本を連れて行きたくなるお店

優柔不断を克服できるか!! 豊富なメニューが"押し寄せてくる"居酒屋「だるま」

  • 文・写真 笹山美波
  • 2018年3月30日

  

 カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。

 本とお酒を愛する編集者で鰻オタクの笹山美波さんは、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れていってくれます。

  

 優柔不断な自分に嫌気がさすことがよくある。例えばショッピングの時。「新しい上着が欲しい」と買い物へ行くと、お店で脱いでは着てを数時間繰り返し、脂汗をかくほど迷ってパニックに陥ってしまう。しかも、なぜかジャケットではなく、いつもは着ない流行りの形のブラウスを買ってしまい、大後悔。結局別の日に改めて買い物へ行っていたりする。

 よくやってしまうと分かっているのに、昔から同じことを繰り返しているのでタチが悪い。最近は、迷って何も決められないうえ、結果に満足しないのが嫌で、いつも同じタイプのものしか買わない。あらかじめルールが決められていれば、選択肢が多くてもすぐ決断できるし、ある程度の満足は約束されるので安心だ。けれども、考えるのを諦めた結果、新しい選択が永遠にできなくなっている気もする。

 ある日の友人との食事で、メニューを一緒に選んでいると、友人は「決められないタイプなんだね」と私に指摘した。言い換えれば「優柔不断」。わかってはいたけれど、他人には初めて突っ込まれた。正直ショックだった。

 1人であれば、自分のルールにのっとり、すぐ注文しているところだが、配慮しようと思うとそうもいかない。相手の好みや気分に合わせたい一方で、自分の意見も一応主張したい。悩んでいるうち時間は経って、候補が無限に出てきてしまう。友人が優柔不断と感じるのに無理もない。

 

優柔不断は性格ではなく、悪い思考の癖

 食事の後で、その友人が今読んでいる本として『意思決定トレーニング』を紹介してくれた。ビジネス書はあまり読んでこなかったので、とっつきにくさを感じたが、さりげなく読ませようとしてくれたのかもしれない。ここは素直に読んでみることにした。

 『意思決定トレーニング』は、意思決定論や交渉論を専門とする慶應義塾大学総合政策学部の印南一路教授の著書。3章に分かれており、第1章では、「優柔不断は状況や能力で捉えるべきであって、性格で捉えるべきではない」という印南氏の主張を導入として、人はなぜ優柔不断になるのかを紹介する。

 たしかに、私の優柔不断も性格が理由ではない気がする。印南氏が「性格は状況に応じて変わるものではない」と言うとおり、買い物やご飯ではグズグズ悩んでしまうことがあるが、ほかの日常や仕事の場面では、スピード感と論拠を持って問題処理できているつもりだ。また、印南氏が否定するように、経験不足だから優柔不断になっているわけでもない。つまること、意思決定プロセスを身につけられていないのが根本原因か。

 第2章では、どんなプロセスで意思決定していくかを丁寧に解説。まずは、問題の重要性と緊急性を考える「メタ意思決定」が重要だと印南氏。人生に大きく関わる選択なら熟慮が必要だし、災害などの有事に直面していれば素早い判断が求められる。次に、何のための選択を考えるか「問題設定」をする。その後選択肢を作って評価し、決定していく。

 第3章では、大きな買い物のために熟慮する時に用いる、全次元で考え得る選択肢を洗い出す手法に少し比重を置いて説明していた。けれども、今、私が能力を上げたいのは日常の些細なシーンでの力。それらは後日実践するとして、第2章で紹介されている直感的に素早く決定できる手法を、まずは試してみよう。

 

