ローカルヒーロー

ローカルヒーロー:自然と海に寄り添って生きる、宿の店主

  • ミネシンゴ
  • 2018年3月15日

 東京に住まい、東京で働くということ。いま、自分の暮らし方を考えて、朝晩ずっと東京に身を置くことに違和感を覚える人も少なくありません。美容師から会社員を経て、自身が編集する美容文藝誌「髪とアタシ」をはじめとした、カルチャー誌の編集者として生きるミネシンゴさんもそのうちのひとり。東京を拠点に仕事をしながらも、8年間住んでいた逗子から三浦へ移り住んだミネシンゴさんが、新しく出会う人や街の景色は、これからの暮らし方をそっと教えてくれます。

    ◇

 三崎(神奈川県)の平日は、人よりも猫が多い、なんて地元の人から聞いたけど本当にそうだ。トコトコと猫たちが商店街を歩き回り、日当たりのよいところで寝転んでいる。

 うちの軒先に出している木の棚も、猫たちのお気に入りの場所。なんの警戒心もなく、だらりと寝そべっている。少し寝てはあくびをし、また眠りこける。午後になり、太陽の位置が少しずつ変わってくると、猫たちの居場所も太陽に沿って移動し、昼下がりには向かいの本屋さんの棚に移動している。週刊誌の上に堂々と寝そべり、表紙を踏んでいくのだから大したもんだ。

  

 週末になると観光客が、港に着いたバスからぞろぞろと降りてくる。商店街の反対方向にある市場に、観光客の多くは吸い込まれていく。市場には新鮮な魚や干物、三浦野菜などが並ぶ。黄色い船に乗って行く、城ヶ島の遊覧も人気を博しているそうだ。ちょっとお茶でもと、商店街の方に目を向ければ猫たちがお出迎え。寝ているだけなのだが、歩いた先に猫がいると胸がキュンとなる。追いかけると逃げていく猫を、さらに追いかける。これは町歩きにもってこいで、猫が案内してくれる場所は居心地がよい場所が多いのだ。

  

 ぼくが三崎に引っ越してきてから、この“猫ストーカー”で知った場所がB&B「ichi」(http://miurabase.com/ichi/)。昨今ゲストハウスが増えているが、ここはBed&Breakfastなので、ゲストハウスではない。部屋もすべて個室になっている。一軒家をリノベーションし、自分たちの手で補修できるところはDIYで行った。内装も、もともと家の中にあった木材などを利用して空間を作っている。

 この家は、作家のいしいしんじさんが三崎で過ごした家らしい。店主の成相修さんが話してくれた。

  

  

 成相さんは、ぼくにとって三崎の中でまれな存在。なんでかって、同い年なんだ。同い年というだけで、なんか妙な親近感がある。知らない町に引っ越してきたから余計に、同時代を生きてきた人と出会うと安心してしまう。いつでも帰れる存在になっているというか、気兼ねなく話せる「会社の同期」のような存在。海も太陽も森も、いつでも自分という存在を受け入れてくれる安心感があって、ぼくも自然が好きだけど、成相さんは自然そのもの、という感じ。

 ぼくより数年早く三崎に引っ越している成相さんは三崎の中でもちろん先輩だけど、今ではあだ名の「コロちゃん」と呼んでいる。キテレツ大百科の「コロ助」に似ているかららしい。

 成相さんは根っからの自然好きで、幼少期から神奈川県三浦市にある「小網代の森」に母親と通い、自然の営みを肌で感じ、自然に溶け込んでいった。祖父が釣り道具屋さんを営んでいたこともあって釣りもする。以前勤めていた出版社では野外ワークショップやアクティビティの事業部にいたのだそうだ。同い年で、こんなに自然を愛している人は今まで出会ったことがない。虫の声も、風の匂いも、雲の表情もきっとわかるんだろう。成相さんはいつも穏やかな顔をしている。

  

