私の一枚

ラジオをやったからこそ気づけた、人に喜んでもらえる喜び 土屋礼央

  • 2018年5月21日

ニッポン放送のスタジオにて。番組のジングルも自ら作っていた

2002年4月から3年3カ月間、「オールナイトニッポン」のパーソナリティーを務めました。その生放送中の一枚です。僕にとって初めてのラジオの仕事でした。

アカペラグループRAG FAIRの一員として僕のオリジナル曲でデビューしましたが、当時は楽曲ではなくハモリへの評価ばかりが高くて、「自分は評価されていないのではないか」という悩みを強く持っていました。そんな時にいただいたのが、土屋礼央単体でのオールナイトニッポンのオファー。

実は、これが土屋礼央の名前でお金をいただく初めての仕事だったんです。自分というものがRAG FAIRでうまく表現できず息苦しく思っていた当時の僕にとって、番組はまさに酸素のようなものでした。

一方では、大きな責任も感じてました。だから、3年3カ月の間、本番中に一度もトイレに行っていません。僕の中で「この時間は自分がニッポン放送を全部背負っているんだ。何があってもここを守らなければいけない。だからスタジオを離れることだけは絶対にやめよう」と決めてオンエアに臨んでいました。

僕は漫画で言うとキン肉マン世代ですけど、番組を始めた当時一番はやっていた漫画は「ONE PIECE」。オールナイトニッポンは若い人が聴くものだという意識があったので、「ONE PIECE」ぐらいは知っておかないといけないと思って読んで、その話をラジオでしたんです。ところが、まったく反応がない。

逆に、キン肉マンのことを若い人にもわかるような表現で話したら、とたんに反応が来た。勉強してそれをしゃべるだけというのは知識をひけらかすことでしかなくて、その人の本当の言葉ではないんだということがわかりました。

まずはいろいろなことに興味をもち、自分自身がそれにワクワクすることで、初めてリスナーにも届くということに気づいたんです。それからは、まずは自分がこのラジオを楽しもうと思うようになりました。

3年あまりの間に4人のディレクターと仕事をしましたが、それぞれに熱い方ばかりで、彼らとの出会いが僕に与えてくれた影響は大きかったですね。「土屋礼央の番組を担当できないならニッポン放送を辞めます」と言ってくれて、ディレクターを外れたら本当に辞めてしまった初代の森さん。

「TVゲーム機ではなく携帯ゲーム機であるところが君の魅力だ」と、つまり、複雑なことでもわかりやすくリスナーに説明できるのが僕の長所だと教えてくれた2代目の米田さん。

僕の音楽を評価して、「君のオリジナルで受験生応援ソングを作ろう」と言ってくれた3代目の内海さん。破天荒な企画も全力で一緒にやってくれた4代目の松尾さん。そして、その4代目の松尾さんが順調に出世してくれたおかげで、今は平日のお昼の帯番組「レオなるど」をやらせてもらっているのかもしれません。

ディレクターだけではありません。ADをやってくれていた田野君という人は今「BLOGOS」というWEBニュースメディアの編集長として僕に記事を書かせてくれていますし、僕の番組を聞いたことがきっかけでテレビやラジオの業界に入ったという人にも何人か出会いました。今やラジオの構成作家になった元ヘビーリスナーもいます。その人が「こうしたい」と思って進んだ道の影響の中に自分がいる。人間として生まれてきて、これほどうれしいことはないですね。

最初に「オールナイトニッポン」を担当してから16年が経ちましたが、この期間、モバイル配信やポッドキャストも含めると、ラジオをやっていなかったのはわずか10カ月。それ以外は毎日のようにラジオの生放送があったり、何かしらしゃべっているわけで、こんなにつながるものかと自分でも驚いています。

他のジャンルのお仕事もたくさんいただいており、ミュージシャンとしてこれで良いのか? と葛藤する時期もありました。でも、少し乱暴な考え方かもしれませんが、アウトプットの表現がラジオか音楽かという違いだけであって、すべてのエンターテインメントのゴールは全部一緒なんじゃないかという考えに、ある時たどり着いたんです。

人に喜んでもらえることが僕の喜びであって、歌って喜んでもらうことも、ラジオでメールを読んで喜んでもらうことも、コンビニで買い物をしてレジの店員さんに喜んでもらうのも全部一緒なんじゃないかって。

これは、ラジオでいろんな職業の人、年齢の人とコミュニケーションを取ったからこそ気づけたことで、音楽だけでは他人の喜びを自分の喜びに変換できなかったと思います。そうした考えに至るすべてのきっかけが「オールナイトニッポン」だったんです。

ニッポン放送「土屋礼央 レオなるど」でパーソナリティーを務める土屋礼央さん

    ◇

つちや・れお 1976年、東京都国分寺市生まれ。2001年、RAG FAIRのメンバーとして、サングラスに白いファーを巻いた印象的なスタイルでデビュー。紅白歌合戦出場、オリコンシングル1・2位独占、ゴールデンアロー新人賞受賞などによりアカペラブームの立役者となる。同時に抜群のトークセンスをかわれ多数のラジオ番組を担当し、現在はニッポン放送「土屋礼央 レオなるど」(毎週月~木曜13:00~16:00)、NACK5「カメレオンパーティー」(毎週日曜12:55~17:55)に出演。鉄道好きが高じてテレビ朝日「タモリ倶楽部」にもたびたび出演中。

◆デビュー当時から落語に興味を持ち、ファンクラブイベントでは10年以上にわたりオリジナルの創作落語を披露していたという土屋さん。7月24日(火)には東京・下北沢の本多劇場にて『志らくに挑戦!はじめての落語~座布団に飛び込む、歌手と俳優 五人衆!...と見届け人 志らく~』に出演する。立川志らく師匠が見守る中、所属事務所・ワタナベ・エンターテインメントの仲間たちと共に、初めて古典落語に挑む予定。春先より密かに稽古を重ね、初高座に向け扇子を片手に邁進中。

日程:2018年7月24日(火)
会場:本多劇場/住所:〒155-0031 東京都世田谷区北沢2丁目10-15
先行発売:We!プレ(スタンダード会員限定)5月26日(土)12:00~5月31日(木)23:59
一般発売日:2018年6月2日(土)10:00開始
チケット:ローソンチケット Lコード34867
予約受付電話番号:0570-084-003(Lコード必要)
         0570-000-407(オペレーター対応/10:00~20:00)
インターネット:http://l-tike.com/
販売:ローソン・ミニストップ店内Loppiで直接購入いただけます。

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昔から、落語とアカペラには共通するところがあると思っていました。落語は自分が動くことでその場にないものをどう見せるかですし、アカペラは楽器なしでどう音楽を聞かせるかですから。落語をやることで自分のアカペラもおもしろくできるんじゃないかと思いますし、ラジオの仕事にも生きると思うので、今回は絶好のチャンス。古典落語をやってみたいと思っています。

(聞き手・髙橋晃浩)

土屋さん出演の『志らくに挑戦!はじめての落語~座布団に飛び込む、歌手と俳優 五人衆!...と見届け人 志らく~』は7月24日(火)、下北沢・本多劇場にて開催

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