ローカルヒーロー

ローカルヒーロー:ぼくを三崎に連れてきてくれた人

  • ミネシンゴ
  • 2018年2月2日

 東京に住まい、東京で働くということ。いま、自分の暮らし方を考えて、朝晩ずっと東京に身を置くことに違和感を覚える人も少なくありません。美容師から会社員を経て、自身が編集する美容文藝誌「髪とアタシ」をはじめとした、カルチャー誌の編集者として生きるミネシンゴさんもそのうちのひとり。東京を拠点に仕事をしながらも、8年間住んでいた逗子から三浦へ移り住んだミネシンゴさんが、新しく出会う人や街の景色は、これからの暮らし方をそっと教えてくれます。

    ◇

 昨夏、ある日の昼下がり、ぼくは横須賀の道路脇で缶コーヒーを飲んでいた。その日は、とあるイベントのゲストに呼ばれて、逗子に住んでいたぼくにとってはアウェーの環境。控え室にいるよりも、外の空気の方が心地よかった。逗子の人間が横須賀の人たちに向けて話すことに、妙に緊張していて、不安だった。

 そもそもぼくは、葉山以南に行かなかった。8年住んでいた逗子生活を思い返すと、年に1、2回行くかどうか。中学や高校のときは横須賀がなんとなく「恐い」印象があったし、三浦にいたっては大根とマグロ、しか思いつかなかった。どんな人がいて、どんな場所があって、なんて思いつかない。誰もが知っている「お土産」のようなものしか知らなかった。

  

 距離でいえば、逗子から横須賀は10kmぐらい、横須賀から三浦も10kmぐらいと、車で移動したらなんてことのない距離だ。でも、その10kmのあいだにとても大きな溝というか、壁というか、隔たりがあった。県が違うほど、まったく違う文化と人が住んでいるイメージ。

 この日のイベントは、転校生がクラスで初めて挨拶するようなものだった。そんなとき、ひとりの男性がイベント会場の入り口から出てきて、ぼくがいる自販機の方にやってきた。

「今日お話しする岩﨑です。ミネさんもゲストでしたよね? 逗子には兄が住んでいて。いいところですよね。ぼくは三浦海岸に住んでいるんです。三浦もいいとこなので、今度遊びにきてください」

  

 仏のような包容感と、子犬のような笑顔で、飲んでいた甘ったるい缶コーヒーが、もっと甘くなった。

「ありがとうございます。今引っ越しも考えていて、三浦もいいですね。遊びにいきます」

 そのときは簡単な挨拶しかしなかった。

 イベントがはじまって、ぼくの順番が来る。用意していたスライドをもとにTEDのようなプレゼンを5分間で行う。身振り手振り、早口で進めてなんとか終わった。さっきの挨拶で、少し口が回るようになっていた。次は岩﨑さんの番だ。

「僕は横須賀と三浦で事業をしていて、今日は『カリアゲJAPAN』と『みやがわベーグル』についてお話しします。『カリアゲ』とは〜~」

 カリアゲJAPANとは、築30年以上の空き家を借主負担で改修し、借主が6年間運用する仕組みのことらしい(詳しくはwebで)。岩﨑さんはその運営者で、カリアゲの仕組みで三浦の宮川漁港近くでベーグル屋さんを始めたそう。

 カリアゲ? ベーグル? おもしろい感じしかしない。イベントが終わって、すぐ岩﨑さんに挨拶に行った。

「カリアゲのこと、今度詳しく聞かせてください」

 そう言った翌週、ぼくは三浦海岸にいた。

  

 岩﨑さんの車に乗って、三浦海岸から三崎方面へ海沿いを走った。逗子とはまた違う海の風景。向こうには房総半島が見えるし、浜辺に馬がいる。金田漁港、松輪漁港、宮川漁港。三浦にはいくつも漁港があって、リゾートや海水浴というイメージはない。薄い潮の匂いと、シンメトリーな船がならんでいる。

  

  

 宮川公園を過ぎて、長い陸橋を渡り内陸に入っていく。宮川漁港に続く道の途中にみやがわベーグルはある。正直、ここにたくさんの人が来るイメージは最初持てなかった。けど、この商売っ気のなさと、建物と漁村とのコントラストがなんともかっこよくて、岩﨑さんのポリシーを感じた。不便だからこそ愛おしく、儚い。

