小川フミオのモーターカー

あこがれの米国車、オールズモビル「トロネード」

  • 世界の名車<第194回>
  • 2018年1月9日

最初期の1966年型で基本的にこのタイヤを強調したクーペのシルエットは70年まで続いた(写真提供=ゼネラルモーターズ・ジャパン)

 “最も美しい米国車”というと、ひとによって選ぶクルマは多岐にわたるだろう。欧州では、オールズモビル(ゼネラルモーターズのブランド)が「トロネード」を発表したとき、このクルマを1966年の欧州カーオブザイヤーの3位に選出した。

リトラクタブルランプを備えた67年モデルは基本的に66年モデルとおなじ(写真提供=ゼネラルモーターズ・ジャパン)

 「トロネード」はぼくが物心ついて初めて“カッコいいなあ”と思ったクルマだ。全長5.4メートルの堂々たるサイズの2ドアボディー。そのぜいたくなシルエットに、なめらかなボディー面がみごとに合っているではないか。

66年モデルのインテリアは外観ほど“未来的”ではないが、すり鉢型のステアリングホイールスポークなど魅力的(写真提供=ゼネラルモーターズ・ジャパン)

 正面はクロムのグリルに独特の形状を持ったバンパーが眼をひく。当時は“これこそ未来だ!”と思ったものだ。側面にまわると15インチのホイールを収めたタイヤハウスが力強さを強調している。

 1960年代のオールズモビルは、「4-4-2」というスポーティーなモデルも持っていたものの、どちらかというと、フォードなどライバル社のヒットを後追いしたような製品を作っていた。

 そこに“青天のへきれき”のごとく登場したのが、「トロネード」である。ビル・ミッチェルが率いるゼネラルモーターズのデザイン部門でデイビッド・ノースが手がけたスタイリングの斬新さに誰もが驚いた。

静止から400メートルを走りきるのに16.4秒しかかからない性能などから67年モデルの広告には「ロケットアクションカー」とある(宣伝には「マーキュリー計画」の関係者も登場していたとか)(写真提供=ゼネラルモーターズ・ジャパン)

 もうひとつこのクルマの特徴はメカニズムにある。37年のコード「810/812」(これも最も美しいと評価されている米国車の1台)以来、米国車として初めて前輪駆動方式を採用したのだ。

 初期モデルは385馬力の7リッターV8というエンジンを搭載していた。欧州でもここまでパワフルなエンジンを搭載した前輪駆動車は存在しなかった。

 オールズモビル(というかゼネラルモーターズ)のエンジニアは、メカニズムがコンパクトに収まるとか軽量化できるといった前輪駆動のメリットに注目していたようだ。

おそらく、雨のなか車輪が接地性を失わないかを確認する“ハイドロプレーニングのテスト”を行っている66年モデル(写真提供=ゼネラルモーターズ・ジャパン)

 「トロネード」はカーブを曲がるときに外側にふくらみがちになるといった前輪駆動車のクセも少なく、結果、自動車専門誌などからも高い評価を得ることに成功した。

 いっぽうでエンジンやギアボックスはボディーフレームに直接載せず、サブフレーム方式とした。それによって振動が直接、車内に伝わらないよう配慮したのだ。

67年モデルになるとインテリアの雰囲気がだいぶ変わっている(写真提供=ゼネラルモーターズ・ジャパン)

 米国車をこの連載でとりあげるのがむずかしいのには理由がある。毎年“フェイスリフト(見た目を変えるマイナーチェンジ)”を行っていたからだ。「トロネード」もぼくが大好きなのは66年モデルと67年モデルで、次の68年モデルになると顔つきが初期型とまったく違ってしまう。

フロントマスクのイメージが大きく変わった69年モデルではメッシュのグリルが回転式になっていてヘッドランプが現れる(写真提供=ゼネラルモーターズ・ジャパン)

 この頃は自分が幼かったこともあるが、「トロネード」の斬新さは当時の“あこがれの米国”を象徴していた。

 「マーキュリー計画」についで「アポロ計画」が進んでいたり、サンフランシスコを中心にヒッピーによる「サマー・オブ・ラブ」のムーブメントが起こっていたり、いろいろな面で“先を行っている国”という印象の米国。

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 クルマが国のシンボルになる時代がかつてはあったのだ。それこそオールズモビルが満を持して送り出した「トロネード」だった。

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