 三崎に移住して宿を始めた理由は、幼少期から通いつめていた小網代の森があることや、いつでも釣りができて自然に寄り添った人生を歩んでいこうと思ったから、と成相さんは話す。宿がお休みの日は釣りやハイキング、磯遊びのガイドも行っている。三崎の自然と海は、成相さんにとって宝物に違いない。

  

 寒い冬を越えて、春先になってくると観光客の数は一気に増えてくる。「ichi」も繁忙期には予約でいっぱいだ。宿の1階にはバーカウンターがあって、宿泊客同士が楽しそうに杯を交わしている。この日も、静岡から来た家族が泊まっていた。成相さんは三崎周辺のお店の情報や、地元話に花を咲かせている。

  

 話しては消えていく言葉には、この場所でしか聞けない情報が詰まっている。「今は美味しいイカが釣れるんですよ」なんて言われたら、これから夜釣りにいこうかしらと思ってしまう。こういうコミュニケーションが、観光で来た人にとって最高のお土産になるはずだ。ぼくが鎌倉逗子の飲み屋で聞いてきた、地元のおじさんたちの話のように、心に残っていく。

  

 これが本当の観光案内所なのではないか。ガイドブックには載っていない、いきた情報をその場で仕入れる。それは魚屋さんの店頭に、今日捕れた魚が並べられていることに似ていた。常に自然と地元民と、密接につながっている成相さんの身体には、三崎の新鮮な情報が入ってくる。地元が好きな人に、寄り添って生きていくことで生まれてくる地元愛のようなもの。その地元愛が人や自然に敬意を払うことであり、自分が住む町への愛着を加速させていく。

  

 実は、成相さんの奥さんの祐美さんは当初、三崎に引っ越すことを心配していたという。東京で会社勤めをしていた祐美さんにとって、三浦半島最南端への引っ越し、かつ宿を始めることに不安があったようだ。自然の中で育った、いわば野生児のような成相さんと違って祐美さんは照れ屋で引っ込み思案なんだとか。

  

 宿を二人で切り盛りしていくのも最初は大変だったと成相さんは話す。しかし、二人でバーカウンターに立ってお客さんと話したり、第一話で登場した三崎ドーナツで祐美さんがアルバイトをしたりするうちに、町の人とのコミュニケーションがどんどん生まれていった。

 日々たくさんの人とコミュニケーションを取り、祐美さんも三崎の生きた情報に触れるにつれ、心境に変化が見られた。三崎には漁師さんも農家さんも、いろいろな人が入り交じっている。ちょっと特殊な人間模様が刺激的で、東京で会社勤めをやっていたときとはまったく違う感覚を覚えたそうだ。自分の住む町にまろやかに溶け込んでいくためには、その町に住む人との会話がとても重要なんだと改めて思う。根っからの地元民と方と話せば、惜しみなく町の魅力や課題を話してくれる。そこに、町をおもしろくするヒントが転がっていると確信している。

 三浦は河津桜が満開です。この桜たちも、年に一度だけローカルヒーローになれる時期があるんだ。長い冬を越えて、人も自然も活発になってくる季節がやってきた。

筆者プロフィール

ミネシンゴ

ミネシンゴ

夫婦出版社アタシ社代表 編集者
1984年生まれ、神奈川県出身。
美容師、美容雑誌編集者、リクルートにて美容事業の企画営業を経験後、独立。
「美容文藝誌 髪とアタシ」、渋谷発のメンズヘアカルチャーマガジン「S.B.Y」編集長。
渋谷のラジオ「渋谷の美容師」MC。web、紙メディアの編集をはじめ、ローカルメディアの制作、イベント企画など幅広く活動中。
8年住んだ逗子から、三浦半島最南端の三崎に引っ越しました。
アタシ社の蔵書室「本と屯」を三崎の商店街で12月にオープンさせた。
・Twitter
https://twitter.com/mineshingo
・アタシ社
http://www.atashisya.com/

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