ローカルヒーロー

ローカルヒーロー:カフェ『MP(ミサキプレッソ)』の店主・藤沢宏光さん

  • ミネシンゴ
  • 2018年1月9日

 東京に住まい、東京で働くということ。いま、自分の暮らし方を考えて、朝晩ずっと東京に身を置くことに違和感を覚える人も少なくありません。美容師から会社員を経て、自身が編集する美容文藝誌「髪とアタシ」をはじめとした、カルチャー誌の編集者として生きるミネシンゴさんもそのうちのひとり。東京を拠点に仕事をしながらも、8年間住んでいた逗子から三浦へ移り住んだミネシンゴさんが、新しく出会う人や街の景色は、これからの暮らし方をそっと教えてくれます。

    ◇

ぼくが移り住んだ町は「消滅可能性都市」

 ぼくは根っからの神奈川人であって、東京で働いていたことはあっても、住んだことがある町といえば、神奈川県だけ。ベッドタウン生まれのベッドタウン育ちで、学生の頃の買い物先といえば横浜。藤沢の高校に通っていたから、町田とか大和とか、小田急線にも馴染みがあるし、もちろん東京にだって行く。神奈川はなんとも便利で、生活するにも、なにをするにも不便に感じたことはなかった。東京との「ほどよい距離感」も神奈川のいいところで気に入っている。相模原とか西湘方面とか、「ここも神奈川なんだなあ」という地域もたくさんあるけど、閉ざされた感覚はまったくなくて、人との繋がりも、ゆるく長く連なっている。不便というのは結局、駅までのアクセスとか、商業施設があるとかないとかの話で、本当の「不便さ」はどこにあるんだろう、なんて思っていた。

  

 つい最近、8年住んだ逗子から、三浦市三崎に引っ越した。「これまた不便なところに」と思ったでしょう?

 8年前、横浜から逗子に引っ越した当時は、友達がひとりもいなくて、寂しくて毎日飲み屋に行っていた。そこで出会ったオトナたちは、その町が好きで、新聞にもネットにも載っていないおもしろい情報をたくさん話してくれた。

 もちろん、メディアに載るような特ダネなんてもんじゃないから、載らないのは当たり前なんだけど。でも、そんな町の人の話を聞いて、言葉のキャッチボールを続けていくうちにこの町のことを少し知れた気がした。あの店の〇〇さんが飼っている犬が珍しい犬種でね、とか、やっぱりカレーを食うならあの店が一番美味い、とか、30年前この通りは全部森だったんだ、とか。

 ぼくにとって「勝手にシティプロモーション」をしてくれる地元民の存在は、町の情報誌よりもはるかにおもしろく、密度の濃い情報だった。

 そんな「町の活きた話」をしてくれる人のことを、勝手に「ローカルヒーロー」と呼んでいて、どの町にも必ず名物親父とか、地元に愛されている女将とか、猫とか、いろいろいるんだろうと思う。その土地のローカルヒーローたちは、町にとって必要不可欠な存在なんだと、いつしか思うようになった。

  

 ぼくが移り住んだ三浦市は「消滅可能性都市」と言われている。年間500万人もの観光客が来ているこの町でも、未来が危ないらしい。少子高齢化のスピードも加速している中、ここにも、もれなくローカルヒーローたちが住んでいる。

 そんなローカルヒーローに出くわすことが、今のぼくにとって最高の愉しみになっていて、逗子に引っ越した当時を思い出すかのように、日夜、三崎を徘徊している。

 美容師として4年間、東京、神奈川の美容室で働いてきた。毎日のように不特定多数の人と接し、どんな人が来ても臨機応変に対応し、「髪」という人の身体の一部に触れてきた。東京の美容室には全国からさまざまな人が訪れていたが、地元民が多く通う鎌倉の美容室であることに気付いた。

 町は「人でできている」と。

 町の課題や、だれだれとの人間関係や、新しいお店ができたとか。美容室はその町の「ポータル」になっていた。ポータルはちなみに「port(港)」からきているらしい。

 ぼくはお客さんの名前と顔を一致させるために、英単語を覚えるときに使う例の「ペラペラ」に表には名前、裏にはその人の特徴を書き込んだ。ここに来ているお客さんの情報を知っていれば、もしかしたら町のことを広く知れるかもしれない。本気でそう思っていたし、500人近く集めた「マイカルテ」のおかげで、小さな情報をたくさん知れるようになった。

 美容師を辞め、今は編集者となって自分で出版社を営むようになった。美容師時代に築いた「人たらし」の能力は、今まさに発揮されている。どんな場所でも、どんな人でも、自分が今まさにそこに居て誰と出会っているのか。その出会いを正直に受け止めて、つながりを想像する。分断ではなく、つながりを。

 町の人に寄り添うことで、自分の暮らしにどんなことが起きるのか。きっと、あなたの住む町にも、自分だけのローカルヒーローが存在するはず。

 この連載は、「ぼくのローカルヒーロー」を『孤独のグルメ』のように味わい、町のことを知っていくものになりそうだ。

  

