ありのままの20代

「適当に書いてさっさと出せよ」……華々しい作家デビューの裏で崩れゆく人間関係と自信

  • 文・白岩玄
  • 2018年3月30日

syolacan / Getty Images

 20代を振り返ったときに、あの時期はちょっときつかったなとしみじみ思うのは、23歳のときだ。その年、専門学校を卒業して専業作家になったぼくは、一向に出口が見えないトンネルの中にいた。

 ただ、はた目にはそんなに不幸に見えていなかったかもしれない。健康上の問題を抱えていたわけでもないし、何か特別に悲しいことがあったわけでもなかった。それどころか、デビュー作がものすごく売れたおかげで、ちょっとしたお金持ちになっていたのだ。それでも、ぼくは、その頃が一番つらかった。

 理由はいろいろとある。まず2作目が書けなかった。デビュー作がドラマ化される前から、学業と並行して次回作を書いていたのだが、何度書き直しても編集者からOKをもらえなかった。編集者がとりたてて厳しかったわけじゃない。ぼく自身に自分が書こうとしているものを書き上げるだけの技術がなかったのだ。

 デビュー作以前にまともな小説をひとつも書いたことがなかったぼくは、無謀にも1作目とまったくテイストの違うものを書こうとしていた。でも、作風の違うものを書くためには、それ相応の技術がいる。

 そのことを理解していなかったせいで、書いても書いても一向に目指しているものにたどり着かない。しかも、うまくいかないのなら作るものを変えるということをしなかったため、延々と2作目が書けない状況の中に留まっていた。今思い返しても、本当に無駄な時間だったと思う。

近しい人たちとの衝突……深まる孤独感

 仕事だけでなく、プライベートもうまくいっていなかった。若くして売れたことで、知らず知らずのうちに神経が過敏になっていた。今まで味方だと思っていた人たちの何気ない言葉に過剰に反応したりして、自然と距離を取るようになり、自分は独りぼっちだと感じることが多くなった。

 たとえば、家族からは、本当にこのまま作家を続けるつもりなのかとよく聞かれた。作家になる前のぼくをずっと見てきた家族は、ぼくがこれまで小説を読んでこなかったことや、そもそも小説家という職業を目指していたわけではないことを知っている。だから家族にしてみれば、そんな人間が本当に専業作家としてやっていくつもりなのかと心配していたのだろう。

 今なら、ぼくも家族と同じことを言う。素人が一度の成功でその先も生き残っていけるほど、小説の世界は甘くない。でも、23歳のぼくは、自分ができる奴なんだと思いたかった。だから家族の忠告を無視して、かたくなに作家を続けると言い張った。

 仲がよかった友だちとケンカして疎遠になったのもその頃だ。ぼくが2作目を書き進められなくて苦しんでいたとき、当時よく遊んでいた友だちに「今なら(1作目のネームバリューで)何を出しても売れるんだから、適当に書いてさっさと出せよ」と言われたことがあった。

 ぼくはその発言にショックを受けて、それ以降そいつに対して完全に心を閉ざしてしまった。今振り返れば、そいつもぼくが急に作家になったことで、いろいろと複雑な気持ちがあったのかもしれないが、当時のぼくにはそれを考慮するだけの余裕がなかったし、何よりも2作目を書けない自分を受け入れられなかったのだと思われる。

自分の中に他人を住まわせる重要性

 仕事もプライベートも行き詰まっていたら、しんどいのは当然だ。ただ、どうして行き詰まっていたのかをあらためて考えると、案外しょうもない理由だったのかもなと思う。あのとき、ぼくは自分の中に他人を入れようとしなかった。かたくなに自分の考えにこだわって、それを手放そうとしなかった。

 書きたいものを書くだけの技術がないのなら、ひとまず自分の持っているものを捨てて、何かをまねしてみたり、誰かに教えを請えばいい。家族や友だちから耳の痛いことを言われているなら、まずはそれをひとつの事実だと受け止めて、その上で自分なりの答えを出せばいい。重要なのは、他人(それはたとえばペットや自然でもいい)を自分の中に住まわせることなのだ。そうしなければ、膠着(こうちゃく)した状況は動かないし、今と違う景色を見ることもできない。

 あのときのぼくは、他人から学ぼうともしなければ、そういうことができるだけの素直さも持っていなかった。自分が認めた人以外の話を聞くのが嫌いで、かといって自ら動いて力をつける努力をしないような人間だった。そんな奴が挫折したところで、すぐに乗り越えられるわけがない。

 パソコンの前に座っても、一行も書けないまま一日が過ぎていき、過去の栄光にすがるように、毎日ネットでエゴサーチ(ネット上にある自身の評価を確認する行為)をしていた。エゴサーチの一番の問題は、他人の評価を気にしすぎて、自分の評価を自分でできなくなってしまうことだ。自分の感覚を信じられなくなると、小説はますます書けなくなる。

 結局、そんな状態が1年続いて、ようやくぼくは2作目を少しずつ書き進められるようになった。何か特別なきっかけがあったわけじゃない。そこまで来ると、変わろうとしない頑固さが、新しい土台のようなものになっただけだ。

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 具体的に言えば、「絶対に他のものなんか書かない」としつこく原稿に向き合い、問題点がどこにあるのかを考え続けたことで、作品を修正していく力がついた。過去の自分が書いたものを、むやみに否定することなく「ここは直そう」と思えるようになったら、それは自分の中に自分ではない「赤ペン先生」を住まわせているのと同じことだ。 

 変わることで楽になれることは多いが、変わらないことで一皮むけることもある。ぼくはあのとき、頑固でよかったのだと思う。人それぞれアプローチの仕方は違うものだし、結局のところ、そういうのは自分に合った方法でやるしかないからだ。(次回へ続く)

連載第1回「無知の強さ」はこちら

連載第2回「人気者になりたくて」はこちら

連載第3回「お金を手にしてはみたものの」はこちら

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