インタビュー

名優に「おいぼれ!」 子どもたちと作る自由な世界 映画『ライオンは今夜死ぬ』

  • 文・ライター 宮田文久
  • 2018年1月19日

インタビューに答える諏訪敦彦監督=高橋敦撮影

 年が明けて半月が過ぎ、早くもフレッシュだった気持ちがなえ始めた人もいるかもしれない。そんな人におすすめの映画が公開される。

 映画『ライオンは今夜死ぬ』は、海外で人気の諏訪敦彦監督8年ぶりの新作だ。フランスの名優で、ゴダールやトリュフォーなど、フランスの先鋭的な監督たちに愛されてきた孤高の俳優ジャン=ピエール・レオーを主演に迎えた。少年期に映画史に残る名作『大人は判ってくれない』でデビューした彼も、現在は老境に達している。

 南仏を舞台に、劇中でも俳優を演じるレオーと子どもたちが偶然一緒に映画を撮ることになる物語。印象的なのは子どもたちの“自由”さ。フィクションであることを観客が一瞬忘れるほど、“映画内映画”をつくろうとする子どもたちは、元気いっぱいに駆け回り、意見をたたかわせる。その楽しげな様子は、観客である大人たちの心を刺激してやまない。

 諏訪さんに、作品で描かれた「自由」について聞いた。

孤高の俳優と、子どもたちの共演

映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

 「『ジャン=ピエール・レオーという存在を撮りたい』という欲望がまずありました。それとは別に、子どもとワークショップをやっていた経験から、子どもと一緒にお話を考えて映画をつくったら面白い、という思いもあった。そのふたつの欲望が自然に一体化していったんです」

 諏訪さんが物語の舞台に選んだのは、美しい風景が広がる南仏、コート・ダジュールだった。

映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

 主人公の老年の俳優、その名もジャンが映画のリハーサルをしているものの、トラブルのため再開まで数日かかることになる。その数日間を使って旧友に会いにいくことにしたジャンは、かつて愛した女性が住んでいた古い屋敷に立ち寄る。

 そこでは、自分たちで映画をつくっている子どもたちがいた。最初はいがみ合っていたジャンと子どもたちの距離はやがて近づき、子どもたちの映画にジャンが出演することになる。

ジャンがかつて愛した女性、ジュリエット役のポーリーヌ・エチエンヌ 映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

 「おいぼれ!」と子どもたちはレオーをののしり、キレたジャンが思い切り手元のリンゴを子どもたちに投げつける――ほほえましいやりとりは、その虚実の境目がわからない。だからこそ、ジャンと子どもたちが戯れ合うみずみずしさにあふれている。

映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

 「レオーと子どもたちは、対等にやりあっているっていう感じがします。彼にとっては、(子どもたちは)役者として自分を脅かす存在です。子どもは子どもで、彼が伝説的な俳優だなんて知りませんから(遠慮はない)。いくら芝居とはいえ、あれだけいわれたら彼もちょっと本気で怒っていたのかも……。あんな風にリンゴを投げつけるとは思っていなかったですから(笑)」(諏訪さん)

主演のジャン=ピエール・レオー 映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

子どもたちがもたらす“革新”

 諏訪さんは今作の撮影にあたっても、実際に南仏の子どもたちと映画制作ワークショップを行ったそうだ。

 「子どもたちによって映画に革新がもたらされていく瞬間がある」。そう諏訪さんは語る。

 「ほとんどの場合、映画のなかの子どもは、大人が見たいものを見せる道具にされてしまうのですが、時折、それを裏切っていく子どもたちがいます」

 その“裏切り”は、演者としての子どもたちだけに限らない。たとえば諏訪さんは、日本国内で行われている「こども映画教室」に講師としてここ数年参加してきたが、そこでは「監督」という役回りを決めないで制作させたという。

 映画は監督のイマジネーションによってつくられるものだ、監督がいなければ現場は回らないはずだ――そんな大人の思い込みを、子どもたちは軽やかに裏切り、作品は完成した。

映画を撮影する子どもたち 映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

自由な場に寄り添う、ということ

 「映画の豊かさやポテンシャルは本来、いろんな人が集まってつくっていくところにある。誰がつくっているのかよくわからないのが面白さ。“みんなで決める”ということが可能なんだ、ということを初めて体験しました。子どもたちは、指示されなかったから監督を決めなかっただけで、特別なことをやっている意識もなくやっていました(笑)」

 子どもたちを放っておけばいい、というものでもない。大人より大胆に発想を変えられるとはいえ、子どもたちの「自由」を最大限に発揮させるには、彼らのそばで見ている存在が必要だと諏訪さんは考えている。

