ありのままの20代

22歳で見たことのない大金が通帳に……。印税の使い道は少年時代に決めていた

  • 文・白岩玄
  • 2018年3月16日

元画像:Khongtham / Getty Images

<最新回「心離れた友が親友に戻った一日」はこちら>

 いわゆる「印税生活」ができるほどの大きなお金が入ってきたのは、22歳のときだった。ドラマ化のおかげで本が売れたのと、その他いろいろな収入で、預金通帳には見たこともない数字が並んでいた。そのときの喜びや興奮、そして現実感のなさは、なかなか味わえない種類の衝撃だったなと今でも思う。ぼくはそれまで続けていた喫茶店のバイトを辞めた。時給850円で働く理由がなくなったからだ。

 せっかくお金が入ったのだから、なんでも自分の好きなものを買おうと思った。それでまず、趣味で弾いていたアコースティックギターを新調した。20万円ほどで、それまで使っていた安物のギターよりも、はるかにいい音がするものだった。

 それから中古の車を買った。高校を卒業してすぐに免許をとったものの、家に車がなくてずっとペーパーのままだったから、この機会に乗れるようにしたかったのだ。車の整備士をやっている友だちが、比較的状態のいい中古車を100万円で見つけてきてくれた。どうせなら新車を買えよと言われたが、車種にこだわりがあるわけではないし、ペーパーなのにいい車に乗るのは恥ずかしかった。

 しめて120万円。とりあえずはそれで満足した。一気に散財する必要はないから、また欲しいものが見つかったときに、少しずつ使えばいい。そう思って、しばらくは新しいギターを弾いたり、車であちこち出かけたりして楽しんでいた。

 お金は人を変えると言うけれど、たしかに貯金がたくさんあると、精神的に余裕ができる。気が大きくなって、彼女とデートをするときも、ちょっと高い店に行ってみようかと思ったりするし、ATMでお金を引き出して預金残高を見るたびに幸せな気持ちになったりする。特に若くて独身だと、すべてを自分のためだけに使えるから、本当にやりたい放題だった。

散財する自分に疑問を投げかけるもう一人の自分

 ただ一方で、自分自身のお金に対する「倫理観」みたいなものが、「おいおい。おまえ、それはどうなの?」と疑問を投げかけてくるようにもなる。まぁこれは人によって違うのかもしれないが、少なくともぼくの場合は、ちょっとしたぜいたくをするたびに、「あれ? おまえ、そんな奴だったっけ?」と、もう一人の自分が首をかしげるようになった。

 たとえば、一着何万もするような高い服を平気で二、三着買ってしまったり、自尊心をくすぐるためだけに、軽々しく人に「おごるよ」と言ってしまっているのに気づくと、自分がすごく調子に乗っているように思えてくる。そして、そういったことが何度も続いていくうちに、ぼくは自分のために気兼ねなくお金を使うということができなくなっていった。いろいろと使い道を思い浮かべたりはするのだが、いざそれを実行に移そうとすると、途端にブレーキがかかってしまうのだ。

William_Potter / Getty Images

 いったいこの倫理観はなんなんだ? ぼくはその正体が、長いあいだつかめなかった。お金を持つ前の自分、と言えばその通りなのだけど、それよりももう少し根が深いような気がしたのだ。それで、時間をかけて考えていくうちに、お金の使い方というのは、育ちによる影響が大きいのではないかと思うようになった。というのも、ぼくは、浪費からは縁遠い少年時代を過ごしたからだ。

 六歳のときに父を亡くしたため、ぼくは姉二人と母子家庭で育った。母の稼ぎだけで一家四人が暮らしていくのは、かなり大変なことだったと思うが、母は決して「うちは貧乏だから」とは言わなかった。むしろ、生活費を切り詰めて、当時はまだまだ珍しかった海外旅行に連れていってくれたし、子どもが何かをしたいと言えば、なんとかしてお金を工面してくれるような人だった。

 でも、ぼくは母の背中から、家にお金がないことをずっと感じ続けていた。母自身は気づいていなかったみたいだが、口で言わずとも、日々の生活の苦しさが背中ににじみ出ていたのだ。だからぼくは、一般的な子どものように、ものをねだるということをしなかったし、6歳か7歳くらいのときには、自分の貯金箱からなけなしの100円とか200円を抜き出して、自宅の居間に置いてあった母の財布にこっそりと入れていた。

 今でもそのときの自分の必死さをありありと思い出すことができる。独りぼっちの居間で母の財布を開けて、お金が少ししか入っていないのを見るたびに、「どうしよう……」と暗い気持ちになっていた。今思えば、それはあくまでも家用の財布で、そんなにお金が入っていなくてもおかしくないのだけれど、当時のぼくは、けっこう真剣にそのことについて悩んでいたのだ。

gregory_lee / Getty Images

 つまり、子どもの頃に染み着いた、この「ぜいたくなんてとんでもない」という思い込みが、ぼくの浪費ぶりにブレーキをかけていたのではないか。人生というのはちゃんとつながっているもので、特に子ども時代に深く体に刻まれてしまった感覚は、そう簡単にくつがえるものではない。22歳だったぼくは、そのことにまだ気づいていなくて、お金が使えないのは、単に自分に物欲がないからだと思っていた。

 もちろん、家にお金がなかったからといって、誰もがぼくと同じように大きなお金を持て余すわけではないだろう。子どもの頃に好きなものを買ってもらえなかったからこそ、大人になって自由にできるお金があるなら、いくらでも好きなように使いたいと考える人もいる。でも、そういったことも含めて、「自分の境遇をどう解釈したか」がお金に対する倫理観を作るのだとしたら、結局かなり大きな部分が、大人になるまでに決まってしまうことになる。

 お金の使い道に困るという、今思うと恐ろしくぜいたくな悩みを抱えていたぼくは、その後、あれこれ悩んだ末に、実家のローンを返済した。母親に対する感謝の気持ちを考慮しても、それが一番しっくりくるお金の使い方だったからだ。

 でも、なんだかそれは、はじめから決まっていたことみたいに思えたりもする。母の財布にこっそりと100円玉を入れていた少年時代に、ぼくは将来手にするお金の使い道を決めていたような気がするのだ。(次回へ続く)

連載第1回「無知の強さ」はこちら

連載第2回「人気者になりたくて」はこちら

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PROFILE

白岩 玄(しらいわ・げん)

1983年生まれ。京都市出身。2004年、小説『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、小説家デビュー。同作は芥川賞候補作になり、テレビドラマ化。70万部のベストセラーになった。著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『ヒーロー!』など。Twitter(@gegenno_gen)

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