メニューの多すぎる居酒屋で、『意思決定トレーニング』メソッドは通用するか

大きなコの字型のカウンター。中央では「スーさん」の愛称で親しまれるおかみさんが仕切る

 そこで思い浮かんだのは、清澄白河の居酒屋「だるま」。テレビドラマ『孤独のグルメ』で、主人公の井之頭五郎が壁にずらっと並ぶたくさんの品書きに「おお~、メニューが押し寄せてくる!」と圧倒されていたのが印象的だったお店だ。こういうメニューの多いお店では、迷って注文に時間がかかったり、困っていつも食べている料理を頼んでしまいがちだ。ここでの「問題設定」は「だるまならではの食事に満足する」としよう。

 意気揚々と開店直後にお店へ行くと、既に何人か地元の方らしきお客さんが赤ら顔で飲み進めていた。いいよなあ、この感じ。店内にはコの字型の大きなカウンターがあり、壁に目をやれば、本当にあった「押し寄せてくる」メニュー短冊の行列。軽く数えてみたところ、80種類はありそうだ。

その数とランダムな並びが、メニューを把握しようとする者の思考を混乱させる。例えば最上段。飲み物カテゴリーかと思いきや、酎ハイ、サワー、日本酒、生ビール、また日本酒(冷酒)、イカ納豆、月見、山かけ……!?

 一品料理、焼き物、炒め物と何となく分かれているように見えるが、揚げ物コーナーの間に「ポパイベーコン」や「トマト」など違うカテゴリの料理が差し込まれていたり、ちょっと離れた位置に「エビフライ」があったりするので油断ならない。

 さらに、短冊の横には、2枚のホワイトボードにみっちり書かれた、約50種類。刺身も美味しそうだが、「ヌカ漬けニシン」ってどんな味がするのだろう。魚料理に紛れて「特製餃子」なんかもある。あれれ、だんだん何を食べたいか分からなくなってきてしまったぞ。

 そういえば印南氏が、優柔不断になるのは、選択肢の多すぎる場面、選択肢の評価基準が幾つもある場面、選択肢を選んでいる時に基準がふらついてしまうのが原因と言っていた。まさにこの環境そのものではないか!

 悩んでいると、「飲み物は?」とおかみさん。ギクッ、まだ何も決まっていない。とりあえずビールを頼んで時間を稼ぎ、冷静になろう。

この日のお通しは小アジの素揚げ。お通しは毎日違い、ウインナーが出ること(当たりの日)もあると常連の方に聞いた

 まずは1品目。その後の展開を決める重要な注文なので、いくつか定めた基準に合うものを選ぶ「必要条件」の視点で決めてみる。舌が求めているのはさっぱりしたものだが、次いで、この店ならではの季節のメニューであればより良い。それなら「本日のおすすめ」から旬の「カツオ刺」にしよう。

 頼んでみると、臭みもなく、さっぱりおいしい。そういえば「孤独のグルメ」で原作者の久住昌之さんも食べていたのを思い出した。彼のすごく美味しそうな顔と自分の今の笑顔が重なる。これで450円。うん、カツオ刺、正解だ。

肉厚のカツオ刺は生姜やネギと一緒に

 さて、2品目はどんな視点で選ぼうか。さっきと同じ選択基準を設ける方法を取ると、今度はこってり系も良いがさっぱり系も捨てがたい……などと、考えてるうちブレてしまいそうだ。ここは目立った良さのある物を選ぶ「突出評価」で、だるまでしか食べられない料理をスパッと頼もうか。

 とは言っても、並んでいるのはなじみのあるメニューばかり。なので、もう少し定義を深掘りし、シェフの調味が料理の味を決めそうな、炒め物や煮込み料理の中から選んでみようかな。

 メニューを眺めていると、「もつピリ辛炒め」の語感になんだかグッと来た。「煮込」も良いが、どこへ行っても必ず注文しているのでパス。「生姜焼」や「肉豆腐」も捨てがたいが、この辺りは最近食べたし、気持ちはもうピリ辛に傾いている。もつピリ辛炒めに決まりだ。

 家庭料理でよくある白モツを炒めたタイプが出てくるかと思いきや、肉厚なシマチョウやガツを使ったゴージャスな炒め物が提供されて驚いた。食べてみるとコリコリ食感も楽しいし、噛みしめるごとにホルモンの旨味と甘辛いみその味付けが口いっぱいに広がって、うーん幸せ。間違いない選択だ。

シャキシャキの玉ねぎも嬉しい。ボリュームもしっかりあって、450円!

