大御所シェフのいつものごはん

「どれも理屈ぬきに、おいしい」フレンチの重鎮がうなった「銀座ブラジル」のサンドイッチ

  • 文・畑中三応子
  • 2018年3月23日

  

 「世界一グルメな国」と呼ばれるようになった日本。このまれにみる豊かな外食文化を支えてきたベテラン料理人は普段、どんなお店でどんな食事を楽しんでいるのだろうか。卓越した技術・味覚・知識を持つプロフェッショナルが「日常食」を紹介する。

今回の大御所シェフ

(撮影=畑中三応子)

岡野利男さん

 西麻布「龍土軒」オーナーシェフ。都内のリセ(フランスの後期中等教育機関)でフランス語での学生生活を送り、18歳で渡仏、料理修業を始める。1973年にCAP(国家試験)通過、「フランスで最も優れた見習いコンクール料理部門」で見事全国第4位を獲得した。「ル・カメリア」★★(星印はミシュランの星の数)、「ローベルガード」★★、「ホテル・リッツ」★★、「レ・サントン」★★、「シベルタ」★★で活躍して帰国。81年に父・3代目より引き継いで4代目に就任し、基本に忠実な正統派フランス料理を守り続けている。

昔ながらの味をおいしく…… 大御所がたどり着いた洋食店

 フランス料理歴48年という岡野さんも大御所シェフの貫禄じゅうぶんだが、「龍土軒」自体が、日本のフランス料理界でも希少な大御所レストランである。

 創業は1900年(明治33)。フランス人外交官から料理を直伝された初代から数えて4代目の岡野さんは、食べ物に対して、よい意味で保守的な考え方の持ち主。見栄えは地味でよいから、昔ながらの料理をきっちり作り、おいしく出してくれるお店を求めてやまないが、最近は少なくなってしまったとさみしそう。

 あるとき、おいしい洋食屋を探しに出かけた浅草で、洋食のかわりに見つけたのが、新仲見世通りの「銀座ブラジル 浅草店」だった。看板には「珈琲専門店」を掲げているが、ガラス張りのキッチンで白いコック服を着た、いかにも職人気質のシェフが黙々と軽食を作っている。

古き良き時代の香りを残す銀座ブラジルの店内

客席から見えるガラス張りのキッチン。職人気質のシェフが黙々と料理を作っている

 頼んだサンドイッチがあまりにもおいしく、雰囲気もとても居心地がよいので、いまでは浅草に行く楽しみの筆頭が、この店になってしまったという。

驚くほどていねいな作り 人気のロースカツサンド

  

 岡野さんが「どれも理屈ぬきに、おいしい」と絶賛するサンドイッチメニューは、9種類もある。なかでも人気なのが、「元祖ロースカツサンド」だ。

 キッチン脇に張り付いて作るところを見ていて、おいしさの理由がすぐわかった。どのメニューも、オーダーが入ってからパンを切ることから始め、ひとつひとつの作業を驚くほどていねいに、手間をかけて、一から作り上げていくのだ。

  

 ロースカツサンドの場合、肉を冷蔵庫から出してたたき、筋切りをし、パン粉をつけて揚げながら、パンをトーストして辛子バターを塗る。揚げたてのカツに特製ソースをかけてパンに2枚重ねにのせたら、千切りキャベツを山盛りにかぶせてきゅっと挟む。

 ザクッ、ザクッと耳を落とし、切り分けて完成。断面の美しさに見ほれ、重ねたカツの脂身の位置が交互になっている心遣いに感心する。

 キャベツは手切り。繊維がきれいに断ち切られたキャベツはカツとのなじみがよく、口に入れるとふわっと軽くほぐれて絶妙だ。ちょっと濃いめのソースも「昔ながらの味」と、岡野さんを喜ばせる。

3種の具の温度差がきわだつミックスサンド

  