 「そもそも、映画監督とはその場に『いる』人だし、『見ている』人です。ジャン=ピエール・レオーは大人ではなく子どもなので、実際に子どもたちとも対等にやり合うんですけれども(笑)、彼も僕に対して演技をしています。誰かが見ていてくれる、というのは、大事なことだと思います」

 あらゆることを決定する従来の映画制作での「監督」ではない、その場にそっと寄り添う人がいて、自由に才能をほとばしらせる子どもたちがいる。この構図は、大人の社会に対してもヒントになりそうだ。

タイトルは、多くのアーティストに歌われてきた名曲『ライオンは寝ている』から着想された。本作は「生と死」について考えさせられる映画でもある。

既存のシステムを鮮やかに裏切る

 「映画をつくるとき、僕たちはいろんな“作法”を身にまとっています。あれを準備して、これをやって、という段取りやプロセス、そのためのシステムができあがっています」と諏訪さんは話す。

子供たちは話し合いながら、映画を作り上げていく 映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

 そして諏訪さんは次に、映画評論家アンドレ・バザンによる「れんがの映画」と「岩の映画」という比喩を用いて話を続けた。

 川のこちら側から向こう側に渡ろうとしている人がいるとする。川の流れを前にしたとき、人間は往々にして、川を測量し、橋をデザインし、扱いやすい「れんが」を積み上げて実際に橋を架け、川を渡っていく。これはとても系統立てられた、安全なやり方だ。大人のやり口、といってもいいかもしれない。

 一方で、もともとそこにゴロゴロと転がっている岩を橋に見立て、岩をポンポンと跳びこえて、向こう岸に渡ることもできる。

 「子どもたちは、エイヤッと飛び込んで、橋をジャンプして渡るように映画をつくったのだと思います。『こども映画教室』でも、カット割りなどを知っていた子が、何も知らずワンカット長回しで一気に撮った子の映像のほうが面白いと気づく瞬間がありました」と諏訪さんはいう。

映画『ライオンは今夜死ぬ』から (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

子どもたちと“わからない”世界を楽しむ

 私たち大人が生きるシステム化された社会も、もはや明日同じ姿をしているとは限らない。だったらなおさら、私たちは岩から岩へ思い切ってジャンプしていく子どもたちの姿に、思いをはせてもいいのではないだろうか。

 「僕も、誰かひとりの作家が統括しているのではなく、いろんなものが雑多に、同時多発的に起きてくるような世界を、映画の豊かさだと思いたいのです。映画ってもっと自由なんじゃないでしょうか」

 「人間にとって大事な経験は、“わからない”ということではないか、という気がします。わからないけど、ただ楽しい、面白い、ということでいいのでは。子どもが遊ぶときも、それが何かのためになるわけではなくて、ただ面白いから遊び、そういう風に何かに出会っていきますよね。これまで僕は、面白ければいい、とは思えませんでした。でもいまは、楽しいということはとても大事なことなんじゃないかと感じています」

今回のような趣向の映画づくりについて、「世の中にとって必要だからやっているということではなくて、僕にとって必要だからやっています」と語る諏訪敦彦監督

 ぜひ、『ライオンは今夜死ぬ』を見てほしい。主演のレオーのように、駆け回る子どもたちと本気になって向き合い、笑い合うことができたとき、新しい世界へ一歩踏み出せているはずだ。

【動画】映画『ライオンは今夜死ぬ』予告編 (c)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

映画『ライオンは今夜死ぬ』作品情報
監督・脚本:諏訪敦彦
出演:ジャン=ピエール・レオー、ポーリーヌ・エチエンヌ、イザベル・ヴェンガルテン
配給:ビターズ・エンド
2017年 / フランス=日本 / 103分 / ビスタ
(c) 2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END
2018年1月20日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか、全国順次ロードショー。
ホームページ:http://www.bitters.co.jp/lion/

【諏訪敦彦・プロフィール】

映画監督。1960年、広島県生まれ。97年『2/デュオ』で監督デビュー、ロッテルダム国際映画祭NETPAC賞を受賞。
2作目の『M/OTHER』は三浦友和を主演に起用、99年カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。
2001年『H story』(カンヌ国際映画祭ある視点部門出品)、05年の『不完全なふたり』(ロカルノ国際映画祭審査員特別賞受賞)。
09年の共同監督作品『ユキとニナ』(カンヌ国際映画祭監督週間出品)などを監督。
08年から13年まで東京造形大学の学長を務め、現在は東京芸術大学大学院教授。
[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

今、あなたにオススメ

Pickup!

Columns