小川フミオのモーターカー

映画でおなじみの”未来に戻れる”車?「デロリアンDMC-12」

  • 世界の名車<第208回>
  • 2018年4月16日

全長4267ミリ、全幅1988ミリ、全高1140ミリと広く低く短い(写真提供=Italdesign)

 誰でも知っている米国車。それがDMC-12だろう。ステンレス鋼板を張ったクーペボディやガルウィングドアなど特徴は多い。

 DMC-12は「デロリアン」と呼んだほうが通りがよい。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でファンになった人も多いはずだ。

 DMC(デロリアン・モーターカンパニー)が製造した唯一のモデルで、1980年に発表された。

 DMCをひきいるジョン・ザカリー・デロリアンはそもそも米自動車界におけるカリスマエンジニアだった。

 ゼネラルモーターズ(GM)に籍を置いていた時代は、ポンティアックGTOなど高性能クーペを開発して大ヒットさせている。

エンジンは本来V8を搭載したかったようだが排ガス規制などのため135馬力のセダン用V6を選択した(写真提供=Italdesign)

 DMC-12は、1976年にGMを退社したデロリアン肝煎りのスポーツカーと喧伝されただけに世間の期待は大きかった。

 Xボーンフレームシャシーに、合成樹脂のボディを載せた軽量設計。サスペンションシステムはF1や高性能スポーツカーで知られた英ロータスが手がけていた。

 モデルの妻と結婚し、(いいことかどうか分からないが)美容整形手術で若さを取り戻したデロリアンは時代の寵児であり、DMC-12とイメージが重なっていた。

 スタイリングはイタリアのジョルジェット・ジウジアーロひきいるイタルデザイン。「コストはかけられないが市場で魅力的に見えるようにという依頼だったため、ステンレス鋼板を使用しました」と説明している。

ガルウィングドアはこけおどしともとらえられるけれど、ドアの切り欠きの形状など美しい(写真提供=Italdesign)

 大きな曲率を持ったガルウィングドアゆえ、サイドウィンドウは大きくは開かない。そこで小さなサービスウィンドウが設けられている。のちにジュジャーロがスバル・アルシオーネSVX(1991)で用いたのと同様のデザインだ。おかげでドアの形状は美しく、全体と細部のマッチングのよさはイタルデザインならではといいたい。

 ただ問題はエンジンだ。プジョー/ルノー/ボルボ共同開発の2.9リッターV6はトルクがあるが、スポーツカー向けのシャープさがなかった。

 さらに北アイルランドに工場を作るため英国政府から助成金を引き出していたにもかかわらず、計画どおりの納車が出来なかった。

 デロリアンは会社の資金の使い込みが発覚。そののちコカイン所持容疑で逮捕。訴訟が相次ぎ、結局少量を送り出しただけでDMCは倒産してしまった。

スタイリングを手がけたジョルジェット・ジュジャーロは1970年代から80年代初頭にかけて、すばらしいデザインを多々送り出している(写真提供=Italdesign)

 DMCはタッカー(これも映画になった)と比較されることが多い。後者はプレストン・タッカーが1947年シカゴに設立した自動車会社で、ごく少数台数を生産したのち会社が倒産した。

 DMCもタッカーも当初から生産計画はずさんで、むしろ巨額の投資を引き出すことを狙った一種の詐欺であるという見方をするひとがいる。

 タッカー48の所有者でもあるコッポラ監督は、しかしながら、タッカーはライバルにつぶされた悲劇の自動車会社ととらえていたし、DMC-12は映画に登場したことが大きく影響し、キワモノ扱いがなくなった。

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 ジョン・ザカリー・デロリアンは会社再興を夢見つつ、2005年に80歳の生涯を閉じている。しかしいま米国ではDMCが新たなオーナーの下、DMC-12を再生産している。

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