 たくさんあるメニューに目移りする人には、卵・野菜・コンビーフのミックスサンドが、店からのおすすめだ。

 独特なのが卵サンド。一般的なゆで卵のマヨネーズあえではなく、黄身をつぶした目玉焼きが挟まっている。
 パン3枚に焼きたての卵、冷蔵庫から出したての野菜、切りたてのコンビーフとキャベツをのせる。てんこ盛りの野菜の量にびっくりするが、挟んで押さえると美しくおさまるのにまた、びっくり。
 パンは焼いていないので、温かい卵、冷たい野菜、常温のコンビーフ、3種の具の温度差がきわだって、食べあきない。それに、パン自体が実においしいのだ。
 聞けば、以前は築地に専用のパンとケーキ工場を持っていて、100人もが働いていたそう。だから、パンに対するこだわりも強く、現在は店にふさわしい味のパンを特注し、サンドイッチには角パン、トーストには山パンと使い分けている。塗るバターにもひと手間かけて、数種のブレンドだ。

心地よい歯切れのよさ 肉汁あふれるフライチキン

  

 カツサンド以外に、元祖の品がもうひとつある。その名も「元祖フライチキンバスケット」。から揚げでも、フライドチキンでもなく、鶏のむね肉にパン粉の衣をつけて揚げたものだ。開業当時、初代がアメリカの料理をヒントに創案した。

 これも注文が入ってから肉を切り出し、衣をつけて揚げたてを出してくれる。付け合わせは熱々のポテトと、ひんやり冷たいタマネギとニンジンの自家製ピクルス。厚切りトーストも2切れ添えられて、ボリューム満点だ。

 レモンを搾り、軽く塩をふって、一口かじると、その心地よい歯切れのよさと、肉のやわらかさに陶然とする。それに、かんでいると肉汁があふれてくる。
 むね肉は脂肪分が少なく、加熱するとスカスカになりやすいため、もも肉を好む人が多いが、ようは調理法の問題。こうして衣で肉汁を封じ込めれば、脂っぽいもも肉より鶏肉自体のおいしさが引き立つ。

 岡野さんも自宅でビールのつまみに、フライチキンを作ってレモンでさっぱり食べるのがちょっとしたマイブーム、というほどの絶品だ。

創業からの味は変えない ブレない誇り

 店名に銀座がつくとおり、戦後まもなくの1948年(昭和23)、ブラジルコーヒーの輸入と靴商をしていた初代が銀座2丁目で開業したのがはじまり。浅草店は63年(昭和38)に出した支店である。
 コーヒー輸入をしていたくらいだから、いまもブレンドは秘伝のレシピ。カップは常に沸騰した湯に漬けて熱々に温め、しかも厚手なので、冷めづらいのがうれしい。

  

コーヒーを注ぐ前のカップは常に煮立った湯で温めているので熱さが違う 

 銀座の店はたたみ、現在は初代の孫の3代目と、その母の梶冨美子さんが、どんなに手間がかかっても、創業の味とやり方を一寸たりとも変えたくない、変えるわけにはいかないと、浅草の地で銀座ののれんを守っている。

お店を切り盛りする2代目のおかみ、梶冨美子さん

 今回、4代目として「龍土軒」を守る岡野さんが、「銀座ブラジル」を勧める理由が、何となくわかった気がする。
 「龍土軒」は多くの文学者や芸術家が集まり、「日本の自然主義文学は龍土軒の灰皿から興った」といわれる。1936年(昭和11)の二.二六事件では、決起将校たちの密会の場として使われた。歴史的な出来事の舞台に、何度もなったことでも知られる名店だ。

 しかし、岡野さんは華やかな栄光より、初代からの手間仕事をもっと大切にして、料理作りはもちろん、テーブルウェアのメンテナンスをはじめ万事を人まかせにせず、すべて自分で行っている。
 老舗のシェフがほれ込んだ店も老舗だったのは、偶然ではなく、きっと同じスピリットを感じ取ったからなのだ。

(撮影・森カズシゲ)

              ◇◇◇

■PROFILE
畑中三応子(はたなか・みおこ)
編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。』(紀伊國屋書店/ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。

■店舗情報
銀座ブラジル 浅草店
東京都台東区浅草1-28-2 シカゴビル2階
つくばエクスプレス・都営浅草線・東武伊勢崎線「浅草」駅から徒歩5分
03-3841-1473
営業時間:9:00-17:00
定休日:水曜

■大御所シェフのお店
龍土軒
東京都港区西麻布1-14-4
東京メトロ千代田線「乃木坂」駅から徒歩5分
03-3408-5839
ランチタイム:11:30-14:00
ディナータイム:18:00-21:30
定休日:日曜

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