 第一話 : 目の前は港。地下室から生まれる新しい音楽。

 三崎漁港前にある「三崎銀座通り商店街」の一角に『MP(ミサキプレッソ)』というカフェがある。店主の藤沢宏光さんは、音楽プロデューサー。三崎に引っ越して来る前は、東京に住み毎日バリバリと音楽業界で仕事をしていた人。東京で忙しい毎日を送る中で、ふと14年前に三崎に引っ越したという。

 当時は三崎にいながら東京まで往復3時間かけて通勤していた。その後、『MP』を作ってからは東京で仕事をしていても、ずっとお店のことが気になってしまって東京にあまり行かなくなったという。カフェを始めて、2年ほど経った2012年末に仲間と「ミサキドーナツ」を開店した。ドーナツで町が変わるのか、なんていろいろな人に言われたみたいだけど、藤沢さんには確信があった。町にとっての「余白」みたいなものがカルチャーをつくり、新しい風を吹かせることができるのだと。

  

  

 ぼくが三崎に引っ越して一番杯を交わしているのは、藤沢さん。港の前の自宅地下室は、藤沢さんの隠れ家的スタジオになっている。音楽スタジオって、なんだかとってもワクワクする。ギターもピアノも弾けない、譜面も読めないぼくでも、ワクワクするんだから音楽って偉大だ。夜な夜な、そこで新曲制作をしている姿を見ると、ついここが三崎だということを忘れてしまう。

  

 『かもめ児童合唱団』という地元の合唱団のプロデュースをしていて、先日も藤沢さんから「新曲ができかかっている」と連絡をもらってスタジオに行った。幼稚園生から中学生まで、幅広い子供で構成されているこの合唱団は、社会風刺をテーマにした曲や、思わず大人がホロっと泣いてしまう曲まである。A4用紙に書かれた歌詞を目で追いながら、ビール片手に口ずさむ。

  

ミネ:「いいですね」

藤沢:「だろぅ」

 二人で何度も何度もデモを聴いて、嬉しそうに、楽しそうにギターを持つ。ぼくはなにもできないから、細かい会釈をするようにリズムを取る。この曲ができたら、あんなことをしよう、こんなことをしよう。地下室から漏れ出た音楽が、少しずつ町に溶けていく感じがした。石塚真一の漫画「BLUE GIANT」の主人公がJAZZに心打たれたように、地下室で聴いたこの音楽にぼくも心を打たれてしまった。ぼくにもなにかできるんじゃないかって、力が湧いた。

 その日、なんだか二人ともいい気分になって、近くの焼き鳥屋でホッピーを飲んだ。毎日飲んでるけど。

  

 そもそも藤沢さんとの出会いは、こちらから一方的に挨拶に行ったことから始まる。「ミサキドーナツ」はぼくが住んでいた逗子にもあって、評判のお店だった。そのお店のオーナーが三崎でカフェをやっていると知人から聞いた。ドーナツ屋さんのオーナーとしか思っていなかったから、音楽プロデューサーと聞いたときは「やっぱりこの町にもローカルヒーローがいる」と嬉しくなった。

  

 三浦半島先端の小さな町で、まだ見ぬ新しい音楽が生まれていると思うとワクワクせずにはいられない。「先端」っていいじゃないか。端っこでもあるけど「先端」。たったひとりの人間から始まるストーリーに、無限の可能性を感じてやまない。よく町を歩いて、飲み屋で知り合った人と杯を交わし、誰とでもしゃべる。出会いに感謝して、その人の「言葉」によって、力が湧いたり、謎が解けたり、考え込むこともある。普段「フツー」に生活していると、それらの言葉たちがもたらした「気付き」にも、気付けない自分になってしまう。そこには敏感でいたいんだ。

 不謹慎かもしれないけれど、「消滅可能性都市」という言葉が好きだ。なんだかいてもたってもいられなくなる字面で、学級委員気質なぼくにとって、燃える言葉だ。消滅してたまるか。勝手に消滅させるな。数字上、消滅の可能性があるかもしれないけど、そう簡単にはいかないよ。

  

 「ヒーローになりたい」。男の子だったら、誰しもが一度は思ったことがあるだろう。救世主や英雄はこの世の中に突如現れることはないけれど、ローカルヒーローは、いる。ぼくにとってのヒーローは、横浜にも逗子にもいた。三浦市にも、きっともっといるはずだ。

 ぼくもヒーローにはなれないけれど、たったひとりの誰かのヒーローになりたい。

 海の匂いに混じりながら、あっちこっちでローカルヒーローがいる匂いがする。

 次は、どんな人の言葉に出会えるだろう。

  

筆者プロフィール

ミネシンゴ

ミネシンゴ

夫婦出版社アタシ社代表 編集者
1984年生まれ、神奈川県出身。
美容師、美容雑誌編集者、リクルートにて美容事業の企画営業を経験後、独立。
「美容文藝誌 髪とアタシ」、渋谷発のメンズヘアカルチャーマガジン「S.B.Y」編集長。
渋谷のラジオ「渋谷の美容師」MC。web、紙メディアの編集をはじめ、ローカルメディアの制作、イベント企画など幅広く活動中。
8年住んだ逗子から、三浦半島最南端の三崎に引っ越しました。
アタシ社の蔵書室「本と屯」を三崎の商店街で12月にオープンさせた。
・Twitter
https://twitter.com/mineshingo
・アタシ社
http://www.atashisya.com/

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