ありのままの20代

親しくなっても敬語 距離を詰めきらない人間関係の心地よさ

  • 文・白岩玄
  • 2018年6月8日

元画像:AzmanL / Getty Images

28歳のとき、ぼくは仕事がうまくいっていなかったり、自分の未熟さのせいで付き合っていた人と別れたりして、ちょっと自信を失っていた。前回書いたように、長年の親友とも疎遠になっていたし、昔よりも孤独が強まっていく中で、このトンネルはあとどれくらい続くんだろうと思いながら日々をやり過ごしていたような気がする。 

一般的にも20代の後半というのは、何かとしんどい時期なのかもしれない。仕事をすることには慣れたものの、30歳の区切りをどうしても意識してしまいがちだ。このままの環境、ペースで仕事を続けていいのかと焦る気持ちも大きくなるし、結婚や子どもを持つことについて真剣に考え始める人もいるだろう。

ただ、その現状を変えようと努力したところで、すべてが思うようにいくわけじゃない。ぼく自身も、あきらめや割り切りを覚える必要があるのは理解しながらも、簡単には折り合いがつけられなくて、むしろ「もっと頑張らないと」と自分自身に過剰に負荷をかけてしまっていた(そのときに書いた小説は、ずいぶん時間をかけたにもかかわらず、ちっとも面白くなかった)。

そんな中で、唯一、肩の力を抜くことができた時間があった。当時28歳だった自分より6~8歳ほど若い、大学生の子たちとの付き合いだった。たまたま知り合った男の子が、他の子を何人か紹介してくれたのが始まりだったのだけど、ぼくは彼らと時間を共にすることで、20代最後の2年間を孤独になりきらずに過ごすことができた。

彼らはぼくを自然な形で受け入れてくれた。年上だからといって変に距離を取ることもなく、きちんと敬意を払いながらも、ときおりからかったりして、ぼくをいい具合に年上でいさせてくれた。ぼくは学生時代に部活動をろくにしていなかった上、会社に就職したこともなかったので、まるで後輩ができたかのような彼らとの付き合いが新鮮だった。慕ってもらっている、というのは自分の思い違いかもしれないが、そんなふうに錯覚できるくらいには良くしてもらった。

おまけに彼らは、誰が見てもわかるほど優秀だった。もともと名のある大学に通っている子たちだったし、学生の頃からちょっとしたメディアに出ていたり、一芸に秀でていたりして、話をしているだけでも十分に面白かった。

だからそんな子たちが、わざわざ時間をとってぼくと遊ぶことを何度も望んでくれたのがうれしかったというのもある。30歳に近い大人がそういうので自尊心をくすぐられるのは格好悪いことかもしれないが、事実としてぼくは失っていた自信を少しだけ取り戻すことができた。

居心地のよい人間関係の裏には誰かの努力がある

その後も、彼らとは親しくさせてもらった。お互いに仕事や就活があったため、月に一度か二度、予定が合えば遊ぶ程度ではあったけれど、一緒にご飯を食べたり、映画や舞台を見に行ったり、誕生日を祝いあったりしていた。

直接話したことはもちろん、たわいないLINEのやりとりなんかを含めれば、ずいぶんたくさんのことを共有したような気がする。ぼくは彼らと一緒にいるときの、その場の雰囲気が好きだった。なんというか、ただ仲がいいから一緒にいるというよりは、相手に気を使ったり、遠慮したりすることで、お互いがお互いの居場所を作ろうとしていたような気がするからだ。

一般的に、人は仲良くなってくると、くだけた関係になりがちだ。実際ぼくらも徐々にそうなってはいたのだが、歳の差のせいか、あるいは性格によるものなのか、どれだけ時間を一緒に過ごしても、距離を詰めきらなかったようなところがある。だから、彼らは今でもぼくにタメ口をきかないし、ぼくも、特にメールなどでは、冗談っぽく敬語を使うことが多い。

eli_asenova / Getty Images

人によっては、それだと親しくなれないんじゃないかと思うかもしれない。でも、逆にどんどん距離を詰めていったがゆえに、なあなあの関係になって、思いやりを欠いてしまうこともあるんじゃないだろうか? ぼくも同い年の友達だと、ときどきそういうことになる。

ぼくが最初、彼らにしてもらったように、人が居心地のよさを感じるときは、その裏に誰かの努力があったりするものだ。たとえば、これはあとから知ったのだけど、ぼくが一番よく遊んでいた六つ下の男の子は、なるべくぼくにおごってもらわないようにしていた。ぼくの方が年上だし、会計がそう高くなかったりすると、「払うわ」と言ってしまいそうになるときがあったのだが、彼はそれが続くと、自分と会うのが負担になってしまうからと率先して割り勘にしてくれていた。

逆にぼくも、彼が周囲に気を使う性格であるのは知っていたので、二人で会うときは彼が遠慮せずに自分の話ができるような空気を意識して作っていた覚えがある。それがうまくできていたかはわからないけど、ぼくといるときの彼は、他では見せない繊細な顔をすることがあったから、少しは役に立っていたんじゃないかと思う。

そんな経緯もあって、ぼくは彼らと親しくなって以来、居場所のことをよく考えるようになった。居場所というのは、誰かと一緒にいる中で自然とできるものではなく、意識して作るものなのだ。そして居場所が与えられれば、人はのびのびとした気分でその場にいることができる。つらかった20代後半の数年間を、ぼくがなんとか乗り切れたのは、そういった「自分のままでいられる場所」を、年下の子たちに作ってもらっていたからなんだろう。

そして、そういう考え方は、家庭を持つようになった今でもかなり役に立っている。ぼくが妻と良好な関係を築けているときは、彼女がそのままの自分でいられるように、意識してぼくが立ち回っていることが多いからだ。親しくしても、なあなあの関係にならない距離感を保つのは、家族間でも必要なのかもしれない(とはいえ、ぼくも人間なので、そうできるときとできないときがあるのだけれど)。

最近はめっきり会わなくなったが、彼らとは今でもときどきメールをしている。彼らは20代後半になって、出会った頃のぼくと同じ年齢になった。何げない言葉のやりとりから、しんどい時期を過ごしているのかなと感じることもあるけれど、メールをしてきてくれたときくらいは、自分が彼らにとっての居場所になっていればいいなと思う。(次回へ続く)

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PROFILE

白岩 玄(しらいわ・げん)

1983年生まれ。京都市出身。2004年、小説『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、小説家デビュー。同作は芥川賞候補作になり、テレビドラマ化。70万部のベストセラーになった。著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『ヒーロー!』など。Twitter(@gegenno_gen)

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