飲み物選びにも気を抜かない。いつもは何も考えずにビールかレモンサワーばかり頼んでしまうが、ラーメン屋なら定番メニューの位置(上段の端)にある「酎ハイ」を一応おさえておき、もつピリ辛炒めに合いそうな赤ワインを次にオーダー。どちらも300円

 

ほかのお客さんの注文と、まだまだあったメニュー表の出現に思考は大混乱

 お腹も満たされてきたけれど、せっかくなのでもう一品だけ頼んでみたい。いったん「消去法」でメニューを絞ってみようか。まず、ダイエットの視点から「焼きそば」などの主食系は避けよう。一度食べた料理に近い魚介と肉類もやめておこう。だんだん絞られてきたぞ。「おひたし」か「ほうれん草玉子とじ」あたりが良さそうかな。

 すると、隣の常連さんが、「シチューちょうだい」とノーマークのメニューを注文するではないか。「そんなメニューがどこに?」と思って探してみると、向かいのお客さんで隠れてしまっていたホワイトボードのメニュー表の端に発見。ううむ、仕切り直しか。

  

 隠れていたメニューに載っていたのは、自家製シチューのほか、サイコロステーキ、エビグラタン、タコ焼き、ライスバーガー、参鶏湯――。どれも魅力的だが、チョイスが斜め上すぎて頭の中が大混乱。ほろ酔いなせいで、だんだん考えるのが面倒になってきてしまった。ええい、私もシチューをもらってしまおう。

 出てきたのは真っ白なクリームシチュー、350円。一口食べればなんだか懐かしい家庭の味。ゴロゴロのじゃがいも、大ぶりな鶏もも肉、色鮮やかなにんじん。後乗せのブロッコリーは、彩りを保つために一緒に煮込まなかったのだろうか、この気遣いが優しいなあ。

陶器の器のクリームシチューに添えられた、プラスチックスプーン、ちょっと違和感。でも逆にいい。わざわざスプーンを用意してくれたんだろうな、と勝手に想像してしまう

 

あれやこれも食べればよかった……でも、直感的な意思決定に取りこぼしは付き物

 もう少しくつろいでいたいところだが、お店もだんだん混んできた。ひとり酒の長居は粋ではないし、店を出よう。帰り道、定番のポテトサラダや煮込みも食べてみればよかったなと少し後悔。

 たしかに、直感的で効率的な意思決定は「他の選択肢の可能性を切り捨ててしまう欠陥がある」と印南氏も言っていた。この悔やむ気持ちは、まさにそのデメリットから来ている感情だろう。でもここは気持ちを切り替えて、調子よく注文できたことをまず評価しよう。

 振り返ると、スパッと注文できたのは、あらかじめ何がしたいか決めておいたことと、状況に応じて色んな意思決定手法をスイッチして選択できたお陰だろう。今後は、より良い目標設定と選択の精査が短時間でできるよう努力しよう。

 次は、後回しにしていた熟慮する方法を使って、だるまの全てのメニューをマトリクス化して検討し、1人飲みで3品選ぶ時の最適解を先に考えてから、訪問してみても良いかもしれない。なんてことない日常に、こうやってビジネスのエッセンスをプラスして、本気で取り組むのは結構楽しい。

    ◇

だるま
東京都江東区三好2-17-9
17:00~23:30
土曜定休

筆者プロフィール

笹山美波

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。
・ブログ
http://minamii.hatenablog.com/
・Twitter
https://twitter.com/mimi373mimi

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