、産地でしか食べられないような「本当においしい魚料理」を提供している。

 釣り好き、魚好きに、つとに有名な店だ。

夜なら1万円超え!? 1100~1200円で高級魚の定食

  

 ランチは、その日に届いた魚で4、5種の定食が組まれて、1100円または1200円。夜はコース料理が中心で、ひとり1万円は見ておきたい店だから、この値段で旬の新鮮な魚が食べられるのは、昼ならではの特権だ。

 魚はおもに伊豆半島と伊豆七島、外房から送られてくる。もちろん、天然物のみ。養殖の魚はいっさい使わない。

 伊豆諸島部で獲れるヒメダイ、ウメイロ、アオダイ、オナガなど、漁獲量が少なくて市場には出回らず、釣り人に珍重される高級魚がランチにお目見えするのも、魚好きにはたまらない。

 これからの季節は、外房のサワラが塩焼きで登場する。“魚”へんに“春”と書くサワラだが、春が旬なのは関西地方で、関東では締まった身に脂がよくのる「寒鰆」が好まれる。

皮が輝く美しいイワシ 口中に広がる梅の風味

  

  

 刺し身盛り合わせ、煮魚、焼き魚、揚げ魚とそろうなかで、本日、島田さんが選んだのは、「イワシの梅煮定食」。

 これは、真の魚好きらしい通なチョイス。なぜなら、一見すると地味な煮魚は、仕込みに時間がかかり、火加減や味付けの機微に板前の腕が出るからだ。この梅煮も、作るのは1日がかり。

 今年はサンマが不漁で、小型で痩せていることは大きなニュースになったが、反対に、最近は漁獲量がめっきり減っていたイワシが記録的な豊漁で、水揚げ時期も通年よりずっと長いそうだ。

 いい年のサンマよりもっとぷっくりと太って、脂がこってりのった魚体は見ほれるばかり。これほどのイワシは、長時間煮て脂を落としても、まだ食感はしっとり。大きくてもさっぱりしているので、「2匹するすると平らげられて、胃にもやさしい」と島田さん。刺し身や塩焼きでは脂が強すぎ、こうはいかない。

 イワシは、まず酢で下煮をする。こうすることで酢が骨のカルシウムをやわらげ、臭みが取れる。そうしてしょうゆと砂糖、梅干しでコトコト炊く。梅干しの酸で、口中で存在を感じないほど骨が柔らかくなり、梅の風味がイワシのうまみを引き上げてくれる。

 栄養豊富な青魚を余すことなく食べる、和食の知恵が詰まった総菜だが、最近は圧力鍋で時間を短縮するのが主流になり、「汐風」のような昔ながらのやり方は珍しくなった。

 長時間煮ても身崩れがまったくなく、皮がつやつやと輝いて美しい。脂の残し方も絶妙。これがプロの技だ。

食感と香りが違う 天然カンパチの漬け

  

 ご飯は茨城産のコシヒカリ、味噌汁は新潟のこうじみそ。焼き魚と煮魚の定食には、小鉢に刺し身がつくのが心憎いサービスだ。

 本日の小鉢は、分厚いカンパチの漬けが3枚。デパートやスーパーで売っているカンパチは昨今、たいがいが養殖なので、食感と香りがまったく違う。

 それにしても、島田さんの食べっぷりはお見事。大御所といえども、休憩時間は1時間以内だから、店選びの条件は、すぐに出てくること。そして、オーソドックスな料理が、厳選された素材を使って、きちんと手作りされていることだ。

島田さんの食事は迅速かつ美しい。「いい素材で作られた料理を食べると、午後も元気いっぱいで仕事ができます」

 思えば、煮物やみそ汁、漬物といった普通の総菜が、しみじみおいしい定食に出会えることが少なくなった。そもそも、修業を積んだ板前のいる店が少なくなってしまった。

 ミシュランで星が付くような高級店はともかく、和食の店は職人不足なのである。というより、コンセプトとマニュアルありきで、アルバイトだけで賄えるような店が主導的になった外食業界の構造が、職人を減らしている。

「汐風」28年の店長 当たり前のこだわり

船宿割烹汐風 麴町店、店長の田村晋介さん

「汐風」に入って28年になる店長、田村晋介さんのこだわりは、「板前のいる店ならではの、ちゃんとした味を出す」ことだ。

 当たり前に聞こえるが、和食の修業は厳しくて、魚を一人前に扱えるようになるには10年かかる。同じ刺し身でも、腕の立つ板前が切ったのと、アルバイトが切ったのでは、その差は歴然。この当たり前が、ありがたい。

 夜は、キンメダイのしゃぶしゃぶ、クエ鍋などのコース料理に腕を存分にふるう田村さんだが、ランチのために朝は8時から仕込みを始める。「ちゃんとした味」とは、料理にかける目に見えない手間だ。

 島田さんの手になるシックでエレガントなフランス菓子の裏側にも、地道で膨大な手間仕事が集積する。だから職人技の価値をだれよりも知っている島田さんは、違いを求めて「汐風」に通い続ける。

(撮影・森カズシゲ)

              ◇◇◇

■PROFILE
畑中三応子(はたなか・みおこ)
編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル 1970-2010』(紀伊國屋書店)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。

■店舗情報
船宿割烹汐風 麴町店
東京都千代田区麹町2-4-16 1F
*地下鉄麹町駅3番出口より徒歩7分
03-3265-6097
ランチ:11:30-14:00  営業:17:00-22:30
定休:日曜日、祝日
http://shiokaze.co.jp/

■大御所シェフのお店
パティシエ・シマ(PATISSIER SHIMA)
東京都千代田区麹町3-12-4
*地下鉄麹町駅3番出口より徒歩3分
03-3239-1031
10:00~19:00(月~金)/ 10:00~17:00(土・祝)
定休:日曜日
http://www.patissiershima.co.jp/

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