 ツーリングで来る人、バスを乗り継いで来る人、週末だけの営業らしいけど、いろいろな人が訪れてくる。なにもなかった場所に「点」を打つことで、そこから面に広がっていく。ひとつお店ができることで、人の流れが変わってくる。みやがわベーグルができてから、宮川町の農家さんが主催する音楽フェスもできたそうだ。人が集まる場所、居場所の存在は町にとって大きい。

  

  

  

 ドライブの最後に紹介されたのは、三崎銀座通り商店街にある築90年の船具店だった。ここは岩﨑さんをはじめ数人で借りている場所で、この建物を見てすぐに「ここで出版社やりたい」と思った。だって目の前は老舗の新刊書店で、商店街の真ん中で、土間がかっこよすぎる。出版社と書店が向き合っているなんて、素敵すぎるじゃないか。夏になったら二階の窓を開けて海風を感じながら原稿を書く。土間の奥の小上がりで、郵送手配をする。一階は今まで買い溜めた本たちを並べて。

  

 興奮気味で岩﨑さんにその旨を伝えると、「いいんじゃない? ほかのメンバーにも聞いてみる」と言ってくれた。

 数回しか来たことがなかった三浦市。この日、岩﨑さんの案内で完全に三浦、三崎に心を奪われてしまった。「南端」という端のかっこよさ、漁師町で働くたくましい人びと、ひとつの店やひとりの人間の力で町が動き出しそうな予感。ぼくも、なにかできるかもしれない。そうして、翌月には三崎に引っ越すことを決め、アタシ社の新オフィスと、三崎の蔵書室「本と屯(たむろ)」ができた。本と屯とは、ぼくと妻が今まで買って読んできた本を並べて、蔵書室として無料公開しているスペースのこと。三浦市には大きな図書館がなく、タイトルも古いものが多い。市民が気軽に本を読める場所と、本を媒介に人が「屯」できる空間を作りたいと思ってつくった場所だ。地元の小学生から年配の方、観光客の方も含めて、扉を開けておくと大勢の人が来る。いい本に出会えれば、人は何時間でも本を読むことをこの空間を通じて感じている。

 人との出会いは、なんとも不思議なもので、いつどこから生まれるかわからない。ただ出会うだけなら、いくらでもあると思うけれど、「言葉」にして伝えることで、巡りめぐって思っていたことが現実になることがある。静かな水面に一滴の水を垂らすと、同心円状に小さな波が立つ。言葉はそういうものだと思っていて、全方向的にゆっくり伸びていく。

  

  

 胸を打つ言葉や、しみじみする言葉、トゲトゲした言葉はその波の形状や強さが違っていて、でも同じようにゆっくり伸びていく。波の向こうには誰かがきっといて、偶然届いたり、あるいは届かなかったりするのだろう。横須賀で初めて会ったときの挨拶にはじまり、三浦を案内しているときに出会った町の人との会話、引っ越しを決めて報告したときに喜んでくれたこと。岩﨑さんの言葉はいつも優しかった。ぼくはその波をもろに近場で受けて、岩﨑さんが住む三浦の街の魅力に引き込まれていった。

 三浦の優しいローカルヒーローは、今日も小さな波を立てています。

  

筆者プロフィール

ミネシンゴ

ミネシンゴ

夫婦出版社アタシ社代表 編集者
1984年生まれ、神奈川県出身。
美容師、美容雑誌編集者、リクルートにて美容事業の企画営業を経験後、独立。
「美容文藝誌 髪とアタシ」、渋谷発のメンズヘアカルチャーマガジン「S.B.Y」編集長。
渋谷のラジオ「渋谷の美容師」MC。web、紙メディアの編集をはじめ、ローカルメディアの制作、イベント企画など幅広く活動中。
8年住んだ逗子から、三浦半島最南端の三崎に引っ越しました。
アタシ社の蔵書室「本と屯」を三崎の商店街で12月にオープンさせた。
・Twitter
https://twitter.com/mineshingo
・アタシ社
http://www.atashisya.com/

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